第15話 豊かさの流れを書き換える

 「心の食堂」に訪れたのは、疲れた顔をしたサラリーマンの智也さんだった。彼は椅子に腰を下ろすと、深いため息をついた。


 「どうしました?」と、店主のテルが声をかける。


 「最近、会社で大きなプロジェクトに失敗してしまって……。上司からは信用を失ったし、チームメンバーにも申し訳なくて。自分が本当にダメな人間に思えて……」


 テルは少し微笑みながら智也さんを見つめた。


 「それなら、今日は『財宝の煮物』を食べながら、豊かさの流れについて考えてみませんか?」



 智也さんが困惑した顔をする中、テルは鍋に昆布を入れて静かに火を入れ始めた。


 「豊かさとは、人との出会いや感情のやりとり、そして何かを経験することで生まれるものなんです。」


 彼は続けて、ごぼうやにんじんを丁寧に切り分けながら話を進める。


 「成功するためには、失敗を上手に乗り越えることが大事です。失敗は悪いことじゃない。むしろ、人生を深く味わうためのスパイスです。」


 智也さんは、その言葉に少しだけ興味を持ったようだった。



 全ての材料が鍋に入り、香ばしい香りが広がり始める。テルは鍋をかき混ぜながら言った。


 「豊かさの流れを書き換えるには、時間が必要です。この煮物のように、じっくり煮込んで味を深めるんです。焦らず、コトコトと。」


 智也さんは、鍋の中で煮えていく具材を見つめながら質問した。


 「でも、僕は一度失敗してしまいました。それでも、流れを変えることはできるんですか?」


 テルは頷いた。


 「もちろんです。失敗は致命傷ではありません。大事なのは、信用や勇気、やる気をどう守るかです。そして、時には損を受け入れることも必要です。それが、次に繋がる種になるんですよ。」



 煮物が完成し、テルは智也さんの前に「財宝の煮物」を置いた。


 「この料理には、財宝を象徴する食材がたくさん入っています。例えば、大豆はお金持ちの象徴で、鶏肉は愛のシンボル。そして、丁寧に煮込むことで、味わいが深まる。これは、あなたの人生も同じです。」


 智也さんは一口食べて、目を見開いた。


 「すごく深い味わいですね……。なんだか、不思議と心が落ち着いてきます。」



 智也さんは料理を食べ進めながら、テルの言葉を思い返していた。


 「確かに、失敗をきっかけに学べることもあるかもしれません。僕も、もう少しだけ時間をかけて、豊かさの流れを作っていきたいと思います。」


 テルは微笑みながら、最後にこう言った。


 「煮込む時間で深い味わいが生まれるように、あなたの人生も丁寧に煮込んでください。それが、本当の豊かさを生み出す秘訣です。」



 食堂を後にする智也さんの背中は、少しだけ軽くなっているように見えた。テルはその姿を見送りながら、小さく呟いた。


 「豊かさの流れを書き換えるのに、遅すぎることはない。大事なのは、煮込む時間を楽しむことだ。」


 また一つ、「心の食堂」に小さな変化が生まれた一日だった。

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