第4話 コマチの家

「ただいま」


 まだ明るい夏の夕方。

 コマチは壁のフックに鍵をかけ玄関で靴を脱いだ。奥の部屋からテレビの音が聞こえてくる。


 リビングの床に転がったリモコンを拾い上げ、テレビへ向ける。

「お母さん……またつけっぱなしで……はあ……」


 テレビがCMを流している。


 チャララ〜♪

 映し出される黄色いエプロン姿の笑顔の女性。

『これ一つで!』

 レトルトパウチからフライパンに注がれる白いソース。

『簡単! もう出来上がり!』

 湯気のたつ料理の皿。

 子供が料理を口に運ぶ。

『美味しい〜!』

 男性は料理の乗った小皿と箸を持ちにっこり。

『う〜ん、美味いっ!』

 エプロン姿の女性。

『クッキンキッチンで! 家族みんな美味しい笑顔!』

 チャララ〜♪


 コマチは、小さくため息をつくとリモコンのスイッチを押した。テレビが暗くなる。リモコンをソファーに投げ捨てるように置いた。

「あんなもの……美味しくない」 


 コマチは鞄から弁当箱を出し、ダイニングテーブルの上に置いた。弁当の半分の残りを食べた。


 シンクの水切り籠の中の水筒と弁当箱から水滴が下へと伝っていく。

 


 コマチは二階の自室へ入った。

 ベッドに鞄を投げるように置く。中からプリントと教科書と赤い本が少し飛び出した。

 ベッドの上に制服のまま寝転んで、鞄からはみ出たプリントを抜き取った。仰向けでプリントを眺めた。

「九十九点なんて……意味ない。百点じゃなきゃ……」

(お母さんも褒めてくれないし)


 九十九点が垂れ下がり、後ろに重なったプリントが現れた。

「授業参観……どうせお母さんも仕事できてくれないし。意味ない」

 コマチは寝転んだまま答案用紙と授業参観の案内を丸めてゴミ箱に投げた。


「うーん……」

 手足を伸ばす。

 ざらついた赤い表紙の本が手に当たった。


「生きてる意味なんて……何もないよ。

 生きててもつまんないし。

 死んだら全て消えるだけだし……」


 コマチは呟きながら、頬の汗を手の甲で拭い、サイドテーブルの上のリモコンを取りエアコンをつけた。うつ伏せになり、赤い本を手繰り寄せて、ページをめくった。

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