第5話 襲来

「お兄ちゃーん!」

「……っ!」

 呼び鈴に続く声に、体に緊張が走る。

 この声、というか俺をこう呼ぶのはこの世に一人しかいない。

「おーい」

 そう言いながらピンポン連打をするその人物。

 やばい。どうしよう。

 別にここに来ること自体は問題ない。しかし状況がまずい。

 詩織がいるのは大丈夫だとしても、この場にはアルトとサツキがいる。

「いるのはわかってるんだよー?」

 ガチャガチャガチャ

 ドアノブがすごい勢いで回ってる……。こわぁ……。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。部屋片すから!」

 どうしよう。アルトたちにどこかに隠れてもらうか?

 いや、この部屋にまともに隠れられる場所なんてない。

 まずい……。

「片づけるって、三年いなかったんだから散らかってないでしょ? それにお兄ちゃんの部屋が汚かったって私に関係なくない? もういいや」

 確かにそれはそう、というかとっさについた嘘だからまともに取り繕えてない。

 ん? てかいまなんて言った? もういいやって聞こえた気がする。

 あきらめてくれたのか?

 とおもったその時。

 ガチャリ。

 という音が耳に入ってくる。

 その音が示す事実はただ一つ。部屋の鍵があいたということ。

「やっほーお兄ちゃん。おひさー」

 勢いよく開かれたドアから、先ほどまでの声の主が現れる。

 最上茜。俺の妹である。

 約三年ぶりに会った妹様は、俺の部屋を見回し、その笑顔が固まる。

「久方ぶりに帰ってきた私のお兄ちゃんが部屋に美少女たちを連れ込んでる件について!?」

 硬直の後、茜はどこぞのなろう小説のタイトルみたいな文を叫ぶ。

「あの、その、一旦落ち着け」

「うぅ……信じて送り出したお兄ちゃんが都会に染まって陽キャになって帰ってくるなんて」

 シクシクと泣くふりをする茜。

「一旦その癖のある語りをやめろ」

 唐突に現れた茜にアルトの頭の上には、はてなが浮かんでいる。

「えーっと……こちらの方は?」

「……俺の妹だ」

「最上茜だよー」

 あふれ出る陽のオーラにその場の全員が圧倒される。

「私はアルトと言います」

「よろしくね! てかアルトさん外国人? めっちゃ可愛いけどお兄ちゃんとどういう関係なの?」

 まくし立てるように質問を投げる茜。

「あー、まぁ、普通に友達だな。帰省する時に一緒に来たいっていうから……」

 とりあえず異界やらなんやらを隠したままアルトを紹介するしかない。

「大学の留学生らしいわ。私もさっき知り合ったばっかり」

 俺の意図を読んでくれたのか、詩織も合わせてくれる。

 アルトもなんとか話に合わせてくれ!

「そ、そーそー。だ、大学で知り合ったのです」

 見事なまでの棒読みではあったが、アルトも話を合わせてくれた。

「へー。日本語めちゃくちゃ上手なんだね! どこの出身なの?」

「えーと、そのー。い……」

 異界って言うなよ!?

 と思ったその時、詩織が目にもとまらぬ速度でアルトの口を抑える。

 さっきも見たなこれ……。

「い……そう!いろんな国を転々としてるらしいのよ!」

 それごまかせてるのか……?

