第3話 勇者と賢者
「はぁ……やっと帰ってこれた」
目的だった魔導書を手に持ち、がっくりと肩を落とし疲労感を募らせるマオ。
あれから人混みをさける為に遠くへ逃げて、そのせいで街中で迷子になりかけ、ようやく目的を達成したのが夕暮れになってしまった。
お昼に出かけてくると言って家を出てから数時間、思っていた以上に時間を割いてしまった事に喪失感を覚えながら、自宅の玄関ドアを開ける。
「ただいまー」
「お、ようやく帰って来たかマオ」
「……なんでいるんですか、シュウ」
家に入ると、そこには他人の家とは思えない程くつろいでいる勇者シュウの姿がそこにはあった。
「鍵かけてましたよね?」
「あー、魔法で開けたよ」
「僕の鉄拳を食らいたいようですね?」
「ご褒美じゃん、よし! ばっちこい!」
「……無敵じゃんこの人」
胸板を大きく出して無防備な姿を見せつけているシュウに対し、飽きれてため息を吐く。
「いいかいシュン、君は勇者である以前に一人の男性なんだよ? 僕みたいな男を相手にするより他にやる事あるだろ?」
「マオをメス堕ちさせることか?」
「違うよ!」
「あ、俺が受けになるって話?」
「違うよ!!!」
「じゃあ、女性と結婚して子を成すってことか?」
「違ッ……そうそれ!」
危うく否定をしかけた言葉をひっこめてから、マオを「それだ!」と言わんばかりに人差し指をシュンに突き立てる。
「君は王様からの命令で、子孫を残さないといけない。こんな所で遊んでる場合じゃないんだよ!」
「遊びじゃない、俺は真剣にお前の事を――」
「ダメって言ってるでしょ! それに、僕達は、その、同性同士だし」
「いうほど問題か?」
「大問題だよ! 結婚も出来ないし! 子供も……望めないだろ!」
「でもマオはウルトラスーパーデラックス可愛いじゃん」
「もー! そういやって僕をからかって!!!」
「――俺は本気でいってるんだがなぁ」
必死に説得を繰り返すマオに反して、首を曲げて納得のいっていない様子で腕を組むシュン。
ここまでくると自分が間違っているのかと錯覚してしまいそうだと思ったマオは、改めて彼との認識を合わせる為に話題を振る。
「ねぇ確認だけど、シュンの元居た世界では、その、同性で……付き合うのは普通の事だったの?」
「まぁ、主流ではなかったな」
「だよね! だったら尚更――」
「でも、国によっては認定してたところもあったはずだぞ」
シュンがこの世界に勇者として転生してくるより以前、生まれ育った国では同性での婚約は珍しく、男女で籍を入れることが基本ではあった。
よって、本来彼が同性同士での恋愛には多少の抵抗感がある……はずなのだが、シュンはそんな事を気にしてはいない様子だった。
誰かを好きになるのに、常識や規則に囚われない。
彼だからこそ今のようなややこしい状況を生み出してしまっているのは確かなのだが、言いたいこと、やりたいことに嘘をつけたり避けたりすることを一切しない純粋な性格は、シュン自身の魅力的な部分でもある。
「主流がどうとか、世間体がどうとか、そんなのはどうでもいい」
シュンはだらしなくくつろいだ姿勢を正してから、腰かけていた椅子から立ち上がる。
「同性同士でも構わない。俺は何言われようと、お前を諦めないぞ」
玄関で立ち尽くしているマオにゆっくりと近づきながら、力強い言葉を投げかける。
その表情は真剣そのものであり、先ほどまでふざけていた時との落差でマオの心理を揺さぶる。
「俺はお前が好きなんだよ」
トドメと言わんばかりに、シュウはマオの肩に触れながら愛の告白をする。
「い、いや、でも」
「何照れてるんだよ、目合わせろ」
「や、やめ」
――いけない
このまま彼と目を合わせてしまうと、何も言えなくなってしまう。
認めてしまう。
どうでもよくなってしまう。
好きに、なってしまう。
「――――ッッッ!!!」
このまま彼のペースに乗せられてしまうと感じたマオは、すぐ目の前にいるシュウの体を両手で押して突き放した。
