第2話 残念なひと

 カレーを作ってもらう手前、先輩には家にあがってもらっていたけれど、じろじろと部屋を見られるのは何だか落ち着かない。


 白を基調とした部屋に所々、薄いピンクをあしらってある。大人ガーリーを目指して集めた家具はどれも可愛いく、だれに見せても恥ずかしくない自慢のものばかり。


 部屋の中だって、あの時ほどは散らかっていないはずだった。ぱっと見は、ね。


 脱ぎ散らかしていた服も、雑誌も、なんとかクローゼットの中に押しやってあるから先輩には見えないはずなんだけれども。それでもちょっと恥ずかしいものだった。


「あんまり見ないでくださいよ」


「すまん、すまん」

 と先輩はぼさぼさの頭に手をやり、でもなあとぼやく。


「本の一冊も見当たらないではないか。大葉くんが推理好きだとは思えないのだが」


「能ある鷹は爪を隠すんですよ、先輩」


 言いつつ考える。本、本と。


 雑誌は本に入るのだろうか。たぶん入らないのだろうな。先輩が思っているような本だったら、この家のどこをひっくり返した所で出てくることはないだろう。


 いままで推理小説を読んだこともない。難しくて読んでる内に眠くなっちゃう。映画なら少し見たことあるくらいだ。そんな私だったから、爪を隠している事に私自信も気付いてなかったのだ。


 納得してない風に先輩は首を揺らしていたので、むん、と胸を張って言う。


「大丈夫、我に秘策ありです」


「そうか、ならいいが。嘘はやめときたまえよ。嘘をつく行為は獣に劣るものだ」


 深く息を吐いて、

「嘘をついて心が傷まなくなったら、もうそれは獣ですらない。ただの化け物だぞ」

 念を押してくる。


「わかってますよ、見ててください、先輩。大葉、立派なDtuberになりますから」


 先輩はすっかり首をかしげてしまった。


「Dtuber? それはなんだろうか」


 ニヒッと口を持ち上げる。


「Detective、YouTuber、略してDtuberです。ネットで探偵をするんですよ。ね、いい考えだと思いませんか?」


 事務所もいらない。依頼人に会わなくてもいい。ネットならいつでも気軽に依頼できる。名推理でオーディエンスを湧かせたら、依頼人からも周りからもスーパーチャットでお金が貰えるんですよ、と得意顔で説明していたら先輩は頭を抱えた。


「大葉くん、何というか。きみはちょっと残念なひとなんだな……」


 苦笑。先輩には推理をまだ披露した事がなかったから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれなかった。先輩の作るカレーがあれば、私はきっと謎が解けるはずだ。


 また、あの時のように。


「そんなことは気にせず、はやくカレーを作ってくださいよ。ああ、先輩の作る美味しい、美味しいカレーが食べたいなあ」


「ええ、そうかい? しかたないなあ」


 でへへと口もとが緩んでいる。


 先輩はすこしばかりチョロかった。この男は、何を褒められるよりもカレーを褒められる事をヨシとしている。少々、いや、だいぶ変わったカレーオタクなのだった。


 軽快にお玉をふり回しながら、鼻歌まじりにご機嫌でキッチンに戻っていく。その背中を見送り、うんうんと喉を鳴らした。


 さあ、それじゃあ。私も宣伝動画を取り直すとしましょうか。バイトを辞めてしまった私はこのDtuberに望みを掛けている。


 先輩のカレー。謎。ネット配信。


 私が生きていくために必要な物はここに揃っていた。よし、とマウスを押そうとした指がぴたりと止まる。初めて謎を解いた日の事を思いだしてしまったのだ。そう。


 あの日、私はカレーが大嫌いになった。


 私はその日その時、こっぴどく彼氏に振られてしまったのだ。この場所からそう遠くもないカフェで、その内いつかは結婚するだろうなと思っていた相手から。その時に彼が食べていたのがカレーだった。


 別れを切り出した彼は、

「やっぱりお前は本当、芋っぽいよ」

 そう言った。

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