第13話
部屋の掃除を一通り終えてから、窓の向こうに視線を送りひと息ついていると、扉を開く乾いた音が鼓膜に触れた。
「おかえり、今日はどうだった?」
今の自分に出来る精一杯の笑みを向けたが、沙羅はちらりと私をみてから二段ベッドの二階へと昇っていく。返事はない。やっぱり、怒っているのだろうか。今朝の私のような態度をとられて怒らない人はいないだろうと思う。
「今朝のことなんだけど、あの、ごめんね」
沙羅は荷物を置いて横になったまま、白い天井を見上げている。私のことをみようともしない。
「それだけ?」
部屋の中に氷みたいにつめたく怒りを孕んだような声が転がった。沙羅はベッドからゆっくりと身体を起こし、私は下から、沙羅は二階から見下ろすようなかたちで目が合う。
「え、だからごめんね。嫌な態度をしちゃったから」
「そうじゃなくて、何であんな態度だったのかその理由は説明してくれないの?」
「それは」
言いかけて、言葉に詰まった。私以外の人が雪が降る日にだけ記憶を失い、その氷のような日々に耐えられなくなったから。そう言えたらどれだけ楽だろう。言ったところで、きっと沙羅は信じてはくれない。だから、口を引き結んで黙るしかなかった。
「ねぇ、私達ってさ付き合ってるんだよね?友達ならまだいいよ。友達なら、ね?でも、付き合ってるならお互いの事を何でも話せないとかおかしくない?」
沙羅が一体何を言いたいのか私には分からなくて、曖昧に頷いた。
「何で今日はあんな感じだったの?ううん、今日だけじゃないよね。前から思ってた。新奈は冬の間いつも気分が沈んで、その度に私は元気にしてあげようって頑張ってきたけど、それも限界だよ。だって、どれだけ私がその理由を聞いても新奈ははぐらかすばかりで、ちゃんと教えてくれないじゃん」
次第に感情が高まってきたのか、沙羅の目が潤んでいるのがみえた。それにつられるように、私の中からも溢れてくるものがあった。「もし、私に何か不満があるなら」と沙羅が言いかけた瞬間、「違う!」と叫んでいた。
「じゃあなに? なにが不満なの? なんで冬の間ずっと虚ろな目をしてんの? その理由も言わないで、ただしんどそうにしている新奈と一緒に生活をしている私の気持ちも考えてよ!」
階段を駆け下りてきて、畳みかけてくるように沙羅が言う。私はそれから逃げるように窓の向こうに視線を送った。今日は雪が降っていない。もう、全てを打ち明けてしまおうかという気持ちに駆られた。もし、その後に雪が降れば、私が話した内容は全て手のひらに舞い落ちた雪みたいに溶けていく。それでも、言わなければ今の沙羅の感情を抑えることは出来ないのかもしれない。そう思っていると、沙羅が私の瞳の中心を捉えてきた。
「ねぇ、新奈。一度ちゃんと病院にいこ?」
思ってもいなかった言葉を投げかけられ、私は思わず、え、と呟いていた。村の中には大きな精神病院があり、そこには心が病んでしまった人が沢山いる。恐らく沙羅はその病院のことを言ってるのだと思う。私を、そんな所に連れて行かせようとしているのか、と寸前まで胸の表面を満たしていた感情が一瞬にして怒りへと変わった。
「沙羅は……私をそんなところに行かせたいの?」
「行かせたい訳ないでしょ? あそこには心が壊れてしまった人が沢山いるんだよ。好き好んで私がこんなこと言ってる訳ないじゃん!」
少しの間があって、でもさ、と続ける。
「新奈ってその、よくみえるって言うじゃん。白い部屋だったり、螺旋階段だったり。きっとそれも心に原因があると思うんだよ。今の精神状態をそのままにしてたら、新奈にとっても良くないし、理由も分からない私は毎日気持ちがもやもやして……それってお互いの為に良くないと思う。私がずっと支えるから一緒に先生に診てもらおうよ」
