異世界から留学した王女様。本当の目的は別にある!

井戸口治重

異世界から留学した王女様。本当の目的は別にある!

オレ、菖蒲池淳一郎が通う西大寺学園高校には〝王女様〟がいる。


 ヘンな誤解をしないように先に断っておくが、学園のアイドルに対してのあだ名だとか、美形の芸能人を呼称しての王女様などではない。

 謂うところのあだ名であったり通称などでは一切なく、本来用途の意味である由緒正しき正真正銘な王女様。とある立憲君主国家の国家元首(早い話が王様だ)のご令嬢であらせられるのだ。


 何のことだかさっぱりだろうから、もう少し細かく説明するとだな……


「朝っぱらから何をブツブツ、明後日の方向に喋っているの?」


 本題を口にしかかった途端、不意に背中越しに声がかかる。

 ふり向くと緩い巻き髪を胸元まで垂らしたアッシュブロンドの超絶美少女が、可哀そうな子を見るような痛い視線をオレに投げかけている。


「おい、コラ、ヤメロや。その哀れみに満ちた視線を今すぐ止めろ!」


 冷たい視線に耐えかねてオレは「見るな!」と言い放つが、聴く耳という良識を遥か彼方で捨ててきた彼女には糠に釘。

 醒めた視線のまま、無表情に「あらあら、まあまあ」と口を開く。


「そこに妖精のお友達でもいるのかしら? ご挨拶をした方が良い?」


 思わず聞き惚れてしまうほどの澄んだ美しい声。

 だが、その内容は毒舌のレベルを遥かに超えた辛辣なもの。

 致死性の毒が塗りたくられたきついツッコミは、オレの繊細なハートを容赦なく抉り取り、クリティカルにダメージを与えていく。


「どちらを向いたら良いのか、案内してくださらない?」


 おい。


「誰もいないのを知っていて、わざと言っているだろう」


 露骨な皮肉に「オマエなー」と噛みついたら「まぁ?」と、掌で口元を覆って心底驚いたように振る舞う。


「お友達とお話をしていたのではなかったの」


 あくまでも物腰は軟らかく口調は上品そのもの。しかしその内容は皮肉に塗れ、ケンカを売っているとしか思えない。

 このヤロウ、買ってやろうか。


「ファンタジー世界じゃあるまいし。そんなものが居てたまるか!」


「あら、ひょっとしたら居るかもよ。世の中は不思議なことに満ち満ちていますもの」


 自信満々に語る美少女の名はエーリカ・セレスティーヌ・ワーレーン嬢。

コイツこそが冒頭で話した件の〝王女様〟で、留学生の名目で西大寺学園高校に通う某国の王女殿下なのである。


「オマエの国にはいたのか? その、妖精さんが……」


 自信満々にエーリカが言うものだから、一瞬オレの脳内に背中に羽を生やした美少女な小人さんが、花から花へと飛び交うビジュアルが浮かびあがる。

 エーリカが言うように、世界には常識では解明されない不思議なことがいっぱいある。日本では空想の産物かもしれないが、広い世界ではあるいはと思ったオレに、エーリカがさらに冷たく痛い視線で「いる訳ないでしょう」と一蹴。


「お頭の中で蛆が沸いているの? 背中に羽が生えた小人さんなんて、童話みたいな物語の中にしか出てこないわ」


「ゼンゼン不思議なことに満ち満ちてないじゃん!」


「お頭の中がお花畑な殿方に言われたくないわね」


 あー言えばこう言う。

 宝石を思わせるアイスグリーンの瞳と白磁にも引けを取らないシミひとつない白い肌が相まって、涼し気で凛とした印象を与えるがその実〝超〟が付くくらいの毒舌の持ち主。


 そして、大事なことだから念を押して説明するが……


「小人さんなんて非現実的な生物はいないけど、エルフやドワーフなら〝隣の国〟にいらしてよ」


「問答無用でファンタジーじゃないか!」


 なんとなればこの女、エーリカ・セレスティーヌ・ワーレーンは異世界の王女様なのだ。



    *



 ムー大陸やアトランティス大陸の伝説を聞いたことがあるだろうか? 

 今から1万年以上もの昔に一夜にして海へ沈んだとかいう幻の大陸で、ロマンはあれども真偽のほどは多分に眉唾モノ。

 巨大な大陸が一夜で沈むのはさすがにアレだが、実は250年ほど昔にヨーロッパのケルト海において、実際に四国くらいの大きさも島が海に没した記録があるのだとか。


「本当は海に沈んだのではなくて、島ごと異世界に飛ばされたのだけどね」


「ややこしいから、横からのツッコミは止めてくれ」


「でも事実はちゃんと伝えないとダメでしょう」


「それも含めて説明の途中だったんだ」


「あら、そうなの? 先走ってゴメンなさい」


 解説する横から茶々を入れてくるエーリカのウザいことウザいこと。

 いや、エーリカの言が正解だから正しくは茶々入れではないのだろうけど、コッチにだって説明の順序や流れがあるのだ。文句を言うのは最後まで聞いてからにしてくれよな。


 ま、それはさておき。


 物言いがついたから説明を中略して、内容をダイジェストに詰めるけど。文献では海に没したと記されているそうだが、実際には異世界に転移したという摩訶不思議な現象。

 その異世界に飛ばされた島の名をワーレーン島と呼ばれ、そこにはワーレーン王国という立憲君主国家があったそうな。


「そうな、じゃないわよ! 勝手に過去形にしないで頂戴」


 オレの解説にまたもやエーリカが物言い。眉間にしわを寄せて食ってかかろうと言う気が満々。


「まるで滅んでしまったように言っているけど、ワーレーン王国は今も実際に存在しているわ!」


「滅んでいなくても、異世界に転移しちゃったんだろ? 国ごとまるっと」


「まあ、それはそうだけど……」


「だったら地上から消えたから、過去形で間違いないだろう」


 ハイ。そういうことに決まりました、オレが決めました。


「……反論し辛い」


 ふ、さもありなん。

 こちらサイドから見ればオレの言い分こそが正義なのだ。実際問題として世界地図からも抹消されているのだから、反論など出来やしまいて。

 もっとも、オレも教えてもらった話を言っているに過ぎないので詳しいことは解ってないけど。


 偉い学者さんが言うには(1783年に起きた欧州最大の自然災害と謂われるラキ火山の噴火によって、想像を絶する空間の歪みが発生して島ごと呑み込まれた結果、一国丸まる異空間に転移したのだろう)とのこと。


