第13話 14へ行け

 とりあえずこの都市で場当たり的に形式上行う処理が一段落したため、ここからどうするか話をまとめることになった。本格的に色々保障をするにはまた違う人間を派遣する必要があるらしいが、まあ私たちには関係ないことだ。


「帰るか?それとも俺以外しんどそうだしここで休んでくか」


「休みたいのはやまやまなんですが…魔法車は即座に返却しないといけないんですよね。これ一台で城が立つくらいの費用が掛かってるので」


「オレたちもあんま神殿から出ちゃだめだからなるべく早く帰らないと」


 そんなこんなでとんぼ返りすることに。急がなければならないし万が一にも事故れない行きと違って、リソースをケチってるらしく、あんま速くないし風とかでガタガタして怪我に響くしで嫌な乗り心地であった。


 それでも心労やらなにやらが大きかったからか、日が傾いていることもあり私とジーク以外の人間は眠っていた。一応この男が一番負担が大きいであろう人物なんだけどな……。


「なんで結局私は連れ出されたの?やることなかったし…使うかも知れないけどそのまま終わったとかじゃなく元々私に何かやらせる気も無かったでしょ?」


「そりゃもちろん……目標っていうものをお前に見といて欲しかったんだよ。竜の中ではあんぐらいには勝てるようになるのが最低限クラスかなぁ」


「…最低限って何の?」


「分かってんだろ」


 そう言った後、ジークはいつぞやの魔神を殺した後の様に朗々と戦闘の振り返りを始めた。


「見てて分かったかもしれないが、まずああいう手合いはそもそもの素の身体能力で足切りをしてくる。お前は…まぁ"眼"だけなら今でもモノによっては通用する次元にあるかもしれないが、体は全然だな。予測して避けようにもその動きに雑に後から対応される」


「魔神は倒せたけど、それじゃ不十分?」


「もちろん。死体検分の結果はまだ出てないが、お前の倒したアレの肉体的スペックはそこそこってとこだな。フィジカルだけを言うなら魔神連中でも弱めで、反射神経はどうにもしょぼい。それこそお前に会うより前に俺が倒した奴は速さも当時の俺に匹敵するくらいだったし」


 それは分かってる。彼の理想は彼と同等なのだから。ちょっと前までは現実的に無理だと思っていたのかもしれないが、私の成長速度を見てある程度期待を乗せているということも感じている。


「空を飛んでる状態の落とし方は、弓とかそれこそカルルマルルとか…まあ遠距離攻撃は応用が効くから何か持っとけ。とりあえず直近でなんかあったら俺が貸してやるよ、というか落とすところまではやってやるまである」


「流したね」


「だって今のところは近距離戦闘に特化させないと成長が歪になるから……」


 ジークの思い描いてる絵図ではどんな私になってるんだ。


「えぇと、次は鱗についてだな。竜麟を突破するには技術がいる。それも訓練して事前に習得できるようなもんじゃない。性質も生え方も竜ごとに違うからな」


「技術って…そんなんでいけるなら竜の鱗が絶対的な盾だなんて謳われないでしょ」


「いや、存外触れば分かる。刃の通し方によって斬りやすさが違うのは分かるだろ?つまりは斬鉄の延長線上だ。ちょっとしくったらどんな名剣だろうと刃が折れて、その分剣の精密なコントロールが求められるが……逆にやれれば十分な技量が身についてるってこった。まぐれでできるようなことじゃない」


 ぶっつけでやるしかなくてミスも許されないのか…。


「で、広範囲のブレスの対処法だが、これは簡単だな。まず最初に範囲外に全力で出ることを考える。それが難しいか、あるいはいけそうなら大抵全体攻撃って言っても流動的だから常にちょっと威力が弱いところに動きつつ薬とか防具とか…後は当然、素の肉体で耐える」


「それ死ぬでしょ」


「もっともだな。そうならないために基本は事前に対抗策が用意できてるべきなんだが、俺は何とかなるだろって感覚で今回みたいに尖兵みたいに投げ出されるからなぁ……体ができてきたらこういう魔除けを付けてもいい」


 そう言ってジークは服を捲り上げる。

 一瞬面食らったが脇腹の指し示したところを見ると、バキバキの腹筋の上に複雑な入れ墨のようなものがあった。


「これは精神干渉に対する強力な護法だが、副作用として軽い超常的能力への耐性もある。別のでもいいしやりたくなきゃやらなくていいが。結構痛いし定着しないと不調になるからな」


