第9話 お金のことを忘れなさい
雨がしとしとと降る午後、「心の食堂」に珍しいお客さんが訪れた。大きなビジネスバッグを抱えた中年の男性で、どことなく疲れた様子だ。
「いらっしゃいませ。今日はどんなお悩みをお持ちですか?」
テルが笑顔で声をかけると、男性は椅子に腰を下ろし、ため息をついた。
「お金のことで頭がいっぱいで、もう何が正しいのかも分からなくなってきて……。」
彼の名前は岩崎さん。中小企業を経営しているが、最近は取引先とのトラブルで悩んでいるらしい。
「それでは、今日は『黒きくらげと卵の炒め物』を作りながら、お金の話をしましょう。」
テルは手際よく黒きくらげを水に戻しながら話を続けた。
「岩崎さん、お金を貯めることばかりに意識が向いていませんか?」
「ええ、どうしても……会社を守るにはお金が必要ですし、社員の給料もありますから。」
テルはネギとしょうがをみじん切りにしながら頷いた。
「もちろん、それは大切なことです。でも、お金を貯めることだけを考えていると、大切な何かを見落とすこともあります。」
「見落とすこと……?」
「そうです。お金は貯めるものではなく、貯まるものです。そして、貯まるためには、お金のことを一度忘れてみるのも大事なんですよ。」
テルは卵をふんわり炒め、一旦フライパンから取り出すと、少量の油を足してネギとしょうがを炒め始めた。
「たとえば、黒きくらげは血液を健康にし、体全体のエネルギーを巡らせてくれる食材です。お金も同じように循環させることで、人生に豊かさをもたらしてくれるものなんです。」
「でも、使ったら減ってしまうじゃないですか?」
「確かにそうです。でも、そのお金を使って経験を積んだり、人脈を広げたりすると、それが将来の豊かさに繋がります。お金を貯め込むだけでは、人生は面白くなりません。」
岩崎さんは少し驚いた表情を浮かべた。
「確かに、最近はお金のことで頭がいっぱいで、人との付き合いが疎かになっていた気がします。」
黒きくらげとネギを炒め合わせ、卵を戻し入れて調味料で味を整える。フライパンの中で黄金色に輝く一品が完成した。
「さあ、どうぞ召し上がれ。」
テルはお皿に盛り付けた炒め物を岩崎さんの前に差し出した。
「この料理のように、シンプルな素材でも工夫次第で特別な一品になります。お金のことを忘れて、自分が何を提供できるのかを考えてみると、人生がもっと楽しくなりますよ。」
岩崎さんは一口食べて、ほっとした表情を浮かべた。
「 美味しい……。なんだか少し肩の力が抜けた気がします。」
「それは良かったです。お金のことを考えすぎると、人生の大事な部分を見失ってしまうことがあります。だからこそ、一生懸命に自分の力を提供することで、自然とお金も人も集まってきますよ。」
その日の帰り道、岩崎さんは心の中で決めた。お金を追いかけるのではなく、人との繋がりや新しい挑戦に目を向けること。それが、彼の人生にとっての新しいスタートとなった。
「心の食堂」での一皿とテルの言葉は、岩崎さんの中でこれからの道を照らす明かりとなったのだった。
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