「その所為でわたしたちの住むワーレーン王国が、この世界と切り離されたのは確かね」


 そんな幻の国がなんやかんや(国家機密に触れるとのことで、細かなことは教えてくれなかった)あって、次元を超えて回廊が繋がり日本と国交を結ぶことになったのが今から5年前。

 いろいろな政治的な思惑が重なり合った結果、両国の親善と留学を表の目的に、第2王女のエーリカがこの学校に通うことになったのだ。

 説明だけでもツッコミ処が満載ではあるが、そこまではまあ良い。一介の高校生に政治の裏側など知る由もない。

 

 ただ、どうしても納得できないのは、このオレが何ゆえエーリカの〝お世話係〟になっているのか、だ!


「そりゃあ淳一郎が西大寺学園に通っていたのと、アンタのお父君が外務省に努めているからでしょう」


「身も蓋もない解説をありがとう」


 エーリカが告げる理不尽ながらも厳然たる事実。

 というのもエーリカを世話するようになったきっかけが、オヤジから「今度、淳一郎の通う学校に同い年の海外留学生がやって来るので、いろいろサポートしてくれないか?」と頼まれたのが理由だからだ。

 最初はもちろん「面倒くさいと」断ったのだが、そこはノンキャリアとはいえ天下の国家公務員、交渉スキルは高いものをお持ちで〝やれ、見知らぬ地に来るのだから友達は必要〟とか〝それ、引き受ければ父の心証がアップし、ひいては我が家の生活レベル向上につながる〟など硬軟織り交ぜて揺さぶりをかけてくる。


 さらに最終兵器として、オヤジは思春期真っただ中でピュアな少年を煽る必殺技を放ってきたのである。


「ちなみに留学生は可愛い女の子だからな」


「うっ……」


 これは強烈。

 思春期真っただ中ないち少年が、某龍の玉なマンガの〝カメ〇メ派〟や某宇宙戦艦なアニメの〝波〇砲〟に匹敵するような必殺技に抗えずはずもない。ハートを見事に撃ち抜かれたオレは、思わず「うん」と安請け合い。

 しかしそれがオレにとっての運の尽き。

 そうしてやって来たのが、コイツことエーリカだったのだ。


「どうだ。父さんはウソを言ってはいまい」


 エーリカを紹介しながら「ハハハ」と高笑い。


「ヨロシク、オネガイ、シマス」


 たどたどしい日本語でコクンと頷くアッシュブロンドの美少女、この笑顔にときめかなったと言えばウソになる。


 というのが3ヶ月前の出来事。

 今から思えば、これがオレの運命の転機だった。


 最初はちゃんと世話してあげたよ。

 来日前に勉強をしていたとはいっても、エーリカの日本語はたどたどしかったし読み書きも厳しかったからな。それに文化の違いもあったからね、無用なトラブルを生まないように、ちょっとした立ち回りもした。

 とはいえ、そんなモノは最初だけ。

 この王女様は存在自体がチートだったようで、あれよあれよと瞬く間に日本語を習得しまい、今やほぼネイティブに日本語を使いこなせている。

 しかも王侯貴族の主たる仕事は外交を含めた社交というだけあって、クラスのみんな特に女子とのコミュニケーションはもはや完璧。いつの間にやらクラスにおいて確たる地位を築いている。

 

 そんな訳で、オレがエーリカに対してお世話係らしいことをしていたのは、彼女が留学を始めたほんの最初期だけ。

 今では彼女が日本に慣れて、クラスをはじめとする皆とも打ち解けて、めでたしめでたし万々歳。


 と、それまでは良いのだが……


「あっ、ヤバッ……」


「急に声を出して、どうしたの?」


「次の授業の教科書を忘れた」


「古典の教科書を忘れたの? 今里先生の授業は朗読させられることも多いから、教科書持参は必須よ」


「だよなー」


 やべーな。

 英語や数学と違って古典は週2しか授業がないから、借りるにしても一番遠い6組に行かなきゃなんだけど、果たして間に合うか……

 頭の中でどうするべきかグルグル考えていると「しょうがないわねー」とエーリカが自分の机を半分動かした。


「ぼさっとしていないで、アンタも机を寄せなさいよ」


 言われてそそくさと机をくっ付けることで、無事教科書忘れの難局を乗り切ることが出来ました。

 それは大変にありがたいのだが……


 授業の終わり際に「菖蒲池は〝奥さん〟にお礼を言っておけよ」と今里先生に言われたり、クラスの連中からは「エーリカさんに感謝だな」とか「エーリカさんに余計な迷惑をかけるなよ」とくぎを刺される始末。


 なぜか今ではエーリカがオレのお世話係だと、クラスのみんなが認識している。

 ……解せん。



    *



 解せないといえば、他にも英語の授業を挙げないとな。

 そもそもなぜに英語がグローバルスタンダードだからって、何ゆえ小学3年生から授業を受けねばならんのか? という根本的な問題はさておいて、隣の席から流ちょうな英語の朗読が聞こえてくる。

 読み上げるテンポが速すぎず遅すぎないので非常に聞き取りやすく(あくまでも〝聞き取りやすく〟だ。理解力には個人差があります)、さらには口調がはっきりしている上に声が澄んでいるので耳に心地よい。

 さすがにお芝居ではないので感情こそ込められてはいないが、それでも教室の大部分の生徒が聞きほれるほど。

 前置きが長くなったけど、


 というか、どうしてエーリカがこんなにも流ちょうに英語を喋れるのだ? 