 私が確認したのを見てジークはいそいそと所々焦げている服を直した。


「と言っても付け焼刃の小手先じゃダメだ。ドラゴンは個体差が大きいせいで、実力が拮抗しているかこっちの方が地力が弱い場合は戦闘時間を稼ぐことで慣れることは必要だから、戦闘に付き合えるくらい体鍛えろってことに結局帰結するんだけどな」


「それ似たようなこと前も聞いた気が…」


「…まあそう言われると痛いが、俺の育成計画は変わってないってことだから。魔神に勝てたし目標をちょっとずつ上げてるってだけだ。最終目標はともかく短期目標もきっちり示さないとやる気が湧かないらしいからな」


「教育論を直接弟子の前で語るもんじゃないよ」


 そういえば…こんなドラゴン騒ぎは描写されていなかった。単にレヴィたちが興味無かっただけか…もしくは私がいないことでジークが強者を求めて前倒しで倒したとかか?

 原作開始を目前にして不可解な要素はなるべく排除しておきたいが、今となっては確かめることもできない。頭を回しても仮説止まりだ。それよりかは体を動かせるようになった方が幾分かマシだろう。

 そこまで考え、思考を止めた。



 ◆



 1ヶ月ほどの時が過ぎていた。


 家の周辺を30分ほど走った直後に剣を手に取り素振りを10分行うのを3セット繰り返す。淀みなく終わらせた後に、そのまま木に紐で吊られた鉄板に向かって剣を振った。

 下半分が地に落ちる。鉄板を揺らすことなく両断できた。剣には一片の欠けも無い。


「よし、ほぼ回復したな」


 私の鍛錬の途中から朝食を作っていたジークが庭に出てくる。日が昇る前から行っていたが、もうそんな時間か。


 水浴びをして軽く汗を流した後、着替えて食事をしていると、ジークがおもむろにニヤつきながら私を見てきたた。嫌な予感がする。


「そういえばお前、仕事についてこれない間に俺のネームバリューを使って騎士団に変なことを吹き込んでるらしいじゃねぇか」


「んぶっ」


 スープを吹きそうになる。


 確かに私はジークの戦場には同行できない間に、王女誘拐事件に備えて色々頑張って根回しをしていた。

 口止めしたのに…誰が漏らしやがった?


「……いやいや、そりゃ色々キナ臭いし当然じゃない?むしろ不在時に地盤を固める健気な弟子を褒めてほしいかな!」


「裏社会の動きが妙って言ったらしいが俺の肌感では特にそんなことない。俺には掴めない何かを感じ取ってるにしたって護衛の配置だの具体的なところまで口を出してるとか。別に王家に忠誠を誓ってるでもないお前がねぇ」


 私の咄嗟に行った言い訳には欠片も反応せず言葉を紡ぎ続ける。


「色々怪しいって言うなら根から潰すよう動いた方がいい、相手側への牽制にもなるしな。自分だけじゃきついなら賞金稼ぎとか、それこそ騎士団に助力を頼んでもいい。それに、何度か話す機会はあったのに俺に直接言わないのも妙だ。最大戦力に口添えするのが異常に簡単な立場なのにな?」


 ジークに何も言えない理由は簡単で、根拠が"前世である程度未来を知っているから"なんて話せないし、ジークはあちらからも注目されている以上下手に動かすと警戒されると考えたからだ。知られることなく決行日が来て事後報告が一番丸いと思ってたのに……。


「……勝手に名前を使ったのはごめん」


「ほんとだよ、普通即座に破門だぞ。それで、何でだ?」


 そう来るよな…。理由を話さないといけない。騎士たちに対しても使ったものを早口で捲し立てていく。


「それはこっちから動けないことにもつながるんだけど……私が腕試し感覚で邪教とか闇魔術とかをぶちのめしたのは知ってる?その中で共通点があって、偶然なんか星辰とか色々不吉らしくて活気づいてるんだよ。だからどの組織がどうとかじゃなくて、全体としてやばそうっていうか……」