確かに私はいつからかそこに存在するはずのない物や人がみえるようになった。それを沙羅と凜花さんにだけは二年程前から相談していた。だが、その話を今持ち出さるとは考えてもみなかった。私は二人なら信用出来ると思って話したのに。言い合いになったからと言って、それを話題にあげてくることにひどく怒りが湧いた。それに医者にみてもらう必要なんてない。雪さえ降らなければ、私は私でいられるんだよ。気持ちが沈むこともない。きっと、あの白い部屋だって二度とみることはない。気付いた時には私は両手を力いっぱいに握りしめていた。爪の先が手のひらの肉に食い込んで痛い。
「新奈、お願い」
沙羅の肩から伸びた手が、私の腕にそっと触れてきて、私はその手を振りほどいた。
「私は病んでないよ」
そう言ってから、「いや、もしかしたら病んでるのかもね。」とすぐに言い直した。
病んでいる。確かにそうかもしれない。雪が降る度に、いや雪が降っていなくても、冬の間はそれに怯える毎日で死にたくなる。他人からみれば、そんな心境で日々過ごす私は病んでいるようにみえるのだろう。どうして私だけがこんな目に合わなければならないんだ。雪に対する憎しみと、私の気持ちを理解してくれない沙羅への怒りで、自分を見失いそうだった。
「もう、いいよ。全部話すから落ち着いて聞いてね」
穏やかな口調とは裏腹に、私は壁に掛けられたカレンダーを手のひらで思い切り叩きつけた。その音に沙羅がびくっと身体を揺らす。
「今日は何日?」
「なんでそんなこと聞くの」
「いいから、答えて」
「十二月十四日じゃないの?」
「そう、十二月の十四日。いつ知ったの?」
「朝の点呼の時だけど」
雪が降っても記憶が失うことがない私は、常に正確な日付を把握している。だが、私が認識している日付と、私以外の人たちが認識しているそれとは、雪が降る度に僅かにズレが生まれる。
直近で雪が降り始めたのは十二月の十一日。その日から三日続けて雪が降ったせいで、この村で生きる人達は三日連続で当日の記憶を失っていることになる。つまり、同じ一日を三度も過ごしていることになり、沙羅を含め皆が目を覚ました時は、雪が降り始めた十二月の十一日が今日の日付けだと思っていたはずだ。今日が十四日であることを知ったのは、施設内に幾つかある時計の時刻と日付を確認してからからだろう。その様子はみなくても目に浮かぶ。皆が口々に、また妖精の仕業だと、妖精は日付けまで進めるから嫌になるね、などと笑いながらにでも言っていたのだろうと思う。そんな訳ないのに。妖精なんて、いるはずないのに。
「自分の認識している日付けよりも三日も進んでるのは、妖精のせい。皆そう言ってたんでしょ?」
沙羅の目をみて、静かに言った。胸の中から溢れ出ようとする言葉を取捨選択し、整えてから口に出す。こうしないと、感情的になって思ってもいないことまで言ってしまいそうだった。
「それが何?」
「そんなこと、ほんとに信じてるの?」
沙羅が目を見開いたが、構わず続ける。
「私、前にも沙羅に聞いたことがあるよね。本当に妖精がいるって信じてるの?って。あの時は我慢したけど、沙羅が私に限界だって言ったように、私もとうの昔に限界だから言うね」
ずっと、誰かに話したかった。話せば、この胸に降り積もる孤独が少しは溶けていくのではないかとそう思ったから。もう、いい。全て言ってしまおう。
「この村に妖精なんていない。雪が降る日にこの村の人達は記憶を失っているだけで、皆が妖精の仕業だって言ってることは全て自分や他の誰かがやってること」
「何言ってんの? 言ってる意味が分からないんだけど……だって皆言ってるじゃん、雪が降る日には妖精が現れるって」
沙羅は動揺を隠せない様子で、私の言葉を遮ってから窓の向こうを指差した。