 日本語もたった数ヶ月でネイティブに喋れるようになったうえに英語までかよ。バイリンガルどころかトリリンガルだと? チートにも程があるだろう。


 なんてボヤいている間に、エーリカが一説を読み終える。

 彼女が本から視線を上げると、担当教師の不破ちゃん(26歳帰国子女)が驚いたとばかりに、両手を掲げて舌を巻く。


「Miss Erica, that was a wonderful reading!」


 ふつうなら数人がリレーで朗読するところを、エーリカ独りで完璧に読み切りやがったぜ。というか、不破ちゃんも呆気に取られてストップを出さなかったくらい。


「ここまでカンペキに朗読されたら、私が教えることがなにもないわ。さすがは留学生の王女様ね」


 帰国子女だけあって不破ちゃんの英語も本場仕込みで「さすが」と思わせるのだが、エーリカの英語にはそれに加えてやんごとなき方特有の品位まで備わっており、完敗とばかりに諸手で拍手をして彼女を称える。

 それどころかクラス全員からの拍手喝采。ふつうならこっ恥ずかしくなって絶叫やら赤面したりするのだろうが、コイツは面の皮がカーボン繊維並みに頑丈なようで、お礼代わりに片足を後ろに引き膝を曲げてカーテシーのポーズまでしてみせた。


「ありがとうございます」


 優雅な所作で一礼してエーリカが席に着くと「今のが模範ね」と不破ちゃんが再度絶賛。続けて他の生徒にも朗読させるが、誰も彼もエーリカの朗読には遠く及ばず。ところどころで「ストップ」と不破ちゃんのチェックが入るし、読み切ったところで「今のだと……」とダメ出しが付け足される。


 ちなみにオレはどうだったって? 訊くなよ、言わなくても分かるだろう? 

 そうだよ、その他大勢だよ! 

 噛み噛みだったよ。文句あるか!


 しっかりダメ出しを受けて着席すると、隣の席から「ぷぷぷ」と声を殺した失笑がきこえてくる。


「ぷぷぷ……すごい朗読。読みが文章を無視して自由奔放だし、アクセントのつけ方とイントネーションも個性的。指名した不破ちゃんが卒倒するほどなんだから、聞いていて面白かったわ」


「おい。自分が絶賛されたからって……イヤミか? 当てつけなのか!」


「あら、分かる?」


 チートな王女様がマウントをとるように囁く。 


「だって酷過ぎて笑っちゃうんだもの。このくらいの文章を朗読できないでどうするの?」


「うっせい!」


「うん。授業中だから静かにしてね」


 二人そろって不破ちゃんに頭を叩かれて、ささやかな罵り合いはお開きとなったとさ。


 それはさておき。


「何で異世界から来てたった3ヶ月の人間が、あんなに流ちょうに英語を読んで話せるんだ?」


 授業が終わって王女様にチートの不満をぶつけたら、この才女は「はぁ、なに言っているの?」と呆れ顔。


「ニュアンスに多少の違いはあるけれど、イングランド王国とワーレーン王国の母国語は同じ。ふつうに話せて当然でしょう」


 いやいやいやいや。マンガやライトノベルじゃあるまいし、異世界で英語が公用語で使われているだなんて、ご都合主義にも程があるだろう。

 しかしエーリカは「お花畑なお頭は止めてくれる」と心底呆れたご様子。


「250年ほど前までは、島のすぐ西側にイングランドとアイルランドがあったのよ。当時はそれなりに交流もあったのだから、言葉が同になるのは当然で必然よ」


 というか、その頃は日蘭貿易の中継点でもあったとかで、城の宝物蔵には江戸時代の伊万里焼などの陶磁器もあるそうな。


「イングランド王国が世界進出した結果、英語をグローバルスタンダードにしちゃったみたいだから、淳一郎もふつうに読み・書き・話ができるようになって貰わないとね」


 さも当然のように言ってくれたが、英語をネイティブに使えはハードルが高いって。


「ムチャを言うなよ。おい」


 無理難題な要求に「出来るか!」と不満を顕わにしたら、エーリカが「学校のカリキュラムにあるってことは、日本政府も期待しているのでしょう?」と正論で返してくる。


「期待と応えるのは別。今は翻訳ソフトとかがあるから、それほど困る場面もない」


 スマホという文明の利器に、グルグルさんの翻訳アプリをタップして胸を張ったが、ケンカを売った王女様は「日本では使えても、向こうでは使えないのよ」との忠告。


「えっ、グルグルさんはアメリカだろう? イギリスとかオーストラリアでは使えないとか?」


 そんな話は聞いたことないけどと首を捻っていたら「もっと行く必要がある場所よ」と意味深な発言。


「その内に必要となるから、今から勉強しておきなさい」


 って、どういうことだ?


