第14話 蒼天

 騒ぎの渦中でてんやわんやしている城門をするりと抜ける。背中に呼びかける声が聞こえるが、今は一分一秒が惜しい。緊急事態だから問題になることは多分ないだろうし、解決に奔走していたということが分かれば処罰があるとしても名目だけの軽いもので済むだろう。

 あの二人のおおよその場所は把握している。調べたというかフィッチに聞いた限り記憶とズレは無い。明日の昼には"砂塵の迷宮"に到達する。

 私が着くのはラミゼルから分けてもらってる強壮薬を飲みながら全速で走り続けても明後日の朝にはなってしまうだろう。間に合うかは不明だが、やらない理由にはならない。


 街道を走りながらさっきあったことを思い出す。

 …色々事前に張ってたのにどうしてこんなことになったのか……。



 ◆



 まず前提として、魔神は近々迎えるらしい何かしらの期限までに王家の血と5つの"鳥の目"と呼んでいる宝玉を手に入れる必要があるらしい。……つまりジークに言った時期が云々と言うでまかせは完全に嘘というわけでもない。が、魔神が目的を易々と明かすわけもなく当然お遊び邪教サークルごときに把握できてるわけがないので説得の材料としては結局意味がないので無駄であった。

 それが揃うと何が起こるかの詳細は不明。『やり直す』という発言から全ての魔神が復活するのではないか……と友人は考察していた。


 様子からして奴らは、要因がその儀式?のためなのか復活したてであることにあるのかはたまた別の何かなのかは不明であるが、原作のタイミングの時点でそれなりに時間的に追われていたはずである。

 それぞれが"鳥の目"を集めるために行動していて、レヴィと事を構えることになるのは今年であり、まあ作品としてそんな時間を飛ばすことも無いだろうから多分間違いない。(現実と化したこの場でメタ推理を行うことにどれほどの意味があるかは別として)

 なので都合のいいタイミングまで遅らせるということは、ある程度難しいと予想できる。


 そのため私はこのところあまりジークと同時に王都から離れないようにするよう心掛けていた。具体的には意図的に自分一人で先んじて仕事をこなしたりジークが遠出する際には移動速度とか理屈づけて動かなかったり。そんなことしてるとジークにも勘づかれるわけで、めんどくさそうな顔をしながら深追いすらせず「いつまでだ?」なんて聞いてきた。とりあえず来月までと言っておいた。(レヴィの行動速度からして誤差を考えても外れてないはず)


 ジークはそんな私に付き合うのが面倒になったのか、光っている間に名前を呼べばいいとだけ言って青い指輪を渡してきた。何が起こるのかは教えてもらえなかった。ジークが情報を絞ってくるのはいつものことだ。

 

 まあ色々努力はしているとはいえ、残念なことに原作における奴らの襲撃の具体的な日付は分からない──分かったところでヤマを張ってもズラされる可能性もある──ため、どうしても守りを固めるとなると長い期間にわたって行う必要があるが、そうするとその質は現実的にあまり高くすることはできない。

 そもそも遠方で触れを聞いて事態を把握した主人公サイドにカメラが回っていたため、王都が具体的にどんな感じだったのかは描写されていないのだ。


 しかし何だかんだ魔神をほぼ独力で一体倒したことにより自信もついていたし、少なくとも自分たちがいるときなら大丈夫だと思っていた。

 何度も事を構えていることもあって警戒され、王都を離れたところを狙われることにも備えて、基本的にジーク(と私)がいない時は注意するようよく言い含めていた。ジークの旗印を使ったのもあって割と受け入れられていたし、私もちょいちょい訓練に付き合って信用は稼げたはずだ。連絡手段も作りいち早く事態を把握することはできるし、これ以上に個人の力で対処できることは少ないだろうと思った。




 そんなある日、警備を強化することの言い出しっぺとしての世間体もあり、夜に警備がてら見回りをしていると、轟音が鳴ると同時に金色の巨大な塔のようなものが遠方に現れた。そこから飛行物体が発生しているのも見える。