 当然嘘だ。魔神連中もバカじゃない。そういう奴らを手先として使うことはないでもないが、そんな勘づかれるようなことはしない。


「だとしてそれが何で王族護衛に繋がるんだよ」


「えぇっと……勘なんだよね」


「は?」


 ジークは呆れている。多分信じてない。眉間を押さえた後、僅かに溜息を吐いた。


「まぁ、話半分には参考にしておいてやる。お前も無名って程じゃないしどこまでいっても俺の名前を出すほどのこととは思えないのが引っかかるが、言い訳は理解した」


 私が口を挟む暇も無くジークは話を打ち切った。ジークとしてはある程度妥当性のある話を私からされてこの話は終わりになる予定だったのだろう。ちょっとしこりが残ったような顔をしている。


「体も治ったしこれからは前以上にビシバシ行くからな」


「うへ…病み上がりだからお手柔らかに……」




 その日もジークは駆り出され、お供した私が矢面に立たされることになった。ジークは腕を組んで私の戦い方を見て、ちょいちょいアドバイスというか野次を飛ばすだけであった。楽な仕事だなオイ。



 ◆



 破砕音を背にしながら空中を飛び、追ってくる棘を叩き落とす。


「ィイヤッホゥ!」


 二人の男女の冒険者がダンジョン・"罪の坩堝"の最奥部に到達していた。


 冒険者はどちらも飛行している。片方は靴に仕込んだ魔法によって、そしてもう片方は──肩口から生えた飛膜のある翼によって。


 神殿のような空間で、全長30mを超える巨大な黒い百足のような怪物が、縦横無尽に這いずり回っていた。柱も伝い、空間を立体的に自由自在に動き回る。かなりの速度を出しているが、その衝撃で自らの居住が壊れることも気にせず、侵入者を排除することに全力を注いでいるようだ。

 大百足の体から棘が発射された。触れれば体が侵食され崩れ落ちる、腐敗の効力を持っている。


「アンナ!護扇匣ごせんこう展開!」


「あいあい~」


 アンナと呼ばれた女が腰に下げていた箱のようなものに触れると、開いて板のようなものに変化し、8本に分離してアンナの背後で高速で円運動を始める。それぞれの側面は鋭くなっており、刃のようであった。


「ゾビの朱舌!」


 男が手の中に収まるほどの小さな木の枝を出現させ、飛んでいるアンナに投げ渡す。それをキャッチすると、背に放った。

 刃に命中する直前で小規模な爆発が起こり、背後に向かって弾け飛んでいく。ピンボールの様に空間中を暴れまわり、それが棘を撃ち落とすと同時に百足の硬い甲殻にも何本か刺さり、ずり落ちるように地面に。


 その爆発を起こしたタイミングで空を飛んでいた二人も急降下していて、一気に攻め立てる。決めにいくつもりだ。


「瞬速疾風・煉獄執波……」


「長い!」


 隙をついて、アンナが尾てい骨から生えたトカゲの様な尾で露出した大百足の頭を叩いた。

 そこで怯んだ瞬間、レヴィは片手に持っていた剣で甲殻に切り込む。まるでバターのように綺麗に裂けていき、最後一瞬切れ味が悪くなったように引っかかって巨大な体をちぎるには至らなかったが、大百足は大きく苦悶の声を上げる。


 そしてアンナが露出した体の断面に先ほども使った木の枝を投げつける。枝が肉の中を少し進んだことを確認したところで、大百足は身を捩りながら爆散した。


 冒険者の男──レヴィは、地面に降り立ち爆風を背に受けながらいつの間にやら身につけたマントをたなびかせる。


「フッ…我らの前ではこの程度、敵ではないな!そう、深き眠りに満ちた昏き……」


 アンナは青みがかった銀色の長髪をかき上げ、側頭部から生えた角に引っかけながらレヴィの喋りを無視して壁を叩いて調べだしていた。


「うん、戦ってる間も何となく察したけどこっちに空間がある。多分どっかの仕掛けを解除すれば正規で入れるんだろうけど、壊した方が速いね」


「おいおい…勝ち口上を言わないと締まらないだろ…」


「ギャラリーがいるならともかく誰も見てないんだからいらないって。お宝お宝~」


「風情ってもんが無いな……【ほつれろ】」


 レヴィが呆れながらアンナについていく。レヴィが壁に手を当てて短く詠唱すると、そこの壁に縦横2mほどの正方形の穴が開いた。

 罠を警戒し、アンナが先行し入っていく。

 