「ふーん、そうなんだ。まぁよろしくね」

 なんとなく怪しがりながらも、なんとか納得したらしい茜。

「じゃあその背中の翼は何? さっきからなんかパタパタしてるけど……コスプレ? お兄ちゃんにつけさせられてるの?」

 慌てたが故か、今までどこぞに消えていたアルトの羽が完全に出ている。

「えーっと、これはー、その、違うんだ」

「あ、わ、わわ!? えーっと、私は吸血鬼で……」

 油断していたのか詩織のカバーは間に合わず、とんでもないことを口走り始めるアルト。

 なんでそうなるんだよ……。

 普通になんもないだけで良かったじゃん。

「吸血鬼……? 何? ホントにそういう感じのプレイしてるの?」

「だから違うって……」

 もう終わりかもしれない。世界の機密と俺の尊厳、俺はどっちを選ぶべきなんだ……。

「もしそうだとしたらなんで私がここにいるわけ……?」

「えーっと……巫女さん枠?」

 確かにそう考えたら属性欲張りセットだな……。

 いやいや、とにかくここは俺の尊厳を守らねば。

「アルトはそういう、なんていうかそういうのが好きでな……」

「どういうこと……?」

 あーもー駄目だこれ。俺の人生はここで終わりです。はい。

 こんなん無理じゃん……。

「愁……。もう言っちゃった方がいいんじゃない?」

「……そうしたい気持ちでいっぱいだが……いいのか?」

「よく……はないけど、このままじゃ愁の人権無くなるわよ?」

 いつの間にか尊厳どころか人権の問題になっている。

「あのな、茜……」


「やっぱりそういうプレイ?」

「だから違うって」

 今日一日で起きた出来事を聞いたはずの茜だが、すぐには飲み込んでくれない。

 まぁ当たり前といえば当たり前ではあるが、そういう方向に解釈するのは勘弁してほしい。

「アルトの翼は背中から生えてる本物だぞ」

「わ、ほんとだー」

 流れるようにアルトの翼を触る茜。

 コウモリのような、スベスベそうな翼。

 いいな。

 どうにか俺も触ることができないかと思考を巡らせるが、ここまでの話の流れ的に、今触ろうとしたら、面倒なことになりそうなのはわかりきっているので諦める。

「てなわけで俺たちは異界から帰ってきたばっかりなんだ」

「なるほどねぇ。まぁ少なくともアルトさんの翼は本物っぽいし、本当の事なんだろうね」

「とりあえず誤解は晴れたってことでいいか?」

「まぁ不純な動機じゃないことはわかったよ」

「そんなわけで、今から夕飯を食べようと思ってたわけなのよ」

「そういうことだ。というか茜はなんで俺がいるってわかったんだ?」

 俺は実家に帰省することについて、親を含め誰にも連絡していない。

「んふふー。妹はお兄ちゃんがどこにいるかわかるセンサーを持っているのだよ!」

「馬鹿言ってんじゃねぇ」

「まぁぶっちゃけると普通に部屋の電気ついてたからだね。今はお母さんたちは仕事中だから掃除してるとかはありえないし」

「なるほどな……」

「いざ部屋に来てみたらこんなにかわいい女の子がいて私びっくりしちゃったよ」

「急に来られてびっくりしたのは俺たちもだけどな……」

「あはは、焦ってるお兄ちゃん見てて面白かったよ」

「そりゃ焦りもするだろ……」

 この状況を見られたら絶対勘違いする、という俺の不安は実際に的中したわけだし。

「とりあえず、ご飯にしない……?」

「ああ、そういう話だったな」

 空腹が限界を迎えたのだろうか、詩織が声をかける。

「せっかくだし茜も一緒に食うか?」

「それはもちろん……だけど、この部屋食べ物とかなんもないよね? なんか買ってるの?」

「いや、出前でも取ろうと思ってたんだ。みんな何か食べたいものはあるか?」

「そういえばアルトは現世に来たことがあるのよね? その時は何か食べたりしたの?」

「私が来た時は家族とだったので、それこそお寿司なんかをいただきましたね」

「さすがに貴族だもんな……」

 家族と来たとなれば、当然異界のお偉いさんなわけだ。

 単に旅行、とかいうわけにもいかないだろうし、きっと他国からの来賓として丁重にもてなされたのだろう。

「ってなるとどうするか……」

 寿司やうなぎを頼むことも可能ではあるが、そんな高級な物は用意できない。

 何より、これから現世で生活するのに毎日そんなものを食べていては到底お金が足りない。

「私はピザが食べたいけど」

 俺の思考などガン無視したかのように茜が声を出す。

「ピザか……そういや近くにチェーン店があったな」

 神社から実家に来るまでの間に一件ピザ屋がある。そう遠くない位置だ。

「私はとにかくなんでも食べれればいいけど、どう?」

 本当におなかがすいているのであろう詩織が、ぐったりとしながらアルトに問う。

「どう、と言われましても……申し訳ないですけど私はピザがいかなるものか分からないので……」

「ピザって異界にはないのか」

「はい。現世にあるすべてが異界にあるわけではないので……コーヒーなどは、たまたま現世の方が異界に来た時に文化を教えた物で、基本的には異界と現世は文化が違います。それこそ同じ物でも呼び方が違うなんてことはざらにあります」