 こんなに露骨に来るものなのかとどこか拍子抜けした感覚を覚えつつ、根を断つのは任せて自分が守るべき王城へ向かうことにした。


 警備地域が元々王城周辺だったこともあり、1分もせずに城に到着した。

 警戒を怠らずにいると、間髪入れずに 空から矢のように飛来してきて、撃ち落とされる直前にその中から覆面をした4人の人間が飛び降りてきた。覆面の意匠からして旧王権派…繋がってるのは何となくわかっていた。政治には関われないが上手いことできないんだろうか。

 

 そして、意外なことに私に対して一直線に向かってくる。


「恨みは無ぇが仕事なんでなァ…死ねや!」


「奇遇だね、私もだよ」


 威勢のいい突出した一人の側頭部を柄で叩き気絶させ、近くにいた二人目も流れるように鞘で鳩尾を突く。悶絶して地面に倒れたそれから距離を置いたところで、敵が二の足を踏んだ。ジークとの訓練がメインであるため一対一が最も得意ではあるが、多対一の心得もあるにはある。こちらから飛び込むまでだが……練度が低いな。

 『殺さないで済むなら殺さない』が我が師匠の方針ではあるが、自分はまだ手抜きが上手くないし、緊急事態の上、木っ端から取れる情報なんてせいぜい仲介役程度でたかが知れてるだろう。……早く蹴散らすために殺ってもいいか?


「まだやる?」


 相手側が怖気づいて消えてくれた方が楽だと思い声を上げた瞬間、残った内の一人が這うような姿勢で飛び出してくる。切り上げで対応しようとするが、突進の軌道が不自然に曲がり躱された。

 手が触れ合うような間合いに入ったところで手中にある得物を把握する。闇夜に溶ける黒塗りの短剣。おそらく毒があるのだろう、掠ればいいと思って急所を狙っていない。雑に胴を狙う突きに、軌道が曲がったのを認識してから切り替えた振り下ろしを合わせようとするが、短剣とこちらの剣がかち合い、攻める前に小さなバックステップと同時に軌道を捻られ僅かに体勢を崩される。


 自分の伸びた腕に短剣を刺そうとするのを予測し、剣を両手の中で回転させる。相手の体を切り裂く直前に思い切りこちらの懐に潜り込んで来ようとしたため、剣を地面に刺し、それを支えにして思い切り飛び上がって距離を取る。


 こいつ、できる。


「ンだその反射神経…」


 聞いたことのある声だ。少し苦笑いが漏れ出てしまう。


 大きく跳ねたことで、一度距離を取って仕切りなおすことになった。動けるもう一人の刺客も気を持ち直したようで徐々に包囲するような体制に入っている。


「やっぱあの強いだけのバカの弟子だけあるな、視界を遮った状態でやれる相手じゃねえや」


 そう言って周囲の連中が少しぎょっとするのも意に介せず手練れの男が仮面を外し地面に放る。予想通り見知った顔だ。


 エノウ──ジークの賭け仲間であり女好きの蝙蝠野郎。快楽主義者で行動が読めず、気分によっては殺人も厭わないことから表社会でも裏社会でも鼻つまみ者とされていて、個人による悪名ならこの王都で一二を争う。


 数瞬逡巡するが、相手が殺しに来てる場合ならどうなってもジークに咎められることは無いだろう。遠慮なく全力を出すことにするか。


 含み針を飛ばすのを風の流れで感じ剣の腹で受ける。


 体重移動でそのまま斬りかかり鍔迫り合いの土俵に持ち込もうとするが、あちらはいなそうとして重心を定めずにゆらゆらと躱してくる。さっきとは一転して攻めっ気が薄い。

 このまま膠着状態が続いても損をするのはこちらだ。エノウもそれを分かっているのだろう。そこで突破口を開くために、無理をしてきたところを突こうとしている。舐めやがって……。


 戦闘の渦中で横槍を入れてきた、エノウと同じように雇われただけであろう賊の首を飛ばす。その体を弾き飛ばして盾にしながらエノウに突撃した。進行方向を制限するとともに視界も遮る。


「ハッ、キマってんな!」


 あちらも肉盾はともかく突っ込んでくることは読めていたようで、死体の影に入り迎撃しようとする。こちらの予想外の行動に対して裏目を付けることで、即席戦法特有の練度不足を突きつつ相手のプライドを折ろうとしているのだろう。性格が悪い。

