第3話 図書室
図書室から廊下へ蒸し暑い空気が漂う。出入口に「エアコンが壊れています」と張り紙。
コマチは図書室の中を覗き込む。特大サイズの黒い本と辞書サイズの分厚い赤い本を持った男子生徒が一人いるだけだ。
コマチはホッとして図書室に入った。
何の興味もない本が並ぶ棚の間を何かを探すふりをして、ゆっくりと図書室の奥へ進む。ハンカチで顔の汗を拭い、細長い机の並ぶ閲覧席と窓の間の通路を歩き、窓の下の棚に並ぶ文庫本のタイトルを視線でなぞっていた。
ふいに窓の外から叫び声。振り向くと野球ボールがコマチめがけて飛んできている。
それはコマチの目にスローモーションのように見えた。目の前の窓でボールが一瞬止まり、窓ガラスの破片が飛び散る。四方八方に煌めきながら。その中心の硬い玉はコマチへ向かっている。
「――危ねえ!」
男子の声。と同時にコマチの目の前に、黒い四角い物体と目が赤く光る少年が飛び出した。
コマチが気づいた時、身体は真横に倒れた状態で、軽く床に打ち付けた身体の側面がじいんと痛みを発していた。
瞼を開けると、目の前に瞼を閉じたまつ毛。男子の顔。息がかかりそうなほど近くに。コマチの胸が小さく弾けた。
「……うっ」
ツクモは肩に痛みを感じて唸った。コマチはとっさに目を閉じて気絶した振りをしたが、額に何かがぶつかった感覚で目を開けた。ツクモと目が合った。暗く深い瞳。
お互い床に倒れたまま、額が触れたまま、一瞬時が止まったように、二人は見つめ合った。
ハッとしたようにツクモは素早く身体を起こして立ち上がり、振り返らず歩き出した。耳が赤い。
「あの……っ」
コマチは上半身を起こし、小さなため息のように掠れた声を発した。ツクモはそのまま図書室から出て行ってしまった。
コマチは額の感触を手で確かめた。指先にぬるい汗が触れる。鼓動が少し早くなった。
違和感を覚え腰を浮かせると、縦横厚さ210✕150✕35ミリメートルの分厚い赤い本が下敷きになっている。すぐ近くには縦横厚さ400✕300✕50ミリメートルの黒い特大本が転がっていた。コマチは赤い本をつかみ、黒い本の上に置いて二冊を拾い上げ、その重みに倒れそうになりながら机の上に置いた。
赤い本の表紙には『THE RED SKETCH』と書かれてある。ぱらぱらとページをめくる。
コマチは本に書かれた文に目を止めた。
−−−−−
■人間として生きる意味や目的を探してこの本を開いたあなたへ。
本書の前半では、あなた個人の生きる意味を知る魔術技法を記した。
これは大変な危険を伴う。もしあなたが
−−−−−
廊下からバタバタと足音が聞こえ、野球部員二名が図書室の出入口でお辞儀をした。
「すみませーん! ボールを探しに来ました!」
コマチは辺りを見渡したが、近くにボールはなかった。
野球部員たちは、
「窓が開いてて良かったな!」
「マジでビビったあ!」
と言いながら見つけたボールを拾い上げ、
「お騒がせしました〜」
と図書室から出ていった。
コマチは、もう一度辺りを見渡した。ガラスの破片が見当たらない。
(あの時、窓が割れた気がしたんだけど……)
黒い本の重みを確かめた。片手で振り回せそうもない。
(彼はこの本を片手でつかんで、ボールから私を守った……?)
二冊を抱えてコマチは図書の受付へ向かった。
「返却ですか?」
受付の図書委員は慣れた様子で黒い本のページをめくり、中を調べながらたずねた。
「いえ……、えっと、落とし物……です」
「ありがとうございます。こちらで処理しておきます」
図書委員は赤い本のページをぱらららとめくる。コマチは先ほど読んだ文を思い出した。
二冊のバーコードにスキャナーを当てながら、図書委員は立ち去らないコマチに首を傾げた。
「他に何か……?」
「あの……! この本借りていいですか?!」
The Red Sketch 切りとられた闇と異界の記憶の欠片 毬壱まり @Marie_mari
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