第4話
時は放課後、帰宅部であるはずの俺は普段、自宅へ直行しているはずなのだが、今日は珍しく、学校に残っていた。
何をしていたかといえば、サッカー部の練習を見ていたのである。
決して、サッカーに興味が湧いたわけではない。俺はただでさえスポーツは嫌いなのだが、その中でもサッカーとかいう競技は群を抜けて嫌いなのだ。
しかし、今、俺はサッカーを見ている。
正確に言えば、サッカーをしているとある人を見ていたのだ。
彼のプレーは素人目を持ち合わせている俺から見ても、なかなかのものであった。
正確なドリブル、豪快なシュート。あとは……見どころがよくわからないから、挙げようにも、挙げられない。
「あ、また休憩か」
そんな見事なプレーを魅せる彼は休憩になると、必ず決まった少女のもとに行って、水を受け取る。その水分補給中の彼を見て、その少女は笑顔になる。
───まるで新婚だ。
「おい、美咲、流石にそれは怪しいぞ……」
「大丈夫よ、こんなところ誰も来ないから」
「グラウンドからは見えるだろ……」
そんな俺の隣には、なんと、あの学校のマドンナはいるのだ。
そんな彼女は匍匐の姿勢で双眼鏡を構えている。
教えてくれ、こんな奴が本当にマドンナなのだろうか。
「別に肉眼でも変わらないだろう……」
「いや、やっぱり変わるね」
そんな俺たちの様子はグラウンドにいる彼らに比べたら、随分みすぼらしいものであろう。
俺たちは今、グラウンドの見える廊下で二人そろって、サッカーの練習をしている森岡とそのマネージャーであり、彼女である米川の様子を見ていた。
「どう?美咲、なんか見つけたか?」
すると、美咲は歯ぎしりをしながら答えた。
「ほんと、ラブラブね……見るだけで吐き気がしてくるわ」
「吐くなよ?」
「吐くほど気持ち悪いっていう例えよ」
まぁ、分かってはいるけれど。
そんなくだらないことを話しながら、俺は休憩がてら、グラウンドから目をそらし、せっかくだし、図書室でも行こうかと図った。
「じゃあ、俺ちょっと休憩」
一応、そんな言葉を残して、そそくさとその場から去っていった。
*****
やはり、自分の聖域は心地が良い。まるで家のような心地良さだ。
今、この場にいるのは受付に座っている司書と俺のみだ。この部屋には俺が紙を捲る音以外はほとんどしない。あとは司書の作業音が響くばかりだ。
そんな素晴らしき我が聖域に入ってくる者はどうも気に食わない。
ガラッ……
扉が開く音がした。つまり、誰かがここに入ってきたのだ。
俺は入口のほうを睨んだ。
「直樹!ちょっと!」
そこには何やら焦った様子の美咲が佇んでいた。
俺は黙って、人差し指を自分の唇に当てた。
美咲は気が付いて、思わず口を覆った。まあ、ここには俺と司書以外には誰もいないから、特に誰かに迷惑をかけたわけではないのだが、図書室のこの静かな雰囲気を壊した罪は重いと自覚したらしい。
(ちょっと、外に出て!)
そんな合図を取っていた。
そんなわけで、俺は渋々、聖域を出ていった。
「で、一体何なんだ?」
「あの二人がグラウンドから消えたのよ!私が目を離している間に!」
美咲はそう言いながら俺の肩を叩く。結構、焦っているようだ。
「もしかして、体育倉庫イベントでも起こしていたりして」
「体育倉庫イベント?」
美咲は首を傾げた。そうか、彼女はラブコメを見ないから、体育倉庫イベント都下わからないのか。
「じゃあ、これを読むといいよ」
俺は一冊のラノベを取り出した。
そして、体育倉庫イベントのシーンのページを開く。
「ここだ。ここを読めばわかるぞ」
俺はその場所を美咲に提示した。
*****
『今日も明日もラブコメディー 6』
まだ、暑さは残っている。夏休みは終わったとしても、こんな体育倉庫とかいう密室にいたのでは、熱中症にもなりかねない。
なぜ、俺たちはこんなところに閉じ込められたのであろうか。
彼女と一緒に……。
「あっつい……」
宮古はそう言いながら、体操服をたなびかせ、熱を逃がしている。ちょっと色気がある。かわいい。
「大丈夫か?宮古」
「うん、大丈夫、でも流石に暑いね」
これまた、色っぽい声だ。ドキドキしてしまう。
「んは……」
宮古はそう喘ぎ声のような声を出す。
俺はちょっと立ってみる。扉の様子を今一度確かめる為だ。
しかし、流石に体力を失っているようで、めまいがしてしまった。それにより、俺はふらついてしまう。
「だ、だいじょうぶ?!」
そういって、宮古は俺の体を支えようと図った。
ぴたっ
俺と宮古の体が密着してしまった。
宮古の汗が俺の肌にひたひたとついている。
宮古の胸が俺の体に押しかかっている。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!
俺の理性が吹っ飛びそうだ……。
*****
「こ……これは……」
美咲に貸していたラノベが今にも引き裂かれそうな勢いだったので、俺は急いで彼女からラノベを取り上げた。
「こんなことが、行われているとは……」
美咲の体は小刻みに震えていた。どうやら、恋愛嫌いにこのシーンは流石に「吹っ切れる」ようだ。
「あくまで、かもしれない。だからな?」
一応、そのことを忠告しておいた。少しでも語弊があると面倒くさいからな。
「ひとまず、体育倉庫に行こうか」
美咲は足早に向かおうとしていた。
「え?俺も行くの?」
「うん、勿論」
「俺はここに残っていてもよくない?あと、もしかしたら、前みたいに図書室に来るかもしてないじゃん」
すると、美咲は手を顎に当てて、少し考えた。
そして、その姿勢をじきに崩した。考えがついたらしい。
「それもそうね……。じゃあ、私だけで行ってくるわ」
そういって、彼女は立ち去った。
よし、聖域で小説でも読むか。
そう思って、図書室の扉を開けた。
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