「マオ、一体どうして」
「シュン! 僕は……僕は!」
顔を赤らめ、額から汗が滴る位高まった熱を動力にマオは最後の手段を取る。
「今から僕は、君に酷い事を言う」
「――酷い事?」
「そうさ、もう縁を切りたくなるようなすごく、すごく酷いこと言うね!」
「わざわざ宣言してくれるって……ほんとお前可愛いな」
余裕たっぷりにほくそ笑んでいる勇者に対し睨みを利かせて威嚇する。
「シュウは強引だし、めちゃくちゃだし、僕の話全然聞かないし」
今まで貯め込んでいた不満が爆発したかのように、次々とマオはシュウに対して言葉を投げつける。
視線を合わせることなく、まるで地面に向かって叫ぶ彼の言葉を、シュウは黙って聞いた。
「初めて会った時だって、優秀な人を差し置いて僕なんかを誘うし」
――でも、才能の無い僕を選んでくれた。
「旅の途中だって、ふざける場面じゃないのに茶化すような事を言うし」
――それは、張り詰めた空気を和らげるためにやっていることを知っている。
「魔王を倒した後だって、僕の事ばっかり構って……」
――きっと、彼は僕の事が本当に好きなのだろう。
けれど、それではいけない。
勇者の血筋を、僕のせいで絶えさせるわけにはいかない。
――だから、言うんだ。
「そんなシュウのこと、僕は……僕は……!」
嫌い。
その言葉を言えば、彼だってわかってくれるはずだ。
向けられた行為も、与えられた可能性も。
全てをここで投げだせば、彼はきっと分かってくれるはずだ。
自分の事を諦めて、色んな女性と幸せになるべきだ。
脳内を巡るそんな言葉の数々が、後押しするようにマオの口を開かせる。
「シュウの事が、き……き……!」
嫌い。
早く言うんだ、と優柔不断の自分を鼓舞するように拳を硬く握り込む。
嫌い。
嫌い。
大嫌い。
たったその言葉を言うだけだ。
それだけの、はずなのに。
「――う、うぅ……」
詰まる言葉を言い放つよりも前に、マオの心が折れてしまう。
言うべき言葉が涙となって、ポロポロと地面を濡らす。
一つ、また一つと落ちていく涙の雫は止むことは無く、服の袖でいくら拭えど収まる気配がない。
「おいマオ、大丈夫か?」
黙って聞いていたシュウは急いで彼の傍に駆け寄り、心配そうにマオを見つめている。
「う、うえぇぇぇぇ!」
いよいよマオを声を上げて泣き出して、崩れ落ちるようにその場で座り込んでしまう。
嫌い。
――そんなの、言えるわけないじゃないか
勇者がこの世界に転生してきたあの日から、マオは彼に特別な感情を抱いていた。
それが憧れなのか、はたまた別の感情か。
今はそのことを思い出せないが、心にひそめていた感情は、旅を続けるごとに大きくなった。
仲間と旅した数々の毎日。
魔王の軍全を退け、平和を徐々に取り戻していく日々。
そして、魔王を倒し平和になった今。
ずっとそばにいて、ずっと行為を寄せてくれた人間に対し、嘘でも『嫌い』なんて言葉を吐きたくない。
「う、うぅぅぅ」
自分の意志の弱さ、はっきり言えない情けなさ。
何もかも嫌になって、消えてしまいたい。
そんな負の感情がマオを縛り付けて、身動き一つ取れない。
まるで自分を締め付けるように両手を肩において小さな体をさらに縮ませる。
誰も来るな、と言わんばかりに泣きじゃくるマオを見たシュウは、
「――マオ」
彼の名前を優しく告げて、その震える体を抱きしめた。
「やっぱりマオは、可愛いな」
サラサラで美しい髪をなでながら、シュンは優しく抱き寄せる。
涙を流すマオが落ち着きを取り戻すまで、何度も、何度も頭を撫でて「大丈夫」と語り掛けた。
「――ッ、うぅ……」
理性も感情も言うこともが利かず、ただ目の前にいる勇者に対して貪欲に求めてしまう。
一回りも大きな体にしがみつくように体を寄せ合い、暖かな人肌に触れる。
♂×♂
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