第2話 素直なエルフ、マージョ・ヒーストン
この森、トキマァゲの大森林は入った者達を狂わす神罰の森として有名であった。
マージョがそんな恐ろしい森に足を踏み入れた理由の一つに、フェアリードラゴン狩りがある。
フェアリードラゴンの心臓には万病を治す効力があり、それを手に入れる為に来ていたのだ。
そんなドラゴン狩りの為とはいえ、恐ろしい森の中での一人野営はとても辛かった。
遊ぶ事もできず、うとうとと眠るだけのつまらない夜。
ご飯は冷凍物をちんする魔導具で解凍して食していた。
今日は久々に温かいご飯を食し、遊んでぐっすり眠れるかもしれないと、マージョは嬉しく思っていた。
「これが君の家か。なかなか独創的だね」
オジェネの家、それは植物を敷き詰めた屋根と壁で囲われた代物であった。
とても質素な建物。
釘一本使われていない。
というかない。
「これが今日の肉、晩御飯はこれ。いつもは一人で喰いきれないから捨ててるけど、今日は二人分。でも食べきれないかな」
その家の横には、ばらされた今日の獲物が飾られている。
マージョは、その獲物の頭部をまじまじと見て驚きの声を上げた。
「この山羊みたいな顔の牛……ッ!? もしかしてデビルブル!? 凄い高級肉! まさか一人で仕留めたの!?」
「うん。これでも大体五年間はこの森で暮らしているからね。採取と狩りはたぶん得意だよ。だいぶ大物も狩ってきたし!」
「このトキマァゲの大森林で五年も? 信じられない」
マージョは本当に信じられないと言った目つきで、彼を見た。
「年は幾つ? ヒトが言う五年って五年だよっ!?」
「僕は今年で十五歳。岩に日付を刻んでいるだから、たぶんだけど」
「ふぅん。体はちょっと大きいから成人しているかと思ったけど、言動通り子供だったんだね。でも、それはそれで驚きだ」
「子供……ッ!? マージョさんだって幼い顔してるよっ!! 同い年ぐらいじゃないの?」
「ふふん。私はこれでも二十歳、お姉さんだ」
エルフが語る二十歳は、二百歳を指す。
オジェネはそんな事を知らずに彼女を少し年上のお姉さんとして認識した。
少しだけ時間が経って夕方になり、ばらした肉を豪快に銀色の鉄板の上でステーキにした。
肉は叩いて切って、マージョが振り掛けて少し待てばおいしくなるという調味料をぶっこんでいる。
「この鉄板はどうしたの? すごいキラキラと綺麗だけど」
「なんかその辺にいる大きな蜥蜴の鱗。ちょうどいい感じだから使い勝手良いんだよね。お肉も焼けばおいしいからたまに取るんだ」
「ふぅん」
出来上がったステーキは会心の一撃だった。
ぱくりと一口。
エルフの長い耳がピアスと共にぴくぴくと動く。
「う……うまいッ!! さすが高級肉ッ!!」
次々と出来上がっていくステーキ達を、手作りの木フォークでがつがつとマージョは食していった。
食し終えた後、川で食器や鉄板を一緒に洗いながらオジェネは彼女に尋ねた。
「マージョさんはいつまでいるの?」
「明日には出るよ。勇者の器はなさそうだし、ようやく見つけたフェアリードラゴンも飛び去ってしまったこの森に長居は禁物だからね」
「勇者の器?」
「うん。知らない? 『聖剣ネジボコロッドと勇者の器』って有名なお話に出てくる、勇者ネジオが古い魔王の残滓を詰めて封印したっていう伝説上の代物。オジェネは見たことない?」
「そんなの見たことないよ。でも、そんな伝説があるんだね」
「私のおばあちゃんは六百年ぐらい前に勇者ネジオと会った事があるっていうから実在はしていそうなんだけどね」
「へぇ。器ってコップみたいなものかな」
「分からないね。私もないかなーってドラゴン狩りの途中でも探していたけど、それっぽいものはなさそうだった。伝説はやっぱり伝説だったのかもね」
しばらくの沈黙。
マージョは寂しそうな顔をして、オジェネを見ていた。
オジェネもまた寂しそうな顔をしている。
「あの、マージョさん」
「ん。何?」
「マージョさんは……やっぱり、その、帰るの?」
「……うん」
「そう……。じゃあ、さよならだね」
「オジェネは一緒にこないの?」
「ネジを探さないと」
「ネジ?」
「うん。さっきのフェアリードラゴンに片方食べれて……飛んでっちゃった」
「そうだったんだ。でも、あのフェアリードラゴンはこの森にはいないかもしれないよ。もし森を一度でも出ちゃうと戻ってこないっていう、そういう習性だから」
「そうなんだ。僕のネジ、見つかるかな……。マージョさん」
鉄板を洗う手を止めて、オジェネは不安そうな、寂しそうな顔をする。
マージョがそんな彼の頬を、水で濡れた手で撫でてきた。
「な、何……っ!? 冷たいよ」
「寂しいんだね。一人で五年。私では失神してしまうよ。しかしそれもまた……。いやいや違う。うーん、そうだ。お礼をしよう」
「お礼? もらえるの?」
「もちろん。そうだな、うん。帽子。帽子にしよう。君がもしネジを見つけて、森を出たいと思った時にはきっと必要になる。私のものだから少し可愛らしすぎるかもしれないけどね」
「本当っ!? ありがとう!」
マージョからお礼の帽子を貰った。
もこもこの、マージョの肌色と同じ白い帽子だ。
オジェネは喜びながら、川で体を洗いあって、マージョを手作りの家へと案内する。
家の中に火種を持ち込んで、部屋を明るくした。
「少し狭いけど、二人ぐらいだったら大丈夫だよ」