「何でだろうね。誰がその言い伝えを作ったのか、何でこの村の人達が雪が降る日にだけ記憶を無くすのか、それは分からない。でも、私が今話してるのは全て本当の話だよ」
「そんな話信じられる訳ないじゃん。新奈、やっぱりおかしいって。病院の先生にちゃんとみておらうよ」
聞きながら、この期に及んでまだ私に精神病棟行きを勧めてくるのかと思った。いや、幼少期から妖精の存在を信じ、言い聞かされた人にどれだけ言っても無駄なのかもしれない。もう、沙羅とは分かりあえない。無理なのかもしれない。そう思った瞬間、涙が溢れてきた。ずっと抑えていた感情が胸の中で爆発したのは、そんな時だった。
「ねぇ、沙羅!私の目をみて!」
声を荒げ、沙羅の腕を掴む。それから、真っ直ぐにみつめた。大きな目の中にある澄んだ瞳が揺れているのがみえた。
「これが、嘘をついてる人間の目にみえる? 心が完全に壊れてしまった人間にみえる? 皆、雪が降る日に記憶を無くしてるだけなのっ。妖精なんて、この村にいないの!」
一度溢れ始めた涙は止まらなくて、頬を流れ続けている。もう涙を脱ぐうことすら馬鹿らしくなって、泣き腫らしているであろう目でただ正面からみつめた。その時、視界の端にテーブルの上に置かれていた一冊のノートが目に入った。毎週月曜日と火曜日の午前中には数時間聖書を書き写す時間が設けられており、そのノートは沙羅がそれに使っているものだ。ノートを手に取って、自分の顔の前で沙羅にみえるように広げる。
「沙羅、これをみて! 昨日も」
ページを捲る。
「一昨日も」
再びページを捲って沙羅にみせる。
「この二日の間、沙羅が書いたものでしょ? 前日も前々日もほとんど同じことを書いてるの。筆跡をみてよ! これって全部沙羅の字でしょ? これを皆は全部妖精が筆跡を真似て書いてるだけだって片付けてるの。それっておかしいと思わないの?」
息を吸うことすら忘れて涙ながらに叫んだせいで胸が苦しい。急いで酸素を取り入れようと息を吸い込むと、ひっと上ずった声が出た。
「おかしいと思わない。だってそれに私は書いた覚えがないし、雪の妖精が私の字を真似ただけでしょ? 皆がそう言ってるじゃん。それより、なん……で、新奈はなんで皆が記憶を無くしてるって分かるの?」
泣き叫ぶ私をみて感化されたのか沙羅の頬を涙が伝う。頭の中で言葉を組み立てることは出来ている。あとは、それを声にするだけ。ずっと誰かに言いたかった。もう一人は嫌だった。この胸の中に降り積もる孤独で、私の心はもう押し潰れそうだ。唾を呑み込んで、喉を広げた。
「私は、私はね、雪が降っても記憶を失わないから。私と過ごした時間も、話した内容も、私以外の人は皆雪が降った日のことは覚えなくて、私だけがそれを覚えてた。この十七年間、ずっと、ずっと、孤独だったの。雪が降る日、私は……ひとりだったから」
言い終えて、沙羅の口から、え、という声が零れ落ちた頃には、私は背を向けて部屋を飛び出していた。「新奈、待って!」そう叫んだ沙羅の声が私の背中に微かに触れた。私は、足を止めることなく頬を濡らし走り続けた。
西館から本館への廊下を泣きながら走り抜けた。息があがっているのは私が嗚咽を漏らしてるからなのか、走ったせいなのか、もう分からない。廊下の突き当りで、職員さんや手を引かれる子供達とすれ違った際に、皆が目を見開いて私の顔をまじまじと見ていた。私はそんなにひどい顔をしているのだろうか。そんなことを考えていると、途端に胸が苦しくなって足を止めた。辿り着いた先は、階段の踊り場だった。壁にもたれて背を預けた瞬間、空気が抜けていく風船のように足の力が抜けていき、気付いた時にはしゃがみこんでいた。立てた両膝が小刻みに震えてる。構わずそれに顔を埋めた。なんで、なんで、私ばっかりこんな目に合わなくちゃならないの。なんで、私だけが記憶を失わないのよ。皆が忘れてしまうのなら、私の頭の中からもこの記憶を消してよ。胸の中で、神様でも雪の妖精でもなにか力を持っているものなら誰でもいいからと訴えかけながら、声をあげて泣いた。持ち上げた右手で目を拭う。私の中から流れ出た水は温かくて、触れた部分だけが微かに熱を持っている。目の中に水の膜が張っているせいで、視界が滲んでいた。うっすらとぼやけた先にみえた景色が、寸前までみていたものと全く違うことにはすぐ後だった。