 そして時刻はまもなく正午。



    *



 いくら疑問を呈しようが悩もうが、お昼が近づけばお腹が空いてくる。そんなこんなでやって来たのがお昼休み。

 エーリカの昼食はもっぱら屋外で、ランチボックスを持参してのお弁当になることが多い。

 というかオレが屋外で食べることを推奨した結果だ。

 理由のひとつは〝とにもかくにも人が多すぎて、ずっとこれだと息が詰まる〟というストレスの回避から。

 なにせ学校だから狭い教室内に数十人の生徒がひしめき合っている。オレからしたら見慣れた光景だが、勉強は城の私室で家庭教師だったエーリカには信じられない世界。勉強はどうにか我慢できても、食事の時間までこれだと堪らない。


「教室も大概だけど、食堂の混雑ぶりも尋常じゃないわ」


 見た瞬間にげんなりして、食堂利用を諦めたのが理由そのいち。なので自然と校舎とグラウンドの境にあるベンチでお昼を食べる形に落ち着いた。

 幸いにしてベンチの周りは良い感じに木陰になっており、寒暖のキツイ真冬や真夏以外ならば意外と快適に過ごせそうである。

 ベンチにどっかと腰を落とすと、持参した弁当箱を広げる。

 中はもちろん高校男子にありがちな茶色分多めの食材で、鶏のから揚げと卵焼きにちくわの磯辺揚げ、それに野菜も摂っていますとアリバイ造りのレタスが少々。主食はこれでもかというくらい圧縮して詰め込んだ白ご飯で、まさしく〝ザ・男飯〟といったところ。


 対してエーリカのお弁当は、ランチボックスにお上品に詰められたハムチーズサンド。

 これを昼休み時間まるまる使って、ゆっくりと食べるのが向こうの流儀らしい。

 

 メシだけで小一時間使うのか……


「はい、どうぞ」


 なので、早々に弁当をかっ食らって手持ち無沙汰になるオレに、エーリカはちょくちょく持参するポットから紅茶を振舞ってくれる。


「おっ、サンキュ」


「Thanks a lot、よ。言葉使いは気を付けて」


「授業中じゃないんだから細かいことを言うなよ」


 などと戯れながらお昼休みを過ごす。

 今でこそ落ち着いてお茶を楽しんでいるが、エーリカの留学当初のお昼休みはまさに修羅場だったのだ。


 思い出して遠い目になる。


 なにせとてつもない美少女だし、アッシュブロンドの髪やアイスグリーンの瞳を持ち、加えてミルク色の肌とという外国人属性をフル装備。加えて正真正銘の王女様(異世界からは秘密ではないが、積極的に開示はされていない)で、さらには才色兼備という属性のてんこ盛り。是非ひと目見ておきたいという野次馬が、わんさかと教室に押し寄せてきたのだ。

 ったく、ウチの教室はサファリパークか。

 それだけ多くの輩がわんさかわんさか詰めかけると、中にはどうしても品位に欠けるというか下心満載なヤツが一定数混じってしまう。


「昼食をとりながら楽しくお喋りをするのは大歓迎。でも交際の申し込みとか、下品なお誘いは勘弁してもらいたいわ」


 留学して3日と経たずにエーリカが悲鳴をあげた。

 前者は「教室が混雑するといけないので」とやんわりと説得すると、皆さん事情を理解して自重をしてくれた。

 問題は後者。


「お付き合いの概念が根本的に違うのよね」


 困ったもんだとエーリカがボヤく。

 エーリカに交際を申し込もうとする連中は、当たり前ではあるが彼氏・彼女の関係を望んでいる。まああわよくば〝その先〟の下心があるかも知れないが、とにかくそんな男女の〝お付き合い〟がご希望なのだ。

 対してエーリカというかワーレーン王国側の〝お付き合い〟は家と家同士、むしろ〝巨大企業の間で交わされる提携的な契約〟か、どうかすれば国家と国家の結びつきの〝国家間条約〟といったほうがむしろ適切。当然エーリカ本人の意思だけでは決めることが許されず、国王やら大臣やらとか偉いお歴々の承認が必須となる。


「一介の高校生が、そんな事情を知っている筈がないからな」


 交際を申し込みに来るような連中は「先ずはデートしてみよう」と車の試乗程度の認識。当然だが家を背負ってなんて、重い覚悟は欠片も持っていない。

 それでも正当な交際申し込みはまだマシ。

 

「クラスのみんなと遊びに行く等は是非にだけれど、個人的なお付き合いはゴメンなさい」


 丁寧な口調でエーリカが断れば、だいたいの連中は素直に引き下がる。

 しかしエーリカの断りに納得できない一部の連中や、品位に欠ける下心満載な輩はそうもいかない。


「国王の許しもなしに、特定の殿方と付き合うことはできません!」


 キッパリと否定の言葉を浴びせても「そんなもの、バレなきゃいいんだよ」と、自分勝手な理論を振りかざして尚も言い寄ってくる。

 いや多分、エーリカが拒否ったのは建前もあるけど、アンタ自身がウゼーからのほうが大きいと思うぞ。

 エーリカが露骨に嫌そうにしているのを知ってか知らずか、カン違いヤロウは「お試しに1回だけでも付き合ってみようぜ」と尚も執拗に誘おうとする。


 下心の一念てスゲーな、おい。

 エーリカも露骨に嫌そうな顔をしているし、国際問題になるのもイヤだから、オレが仲裁に入らんとダメかな? と思った矢先。

 

「いい加減にしてくれる!」


 エーリカがキレた。


「最後通牒よ。わたしの前から消えて」


 ドスノ効いた低い声で警告するが、当然この手の輩に聞く耳はない。


「あん?」


 挑発的な言葉を発したその時。


 ビシュッ!