「ありがとね。久しぶりに屋根の下で寝られるよ」
植物で出来た家の中は、オジェネ自身が広々と寝ころびたかったので広い間取りだった。
「あっ、マージョさん。そういえば道具が見たいって言っていたよね。ほら、これだよ」
マージョが道具を見たいと言い始っていた事を思い出したオジェネは、家の中の道具を見せた。
するとマージョはその中から、この棒が欲しいと言ったので差し上げた。
それは、この手作りの家を作る時に、一緒に切った木の主枝を綺麗に研磨したものだった。
「それで良いの? 幾つか作ったはいいけど、木みたいなガチガチな硬さがなくて何に使おうか迷っていたんだ」
「うん。この掴み切れないサイズ感と質感。改造のし甲斐がある。三つ貰っていい?」
「改造……? よくわからないけど、帽子のお礼が出来てうれしいから良いよっ! 持って行って!」
オジェネは帽子のお礼ができて満足していた。
そんなこんなで談笑もそこそこに就寝。
マージョにとってはこのトキマァゲの大森林内で初めての寝床。
彼女は寝苦しいのか、はたまた枕の具合が悪いのか火を落とした後も、もぞもぞとしている。
何だろう、寝にくいのかなとオジェネは心配していたが、気づいたら意識が落ちて朝になっていた。
◇◇
「昨日はありがとね。数日振りにすごく気持ちよく寝れたよ。あっ、ステーキも凄くおいしかった」
「ほんとっ!? でも僕からもありがとう。マージョさんと喋れてうれしかった」
「そう言ってくれると私も嬉しいよ」
「本当だよ、マージョさん」
「ふふ、ありがと。じゃあ、ネジ探し頑張ってね。それとその帽子、似合っているよ、オジェネ」
昨日貰った彼女の帽子を被って、マージョと別れの挨拶をした。
その別れ際、オジェネはふと思った事を口にする為、マージョを呼び止めた。
「ねぇ、マージョさん!」
「ん。何?」
「僕達って友達?」
「そうだね……。うん、友達さ」
オジェネ、このトキマァゲの大森林に放逐された頃は約十歳。
精神年齢がきっとその歳から進んでいない。
その肉体と整合の取れていない精神を持つ、歪な頭ネジ人間。
でもこの弱肉強食の森の中。
厳しい日々が続いたであろうに精神年齢が全く進まないなんて、万が一にもありえるのだろうか。
そんなネジ人間、第一号の友達、マージョ。
彼女は優雅にこの地を去っていった。
◇◇
数日後。
オジェネは悪戦苦闘していた。
頭のネジがない事で、どうしても頭の具合が悪かったのだ。
あまりの不快感に家の中にあった木の棒やその辺の木を切って、試しにネジの穴にすぽっと刺してみた。
「ぬあああァァッ!! やっぱりダメだ。あのネジでないと安心できない。あああああァァッ!!」
オジェネはとち狂ったように叫んだ。
一頻り叫び落ち着きを取り戻すと、一つ決意する。
「代用品じゃダメ。ああ、ドラゴン……。フェアリードラゴンを探すしかないじゃないか」
思い立ったが吉日。
血眼になってフェアリードラゴンがいないか森林の中を夜通し捜索した。
しかし、いない。
いない。
見つからない。
オジェネは即座に旅立つことを決心した。
その日の内に荷物をまとめて、ボロいバックパックに詰め込む。
翌朝、手作りの家の前で旅立ちの儀を始めた。
オジェネは正直、今の住まいである家には思い入れがなかった。
凄いボロボロだし、強烈な風が吹き荒れるだけで半壊していた。
この家も先々月に立て直した八代目のボロ家。
何の思い出もない。
植物を集めなおして、木を切るのがちょっと面倒だったぐらいの思い出だ。
そしてこの森に住んでから五年。
何の思い出もない。
毎日、狩りをして洗濯して排便しての繰り返し。
何の意味があったかというと何の意味もない。
マージョと出会ったぐらいしか思い出がない。
じゃあ何故そんな意味のないことをしていたかと言えば、町から追い出された時の人間達が怖かったからだ。
それに森に着いてからも怖い事だらけだった記憶もあって、森の外側には近づきたくなかった。
でも今は、僕の頭の中で訳わかんないけど何かが叫んでいる。
行けって。
頭のネジ必要だって。
手段なんか選んでられないって。
だから行く。僕は行く。
もちろん怖くないと言えば嘘だが、もう五年も経ったのだ。
頭のネジだって変かもしれないけど帽子で隠せばいけるでしょ。
オジェネはそう思ってマージョから貰った可愛らしい帽子を被った。
「思い出も何もない五年間だったけど、ありがとう。僕、しばらく旅に出るよ」
きっと帰ってきた時には倒壊しているであろう手作りの家に別れの挨拶をして、オジェネはネジ探しの旅に出る。
そして夜になった頃、トキマァゲの大森林を出てから彼は知った。
綺麗に整理された長い道を進んで、更に長い階段を上っていくと、そこには眩く光る道路灯というものが広がっているという事を。
どこまでも長々と続く、資源の塊が敷き詰められた道路というものがあるという事を。
森の外ってこんなだっけ?
えっと……。ここどこ?
オジェネがおろおろしていると、運よくトラックの運ちゃんに拾われ、そのまま賭博場がひしめく欲望都市に連れていかれてしまったのだった。
次の更新予定
ワケありな仲間と旅するムクな少年、その果てで勇者に目覚めていく ゆき @yukiha2610
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