「……まただ」
目を離したのは一瞬だった。目を拭って、その際に瞼を閉じただけ。だが、そこにあった階段の踊り場は上へ上へと長く続く螺旋階段に移り変わっていた。なんなの、これ。無機質な白さを孕んだその階段は螺旋状に伸びており、いちばん高い所にある天窓からは微かに陽の光が差し込んでいる。階段を女性が昇っていく。後ろ姿しかみえないが、髪の長さや身体つきから女性であることに間違いはない。白衣に身を包んだ女性が一段ずつゆっくりと階段を昇ると、その女性の足音が鼓膜に触れた。足音は一つでは無かった。二つ、もしくは三つ。女性の後ろを誰かが歩いている。
「………聞いた……。また、同じ……」
振り向きざまに女性は、誰かに、何かを語りかけるている。金属を擦り合わせたかのような雑音が混じっているせいで、何を言ってるのか分からなかった。私は、一体何をみているのかさえも。とにかくその雑音が不快で、不快で、仕方なかった。私は思わず耳を塞いだ。
──ねぇ新奈、一度病院に行こ?
沙羅に言われた言葉が頭の中で熱を持ち始める。
「嫌だ。嫌……嫌、違う。私はおかしくないっ!消えろっ! 消えろっ!」
耳を両手で塞ぎ、叫び続けた。力の限り瞼を閉じる。それでも、かつっ、かつっ、と底の高い靴で階段を踏みしめる音が鼓膜に触れ続けている。幻聴なのだろうか。それは、こんなにもリアルに聴こえるものなのだろうか。まるで今この瞬間も、私のすぐ傍で誰かがそれを昇っているかのように聴こえる。
──ねぇ新奈、一度病院に行こ?
再び沙羅の放ったあの言葉が頭に浮かぶ。
なんなのよ、これ。私は……違う。違う。嫌だ。私はおかしくない。喉に力を入れる。
「私は、おかしくなんかないっ!!!」
ひとり、声をあげて泣き叫んだ。それからゆっくりと瞼を開ける。すると、そこにはもう螺旋階段はなくて、寸前まで聴こえていた階段も昇る音も聴こえなくなっていた。
「もう……嫌だ」
ひとしきり泣いてから、意識とは無関係にその言葉をぽつりと呟いていた。どこでもいい。どこでもいいから、とにかく一人になりたい。そう思い立った時には私を身体を起こし、三階にある職員室へと向かっていた。扉の上に書かれたその表記をみてから、扉を叩く。中から、はい、と聴こえてきたので私はその部屋へと足を進める。ステンレス製のテーブルが二列になって部屋の奥へと続いており、十人程の職員さん達が椅子に腰を下ろしていた。一応顔と名前が一致する人は何人かいるが、ほとんどの人は名前すら知らない。物心ついた頃から衣食住を共にし家族同然に過ごしてきた施設の子供達とは違って、職員さん達は全員ではないにしても定期的に入れ替わる為に、把握することが難しかった。
部屋に入るやいなや、どうしましたか?と書類を手にしていた男性の職員さんに聞かれた。
「あの、三島さんはいらっしゃいますか? 外出届けが欲しいんです」
言いながら、一瞬だけ意識が溶けかけて、よろめきそうになる。今この瞬間も目を瞑れば、あの螺旋階段が現れるのじゃないだろうかと考えてしまう。
「ええ、奥の館長室にいらっしゃいますよ」
職員さんの持ち上げられた手がその方向へと差し伸ばされた。
