第3話 芋っぽい

 二人でご飯を食べようとなり、私は手料理を振る舞うつもりだった。だけど彼は突然、カレーが食べたいと言ってきた。私がカレーを好きじゃない事を知っているはずなのに。


 作っても私は食べないし、室内にカレーの匂いが残るのもイヤだった。作るのは早々に諦め、近所のカフェへと向かった。大学の友達から、ここのカレーは美味しいと誘われて行った事があったからだ。


 もちろん私は食べなかったけど、友達はおかわりする勢いで食べていたから、たぶん相当美味しいのだろう。彼もきっと気にいるはずだと思った。


 パスタをくるくると巻きながら、満足そうにがっついている彼の姿を眺めた。


「うわ、美味いなあ」


 ここを教えてくれた友達と姿が重なって、笑いそうになる。同じ様におかわりをした所で思わず吹いてしまった。そんな風に平和に過ごしていたはずなのに、カレーを食べ終えたら、彼は別れを切り出してきた。


 思わずフォークを落としかける。


 たしかに最近は、バイトにサークルと、新しい生活に慣れようと忙しくしていてあんまり会えなかったけれど、そんな急に。


 それに言うに事欠いて芋っぽいなんて。アンタにそれを言われたくはない。私たちは幼なじみだった。二人とも田舎の出だ。のどかな自然の中で育ってきた。


 都会に憧れ、大学を期に一緒に上京してきた。同棲はしていなかったけれど、親も彼が近くにいるのなら安心ねと送り出してくれた。


 田舎者と馬鹿にされないよう頑張った。サークルに入り、周りに合わせて流行を追って、髪だって染めたし、メイクも必死に勉強してきた。だいぶ垢抜けてきたと思う。


 都会の友達も作った。イベント事には積極的に参加した。バイトも頑張った。華々しく大学デビューに成功したんだ。それに比べて彼は、田舎にいた頃とあまり変わらなかった。大学デビューに失敗したのだ。


 大学生活も友達も程々、一人でいるのを何度か見かけたことがある。格好だってそう、高校の頃とそんなに変わらなかった。


 そんな彼にだけは言われたくなかった。私の努力を、その目で見てきたじゃんか。


「芋っぽいのはそっちでしょ。私が嫌いになったの? 他に好きな人ができたの?」


 彼はゆっくりと、静かに首を振るだけだった。どこまでも頑な態度で。頭に血がのぼった私は売り言葉に買い言葉。とうとう喧嘩別れをしてしまった。


 頭の中はぐちゃぐちゃだった。綺麗になったねと褒めていたじゃないか。可愛いと事ある毎に言ってくれたじゃんか。わかんないわかんないもうわかんない。


 帰る足取りが重かった。


 誰とも会いたくない一人になりたかったどうにかなってしまいたかった。足は自然と、コンビニへ向かっていた。


 そしてお酒を手に取った。


 飲んだことはなかったけれど、友達から話を聞いていたから知っていた。とても強いお酒があるらしい。記憶もぶっ飛んじゃうくらいのキツイ奴があるそうだ。


 わけも分からずにアルコール度数の多いお酒を買って帰った。私がどうにかなる前に、どうにかなってしまいたかった。


 マンションのオートロックを開けて部屋へ向かう。すると、クンと香った。

 

 まただ、お隣さんの部屋のドアが開いている。ドアロックを噛ませてドアを少し開け、部屋の中の匂いを外へと逃している。


 強烈な香りだった。ニンニクとか生姜とか、何か香りの強いものを炒めたような、香ばしい匂いが辺り一面に広がっている。


 迷惑なひと。


 まだ顔を見たことはないけれど、こうして匂いをよくまき散らしている。何かされると怖いので文句を言えないでいた。


 今はそれすら、どうでも良かった。


 気にしないでドアを閉め、全てを投げ出してベットに突っ伏した。起き上がる気力もなくてそのまま目を瞑った。怒りが悲しみが混ざり合っていき、どす黒い色になって駆けめぐる。


 ダメだ。


 気付いたときにはどれだけの時間が経っていただろう。重たい体をなんとか起こし、そっとお酒に手を伸ばす。プシュッ、とプルタブを起こした。

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