私と彼女と一冊の本

星空永遠

第1話

「模試の結果、最悪。はぁ~……」


 深いため息をつきながら、帰り道をトボトボと歩いていた私の名前は白鳥ゆかり。今は高校受験を控えてる中学3年生。いわゆる受験生ってやつ。


 そんな私は今日、模試の結果が最悪だった。こんな成績じゃ、とてもじゃないけど志望校には行けそうにない。誰か私の代わりに高校受験してよ……。なんて思う今日この頃。でも私以外が受験したら、それはダメだってこともわかってる。


 だけど、もし仮に私にソックリの人がいたら、どうだろう。それだったら、バレないんじゃないの? って、そんな都合いい話あるわけないか。もし仮にそんなのがあったとしたら、あとで高額なお金を要求されるような詐欺まがいの類に違いない。


「もし、よろしければどうぞ」


「え?」


 私は突然女性に声をかけられ、立ち止まった。


「この本は貴方に幸福を与えてくれますよ」


「は、はぁ……」


 女性はテッシュ配りの感覚で、1冊の本を私に手渡した。


「貴方は、もう1人の自分が欲しいと思ったことはありませんか?」


「思ったことがないと言ったらウソになります」


 と、曖昧な返事をした。だって、本当のことを話したら、そのまま変な店に連れ込まれそうだし。


「それは完璧な貴方が作り出せる本。ですが、最後に一つだけ。取扱説明書は最後までしっかりとお読みください。それでは失礼します」


「ちょ、まっ……」


 女性はそれだけを言い残し、私の前から消えた。あたりを見渡すも、さっきの女性はどこにもいなかった。


「完璧な私……」


 今の私には必要だ。なんなら、喉から手が出るほど欲しい代物だった。それがこんな簡単に手に入るなんてまるで夢のよう。だけど、使っていいのだろうか。あとから高額なお金を要求されても、中学生の私には払えないし。って、別にいっか。女性がくれたものなんだし。


 なにかあれば、使ってないですって嘘ついて返せばいいんだし。私ってなんて頭がいいんだろう! だけど、この時の私は知らなかったのだ。まさか、あんなことが起きるなんて。


 家に帰宅した私は自分の部屋で、手渡された1冊の本とそれに関する取扱説明書を読んだ。


 その本にはタイトルも著者名も書いてなくて、中身も真っ白だった。それに比べて、取扱説明書は辞書のように分厚い。


 読み進めていくうちに、いくつかわかったことがあった。


1、これは自分ソックリの人物を作り出せる。


2、その人物を呼び出すには、強く願うこと。


3、食事、睡眠などは一切必要ない。


4、育て方によって、善にも悪にもなる。


5、自分自身を見失わないように。


 これがもう1人の人物に関する大まかなこと。


 だけど、最後の“自分自身を見失わないように”って、どういう意味だろう? 深く考えても埒があかないし、とりあえず呼び出してみようっと!


 私は模試の結果が良くなるように“成績の良い自分が現れますように”と願った。すると風が吹いてもいないのに、本のページはパラパラとめくられていった。


 ピタッと真ん中でページは止まると、強い光が放ったと思ったら、目の前には……


「はじめまして」


 自分とそっくりな女の子が現れた。どうやら呼び出しに成功したようだ。


「は、はじめまして。えっと、貴方がもう1人のわたし?」


「はい、そうです」


 そう返事をするも、笑顔1つすら浮かべず無表情のまま。


 私は、“育て方によって、善にも悪にもなる”という説明書を思い出しながら、もう1人の自分を育てることにした。幸い、言葉は喋れるし、意味も教えればすぐに理解した。


 学校にも何回か通わせてみた。すると先生たちの言葉も一言一句聞き逃すことはなかった。友達付き合いに関しては少し気になる点があったものの、何かわからないことがあれば「体調が悪いの」と言えばいいといったら、とくに困ることはなかった。


「すごい! すごいよ!」


 私はもう1人の自分を褒めた。今日は古典の小テストがあったが、結果は満点だった。私はまるで自分が満点をとれたように嬉しかった。


「ありがとう。ゆかりが私をここまで育ててくれたお陰」


「なにいってんの! それは貴方の実力だって。だから素直に喜びなよ」


「うん、すごく嬉しい」


 あれ? 貴方の実力って言っちゃったけど、これは私なんだよね?


 そう、私が満点をとったんだ。だから彼女を褒める必要なんかない。だって、彼女は私が呼び出しただけの人物なんだから。


「ねぇ、どうしたの?」


 彼女が私の事を心配している。


「なんでもない。明日は数学の小テストがあるの。だから、明日も私の代わりに学校に行って」


「うん、わかった。私、ゆかりのために頑張るわ」


「……」


 彼女は自分の意思を持つようになった。最初の頃は無表情で、クラスの人からも心配されるくらいだったのに。今では本当の私みたい。

 完璧な私がいて嬉しいはずなのに、どうしてこんなにも心がざわつくの?