 だが、逆に私の死角に動くことに躍起になりすぎだ。見えている私の上半身の動きはブラフである。


「なッ」


 地面を掬うように放った蹴りで迎え、エノウの腹を蹴り飛ばす。一度奴の這うような奇怪な動きは見たし、それが得意であろうことは掴んだ。ある程度行動を制限してやれば合わせるのは難しいことじゃない。

 奴は何回か転がり地面に倒れ伏した。足にいい感触があった、骨を折り砕いたはずだ。激痛で動くこともままならないだろう。

 負けたふりから不意打ちされることを危惧して様子を伺うが、脂汗を流し青い顔をした状態で腹を抱えて不規則な呼吸をしている。起き上がる気配はない。


 空に銀色の筋が通ったのが視界の端に見えた後、轟音が再び鳴った。


「俺の仕事は時間稼ぎなんでねッ……テメェとやってたら本当に死んじまう」


 視線は逸らしていないが僅かに意識を他に割いたそのタイミングで、エノウが夜闇に消えていく。"燃える玉虫亭"メンバー特有の逃げ足だ。自身より圧倒的に強い存在と日常的に触れ合っているからか引き際をわきまえている。追えば殺せるだろうが…優先順位は違えるわけにはいかない。


 轟音の発生源を特定するため城近くの尖塔に立つと、遠くのさっき作られた立派な金の塔がべっきり中程で折れているのが分かった。地上最速の英雄と言われるだけあってうちの師匠は仕事が早い。寝てたはずなんだけどな……そりゃあらゆる初動はジーク頼りになる。


 ギリギリ王都の外だから中心部である場所からだと目を凝らして何とか捉えることができるかと言ったところだ。

 魔女と思しき人型が何とか防戦に回ることで、いなそうとしているが無理だろう。飛行型の眷属?もジークの前では存在していないも同義だ。


 この時間にこれまでにないほど全力で感覚を研ぎ澄ませる。どんな小さな違和感でも逃さない。


 まだか…?いつ本命が来る?


 魔女による襲撃がメインだとおそらくこちらに誤認させる策略であることは想像に難くない。しかし、それではジークは足止めできて1分だ。来るなら今のはず…まさか不利と見て尻尾巻いて逃げたか?


 キリキリという不快音が僅かに耳朶を打った。発生源からの距離が想定より少し離れている。

 常に駆けつけられるようルートを確立してマークしていた王家嫡流の人間が住まういくつかの御所ではない。


 塔を駆け下りてその地点に移動し始めた瞬間、地面から液状の金が溢れるようにものの数秒でその建物を覆い始めた。


 こんな大規模な魔法は当然ある程度の事前準備を要する。エノウがいなければ先ほどの不快音のような予兆をいち早くとらえられたかもしれない。心中で奴に対して悪態を吐きながら湧き出てくる金の膜を斬り裂きながら内部に入っていく。


 しかし、時すでに遅し──私が建物の内部に入り込んだ時にはもうもぬけの殻で、ことが済んだ後だった。

 金が鳥に姿を変えて赤い光を放ちながら空を飛び、雲の上まで消えていく。


 やるならジークを城付近に置いて動かすべきでなかった。たとえ犠牲者がある程度出たとしても、魔女やごろつきなどの有象無象はこちらで対処すべきだったのだ。


 そうして、私は大失敗のツケを払うこととなり、しがらみのあるジークを置いて一人で息を切らす羽目になったのだ。



 ◆



 レヴィとアンナは、村を出発してから一夜明け、"砂塵の迷宮"の入り口にいた。


「う〜ん……もうちょっと人がいると思ってたけど…」


「あんなお触れが出たって言うのに全然いないな。この白骨の山がその成れの果て……にしては早すぎる」


「単にここしばらく人が来た形跡はないし、一番乗りはもらったっぽいね。まあ来るまでも陸路だと中々過酷だからかな?あたしたちは飛んでショートカットしたし」


 山岳の中に、洞窟のような横穴が入った者を飲み込むかのようにぽっかりと大きく開いている。外からでも若干壁などに禍々しい意匠をうかがうことができ、人為的に作られたものであることが分かる。その周囲には人や獣の骨が散乱しているのもあって地獄の入り口の様だ。