ありがとうございます、と言ってから小さく頭を下げる。私達が施設の外に出る為には三島さん本人に毎回外出届けというものをを出さなくてはならない。それは、十五歳を超えてから初めて与えられた権利だった。それ未満の年齢の子供達は職員さんと同伴でなければ外に出ることすら許されない。
館長室の扉を叩くまでに、何人もの職員さん達からの視線を感じた。きっと先程まで泣き叫んでいたせいで、私はひどい顔なのだろう。目の奥が熱を持っいる。瞼に力を込めていなければ、自然と下がってくる。このままベッドに身体を預けたら、そのまま眠りにおちてしまいそうだ。込み上げてくるあくびを抑え、扉を叩いてから三島さんの「どうぞ」という声を合図に、ドアノブに手をかけた。
「あぁ、新奈か。どうしましたか?」
焦げ茶色の年季の入った、みるからに普段食堂でみるようなものとは存在感の違うテーブルで何やら書類仕事をしていた三島さんは、私に目をやると同時にふっと頬を緩ませた。三島さんの座る机の後ろには大きな本棚があり、その隣には銃身の長い銃が三丁、壁に掛けられている。三島さんは猟が趣味の一つであるらしく、その季節になると村の猟師さん達と一緒によく狩りに出かけていた。いのししや鹿の剥製が施設内に数体剥製として飾られているが、それらは全て三島さんが仕留めたものだと聞いたことがある。本棚と接している壁に埋め込まれた窓は全てステンドグラスになっており、陽の光がそこを通過すると七色のひかりに散らばって本棚と三島さんの片側だけを染めていた。
「あの、外にいきたいので外出届けが欲しいんです」
そう言うと、眼鏡の奥にみえるガラス玉のような瞳が微かに色を失っていくようにみえた。何かを言われた訳でもないのに、胸の中がつめたくなっていく。思わず、左の手を右手で抑えていた。定期的に入れ替わる職員さん達とは違って、三島さんは私が物心ついた時にはここの館長だった。人当たりがよく、大人には勿論子供達からも好かれていた。笑顔を貼り付けたような、いつも笑みを絶やさないイメージを皆が持っているのだと思う。でも、私はその笑みを向けた相手に対する眼差しの奥深くにあるものに、冷えた氷のようなつめたさをいつも感じていた。表面上では笑っているけど、心の奥底では笑ってはいない。そんな三島さんのことが、私は子供の頃から苦手だった。
「分かりました。では、いつものように紙に記入して頂けますか?」
机の引き出しから取り出した一枚の紙を渡される。両手でそれを受け取り立ち尽くしていると、「あぁ、ペンが要りますよね」とガラス製の容器にさされていたペンを手渡された。いつもの、笑顔を向けられる。表面だけの、作りものの笑顔だ。手渡された紙に、名前、年齢、外出する理由を記入してからこれでお願いしますと渡した。そこに素早く三島さんのサインが書き込まれ、再びすっと渡される。
「じゃあ、失礼します」
紙を手にしたまま小さく頭を下げて、背を向けた。扉の方へと歩みを進めた時、ちょっと待って下さいと呼び止められた。
「はい、何でしょうか?」
「分かっていると思いますが、18時までです。それまでに必ず戻るように。それと、足をみせて下さい」
眼鏡の奥にある冷えた眼差しが、私のくるぶしの辺りに向けられる。私はズボンの裾を捲り上げ、「これで、いいでしょうか?」と足首にはめられた金属の輪っかを見せた。緑色の光が点滅している。
「もういいですよ。下がって下さい」
三島さんはちらりと一瞬だけ視線を向けたが、言い終える頃には私の顔すらみていなかった。机の上に置かれた書類に目を落としているようだった。施設の外へと出られるのは、十八時まで。それが、この施設の決まりだ。壁に掛けられた時計に目をやる。今の時刻は十六時半。外にいられのは、一時間半くらいか。と思いながら失礼しますと頭を下げ、部屋をあとにした。
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