 目にも止まらぬ速さで空気を切り裂くような何かが走り、カン違い野郎の右頬すれすれを掠めるように通過した。

 一拍遅れて「カン」という乾いた音。矢じりこそ非殺傷のコルクに変えてあるが、まごうことなき矢が至近距離に放たれたのであった。

 いや、至近距離って言いかただと語弊がある。

 射られた矢はマジで髪の毛1本分程度しか離れておらず、文字通りカン違い野郎の〝頬を掠めた〟のである。


「ヒッ!」


 声にならない声を発して、カン違い野郎がその場に崩れ落ちる。と同時に彼の股間から染みが広がり、生暖かいアンモニア臭が漂いだす。うわぁーコイツ、漏らしやがった。

 腰を抜かして失禁するカン違い野郎の前に、エーリカが「さて」とずぃっと仁王立ち。


「今のは威嚇、警告だからわざと外したわ。大人しく引き下がらないと、今度は本当に当てるわよ」


 ゾッとするほど冷たい声で警告する。

 エーリカの本気を悟ったのか、カン違い野郎がコクコクと頷くと、抜けた腰で這ったまま脱兎のごとく教室を後した。


「これで少しは静かになるかしら?」


「いやいや。やり過ぎだろう」


 腰に両手を当ててふんぞり返るエーリカに、オレは「てぃ!」とデコピンを当てて反省を促す。


「どこの世界にナンパの撃退程度に、矢を射かけるヤツがいるんだ!」


 空気を読まないカン違いヤロウ相手だから、毅然とした態度をとるのは良いと思うが、いくらなんでも実力行使はやり過ぎだ。

 だが「無礼を働いたのだから当然よ」と、額を擦りながらエーリカが異を唱える。


「当たっても死なないよう矢に細工もしてあるし、護衛にも「威嚇だけにしておきなさい」と厳命しているわよ」


 そもそも正当防衛だと声高に主張するが、法治国家に武装した他国のSPを連れてくるな!

 というか、どこから射ってきたんだよ? ここ、教室内だぞ。


「そこは優秀な護衛だから」


 いやいやいや。ファンタジーじゃないのだから「魔法です」みたいな言いかたは止めてくれるかな。というか物理法則を捻じ曲げていないか?

 その点を衝くと、エーリカが肩を窄めて「さあ」と困り顔。


「彼らは王家に代々仕える〝影〟だから。一子相伝の何かがあるそうよ」


 服部半蔵かよ!

 思わず叫びそうになるが、エーリカ曰く彼らは諜報活動の傍ら王族の影の護衛も司っていて、エーリカの護衛もその一環だそうな。


「それにしても、こんなところにまで隠密を連れてくるか?」


「さすがに留学先の他国にまで、ウチの近衛兵を引き連れる訳にはいかないでしょう」


「確かにその通りだけど、根本の前提が明らかにズレている」


 近衛兵を引っ張るのも論外だけど、実力行使も厭わない隠密を侍らすのだって問題大ありだ。

 にもかかわらず「わたしに不埒な真似をしなければ人畜無害。気にするような存在じゃないわ」と平然な表情。生まれた時から連中が傍についているので感覚がマヒしてやがる。


「現代日本で生活するのだから、偶然の接触とか意図しないアクシデントだってあるぞ」


 エーリカは見ての通り美人だから、校内だけでなく街中で執拗なナンパに遭う可能性だってある。その度に威嚇の矢が飛んで来たらマジでシャレにならん。

 しかし、当の本人は「大丈夫よ」と気にするでもなく、至っておきらくごくらくなご様子。


「要はわたしにパートナーがいないから、有象無象な連中が「あわよくば」とか思って手を出してくるのでしょう?」


「言いかたに棘がすごいけど、それが大きな理由かな」


 特定の彼氏がいれば、少なくても学校内でちょっかいをかけるヤツは激減するだろうし、ダミーでも良いから左手に指輪をすれば男避けになるかも知れない。

 そんなことをざっくりと説明すると、エーリカが「ふーん」と唸る。


「それなら大丈夫じゃない。要はパートナーがいれば良いってことでしょう」


 確かにその通りだけど、そのパートナー役を誰がやるんだ? ってえの。


「言っておくけど、オレだってずっと付き添ってはいられないぞ」


 お世話係を引き受けたから学校内は一緒にいるけど、下校した後のプライベートまでは同行していない。しかしエーリカはニッと笑って「そこは心配ないと思う」と断言。


「なんだよ、勿体ぶって」


「まあ、今は言えないってことよ」


 それ以上訊いても「そのうち分かるわよ」とはぐらかすのみ。断片的な情報をかき集めると「この問題を大幅に緩和できる秘策がある」またいな?


 う~む、分からん。


 その後いろいろすったもんだがあって、エーリカの隠密が〝威嚇〟で弓を射ることはなくなったけれど、代わりに警告文が記された〝矢文〟が飛ぶようになったとか。


「前とほとんど一緒じゃないか!」 


「わたしに無礼を働いたらタダでおかないっていう意思表示よ」


 ってか、怖えーよ。



    *



「改めて思いだしたらエーリカが来てからこっち、息つく暇もないほど何かしらアクシデントが発生していやがる」


 食後の紅茶を貰ってホッとしたので、つい感傷に浸って愚痴みたいなことを口にすると、みるみるうちにエーリカの表情が不機嫌になり眉間に縦皺が刻まれる。


「まるでわたしの所為みたいな言い草ね?」


 不本意だといわんばかりに異を唱えるが、不本意なのはむしろオレのほう。


「オレは日々平穏無事に過ごしたいだけだ!」


 ドラマチックなんかクソくらえ、オレは穏やかでホッとするような人生を歩みたいんだ。平々凡々大歓迎、退屈さんよウエルカム。

 ささやかな、本当にささやかなお願いをしただけなのに、オレの隣に座る王女様は「ムリでしょう」と冷たい一瞥。


「アンタ……淳一郎が魅力的だから、面倒とか厄介もやって来るもの」


 口もとをゴニョゴニョさせて呟いているみたいだけど、オマエなにを喋っている?

 

「だって、その程度のことで音をあげていたら、この先やっていけないもの」


「なんだよ。その不穏なセリフは?」


 不安に駆り立てられて真相を訊こうとした矢先、ポケットの中から電話の呼び出し音が鳴り響いた。


「このタイミングでかかってくるなんて、間が悪いにも程があるだろう」


 ブツクサ言いながら受話器をタップしたら、オヤジから前置きを一切合切すっ飛ばして『大事な話がある』とぶっこく。

 えっ? なに? どういうこと?


