第16話 節約をやめて生き金を使う

 「心の食堂」に現れたのは、若い女性の美咲さんだった。彼女は慎重な手つきでバッグを置き、ため息交じりにメニューを眺めていた。


 「迷っていますか?」と、店主のテルが声をかける。


 「ええ……最近、節約に必死で。でも、なんだか心が苦しくて……」


 彼女は少しうつむきながら続けた。


「 節約すればお金が貯まると思っているのに、どうしてこんなに虚しいんでしょうか?」


 テルは優しい眼差しで微笑みながら、美咲さんにこう言った。


 「それなら、今日は『裕福なキッシュ(キャッシュ)』を召し上がってみませんか?お金を使う意味について考えるきっかけになるかもしれません。」



 テルは冷蔵庫からパイシートを取り出し、静かに作業を始めた。


 「節約も大事ですが、それだけでは本当の豊かさには繋がりません。お金をどう使うかが、人生を豊かにする鍵なんです。」


 彼はパイ生地をパイ皿に敷きながら話を続ける。


 「お金には『生き金』と『死に金』があります。生き金とは、使った後も誰かを幸せにしたり、楽しくさせたりするお金のこと。逆に、死に金はその場限りで終わってしまうお金です。」


 美咲さんは興味深げに聞きながら尋ねた。


 「でも、どうすれば生き金を使えるんですか?」



 テルはフライパンでベーコンと玉ねぎ、ほうれん草を炒めながら答えた。


 「生き金を使うには、そのお金が誰かの役に立ったり、新しいチャンスを作ることを考えることです。例えば、知識や経験に投資することもそうですし、大切な人との時間を楽しむことも生き金の使い方です。」


 彼はパイ皿に具材を丁寧に敷き詰め、卵液を注いで仕上げていく。


 「このパイ生地、何層にも重なっていますよね。これは、何層にも広がる豊かさの象徴です。一度使ったお金が、新しいご縁や機会を連れて帰ってくるイメージです。」



 オーブンにキッシュを入れ、香ばしい匂いが店内に広がる。テルは美咲さんに尋ねた。


 「今まで、節約して何か手に入れたものがありますか?」


 彼女は少し考えた後、首を振った。


 「ただお金を貯めることだけを考えていました。でも、それをどう使うかを考えたことはありませんでした。」


 テルは頷き、こう付け加えた。


 「お金はエネルギーです。それを使うことで流れが生まれます。節約ばかりでは、その流れを止めてしまいますよ。」



 焼き上がったキッシュを美咲さんの前に置き、テルは微笑んだ。


 「この料理には、命の素である卵や、多くの栄養を含む具材が入っています。これは、何かを育み、新しい流れを生む象徴でもあります。」


 美咲さんは一口食べると、満面の笑みを浮かべた。


 「美味しい……!なんだか、この料理を作ってくれた人の気持ちまで伝わってくる気がします。」


 テルは頷きながら言った。


 「それこそが生き金の本質です。お金は使い方次第で、命を吹き込むことができるんです。」



 美咲さんはキッシュを食べ終え、明るい表情で店を後にした。


 「次からは、お金を使うときに、それが生き金になるかどうかを考えてみます。」


 テルは彼女の背中を見送りながら、静かに呟いた。


 「お金の流れを作れる人は、豊かさを自然と引き寄せる。生き金を使えば、その人の人生にも新しい風が吹き込むんだ。」


 その日、また一人の心が「心の食堂」で豊かさを取り戻した。

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