第2話 賢者様は男の娘!!!

「なんで、あの人はこうも変人なんだろうか」

告白を受けて数週間後、賢者マオの気持ちは憂鬱そのものであった。

あれから、勇者シュンの愛の告白は止まる事を知らない。

いくらマオがその告白を断ろうと、懲りずに何度も結婚の申し出をしてくる。

それも、勇者に対し様々な女性……それも優秀な血筋を持つ女性たちの婚約をすべて破棄し続けるという徹底ぶりだ。


どうして自分なんだ……と靄の様にかかった言葉がいつまでたっても頭から離れない日々を過ごしていた。


「まぁいいか。そのうち諦めてくれるだろう」

半ば強引に気持ちを切り替えて、マオは街中を歩き進める。


「ええっと、買わなきゃいけない魔導書は……と」

目的の魔導書を探すために街中に出たが、今暮らしている場所が大国ということもあり簡単に目的地にたどり着けない。

貰ったメモを頼りになんとか近くまで来られたが、賑わいを見せる露店の中でたった一冊の本を探し出すというのは至難の業である。

ここは誰かに聞いた方が早いだろうと思ったマオは、すぐ隣で野菜を売っている夫婦に話しかける。


「あの、すいません」

「おおいらっしゃい! 可愛らしいお嬢さん、今なら安くしとくよ?」

野太い声で積極をする店主は、新鮮な野菜を見せつけるようにマオに突き出した。


「ああいや、そういう訳じゃ」

「彼氏さんに手料理かい? こんな可愛い彼女に作ってもらえるなんて羨ましい限りだよ! がはは!」

「あの、その、ちがくて」

野菜を買いに来たわけではない事を話すよりも先に、一歩的に話を盛り上げる店主。


男らしい声色と逞しい体つきに威圧されるように身を縮めてしまうマオに助け船が入るように、

「――ちょっとあんた!」

っと、店主の隣にいた女性が慌てて止めに入る。


「良く見なあんた! この方は勇者様の付き人である賢者様だよ! バカでかい声で何失礼なこと話してんだい!!」

「ん!? あの賢者様か!? こ、これは失礼しました!」


見せつけてきた野菜よりも大きい店主の頭を思いっきり殴りつけた女性は、マオに対し深々と頭を下げた。

「まったくこのバカ夫は! ……すみません賢者様、とんだご無礼を」

「い、いえ! とんでもないです!」


女性をなだめる様に両手をあげて落ち着くように諭すマオに対し、何度も頭を下げて謝罪する女性。

その異様な光景は周りにいた通行人の注目を集め、周りに人だかりが出来始める。


「あれが賢者様かぁ」

「あれ? 賢者様って女の子だっけ?」

「違うらしいぞ、どうやら男らしい」

「えー全然見えなーい!」

「あれで付いてるなんてお得じゃん!」

「好き!!!!!!!」

老若男女問わずマオを取り囲み、あっという間に数十人もの人が集まってくる。

魔王を倒した勇者、その側近を務めた賢者ともなれば一目見ておきたいという人間はこの世界では数知れず。

その上顔立ちが出来すぎなくらい整い、魔族でさえ魅了してしまうと噂に名高い美貌の持ち主と言われていた。

注目を集めない理由はないだろう、それくらいにはマオはこの世界では有名な人物なのだ。


「あわ、あわわわ」

しかし、自身の持つ名声とは反して彼は目立つことをあまり好いてはいない。

誰かから尊敬されるとか、皆の注目を集めることは世界を救った賢者となった今でも慣れない様子だった。


「す、すみません僕急いでいるのでッ!」

赤面するマオはこれ以上人目に付きたくない一心で、人混みを掻き分け脱兎のごとくその場を逃げ出した。

ざわざわと三者三様の声を出す民衆の中、呆然と見つめる店主はボソッと独り言を漏らす。


「――にしても、可愛い人だったな……あれが男なんて信じられん……」

男という事実を知った今でも信じられない様子だった。

一度見てしまえば忘れる事の出来ない可憐さを持ち、庇護欲を掻き立てるような異質な魅力を兼ね備えている。

故に、勇者であるシュンは彼の事を好いており、同性という事実を理解して尚何度もアプローチを続けているのだった。


「でも、ああいう子はなんて言うんだったかしら?」

店主が魅了されているのを他所に、遠目に映るマオの後姿を見つめながら、女性はある事を思い出す。


それは、勇者が賢者に対しよく言っているとされる不思議な単語。

聞きなれないそのあだ名のようなものを思い出そうとすると、意気揚々と店主がその単語を言い始めた。


「男の娘、だそうだ」

「え? なんだいそれは?」

「その通りさ、男なのに女の様に可愛い人間をそういうらしい」

「男の……子? なんだい普通じゃないか」

「いや違うぞ『男の娘』だぞ。子の部分が娘になってるんだ」

「どっちも同じじゃあないか」

「それ勇者様の前で言ったらぶっ飛ばされるぞ」


男の娘おとこのこ

その存在は、幼く可愛らしい少年を表す「ショタ」でも、美形の顔立ちをした「美少年」でも定義が出来ない。

不思議で、魅惑的で、神秘的な存在である。

シュンが元居た世界では、マオのような存在はそう言われていたそうだ。


「なんにしても、マオ様可愛すぎるなぁ……」


未だに賢者マオの可愛さにだらしなく見惚れる店主に対し、女性は腕を組み怒鳴る様な大声を出した。

「何馬鹿な事言ってんだいあんた! ちんたら働いてたら飯抜きだよ!!!」

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

見惚れる店主のケツを叩き入れると、怯えた様子で接客を再開し始めた。


♂×♂

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