ワケありな仲間と旅するムクな少年、その果てで勇者に目覚めていく

ゆき

第1話 ヒトのオジェネと、エルフのマージョ

「しまった!! 頭からネジが――」


 なんてこったーッ!? と少年、オジェネは叫んだ。


 凶悪な魔獣がうろつく広大な森林に暮らして早五年。

 やむを得ず手を付けた仕事でやらかし、町を追い出されて以来、彼は森の中で一人暮らしていた。


 そんなある日、一人で暮らすのも寂しくなったからペットでも欲しいな、と思いながら彼は川で洗濯していると、頭に刺さっていたネジが突然、川へボチャンと落ちていった。

 彼にとって頭に刺さったネジは、この恐ろしき森林で助けてもらった時に恩人から受け取ったとても大切な代物であった。

 だからオジェネは慌てて頭を確認した。


「はぁ……良かった。左側はある」


 頭の左側に刺さっている、木製で出来た手首サイズの大きなネジを後生大事に撫でまわす。

 うん、緩んでもいない。

 右側も念のために確かめたが、髪の毛だけをすくう指。

 いつもは健気に刺さっていたあのネジの感触はなかった。


「でも右側がなくなっちゃった。どうしよう……じゃないっ! 早く追いかけないとっ!」


 ネジを追いかけ、てこてこと川を下っていく。

 ようやく川の中でぷかぷかと浮くネジの頭が見えた。

 やっと捕まえられる、とオジェネが安心した瞬間だった。


「……な、何? 急に寒気が」


 あたりが急激に寒くなる。

 オジェネは、一見浮浪者かと思うようなボロい半袖を着ていた。

 寒気を感じて鳥肌が立ち、ぶるりと体を震わす。


 更に奇怪な現象が起きていた。


「あっ、ネジが……」


 川の水が、ぷくっと空中へと浮き上がり、幾つもの水球体が生まれたのだ。

 その水球体の一つには、運悪くも追いかけていたネジが含まれていた。

 それから水球体は急速に凍結していき、見事な氷の槍のような形状へと姿を変えていく。


「氷の槍? もしかして魔法……ッ!? えっ、誰!?」


 辺りを見渡すと、冬でもないのに雪化粧。

 川岸にある広い空間を見やれば、年に一度オジェネの家を壊しにやってくるフェアリードラゴンが羽音を立てて浮遊していた。

 しかも、ぴぇぇん、と声を上げて威嚇行動を取っている。


「巨大エビ……ッ!? 前来たばっかりなのに何で!?」


 オジェネが巨大エビと呼ぶそれはエビと言うより巨大なミジンコだった。

 巨大な半透明の体に、虹色に光る内臓。

 なぜか浮遊する為の巨大な羽が生えた謎生物。

 そんなドラゴンには見えないフェアリードラゴンが、オジェネが口にする巨大エビなのである。


「早く追っ払わないと僕の家がまた壊れちゃう!」


 フェアリードラゴンを始末するべく飛び掛かろうとしたところで、彼は動きを止めた。

 威嚇するフェアリードラゴンに相対していた者がいたのだ。


 きらきらと輝く明るい色の長い髪に、その髪の隙間から見える尖った長耳、首元にはチョーカーを付け、すらっとした肢体がわかるぴっちりとした魔導師衣装。

 息をのむ程の綺麗な女性のエルフがそこにいた。

 当然、頭にはネジなんか生えていない。


 彼女の手が握るメッキ加工された魔導師の杖の周囲には、氷の槍が幾本も浮いた状態で環を描くように並んでいる。

 オジェネの頭の右ネジを内包した氷の槍もその環の中に含まれていた。


「一掃せよ。〝氷晶の槍アイス・ジャベリン〟」

「ああッ!! それ、僕のネジィィッ!?」

「……えッ!?」


 オジェネの魂から振り絞ったかのような叫びに、エルフの女性は驚いた顔を彼に振り向けた。


 しかし、その氷の槍は無情にもフェアリードラゴンに向かって掃射されていく。


 実はフェアリードラゴンの周りには薄い膜のバリアがある。

 オジェネはいつも殴って追っ払っているが、そのバリアのせいで体に触れた事は一度もなかった。

 氷の槍もそのバリアに阻まれ、粉々に砕け散ちる。


 運が悪い事にネジが入った氷の槍はフェアリードラゴンの頭部を狙っていた。

 砕けた氷の槍から飛び出たネジは宙を舞い、バリアをなぜか素通りし、ドラゴンがぽかんと開けていた口へと入り込む。

 ごくりと飲み込んだかと思うと、突然悶え苦しみだして、突風と共に飛び去っていった。


 幸運にもフェアリードラゴンを追っ払う事には成功した。

 しかしネジも一緒に飛んでいった。


「君、大丈夫? 毒針浴びていない? トキマァゲの大森林に迷い込むなんて相当運が悪い。ハイキングでもしていたの? というか、よくこの深部に来るまで生きていたね」

「え、うん……。大丈夫……じゃないかも」


 膝をつき深い溜息を吐くオジェネの元に、エルフの女性が心配そうな顔をして近寄ってきた。


 一方、オジェネはショックのあまり、ネジが飛んじゃったから、とまでは言わなかった。

 というか台詞が途中で飛んで、言い忘れて言えなかったのだ。


「毒? ちょっと見せて」


 エルフの女性は、彼の様子を見て毒の影響で気分を悪くしていると判断した。

 彼女は川の水を魔法で汲んできて、オジェネが露出していた腕を洗い流し始める。


「少し冷たいけど我慢してね。フェアリードラゴンの毒針は、動けなくなるぐらいむっちゃ痒くなって体が火照っちゃうからね。……私は好きだけど」

