謝るためだけに

ぷり

【短編】謝るためだけに


 ――オレは死んで魂になった。


 死んだらどうなるのだろうと……思っていたが、まだ生前の記憶はある。

 あくせく働くだけ働いて死んだつまらない貴族の男だ。


 目の前には星空とたくさんの振り子時計。

 ここはどういう場所なのだろう。


 ここでずっと過ごすのが死後の世界なのか?

 他に誰かいないのだろうか。



「心残りはあるかい」


 ――低い男の声がした。


 気がつくと深くフードを被った顔が見えない男が目の前にいた。

 いや、目がないから目の前にいるのを感じるだけなのだが。



「死んだのは、わかるだろう。ここは心残りを精算する世界。お前の一番の心残りを一度だけ精算させてやれるが――どうする?」


「心残り……」


 言われるままに生前を思い起こす。


 一番に思い出したのは虐げた妻のことだった。


 彼女のことを顧みず、仕事でほうぼうへ赴き、家のことは一切放置していた。

 与えられた婚約者で愛せなかった。

 彼女を死なせたあとに気がついた。愛する努力をしていなかったと。


 ある日領地へ帰ると、妻は流行り病で臥せっていた。


 オレはそんな妻を放置して、また出掛けていった。

 心にひっかかるものがなかった訳ではなかったが、妻が病に倒れるのは初めてではなかったし、いつものことだった。


 妻に会ったのはそれが最後だった。


 ――愚かだった。



「それがお前の心残りか?」


 オレの考えていることが、わかるのか。


「いや、罪だ。精算する、というのは何か罰をうけるということか? それなら甘んじて受けよう」


「そうかもしれんし、そうでもないかもしれん。お前の一番精算したい生きていた時間にもどしてやるから、やりたいことをやってくるんだ。短い時間でできる事に限るがな。なにしろ次がつかえている。ただ、これはお前のための権利と時間。相手のことは気にせず、使え」


「やりたい事をやる……彼女に一言謝りたい。しかし……生前、オレは酷く頑なだった。機会を得ても謝れるかどうか……」


「とりあえず、行って来い。ただし、謝るだけだ。その先はないし、お前の妻はお前を許さないかもしれないし、精算はかなわないかもしれない。謝りたいというなら謝る勇気を持って――有言実行してこい」


「……」


 許してもらおうなんて、思っていない。


 だが、妻の反応がどうかえってくるか、少し怖かった。

 やはり、やめようか……と思っていたところ。


「ほれ、行ってこい」


 その外套男は問答無用だった。


 *****


 気がつくと、目の前に臥(ふ)せっている妻がいた。


 最後に顔を合わせた――あの時だ。


 鏡はないが、自分の身体が死ぬ前よりもずいぶん若いのがわかる。

 いや、そんな事より。



 ――謝らなければ。


 オレは、君に、謝るためだけに、この時間に帰ってきたんだ。


 その時、妻が口を開いた。


「旦那様」


「いってらっしゃいませ」


 床に臥せった妻が精一杯だろう、微笑みを浮かべた。


 ――。


 こんなに、愛おしかっただろうか。

 オレは彼女の手を握った。


「……? 旦那様、お仕事のお時間が」


「……構わない。医者にはかかったのか?」


「ええ、そこにおくすりが」


「飲んだか?」

「いえ、まだ」


 オレは彼女を抱きかかえて起こし、薬をのませてやった。


「だ、旦那様?」


 びっくりした顔をしている。

 それはそうだろう。


 昔のオレがこんなことをするなんて、天地がひっくり返っても無かっただろう。



「……今まで放置していて、すまなかった。謝って許されるとは思わないが、謝罪させてくれ。――すまなかった」


 そう言うと、妻はボロボロと涙を流して――まるで、どこか希望を見つけたかのような……そんな目でオレを見た。


「私に謝罪など必要ありません。でも……嬉しいです。私、ずっと旦那様とお話がしとうございました……!」


 何故、今までこんな少しの会話を忌避(きひ)してきたのだ、オレは……。

 今ならこんなに簡単に……できたのに。


 彼女とやり直したい……!



 ――そう思った時、オレは先程の振子時計が並ぶ星空の空間へと呼び戻された。



「……え?」


「精算の時間は終わりだ」


「終わり……」


 ……そうか、確かにそうだった。

 謝るだけだとこいつは言っていた……。


 続きがないこと。

 それはオレへの罰だと思えた。



「さ、さっさと次の行程へ向かうといい。……ああそうだ。お前が謝ったことによって、過去は変わった」


「え……」


 ふと、記憶を巡らせると、その後の妻との幸せな思い出が浮かび上がった。


「運が良かったのか悪かったのやら。もうすぐ、そのせっかくの記憶も消えるが――。一言。勇気を出してよかったな」



「あ……」


 ――オレの中に、魂が震えるほどの感動と喜びが溢れた。



 ……そして。

 オレは『オレ』が消えるまで、そのなかったはずの思い出を見つめ続けるのだった。


 ――願わくば、君もオレと同じ夢を見て眠らんことを。



                              【終】





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謝るためだけに ぷり @maruhi1221

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