 次の日、彼女は私の代わりに学校に行こうと制服を着た。


「ゆかり、行ってくるね」


「……まって」


「え?」


 私は彼女が学校に行くのを止めた。


「やっぱり今日は私が学校に行く。だから貴方はお留守番。いい?」


「うん。ゆかりがそういうならそれでいいよ」


「じゃあ行ってくる」


 そういえば最近、彼女ばかりを学校に通わせていた。私と彼女は記憶を共有できるわけじゃない。だから私も時々は学校に行って、どんな感じが見ないとね。そうしないと、勉強がわからなくなっちゃう。追いつくのに3日はかかるっていうし。私は彼女のように完璧じゃないし、1度聞いただけじゃ理解できないから。


「ゆかり~♪ おはよー!」


「あ、おはよう!」


 友達に挨拶されて、私も挨拶を返す。


「ゆかり。最近、拓弥(たくや)君とはどうなの?」


「え?」


 拓弥っていうのはクラスの中でもイケメンで、成績もいいから学校中の女子にモテている男子の1人。


「えー、2週間前から付き合ったじゃん! もしかして、あまりに衝撃的なことで覚えてないとか? ゆかり、チョーウケる」


 あははと友達は笑う。が、私には何のことかさっぱりだった。


 私は2週間前のことを思い出していた。それはまだ彼女が来たばかりの頃。私は、彼女が早く学校に慣れるようにと私の代わりに彼女を学校に通わせていた。その頃は彼女が毎日、私の代わりに学校に行っていた。


 その時に経緯はわからないが、付き合うことになったんだろう。詳しく友達に聞いてみたら、告白されたらしい。それにOKを出した私は彼と付き合うことになったとか。だけど、それを彼女から聞いたことはなかった。


「勝手なことしないでよ!!」


 私は家に帰るや否や、彼女を怒鳴った。


「え? なんの……うっ!」


「本物の私でもないくせに! アンタは私の代わりでしょ!? 成績を良くするために私が呼び出しただけ。だから、それ以上のことをされると迷惑なの!」


 彼女の首を絞めながら、私は彼女に罵声を浴びせた。


「ねぇ。それって、どういう意味?」


「はぁ?」


 私は彼女の言ってる意味がわからなかった。


「たしかに私は貴方に呼び出さなければ、この世に生を受けることはなかった。だけど、それと同時に完璧な自分を望んで、私を必要としたのは貴方よ、ゆかり。意思を持つように育てたのも貴方。なのに、それ以上のことをされると迷惑ってなに?」


「……」


 彼女の言ってることが、あまりにも正論で私は言葉が見つからなかった。


「感情を持ったら、好きに動くことはいけないこと? 私はもう貴方じゃない。それにね? 私はわたし。貴方はあなた。同じ人間は誰一人としていない。そうでしょう?」


「なに、それ……」


 私は彼女を完璧の自分として呼び出しただけ。なのに、なんで、そんな奴に説教されないといけないわけ?


「消えて」


「え?」


「消えろって言ってんの! アンタが私じゃないっていうんだったら、アンタなんかいらない。どっか行ってよ!!」


「ゆかり……」


「私の名前を軽々しく呼ばないで!!」


「……」


 彼女は私の前から居なくなった。あー、清々した。成績にこだわってた私が悪いんだわ。これで明日からは私のままで学校に行ける。


「うそでしょ……」


 私が思ってる以上に、学校の勉強は進んでいた。彼女を代わりに通わせていたせいで、私は勉強に追い付けなくなっていたのだ。


 完全に私の失敗。……ん? まてよ。こうなったのは全部アイツのせいじゃないの? アイツがいなかったら、私がこうなることはなかった。そう、アイツが悪い。


「あ、いた」


 アイツは普通に学校に通っていた。制服はどこから手に入れたんだろ。って、そんなことはどうでもいい。今はアイツを見るだけでイライラする。この怒りをぶつけないと気が済まない。


「ねぇ、ちょっと」


「あ……ゆかり、さん」


 彼女は私から声をかけられたのが嫌だったのか、ビクビクしながらこちらを見ていた。


「今からちょっと話出来ない?」


「えっと、お昼は拓弥と二人でお昼を食べるって約束してるから」


「へぇ、彼とね。ほんの5分だけでいいから。昨日のこと謝りたいの」


「ゆかり……!」


 彼女はそれを聞いて安心したのか安堵の表情を見せた。はっ。私が仲直りをすると思ってるわけ?  ……バカな女。私は彼女と屋上で話をすることにした。


「ゆかり。私も昨日は言いすぎちゃってごめんね」


「気にしなくていいわ。それより……」


「え? っ!? なん、でっ」


 彼女は倒れた。とても苦しそうに、痛そうにお腹をおさえながら。


「ははははは。アンタなんていなくなればいいのよ」


 私は隠していたナイフで彼女を刺したのだ。


「ゆかり。本は1冊として同じ本がないように、人間もそうなの。私が現れたことによって、自分は完璧じゃなくて、自分自身のままでいいんだよって気付いてほしかった。これは、そのための本なの」


「はぁ? なに意味わかんないこと言ってんの?」


「昨日の言葉、ゆかりには伝わってるとばかり思ってた。……でも、それは私の勘違いだったんだね」


「今から死ぬっていうのにベラベラ喋るのね」


「ゆかり。取扱説明書、最後まで読んでないんだね」


「今更それがなに? ……うっ、お腹が」


 私のお腹からは大量の血が流れていた。傷口はどんどん深くなっていき、痛みに耐えられなくなった私はその場に倒れ込む。


「私は貴方、貴方は私でもある。それは私が意思を持ったとしても別。だから私を刺せば、ゆかり、貴方自身を刺したことにもなる」


「そん、な……」


「貴方もやっぱり、“彼女たちと同じ道を辿った、のね……」


「……」


 ゆかりと彼女は、それを最後に息を引き取った。



◇  ◇  ◇



「好きな人に告白したい。だけど、勇気が出ないよ……」


「そこのあなた」


「え?」



「もしよろしければ、この本をどうぞ」


「は、はぁ……」


「この本は貴方に幸福を与えてくれますよ」


 ただし、使い方を間違えると―――。


~END~

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