「なるほどな」

 確かに、交流があるとはいえ、以前からその存在が大々的になることは無かったわけだ。

 そう考えると話し言葉が同じ、というだけでも随分な奇跡だと感じる。

「じゃあ、せっかくだし、ピザにするか」

「お兄ちゃんのおごりね」

「おい」

 元からそのつもりではあったが、さも当然かのように言われると、それはそれで腹が立つというものだ。

「まぁ、俺が払うけどさ……」

「やったぁ、お兄ちゃん大好きー」

「適当だなぁ……」

 もっとこう、何というか感謝の気持ちをだな……。

 まぁ別にいいけども。

「愁さん、私の分は……」

「それも普通に俺が払うよ」

「そんな、悪いですよ」

 そうそう、普通はこんな感じだよな。

 現世人である茜よりも常識あふれる返しをくれるアルトを眺め、なぜかほっとする。

「いいって、そもそもアルト、こっちのお金持ってないだろ?」

「うぐ、まぁそうですけど……それでも悪いですよ」

「そもそも、今日行ったカフェの分、アルトが払ってくれただろ?」

 そもそもあちらの金を持っていないというのもあったため、アルトが払ってくれたのだ。

 今の真逆の状況のわけだ。

「うぐぐ……じゃあまた異界に行くときは私がお金を払うので……」

「そうしよう」

「じゃあ頼んじゃうか。種類はなんか適当でいいか?」

 スマホでピザ屋のホームページを開き、注文を開始する。

 一昔前までは電話をしたりしなければならなかったが、ネットだけで注文できるのは楽でありがたい。

「あ、照り焼きピザは忘れないでよ」

「了解、二枚くらいでいいか」

 照り焼きピザと、適当に王道のマルゲリータを選び、注文を終える。

「おし、15分くらいで届くってさ」

「え、ちょっと待ってください。注文が終わったっていうのは?」

「その言葉の通りの意味だけど」

「店に行ったりしなくていいんですか?」

「ああ、何ならできた品を家まで届けてくれるぞ」

「えぇ……」

 異界に出前という概念はないのだろうか、驚きの声をあげるアルト。

「あ、分かりました。ガラケーってやつですよね」

「違うね……」

「そっか……アルトが最後にこっちに来たのってあの事件の前だから少なくとも20年は前よね。確かにそのころはスマホもないわね……」

「え、ってことはアルトちゃんめちゃくちゃ年上!? 勝手に私たちと同じくらいだと思ってたけど、さん付けで呼んだ方がいい?」

「いえ、好きに呼んでもらって良いですよ」

「というか普通にアルトって何歳なんだ?」

 そう聞いた瞬間、アルトの周囲の空間が少しゆがんだような気がする。

「愁さん、現世には女性に年齢を聞くべきじゃないっていう意識は存在しないものなのですか?」

 まるで、ゴゴゴ……。とでも擬音がつきそうな雰囲気でアルトが訪ねてくる。

「いやまぁそれはあるけど……煙草云々のくだりの時俺らの3倍は……」

 そう言いかけたとき、俺の首筋に真っ赤な槍のような物が突き立てられていた。

 間違いなく今日一番の命の危機イベント更新である。

「それ以上は許しません……。愁さんはあの時何も聞かなかった、良いですね?」

「はい……大変失礼致しました……」

 あの時はお互い冷静じゃなかったとはいえ自分で言ったんじゃないか……。

 とはいえさすがに生命の危機に瀕してまで追求する気はない。

 というかその槍どこから出したんだ……?

