　薄曇りの午後、早苗はふらりと街を歩いていた。仕事の帰り道、やるせない気持ちが心を重くする。「こんなに頑張ってるのに、全然お金が貯まらない……」彼女の胸には、生活の不安と焦りが絡まり合っていた。

　角を曲がった先に、ひっそりと佇む小さな店が目に入る。「心の食堂」と書かれた木製の看板が、どこか温かみを感じさせた。「お金の悩みも癒せる食堂なんてあるわけない」と苦笑しつつも、その扉を開けた。

　カランコロン、と小さな鈴の音が鳴る。店内には落ち着いた木目調のテーブルと優しい灯りが広がっていた。カウンターの向こうでは、一人の青年――料理人のテルが、穏やかな笑みで早苗を迎えた。

　「いらっしゃいませ。今日は何を悩んでいらっしゃいますか？」

彼の問いかけに、早苗は思わず足を止める。「悩み」と言われた瞬間、自分の心がいかに疲れ切っていたかを実感した。

　「お金がなくて……自分の努力が報われてない気がして、もうどうすればいいのか分からないんです。」

　テルは少しだけ目を細め、静かに頷く。

「それなら、一皿の料理で気持ちを整理してみませんか？今日は、春菊のナッツ和えをご用意します。」

　カウンター越しで料理を作り始めるテルの動きは無駄がなく、それだけで早苗の心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。

　「春菊は独特の香りがあって、感情を整理するのにぴったりなんです。」

　テルは春菊を茹でながら語る。「そのほろ苦さが、滞った感情を流す効果があります。そして、ナッツのコクは心を落ち着けて行動を後押しする力があるんですよ。」

　早苗はその言葉に耳を傾けながら、自分の行動を振り返った。目の前の問題に追われて、不安な気持ちを埋めるためだけに買い物をしたり、無理をして働いたり――気づけば、お金に支配されていた。

　「お金の使い方に感謝や喜びがあると、自然と経済状態も変わるんです。」テルは微笑みながらピーナッツバターを混ぜる。「お金を使うことで得られる未来を信じる。それが大事なんです。」

　料理が完成するまでの時間、テルは早苗に一枚の紙を渡した。それには、「感情と思考が経済状態を作る」という言葉と、いくつかの質問が書かれていた。

・最近、お金を使った時、どんな気持ちだった？

・お金を使うことで得られた喜びや学びは何？

・お金を守るだけでなく、行動のために使う勇気を持てている？

　早苗は紙を見つめ、これまでの自分の行動を思い返した。たとえば、欲しかったブランド品を買っても、その場限りの満足感しか得られなかったこと。逆に、資格取得のためにお金を使った時には、未来への期待が膨らんだことを思い出した。

　「私はお金に感謝して使うことを、全然してなかったんだ。」

　彼女はその気づきに驚き、同時にほっとする感覚を覚えた。

　「お待たせしました。」テルが運んできたのは、鮮やかな緑の春菊にナッツの濃厚なタレが絡んだ一皿だった。

　「この料理は、感情を整理し、行動のきっかけを与えてくれます。一口食べてみてください。」

　早苗は恐る恐る一口食べる。春菊のほろ苦さとナッツの甘みが絶妙に調和していて、不思議な感覚が広がった。それは、頭の中のもやが少しずつ晴れていくような感覚だった。

　「お金を信じて使う――それって怖いけど、すごく前向きな考え方ですね。」

彼女は少し涙ぐみながら言った。

　「そう、前向きなお金の使い方が、新しい経済体質を作る第一歩です。」テルの言葉に、彼女は深く頷いた。

　食事を終えた早苗は、気持ちの整理がついたのか、穏やかな表情で店を出ていった。

「また来ます。本当にありがとうございました。」

　心の食堂に静寂が戻った。テルは次の準備を始めながら、微笑みを浮かべる。「また一人、新しい一歩を踏み出せた。」

　外の風にそよぐ「心の食堂」の看板。その下には、ふらりと迷い込む誰かを待つテルの姿がある。

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