「理由を話せよ」


 意味が分からず受話器越しに説明を迫ったが、オヤジの口は堅く『後で話す』の一点張り。だけに留まらず『迎えを遣ったから指示に従ってくれ』とオレを拉致る準備までしてやがる。


『用件は以上だ』


 言うだけ言うと通話がプツリと切れて、後に残るのは「ツー・ツー」と鳴るハム音だけ。説明不足にも程があるだろう。


「さっきの電話。誰から?」


 横で黙って推移を眺めていたエーリカが目力で訴えつつ子細を尋ねてくる。オレが「事情を説明しろ」なんて喚いていたから、電話の内容が気になるのだろうな。

 残念。喋れることは何もないのだよ。


「親父から。話があるというだけで、内容はさっぱり」


 両手を挙げてバンザイのポーズを取ると「だったら直接訊いてこないとダメね」とエーリカがのたまう。

 それってどういう意味だ? と尋ねようとした矢先、ベンチの両側から黒いスーツ姿の男が2人、音もなくヌッと現れたのである。


「菖蒲池淳一郎さんですね?」


 職質ヨロシク黒スーツの男たちが身元を訊いてくる。

 隠す必要もないので「はい」と答えると、自身のIDカードを提示して外務省役員だと名乗り「キミを外務省に連れてくるように仰せつかっている」と言うではないか。

 驚きのあまり「はぁ?」と訊き返したオレは悪くない。一介の高校生が外務省から呼びつけられるなんて、いったい何の冗談だ?

 エーリカか? エーリカ絡みなのか?

 官憲からの出頭命令に動揺するオレのチキンハートを足蹴にするかの如く、エーリカが「グダグダ言ってないで、呼ばれたんだから行って来たら」と鼻であしらう。


「他人事だと思って、お気楽に言いやがって」


 オレの愚痴というかボヤキに対して「他人事だったら、もっと突き放すわよ」エーリカの返しは辛らつ。

 そのうえで「話を聴かないことには、なにも始まらないでしょう?」ともっともらしい理由を付け加える。


「ガールフレンドの了解も取れたことだし、我々と一緒に来てもらおうか?」


「いや、ちょっと待て。エーリカの承認でオレが引っ張られる理由が分かんない」


「心配するな。ついでに学校側の了承も取り付けてある」


「ついでって……そもそもエーリカに訊く必要なんかないし、学校が承認しているかのほうが重要だろう! というか、オレの意思がいちばん大事だろうが!」


 外務省の職員ふたりに喚いたが、当然のごとくオレの意思はガン無視。オレは捕獲されたグレイタイプの宇宙人のように外務省の職員ふたりに挟まれ、引きずられるように連行されて黒塗りの高級セダンに乗せられた。

 連れ出される際にエーリカが何か喋っていたようだが、連行されるインパクトがデカすぎて頭の中になにも残っていなかった。



    *



 拉致られて乗った黒塗りのセダンに揺られて着いたのは、外務省の庁舎……ではなくて近くに建つビジネスホテル。


「えっと、オヤジが呼んでいたんですよね?」


 訝りながら訊くオレに、同行した職員が「奥いるよ」と右手をスッと差し出すと、その先にはオヤジとなぜかオカンまで。しかもオヤジはいつものスーツではなく礼服姿、オカンは黒基調のシックな留袖を着ている。


「ひょっとして、誰かのお葬式?」


 親類縁者に不幸があって呼び出されたかと訊いてみれば「おバカ」オカンに叩かれた。


「それだったら父さんは黒タイを締めてるわ」


 へ? っと、オヤジのネクタイを見れば、白いのを締めている。ということは葬式ではなくて、めでたい慶事のほうだな。


「ということは、親族の誰かが結婚するの? でもこんな急に呼びつけるってことは、ひょっとして「できちゃった婚」とか?」


「できちゃったって。アンタ、まさか……」


 突如、顔面蒼白になったオカンにオヤジが「落ち着け!」と肩を揺する。


「この様子だと何も解っていないだけだろう」


 オカンを落ち着かせつつ、呆れるような口調で「解ってない」とオレを揶揄する。

 だったらちゃんと説明しろよ。

 心の底からそう思うのだが、オヤジは時間を確認すると「お相手を待たせる訳にはいかん」とオレを客室に連行するや〝全身くまなく洗い清め〟の刑に処した。

 風呂から出たら制服がなぜか新品に代わっており、さらにはスタイリストさんに髪を整えられたうえに基礎化粧まで。

 全身ピカピカに磨かれて連れていかれたのは、今度こそ外務省の庁舎……ではなく何故か首相官邸。


「オマエを呼び出したご本人に会いに行く。くれぐれも粗相のないように」


 って、誰なんだよ? 

 それもだけれど、オヤジたちの服装の怪だって説明されていないぞ。

 謎が残されたまま通されたのが4階にある特別応接室。

 扉を開けた先。上座のソファーの右側には、なんと総理大臣が座っている。待て待て、理解がぜんぜん追いつかない。オレが呼ばれたのって、ウチの慶事じゃねーのか? 


「それだったら、家に帰って来いと言うし、そもそも職員が迎えに来ることもないだろう」


 動揺するオレにオヤジが呆れる。

 ウッセーわ! と荒れたいが、総理の前でするほどオレもバカじゃない。それに総理の隣に座る壮年男性の目が怖い。

 教科書に載っているナポレオンの肖像画そっくりな衣装を着て、コロネのような巻き髪が左右に2組。トドメとばかりに髪型カイゼル髭を生やしたオッサンが、オレのことを値踏みするようにずっと睨んでいる。

 ひとしきり睨みつけると「ふむ」と頷き、自分の中でなにか納得したみたい。


「キミが菖蒲池純一郎クンだね?」


 巻き髪のオッサンが問うくる。訊かれたので「はい、そうです」と答えると、今度はオッサンが立ち上がって自己紹介。

 なんとこのオッサン、例の異世界・ワーレーン王国の宰相様だってよ。しかもオレとオレの家族を呼びつけた張本人だとか。


「先ずは私から説明をしよう」


 それが合図かのように、総理が立ち上がって用向きを切り出した。


「国家機密にも関わるので詳しくは言えないが、とあるきっかけで時空を超える回廊が繋がったことで、日本国とワーレーン王国は凡そ250年ぶりに交流が再開された」


 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。

 オレに関する用向きで、そんな前置きが必要なの? 