 吸血鬼の能力の一つなのだろうか。

 なんとか槍をおさめてくれたアルトを横目に、ほっと胸をなでおろす。

 槍どころか他の女性陣の冷たい目線が刺さっているような気もするが、気のせいだと思うことにする。


 しばらくスマホについて話していると、部屋のインターホンが鳴る。

 先ほどとは違い、誰が来るか分かっているため、恐怖を感じることはない。

 ドアを開き、配達員からピザを受け取る。

「どうもー」

「アリャッシター」

 そんな簡単なやり取りを行い、部屋へと戻る。

「届いたぞー」

 受け取ったピザをテーブルの上に並べる。

 おぉ……というような声が上がり、皆一様に目を輝かせている。

 かくいう俺も、ピザを食うのは久方ぶり(多分)のため、そのジャンキーな見た目と匂いに興奮を隠しきれない。

 先ほど買っておいたジュースをグラスに注ぎ(氷がないのが悔やまれたが)乾杯の準備が整えば、後はすでに切られているピザにかぶりつくのみだ。

「これで準備は完璧だな」

「えーっと……せっかくだし乾杯する?」

「何にだよ」

 こういう状況だと確かにパーティーのような雰囲気だが、別に何かめでたい事があるわけではない。

 むしろ問題は山積みである。

「いやさ、ほら。はじめましてなわけだし出会った記念的な」

「なるほど。確かに私たち出会ったの今日だものね。濃い一日過ぎて頭から抜けていたわ」

「確かに、そしたら乾杯するか」

 そういったのを皮切りに、全員がグラスを持ち、そして掲げる。

「「「「かんぱーい」」」」

 一瞬異界に乾杯の文化がない可能性が頭をよぎったが、どうやら杞憂だったようで、宴の始まりを告げる合図はばっちりと決まった。

 現世組がそれぞれピザを手に取ると、それに倣うようにアルトもピザを取り、食べ始める。

「んん~♪ やっぱピザは照り焼き一択だよねぇ」

 そう言い頬を緩ませる茜。

 ピザを自ら所望しただけあってご満悦のようだ。

 しかしそうなると気になるのはアルトの反応だ。初めて食べるものだが、やはり喜んでくれた方がうれしい。

「アルトはどうだ?」

「……」

 アルトはしばらく俺の問いに答えを返さない。

 口に合わなかったか?と一瞬思ったが、目を輝かせながらもくもくと食べる様子を見るに、そうではないらしい。

 やがてひと段落が付いたのか、こちらを向き声を挙げる。

「愁さん……これは……素晴らしいです……!!!」

 相当興奮した様子で、そう言うアルト。

「ま、まぁ喜んでくれたなら良かった……」

 俺がそう返すと、アルトはうんうんとうなずき、再び黙々とピザを食べ始める。

 喜んでくれているのは伝わったが、ここまでとは思わなかったため、俺も少し面食らってしまう。

「いやぁ、私もピザなんか久々に食べたけど、やっぱりおいしいわね」

「久々、と言うと現世の方々はピザは頻繁に食べないものなのですか?」

「そうね、あんまり食べないわね」

「というと、高い物だったりするんですか?」

「うーん、高くないかと言われれば高いんだけど、値段というよりジャンクフードばっかり食べてると太ったりするからね」

「ジャンクフード?」

「あー、そうね……なんていえばいいのかしら」

「ジャンクフードって言うと何というかめちゃくちゃ高カロリーで、栄養の摂取、というより娯楽的な側面が強い食べ物のイメージだな」

「そうね、まぁ味に特化してる代わりに健康にはあんまり良くないって感じかな。まぁだからおいしいんだけどね」

 ジャンクフードを今まさに食べている状況下でする話ではないかもしれないが、聞かれたら答えざるを得ない。

「じゃあピザ以外にもジャンクフードってあるのですか?」

「もちろん。ハンバーガーとか、後はスナック菓子なんかもジャンクフードかなぁ。どれもおいしくて、食べる罪悪感がこれまた良いんだよねぇ」

「……!」

 茜から発せられた言葉に、パタパタと翼が動くアルト。

 明らかにソワソワしている。

「やはり、現世にはまだまだ私の知らない文化がたくさんありますね……。異界の食事というと味気ない物ばかりですから、吸血鬼は気が向いたときくらいしか食べないんですよ。そもそも気が向くこともほとんどありませんが」

「そう考えるとジャンクフードって吸血鬼向けの食べ物よね。栄養とか考えなくていいし」

「確かにな」

「そうですねぇ……現世みたいに異界にも配達してれないですかね……」

「さすがにそれは無理ね……」

「もういっそ異界にジャンクフードの店をつくる方が早そうだな」

「そうしますか……。大変そうではありますけど、それだけの価値がこのピザにはありますし」

 ピザを気に入ったようでうれしいが、気に入ったからと言って、よし、異界にも店を創ろう!となるのはどうなんだろうか。

 吸血鬼であれば出来るものなのだろうが……。

「話変わるんだけどさ、お兄ちゃんたち結局これからどうするつもりなの?」

「どうするって……情報収集?」

「いやさ、だからどうやって情報なんか集めるのって話」

「それはそうね……」

 相も変わらず流れで動いてしまっている。

 異界で既に後悔しているのでは無かったのか……。

「まぁ、とりあえず買出しに行くべきか。どちらにせよ生活に必要なものは買いに行かなくちゃいけないわけだからな」

「で、問題はそのあとよね。茜に言われた通り、情報収集をするにしても何らかの目星はつけないと......」

「今できること、となるとやっぱり異界を知っている人に当時のことを聞くことぐらいしかできないか」

「それで言うと私の親に聞くのが一番無難かしら」

「そもそも、現世側の異界への印象ってどんな感じなんだ?」

 仮に現世側も敵対的な意識があるのならば、不用意にアルトたちと動くことができない。

「それなんだけど、正直私も分からないのよ。一応異界の門については組織的に管理されてるらしいんだけど、ここだけはその管理が特殊らしくて他の門とは違う扱いをされてるらしいのよ。その理由とかは聞いてみないと分かんないわね」

