第4話

「悪い、ちょっと遅れちゃった。廊下の突き当たりで立ち話している職員がいてさ、中々入ってこれなかったわ」


 沙羅と二人で部屋の中で待っていると、あの紙切れに書かれていたおおよその時間から五分程遅れて湊が私達の部屋に入ってきた。沙羅には、食事が始まる少し前に湊から手渡された紙切れの内容を伝えており、食事が始まると同時に私達は勢いよくご飯をかきこんだ。結局、チキンステーキは私が半分程、沙羅は三分の一程しか食べられなかった。食べ物を残すことは悪いことだとは思っていたが今はそんなことも言ってられない。皆が和気あいあいと食事を楽しむ中、私と沙羅は食べ終えた食器を返却口へと下げにいった。湊は、私達より少し前に既に食堂から出ており、急いで部屋へと向かった。食堂から出ようとした時、扉の端にある職員用のテーブルに座っていた三島と目があった気がしたが、私はすぐに目を逸らし素知らぬ顔で出た。


「で、計画ってどんなのが出来たの? ってかさ、いつもの暖炉前のソファじゃ駄目なの?」


 湊が部屋に入ってくるなり、沙羅が詰め寄るようにして言う。満足にご飯を食べれなかったせいか、沙羅は先程から少しだけ機嫌が悪い。


「悪い、夕飯食べれなかったもんな」と湊はすぐに頭を下げた。でも、俺がお前らの部屋に入るには自由時間は絶対に無理だし、皆が食事してる時くらいしか無理かもって思ったんだ。と申し訳なさそうに言う。それから、誰に見聞きされているかも分からない暖炉前のソファはこれから極力避けるべきだということを私達に告げた。


「まあ、そうだよね。ごめん湊。湊は、何も悪くないのに」


 今度は、沙羅が頭を下げる。


「いや、俺もこんなぎりぎりに伝えるんじゃなくて、前もって言っとくべきだったわ。じゃあ、思いついた計画を話すな?」と最後は湊が纏めた。私と沙羅は湊に目を向ける。簡素な部屋の真ん中にある小さな丸テーブル。それを取り囲むようにして私達は座り直した。湊はあぐらをかき、沙羅は足を崩してる。私は立てた膝の上に顔をのせ、聞く態勢をとった。


「明日だ」


 湊が口元の両端を持ち上げてから、そう言った。


「え」

「えっ?」


 唐突に湊が言い、私も沙羅も声にもならないようなものが口から溢れる。計画を立てるというから、その為にも準備をすることが色々あって、それを実行に移すのなんてもっと先の話になるかと思っていたから面を食らってしまったのだ。


「明日って、そんな急に実行に移して大丈夫なの?」


 私が疑問に思っていたことを沙羅が口にしてくれた。


「うん。むしろ、もう明日しかないと思った方がいいと思う」


 いつになく真剣な表情で話し始めた湊の計画というものを、私と沙羅は時折疑問に思ったところは質問を挟みながら聞いた。そもそも、私と沙羅は自分達の出生元を辿れるもの──その対象すらも分からなかった。それが、三島の部屋の中にある黒いファイルだということは湊が教えてくれた。


「どうして湊は、そこに私達の出生元を辿る情報があるって知ってるの」と私が問い掛けると、湊はふっと微笑みながら、陽菜乃ちゃんのおかげかなと言った。


「朝の点呼の時には、職員はいつも黒いファイルを手にしてる。俺たちが口にした名前を照合する為にな。お前らも見覚えあるだろ?」


 問われ、私と沙羅はちいさく頷いた。


「ここ最近、俺は毎日陽菜乃ちゃんと一緒にいるからさ、あのファイルにもしかしたら俺たちの親に通じる情報があるかもしれないと思って陽菜乃ちゃんに頼んでみたんだよ。あのファイルをお兄ちゃんと陽菜乃ちゃんにもみせてもらったら?って。今朝のことだ。いつものように食堂の前で点呼があって、目の前の職員に名前を告げた時だった。俺が抱っこしてた陽菜乃ちゃんがさ、陽菜乃にもみせてって言って職員の手にしていたファイルに手をかけたんだよ。そしたらそれが地面に落ちて、少しだけだけど中身がみえた。そこには俺の顔写真、名前、年齢、その下には何か一瞬だけだが出生記録っていう文字が確かにみえた。だから、明日職員室に忍びこんでそれらしいものを片っ端から調べて盗む」

「え、ちょっと待ってよ。計画ってそんな杜撰ずさんなもので大丈夫なの? 片っ端から調べるってそんなの職員にみられたらただじゃ済まないんじゃない?」


 途端に声をあげた沙羅をみながら、私も全く同じことを考えていた。職員室の中には常に数人の職員がいる。その中を、誰に咎められることもなくファイルを探すなんて到底無理な話だろう。ましてや私達は、それが職員室にあるかどうかも分からない。そんな私達の不安げな表情とはよそに湊は不敵な笑みを浮かべる。