 どこから聞いても政府の方針か企業の事業説明。いち個人に対する説明の冒頭じゃないよね。


 なのでついつい「はぁ……」と気のない返事をしてしまう。

 いや大事な話だとは思うんだよ。国の将来、ひいては自分の将来にもかかわる事柄だろうし。


 ただね……

 スケールがデカすぎるというか、いま現在の自分にどれだけ関係するんだ? と自問自答したら「あまり関係ないでしょう」に辿り着く。

 なので半ば他人事気分で首相の言葉を聞き流していたら、いつの間にやら語り手がコロネみたいな巻き髪の宰相閣下に代わっており「今後一層の結びつきを保つべく、菖蒲池卿の嫡男との婚姻を申入れる次第である」と話を結ぶ。


 ふ~ん……じゃない! 


 いま、なにを言った?

 婚姻? オレに申入れ?

 と、言うことは………………

 …………

 ……


「お、お、お、オレが、結婚! するの!」


 1オクターブはあがったオレの反応に、あっちの宰相が「左様」と重々しく頷く。


「誰と?」


「第二王女殿下である」


「オレが?」


「左様」


「おい!」


 後頭部をパチンと叩かれ後ろを振り向くと、いつの間にいたのやら。

 これまた制服姿のエーリカが、呆れ顔で仁王立ちしている。


「どうしてエーリカがが此処にいる!」


 首相官邸だよ。総理大臣がお仕事をする場所だよ。外国の要人とかがやって来て、いろいろな交渉事をする場所だよ。

 そんなところにどうしてエーリカが? と考えていたら「だから、わたしが呼ばれたんでしょうに」と顔だけでなくセリフまで呆れられた。


「ウチの宰相と日本国の総理大臣が代わる代わる説明していたのに、アンタは大事な話をなにボケっと聞いていたの?」


「いや~っ。なんか「回廊が繋がった」とか「両国の国益のために」みたいなことを言っていたのは憶えているけど、直接自分には関わっていないし「聞き流していても、まあ良いかな」って」