「なるほど……じゃあとりあえずは詩織の親御さんに話を聞くしかないわけか。でも、そうなるとわざわざ危険を冒してまでアルトたちが現世で活動するメリットがないとも思うんだけど」

「それはそうなんですが……実は私たち吸血鬼は、同族を探知する力があるんです。広範囲では無理ですけど、それこそ50メートル程度の距離まで近づけば吸血鬼の存在を探知できます」

「なるほど……仮に現世にとらわれた吸血鬼がいるとしたらそれを探せるわけね」

「そういうわけです。今日既にこの町、あの神社に来て吸血鬼がいないのを確認しているので、詩織さんの親御さんに会う時にわざわざ私が行く必要はありませんが、それ以降、何か目星がついた場所に行く際には私も同行したいということです」

「じゃあしばらくはそんな感じでやってくか」

 ある程度今後の方針が決まったところで、ちょうど最後のピザを茜が食べ終える。

「おし、片づけて寝る準備でもするか」

 一応、アルトはこの部屋に滞在する予定になっている。

 広い部屋というわけではないが、二人程度であれば余裕をもって寝ることができるだろう。

「え、この部屋で四人寝るのきつくない?」

「ん? いやまてまて。四人?詩織と茜は別にここで寝る必要ないだろ?」

「いや私はここで寝るけど?」

「私も」

 なんでだよ!?

「だって普通にこんな美少女とお兄ちゃんを二人きりで一つの部屋で寝かせたら何が起こるかわかんないじゃん?」

「なんで俺はそんなに信用無いの?」

「普段の行動の賜物ね」

 俺がなにしたっていうんだよ……。

「パンツ……ケモミミ……」

 ぼそりと詩織が漏らした言葉に、心臓が跳ねる。

「いやっ、あれは不可抗力だろ!?」

「関係ないわ。あの時あなたがアルトのパンツをガン見していたのは事実でしょ?異界でもケモミミ見て興奮してたし」

「……愁さん?」

「ひゃいっ!」

 一瞬で場の空気が凍り付く。

「どういうことか説明をしていただいても?」

「えーっとですね……その、違くてですね」

「最初にアルトが気絶してた時にガン見してたわ」

「おい!」

 そんな誤解を招くような言い方するなよ……。

「……」

 アルトから漏れ出る不穏なオーラがどんどん濃くなっている。

 まずい……俺が今、再び生命の危機に瀕しているのは間違いないだろう。

 ミスったら死ぬっ……!

「どちらかというと見えてしまった、というのが正しくて……」

「どちらにせよ見たんでしょ? お兄ちゃんサイテー」

「うぐ……」

 的確な射撃が俺を打ちぬく。

 本当にまずい……。

 圧倒的な四面楚歌状態に、俺が取れる行動は……。

「……本当に申し訳ございませんでした」

 土下座だった。

 人生で土下座をする機会など何度あるだろうか。

 もちろん今までの人生で土下座をしたことなど数えられるほどだ。それにこれほどまで本気で土下座したことはない。

 しかしながら、余りにも俺の体は自然に土下座を選択した。

「うわ、身内のガチ土下座ってなんか嫌だね……」

 やかましい。俺がこの状況を生き抜くにはこれしかないのだ。

 3人の少女たちに見られながら土下座をするという何とも奇妙な状況ではあるが、今はこれしかない。

「……私も愁さんには色々ご迷惑を掛けていますし? まぁ今回はこれで不問にしましょう」

「ほっ」

 何とか難を逃れることができたようだ。

「うぅ……殿方に……を見られるなんて……もう……に……ない」

「ん?」

 顔を伏せたアルトが何か言ったような気がしたが、よく聞き取れなかった。

「何でもないですよ! もうこれ以上掘り返さないでください! それとも……」

 そう言い、先ほど見せた真っ赤な槍をどこからともなく取り出すアルト。

「い、いや何でもない! 悪かったからそれしまってくれ!」

 涙目でそれを振り回し始めようとするアルトに何とか謝る。

 こんなところで暴れ始めたら大変なことになる。

 茜に自業自得だ、という視線を送られながらも、何とかアルトをなだめるのだった。

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