第5話 意気込みを高めるスープ:お金持ちになるのにお金は必要ない

 冬のある朝、澄み渡る空気の中を歩く青年、翔太。彼は冷えた両手をポケットに押し込みながら、自分の将来に対する不安と向き合っていた。


 「結局、お金がなければ何もできないんだよな……」


 起業の夢を抱くものの、元手もなく、スキルも十分ではない。思い悩む日々を送る翔太は、自分の能力の限界を感じていた。そんな彼の目に飛び込んできたのは、通り沿いの「心の食堂」の看板だった。




 温かい光が漏れるその店に、翔太は吸い寄せられるように足を踏み入れた。


 「いらっしゃい。」

 迎えてくれたのは、柔らかな笑顔を浮かべる料理人テル。翔太は、少し緊張した様子でカウンター席に座った。


 「今日はどんな悩みを抱えていますか?」


 その言葉に、翔太は驚きつつも、自分の思いをぽつりぽつりと語り始めた。


 「自分で何か始めたいんですけど、元手がなくて。お金がないと何もできないって、やっぱりそうですよね?」


 テルは穏やかに頷きながらも、少し意外な答えを返した。

 「実は、お金持ちになるのにお金は必要ないんですよ。」


 翔太は目を見開き、思わず聞き返した。

 「えっ、本当ですか?」


 テルは笑顔を浮かべて言った。

 「今日はその話に合う料理を作りましょう。生姜たっぷりの『意気込みを高めるスープ』です。」




 テルはまず、ショウガとニンジンを取り出し、丁寧に皮をむきながら話を続ける。


 「翔太さん、多くの成功者がゼロから始めているのをご存じですか?お金持ちになった人たちの中には、最初はむしろお金がなかった人の方が多いんです。」


 翔太は戸惑いながらも興味を抱き、テルの話に耳を傾けた。

 「でも、最初にお金があった方が、やりたいことを始めやすいんじゃないですか?」


 テルはスライスしたショウガを湯気の立つ鍋に入れながら首を振った。

 「お金があると、逆に失敗しやすくなることもあります。なぜなら、工夫する力や行動力が養われないからです。元手がない状況だからこそ、人は本気になり、クリエイティブに動けるんですよ。」


 次にテルは、鶏手羽元に酒と塩を振りかけながら言った。

 「大切なのは、『なんでもやってみせる』という意気込み。お金がないことを理由に諦めるのは、非常にもったいない。」




 テルが手羽元を鍋に加え、煮込む香りが漂い始める中、翔太は自分の過去を思い返していた。大学時代、アルバイトで生活費を稼ぎながら、夢中で勉強していた頃の自分。確かに、その頃の方が今よりも充実していた気がする。


 「じゃあ、お金がなくても成功するために、どうしたらいいんでしょう?」


 翔太の問いに、テルは微笑みながら答えた。

 「まずは、自分ができることに目を向けることです。そして、それを徹底的に磨き上げる。お金がない状況で工夫しながら進むことが、のちの成功につながります。」


 テルはスープにせん切りしたニンジンを加えながら続けた。

 「人間の持つ本当の強さは、困難の中でこそ磨かれます。最初からお金がある人には、その強さを培う機会が少ないんです。」


 翔太は深く頷き、少しだけ目の前が明るくなったように感じた。




 スープが煮込まれる間、テルは静かに翔太を見つめた。

 「翔太さん、少しだけ視点を変えてみましょう。今あるものだけで、何ができるか考えてみるんです。」


 その言葉を聞き、翔太は自分の能力や経験を改めて見直した。ゼロだと思っていたものが、実は貴重な財産であることに気づき始めた。


 「……確かに、俺にもできることがあるかもしれない。」


 スープが完成し、香ばしい生姜と鶏の香りがカウンターに広がる。テルは器に盛り付け、翔太の前に差し出した。


 「これが、意気込みを高めるスープです。どうぞ召し上がれ。」


 翔太は一口すくい、ゆっくりと口に運んだ。生姜の温かさが体の芯まで染み渡り、鶏の旨味とニンジンの甘さが心を落ち着かせていく。


 「おいしい……これ、なんだか元気が出ますね。」


 テルは優しく頷きながら言った。

 「そうでしょう?このスープのように、シンプルな材料でも工夫すれば素晴らしいものができる。人生も同じです。」




 スープを飲み終えた翔太は、以前よりも力強い表情をしていた。

 「俺、なんだかやれそうな気がしてきました。お金がなくても、工夫してやってみます。」


 「その意気です。」テルは微笑みながら言った。「お金がないことを理由に諦める必要はありません。持っているものを活かし、挑戦していけば、必ず道は開けます。」


 翔太は心の中に湧き上がる新たな意気込みを胸に、店を後にした。冷たい風が吹く街を歩きながら、彼の足取りは少し軽くなっていた。

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