第9話 甘い


「この格好はどう見ても人間に決まってるでしょ?!」コマチはモザイクシェル状の球体を少年に見せながら怒鳴った。「あんたが私に斧を投げたせいで、髪の毛が切れて変なのになっちゃったんだからね!」


 ツクモは球体を見ると目を輝かせコマチに近づいた。

「へえ?! 少し調べさせてくれ!」


「うっ(近いっ) ……調べてどうするの? 髪、戻してくれるの?」

 コマチはあとずさりして球体を差し出した。


「それは……、調べてみねえと」ツクモは球体を手のひらで転がしながら表面を確認する。「穴がない」


「どういうこと? 普通は穴があいてるもんなの?」


「美味そうだな」ツクモは球体をポイッと口の中に放り込んで舐めた。「ん……? 甘い……?」


「わっ?! 私の髪の毛……っ」


「あ……」ツクモは球体を乗せた舌を出し、つまんでコマチへ差し出した。「悪い。つい……癖で」


「き、汚いっ。もういい!」

 コマチは苦い顔をして後ろを向いた。

 赤い空に黒い雲が漂い、稲光が地面へ落ちている。

「どうしよ……安全な場所ってどこよ……」


 ツクモはベルトバッグに球体を放り込み、壁に刺さった斧を引き抜き背中に背負うと、唇をへの字に尖らせ、少し離れた空中へ飛翔した。


「お前、一野イチノ心町コマチ、だろ?」


「へ?」

 コマチは声の方へ顔を上げた。


「俺、同じクラスの小玉コダマツクモ。髪白いし分かんねえか」


「え……? 小玉……くん?」

 コマチはツクモの顔をじっと見る。そう言われてみれば、とコマチは、図書室で間近で見たツクモの顔を思い出した。お互いの目を覗き込んだ、あの静かな瞬間を。


 あのあと、コマチは教室にいたその人物の名札で名字を初めて確認したのだが。


 見つめられてツクモは照れながら顔を横にそらしゴーグルをかけた。

「お前さ……、あの……」


「何か、小玉くん、性格違う……?」

 コマチは首を捻りながら小さく呟いた。


「お前さ、その格好はどうかと思うぞ」


「は……」

 コマチは自分の格好を確認する。腰のホルダーに刺さった銃。ショートパンツにキャミソール……の肩紐が片方垂れ下がって胸が見えかけている。

「ひ(ひえ〜〜)」

 コマチは赤面しながら慌てて肩紐を直した。


 ツクモはゴーグル型スマートグラスからひょうたん型のコマチを見下ろした。


「この辺にはもう魔物はいねえ。俺はそろそろ帰る。お前も一旦帰ったら。その……またここに来るなら装備なんとかしろよ。じゃ」


「あ、待っ――」


 コマチが手を上に伸ばし声をかけた瞬間、ツクモが一瞬、一辺が四メートルの黒い立方体に変幻し消え去った。


 一人残されたコマチは、稲妻を避けながら空中を素早く移動する。

「どうすればいいの。どうやって帰れば……」


 コマチが呟くと、唐突に辺りの風景から色が消えて行った。

 闇に飲み込まれるように瓦礫も大地も空もガラガラと消え去っていく。

「えっ、何これ、どうなってるの?!」


 コマチの足元の暗闇が、コマチの身体を重い引力で引きずり込む。


「い、いや――!! まだ死にたくない……!」

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