「片っ端から調べるのは他にも俺たちの知らない何かがあるかもしれないからだよ。出生元のファイルは三島の部屋にある」

「なんで湊がそれを知ってんの?」

「前に外出届を出しにいこうと三島の部屋に入った時、三島がなんてことない表情でそのファイルを机に立てかけてたんだ。ファイルの色味やついていた傷跡といい、それに俺には見せないようにと咄嗟に仕舞い込んだあの反応は間違いねぇよ」


 湊の瞳は自信ありげに部屋の照明の光を吸い込んだ。そんな湊に対して「でもさ、職員室を物色するのすら難しい話なのに、更にその奥にある三島の部屋なんて入れるの?」と沙羅が問い掛ける。


「だから明日なんだよ」



 湊は、私と沙羅に順に視線を配らせてから本当の意味での計画を話してくれた。


 クリスマス会当日は、子供達や職員も含め施設内にいるほとんどの人間が食堂に集まる。職員室の中には数人の職員が残っているだろうが、食堂から一番距離がある女子寮のある西館には誰もいないだろうというのが湊の考えだった。


「まあ確かに人はいないだろうけど、それからどうするの」


 沙羅がそう問い掛けると、湊は「この施設には火事になってもらう」と私達が思ってもいない事を口にした。


「え、それはやばいんじゃない?」

「そうよ、いくら何でも火事を起こすって、私達以外にも小さな子たちだっているんだよ?」


 私と沙羅が途端に口々に詰め寄るものだから、湊は眉を下げ両手をあげる。


「ちょっとお前ら最後まで聞けって、正確には火事が起きたように見せかけるだけだよ」


 湊はそう言って沙羅が日々の出来事を書き留めていたメモ帳の一番最後の方を開き、私達に分かりやすいようにと図に書いて説明してくれた。第一段階としてクリスマス会当日の午後八時に、恐らく一番職員がいないであろう西館に湊が向かい火災報知器を鳴らす。クリスマス会は午後六時から始まる為に、二時間程時間が経過したそれくらいの時間帯が一番皆の意識がそれに向いてるからだろうということだった。


「それで、俺が火災報知器を鳴らす五分前には新奈と沙羅は職員室前にある女子トイレの中に入っていて欲しいんだ」

「え、なんで?」


 沙羅が咄嗟に問い掛けた。


「火災報知器が鳴ると、職員達が子供達を一斉に外に誘導させるはずだ。二年前のこと覚えてるか? 東館の火災警報が誤作動で鳴った時あっただろ? あの時も職員達は馬鹿みたいに訓練通りに子供達を一斉に誘導してた。だから、その時に食堂の中にいるのはまずい」と言いながら、湊はメモ帳に長方形の建物を三つ書き入れ、その内の一つに西館と書き丸をつけた。


「午後八時きっかりだ。火災警報が鳴り始めてから、一分経ったらまず沙羅が女子トイレから出てくれ。その時に、もしかしたら職員室にはまだ職員が残ってるかもしれない」とそこまで言ってから、湊は沙羅に視線を送った。


「そこで沙羅、お前の出番だ。職員がもしまだ残っているようならかなり焦った感じで、西館から子供達の声がしました。まだ残されてるかもしれないです。とか言って職員を全員外に連れ出してくれ」「分かった。それは全然いいんだけど、なんで私なの?」


 沙羅がそう問い掛けると、湊が悪戯な笑みを浮かべる。


「お前が一番口がうまいから」

「あーなるほどね。おっけ、任せて」


 沙羅は納得した様子で、少しばかり胸を張った。


「で、その時なんだけど、もし職員がいないようなら沙羅は新奈を呼びに女子トイレに戻って欲しいんだけど、もしいるようなら中にいる新奈にも伝わるように出来るだけ大きな声をあげて連れ出して欲しいんだ」

「分かった。でもさ、湊は火災報知器を鳴らす為に西館にいるからまだ西館にいるんじゃないの? それって私と職員達と出くわさない? 大丈夫なの?」

「あーそれは大丈夫。俺は秘密の通路を知ってるから。汚れるからちょっと嫌なんだけど」


 湊はあぐらをかいていた足を組み直してから、それから次は新奈だ、と私に目を向けてきた。私はその時、秘密の通路とは何だろうと考えていた。


「新奈は職員室の中に入ったら片っ端からファイルをみてくれ。俺たちの知らない何かがそこに書かれているかもしれない」

「え、三島の部屋の黒いファイルじゃなくていいの?」

「新奈が職員室に入る頃にはたぶん俺も合流してるから、それは俺がやる。職員室にいるならまだ言い逃れ出来るけど、三島の部屋の中にいるのは流石に言い逃れ出来ない。だからリスクが高いし、それは俺がやるよ」


 湊にそう言われるまで、私は事の本質というものを十分に理解出来ていなかったのかもしれない。見つかったらまずい、バレたらやばいかもしれない、そんな風に私が胸の内で考えた事はどれも抽象的で、実際に職員に見つかってしまうと自分がどんな目に合うのか全く想像することが出来ていなかった。言い終えた湊がメモ帳に目を落としながらいつになく真剣な表情でいる姿をみて、私には覚悟が足りていなかったのかもしれないと思った。


「計画は明日。午後八時きっかりに開始だ」


 湊の放ったその声が、頭の中で何度も反芻された。

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