「え……?」

「失敬。何でもないわ。忘れて」


 落ち着いた声だったが、彼女は少し照れるように目をそらした。

 両腕を洗い流し終わった頃には落ち着きを取り戻したオジェネは、聞きなれない単語について尋ねた。


「あの、フェアリードラゴンって何? さっきの巨大エビの事?」

「巨大エビ? うーん。確かにエビっぽいだけど、ミジンコって方がそれっぽい見た目だと思うよ」

「ミジンコ? 初めて聞く名前」

「そう? 学校で習わなかった? いや、それより君はどこから来たの。あっ、私は魔導師のマージョ。マージョ・ヒーストン。君の名前は?」

「えっと、僕はオジェネ。よろしくね。その……、マージョさん」


 おずおずと恥ずかしそうな表情をしながらオジェネは、にこりと笑うマージョと握手を交わす。


 ひんやりとした手だった。

 彼女はエルフ特有の童顔であったが、声はとても落ち着いていて大人みたいだった。

 背丈は成人男性の平均身長程度のオジェネと同じぐらいで、目線も一緒。


 オジェネは同い歳ぐらいかなと思った。


「それでオジェネはどこから来たの? 迷子でしょ」

「迷子じゃないよ。僕はこの森に住んでいるんだ」

「このトキマァゲの大森林に? ふぅん。根性あるね」

「うーん。根性というよりか町から追い出されちゃって。それで仕方なく住んでいるだけ」

「追い出された? ふぅん」


 マージョは、追い出された原因でありそうなオジェネの頭を見た。


 頭の上で主張する、もっこりした木製のネジ。

 怪しい。

 人間?

 今のところ対話できているから魔獣ではない。

 見た目は人の形をしている。

 でも、なぜか頭にネジが生えている。

 ネジ人間なんていたのかしらと、マージョは目を細めながら観察した上で思った。


「あまり聞く事じゃないかもしれないけど、頭にネジが付いているけど、大丈夫?」

「うん。むしろネジがないと安定しないかも。今、変な感じがするんだ」

「へぇ、どんな感じなの。私、興味ある」

「えっと、そうだね。なんかすーすーする」

「すーすー? 何かが詰まっている感じじゃなくて?」

「これ。ここがすーすーするんだ」


 オジェネはネジを失った右側の頭を彼女に見せつけた。

 マージョは興味深そうにのぞき込んで、そのネジの差込口の縁をすーっと指でなぞる。


「ひゃん!?」


 彼女の冷たい手に触られて、オジェネは飛び退いた。


 初めての感触。

 びっくりした。


 オジェネは目をぱちくりさせていると、マージョが興味深そうな顔で質問してくる。


「気持ち良かった?」

「分かんない。でもマージョさんの手が冷たくて、体が撥ねそうだった」

「へぇ、興味深い。ところで、もう片方のネジってどんな感じ? ピアスみたいなもの?」

「ピアス?」

「穴をあけるの。肌に。そこに硬い棒とかを通すの。これ」


 マージョは長い耳に幾つも空けている、棒状やリング形式の様々なピアスを触って見せつけてくれた。

 オジェネは初めて見たピアスをまじまじと見て、感想を述べる。


「肌に穴開けて平気なの? この棒を引っ張ったら痛そう……」

「だからイイんじゃない」

「……え?」

「それでネジってどんな感じ? 埋める時とかって痛いの?」


 オジェネは腕を組んで過去を振り返る。

 過去に一度だけネジを入れた事があった事を思い出す。


 しかし、その時は危機的状況だった事もあり彼の記憶が定かではなかった。

 その為その時の感想をざっくりと述べた。


「超痛かった気がする。なんかずんずん来る感じ。最後は、かちんって火花が散る感じ。そしたら気を失ったんだ」

「ふぅん。イイね」

「……え?」

「少し触っていい? どんな硬さか見てみたい」

「硬さ……? うん、良いけど」


 オジェネが頭を差し出すと、彼女はその頭から少しもっこりした木製のネジ山をつんつんと触れる。

 他人に触られた事がないのか、くすぐったそうな表情をするオジェネを見て、大丈夫そうだと判断したマージョは思い切ってネジ山を掴み、その硬さを確かめた。


「おー。いい感じの硬さだね。ちょっとこれ外して触ってみてもいい?」

「ダメッ! それは絶対、ダメッ!」

「それは失礼だったね。ごめんね、オジェネ」


 オジェネの必死の抵抗にマージョはネジ山から手を離し、地面に置いていた杖やらバッグやらの荷物を手に取る。

 どこかに向かうのだろうか、とオジェネが小首を傾げていると、彼女が頭上から声をかけてきた。


「でもそれだけ元気だったら毒も大丈夫そうだね。ところでオジェネ。君はこれからどうするの。必要であればこの森の外に連れて行ってあげる」

「外に? うーん。分かんないけど急には無理。特に思い入れはないけど家にも色々道具があったりするし」

「家?」

「来る? キノコばっかで飽きちゃって昼に取ってきた牛みたいな肉があるよ」

「ふぅん。ちょっと興味がある。特に君の道具。私の趣味に合う具合のよさそうな代物はあるかな? 見せてくれる?」

「うんっ! いいよっ!」


 まだ出会って間もないのに二人は仲良く肩を並べて森の中を進み、オジェネの家に向かう事となったのだった。


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