 彼女の目にあるものが飛び込んできた。それに驚きの声を漏らしてしまう。


「えっ…これが…?」






 2時間後、"罪の坩堝"近くの村にて。


「本当にお二人には感謝してもしきれません…!」


「フハハ、礼などいい。感謝しているというのならば、我らの偉業を語り告げ!そう…この"紫電の閃光"と"流麗なる焔"の…」


「語り継ぐのもいらないでぇっす!それじゃ!」


 アンナがレヴィの襟を掴みそのまま引き摺ってその場を去りだす。後ろから聞こえる感謝の声にレヴィがキメ顔やジェスチャーで応えながら宿の方へ向かう。

 道すがら村人から奇異の目で見られるのは女に尋常の人間ではありえない角と尾があるからか、はたまた単に大の男が引き摺られているみっともない光景だからか。


「それにしても無駄足だったね。まさかこのダンジョンに秘された財宝がただの"金果"だったなんて。噂では黄金に輝く果実ってあったから、"女神の口づけ"かと思ったのに」


「まぁいいだろ。あの化け物にこの村は悩まされてたんだから。腹や寝床から遺品もいくらか出てきたしな。それに…」


「はいはい。追い求めた宝が望むものでないことは落胆することではない、ね」


「その通り。もっと言えば今回は実体があるんだ。これ以上何を求めるってんだ…あてっ」


 アンナが急にそれまで掴んでいた襟首を離し、レヴィの体が地面に叩きつけられた。


「急に離すなよ、楽だったのに…」


 レヴィが抗議の意も込めて大の字のままアンナの方を見ると、その手に赤銅色の羽を持つ鷹が止まっていた。何回か見たことがある。アンナの故郷である竜人の里で連絡に使われているものだ。


「うちの里から手紙が来てる。なんだろ」


 レヴィは砂を払いながらのそりと立ち上がり、鷹に結ばれていた手紙を手に持つアンナの横からのぞき込む。


「どうせまた帰ってこいだの、オレの顔を見せろとかそんなんだろ。こっちの義父とうさんと違ってうるさいからな」


「だろうね…あれ、差出人がお父さんじゃない。オババ様だ」


「オババ…里にいた頃色々教えてくれた人だっけ」


「そ。普段は里の奥でもにょもにょ言ってるだけで何もしてないんだけどね。里のみんないつからいるのか分かってないけどお世話をするのが習わしなの。あたしが生まれるまでまともに口をきいたことなかったらしいよ」


 アンナはそう言いつつ手紙の蝋封を開けて中身を見る。


「うぐ、古メルニ語だ」


「学校で習ったろ。一緒の授業も取ってたし…」


「ダンジョン探索しか脳に無かった単位落としまくり劣等生のあたしがこんなふっるい魔導書にしか使われない死語を覚えてると思う?」


「……そういえばあの授業取ってたのもオレを口説き落とすためだったな。でもあんなん適当に流し聞きしてても分かるだろ。実際オレはオマエにベラベラ話しかけられながら授業中魔法の開発してても使えるようになったし」