 オレの返事にエーリカが「あのねぇ……」と眉間のシワがさらに1本深くなる。


「国同士の契約よ、双方の国家にそれぞれ思惑があって当たり前。いろいろ建前が付いて長くなるのは、必要かつ当然の帰結でしょう!」


 日本の総理とワーレーン王国の宰相の前で、両手を腰に当ててプンスカ激おこ。

 オレの尊厳はどこに行った? とボヤいたら「ある訳ないでしょう」と傷口に塩を塗られた。


「非常識って日本では菖蒲池淳一郎って訳すのね。まったく……侯爵家の令息なのに自覚がなさすぎるわ」


 さらりと悪態をついたが、それは置いといて。


「侯爵家令息って、なんだ?」


 意味不明なワードに戸惑うオレに「言ってなかったっけ? ウチは戦前に〝侯爵位〟を拝命したんだ」とオヤジがのたまう。


「聞いてねーよ! いま初めて知ったわ!」


 マジで衝撃の事実。

 で、オレの驚いた表情を見て困惑したのが時の総理大臣。


「えーっ、ご子息に言ってなかったの?」


 家の大事だし、当然オレにも言っているものと思っていたのだろう。

 だが実際のところ、侯爵の位どころか貴族の貴の字も知らされていない。


「ノンキャリアの係長職ですからね。今まで意識もしてなかったですし」


「意識していなくても、事実だったのだろうが!」


 怒鳴るオレと困り顔の総理に挟まれてオヤジが「アハハ」と苦笑い。

 笑って誤魔化すなや。


「実は戦前、我が菖蒲池家は侯爵位を拝命していて、天皇家の血がホンの少しだけど混じっているんだよ」


 親父曰くウチの家系を辿っていくと、何代か前の皇室に繋がるのだとか。


「マジかよ。ウチの家系が〝やんごとなき〟ところに繋がっていたなんて」


 とんでもない歴史に驚いたら「いやいや、大したことないから」とオヤジがかぶりを振る。


「高貴だなんだいっても所詮は側室の子だったし、女系だから皇統図にも載ってないからな」


 傍系の理由と立ち位置をザクッと説明してくれる。

 要は〝社長の姪っ子が見合いで社員に嫁いだ〟ように、当時の天皇家側室の皇女が菖蒲池家に降嫁したのだという。


「その時の当主が事務方として、とても有能だったようでな。戊辰戦争の際に兵站の役人として大活躍して、その功と嫁が元皇族というラッキーがあって侯爵位を拝命したんだ」


 貴族位を賜った理由を得々と語り「いまは見る影もないけどな」とオヤジがアハハときっちり落とす。


「……マジかよ」


 衝撃の事実で驚くオレに「自分の祖先くらい知っておきなさいよ」とエーリカが辛らつな言葉を浴びせかける。


「そもそも、どうして淳一郎がわたしの〝お世話係〟を任されたと思うの?」


「オヤジが外務省の職員だからだろう」


 同い年で、たまたま留学先の学校にオレが通っているからと言ったら「バカね、違うわよ」と一蹴。


「第二とはいえ、王女たるわたしの傍にいるのよ。それなりな高位貴の子女でないとダメだからに決まっているでしょう」


 本当なのか? とオヤジを見れば、黙ってコクリと首を縦に振る。

 のみならず、総理と宰相までもが同じように頷いた。


「って、ことは……ひょっとして、結婚も?」


 恐る恐る尋ねてみたら、宰相閣下がなぜか「ガハハ」と高笑い。


「わが国としては出来ることなら皇室との縁が結びたかったのだが、残念ながら今現在独身で適齢期の皇統男子がいないと聞かされてな」


「そこは皆さん知っての通りなので、宰相閣下に事情をご説明したら「ならば高位貴族で何方か」となったのですが、知っての通りわが国は昭和22年に貴族性を廃止しました」


 注釈を入れる総理に「それは法で定めただけ。貴族の血統が絶えた訳ではない」と宰相が続けると「そういうことで良いのなら」と再びボールを受け取った。


「同い年で〝元〟とはいえ侯爵嫡男、しかも外務省職員の子息という、うってつけの人材が見つかりました」


「それがオレって事?」


 飛んできたボールをキャッチしたら、全員がその通りだとばかりに「うん」と頷いた。


「とはいえ、我が国とて無理強いな政略結婚など望んではいない。貴殿の写真をお見せして、王女殿下に〝お伺い〟したところ中々の好印象」


 ふたたび語りだす宰相閣下の言葉に、茹でタコのようにエーリカの顔が真っ赤になる。というか、地味にオレにもクリティカル。


「後は〝四の五の言うより、実際に見てもらったほうが良かろう〟ということで、王女殿下に留学してもらい級友として過ごしていただいた。結果を訊くと満更でもなかったので、今日の慶き……」


「叔父様、ハウス!」


 羞恥プレイを続ける宰相に耐え切れず、耳の先まで真っ赤になったエーリカがストップをかけた。


「おや、惜しいね。私としてはその先も、みんなに聞いてもらいたかったのだが」


 茶目っ気たっぷりに肩を竦める宰相閣下にエーリカが「それ以上暴露したら、王女権限で叔父様を断頭台にお連れしますわよ」と真顔で脅しをかける。


「いやいや、姪に処刑されるなんて勘弁してくれ」


 両手をひらひらさせながら困り顔かと思いきや、オレのほうに向き直り「さて、純一郎クン」とおちゃらけ口調から一転、真顔でオレに尋ねてくる。


「ワーレーン王国からの正式な要請なのだが、キミの回答は如何かな?」


 口調こそ穏やかだが、目元はまったく笑っていない。瞳は「テメエ、分かっているんだろうな。ゴラア」と口ほどに物語っている。

 オヤジとオカンに視線を向けると「いいお話だから受けなさい」と視線でエール。いやいや、アンタら逆玉狙っているだろう!

 ならばと、総理大臣のほうを向けば「与野党一致でキミらのことを応援しているよ」とトンデモ発言。


「ちなみに陛下は「おふたりの意思が全てにおいて優先ですけが」と前置きされたうえで「この縁が両国にとって良きものになることを願っています」とのことだ」


 めっちゃ応援してるやん!


 これ、ひょっとして完全に四面楚歌?


 エーリカが嫌いな訳じゃない。

 美人でスタイルが良くて、頭が良くてスポーツが万能。そのうえ高飛車で外面が良くて、口が悪くて見栄っ張り。

 

 魅力的な女の子だけど、結婚は…………


 ……

 ……

 ……

 ……


 あ、そうだ。


「日本の法律だと、結婚が許される年齢は18歳。オレもエーリカも年齢が届いていませんね」


 そう。オレたちは未だ16歳。あと2年経たないと結婚することはできないのだ!

 う~ん。残念、残念。


 法を盾に返答を先延ばししたら、耳元で宰相が「日和見ったね」とボソッと呟く。


「日本国の法がそのように決めてあるのであれば、当然ながら従わねばなるまい。今日のところは「婚約」の約定を結んだということで話を纏めますかな」


「日本に住む以上、結局そうなりますからね。こちらに異論はありませんよ」


 宰相閣下と総理大臣は握手を交わし、まるでなにかの条約が決まったかのように晴れやかな笑顔を見せる。

 オヤジとオカンはそんな二人に頭を下げて「今後ともよしなに」みたいなことを言っているが、これはどうでも良いのでガン無視してスルー。

 

 肝心のエーリカはというと……


「はぐらかしたわね」


 オレをキッと睨むとそう答える。


「なにを?」


 恍けてみると「わかっているくせに」と、いっそうオレを睨みつけてくる。


「私と結婚するのがそんなにイヤ?」


「うん。イヤだね」


 キッパリと答えたオレに血の気が失せて呆然となるエーリカ。


「だって「好き」とも言われていない相手から結婚を申し込まれても困るもの」


 オレとしたら好意を向けてくれる相手と恋愛しないと。まだ16歳だからピンとこないが、結婚はその先にあるモノだろう。

 オレの答えに一瞬呆けたエーリカだったが、すぐに「ふ~ん」と呟くと急に首をゴキゴキと鳴らし始める。


「そうね。確かにそれは癪に障るわね」


 納得するように二度三度頷くと、オレに向かってビシッと指を突き付ける。


「わたしだって「好き」と言ってくれる殿方に輿入れしたいわ。第二王女の名にかけて、ゼッタイに言わせてみせるから覚悟なさい!」


 左手を腰に当てながら高らかに宣言する。

 

 いいだろう。受けて立ってやろうじゃないか!

 

 こうしてオレが貴族に引っ張られるか、はたまたエーリカを庶民に引きずり下ろせるか? 己の矜持をかけた駆け引きのゴングが鳴らされたのであった。











 世間ではそれを〝じゃれ合い〟と呼ぶらしい



                                おしまい                                                    

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異世界から留学した王女様。本当の目的は別にある! 井戸口治重 @idoguti

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