「天才様とは違いますぅ〜」


 そのアンナの言葉を聞いたところで面倒になったのかレヴィが手紙を奪って音読する。


「えぇと…『厄介者が消えたからルミキル山に近づいてもいいよ』だってさ」


「えっそんな砕けた口調なの?」


「意訳だけど実際可愛がってた里の娘に話す老人とかこんなもんだろ。……これだけだな」


 アンナは鷹を撫でながら聞いていたが、内容がそれだけだとわかるとその手紙の裏面にペンを走らせる。


「そういえば近づかないようにと言われてたような……入学前のことだから覚えてなかったけど」


「まあ近づくなって言われてても、もし欲しいものがあったら行くから意味ないけどな」


「んね。オババ様というかみんなはあたしたちを甘く見てるんだよな〜」


 二人で笑いながら適当に返事を書いた手紙を鷹の足にくくって帰し、宿に入る。

 村を救ったからタダにならないかと二人して期待していたが、それとこれとは別らしかった。





 翌日、早起きをしていたアンナがレヴィを叩き起こした。隣のベッドで先に起きて外に出たり何やらゴソゴソしているのは感じていたが、乱暴に起こされるのは久しぶりである。


「ねぇ、起きて!大変よ!」


 にわかに村が騒がしいことも感じとるが、敵襲などでは無いことは声をかけられてから即座に展開した探知魔法で把握できた。

 それにアンナの声はどこか楽しげで、恐らく不都合なことが起こったのではないのだろうということも察している。


「マリア内親王殿下が昨夜拐われたんだって。それで御触れが出てて、救出できたら莫大な褒賞が与えられるって!」


「んあぁ〜?それが何だよ……そんなん例の英雄にでも任せとけよ……つ〜かワクワクすんな…」


 昨日の今日で王都から離れたこの場所に伝わるとは、ここが比較的都市に近く魔法による伝達はやはり便利だ。自身が改良したのを秘匿すればもっと稼げたかな、とレヴィは思う。


 確かに金は大切だ。魔法を使えば楽に稼げると思っていたら魔法学校の顔に泥を塗ったせいで国の魔法使いから冷遇されているのと、義父を納得させるために納める分もあって割と路銀はカツカツである。

 しかし、それ以上に大切なのはロマンであり、もっと言えばそんなヒロイックなことを積極的にするほどの英雄願望を持ち合わせている訳ではない。"罪の坩堝"だって、元々攻略する気でこの最寄りの村に来てみたら村民に頼まれたというだけだ。

 しかも王家にケンカを売るということは国を敵に回すと言うことで、相手にもそれなりの用意があると見て然るべきだ。それなりに本腰を入れないと対処も面倒だろう。


 そこまで考えて眠い目を擦りながら答える。


「次は近くの"砂塵の迷宮"を攻略するから、寄り道する気はないずぇ……」


「それがね、そこなの」


「…何が?」


「誘拐された場所、殿下が」


「マジかよ」


 攻略ついでに名誉と金までついてくるとなれば話は別である。しかも先を越されれば"砂塵の迷宮"の秘宝──金糸雀カナリアの宝玉を可能性まである。いや、もしかしたら下手人の賊に取られているかもしれない。そんなことは受け入れられない。だ。


 レヴィは立ち上がり、寝巻きから一瞬で戦闘着になった。


「行くぞアンナ!殿下が頰を濡らして我らの助けを待っている!」


「まったく調子いいなぁもう…!」


 そう言いながらアンナは笑っていた。イレギュラーこそあるものの、二人にとってはいつも通りの冒険である。




「そういえばマリア内親王殿下って誰?」


「…陛下から見ていとこ、前王の弟君の娘だ。貴族はいいけど王家くらい覚えてくれ、不敬だしそもそも一般常識だぞ」






 そして、時間は一日遡る。



 ◆



 失敗した…!


 周囲には先ほど自分で手にかけた人間の賊の死体が転がっている。空に赤い閃光が走るのを見た。知っている凶兆だ。

 

 敵は私がこっちに守りを固めてるのを見て目標を変えてきたのだ。現王の直系じゃないと狙われないと頭のどこかで思ってしまっていて、それ以外の王族の守りが疎かになってしまっていた。

 それに、こっちに雑兵を放って注目も集めてきた隙もつかれた。


 つんと鼻をつく血の匂いを振り切って街道に向かって走り出す。

 数秒遅れてジークが並走してくる。ジークも王や王子の近くにいたため、現場の離れまで駆けつけるのに時間がかかっていた。そうはいっても1分もかけていないが、致命的な隙となってしまった。


「セツナ、どこに向かってんだ!?」


「"砂塵の迷宮"!敵はそこにいる!移動手段が破壊されてるから、もう移動を始めないと私は間に合わない!」


「……なんで場所が分かる?まだマリア殿下の行方は探ってる最中だってのに……」


「ごめん、説明することはできない…!」


 早くしないとマズい…!王都からだと目的地まで2日はかかる。魔法車も飛竜も使えなくされてる都合上、ジークも走って行かざるを得ないだろうが、場所が確定するまでは動けないだろう。立場的にもジーク自身の判断としても。


「その根拠じゃ俺は動けない、明日の朝までには場所が特定できるからそれが出るまで待機しなきゃならない。行くならそれまで待って…」


「ジークは結果が出次第すぐに行って。私は先行するから、ジークも追いつくだろうけど……ジークと同時に出発するんじゃ、私が置いていかれる」


 どうしてもなるべく早く駆けつけなければならない。


 このままじゃレヴィが死ぬ…!

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