「…殿下をさらった賊の跡も無い。触れでも下手人の詳細不明、さっき寄った麓でも事件の前に不審人物の目撃情報は無かったらしいし、なんとも不気味だな」


「まぁ~人じゃないね、魔法使いなら魔力痕から特定できるはずだし。逸れ魔法使い、あたしは覚えてないけど。アハハ」


「オレも2年前までのしか把握してないからなぁ…」


 今の自分たちがそれに並べられているということも棚に上げ、非所属の"浮いた魔法使い"を要注意人物として教えるための逸れ魔法使いリストを話題に挙げる。当時のそれには両手で数え切れる人数しか書かれていなかったが、どれも今回の主犯と言うにはしっくりこない。


「魔女が最有力かな?もしかしたら鳥にさらわれたのかも。こう、鉤爪でぐわっと」


 アンナは両手で上から何かを掴むようなしぐさをする。そんなわけない、明らかにふざけているだけである。


「だったらいいな、怪鳥は好きだ」


「ツッコんでよ」


 そこでレヴィは会話を打ち切り、懐から血で汚れた古ぼけた両面無地の金貨を取り出すと、コイントスを行った。

 手の甲で受け止め、表面を確認する。そこには蝋燭を持った骸骨が刻印されていた。


「"6"だ。行くぞ、オレが前な」


「ういうい」


 "砂塵の迷宮"自体は以前から攻略するつもりだったため情報は二人とも仕入れていて、その確認も移動中に済ませている。二人とも躊躇いも無く足を踏み入れていく。

 大雑把に索敵を行うが、反応は帰ってこない。罠の可能性も頭をよぎり、警戒を緩めないままであるが、淀みない足取りを止めることは無い。


 基本構造は山をくりぬいた遺跡であるがかなり手が加えられており、経年劣化でボロボロになっているとはいえかつては荘厳な空間であったであろうことが理解できた。


 棲み着いている魔法生物を軽く捻りながら探索していると、探知範囲に明らかな異物が入り込んだことを感じた。


 おそらくこのダンジョンで冒険者たちの最大の脅威であろう存在だ。これらに関しては昔から存在していることは分かっている。


「ガーゴイル、2」


 コウモリのような翼をつけた黄金の怪物──ガーゴイルは生物ではなく、魔法によって作り出され与えられた命令を遂行するゴーレムの一種である。死角から3mにも届こうという巨体をもって高速で突進してくる。


 レヴィが小さく指を弾いた。


「【轟け】」


 人差し指から一筋の電撃が発生し、直撃したガーゴイルが砕け散る。金は魔法に強いとされているが、レヴィの前では意味も無い。


「うりゃっ」


 直撃を避け、ガーゴイルが地上に降りたところでアンナが右腕を大きく変形させて振るうと、紙のように軽く三つに分かたれた。


 レヴィが残骸を調べる。ゴーレム作成の術理は体系化されているため、基礎理論は把握しておりレヴィも作ることは可能である。

 しかし、学んだ内容とは乖離した魔法によって作られている。現代で作るとなると非効率的すぎるもので、他の古く長らく人が入っていないダンジョンでも見たことがあった。


 座学が下手で魔法の痕跡を辿ることができても内容を理論として把握することができないため、アンナは自身が破壊した残骸を見て組成などを見ていた。宝石や鉱物にはある程度の知識があるからだ。


「技術の古さからして元々ここを守護するためにあったものだと思われるが…直近で手が加えられた痕がある」


「うん、しかもこの金…放置されてたものじゃないと思うよ。最近になって生成されてる。"汚し"が下手だね、あたしみたい」


 二人は明らかな違和感を覚えながらもその正体を掴むことはできない。だが、経験則からある程度対策の方針はつかめる。


「もしかしたら…迷惑老人の魔法使いが潜んでるとか?思想とか拗らせてそうだし誘拐もしそう」


「ありえる。確か"遥かなるサリヴァー"は70年前から行方不明だったな。……もしくは、最近騒ぎになっているアレかも。備えとくか…」


 頭の中をいくつかの可能性がよぎる中、最近巷を騒がせている復活したと噂の"アレ"。自分たちとは縁がないと考えていたが、レヴィは改めることにした。


「こんな雑兵とはいえ破壊したんだ。こっちの存在には確実に感づかれたしこっからは急ぎ目で行くぞ」




 倒しても倒しても湧いてくるガーゴイルを破壊しながら進む道中、壁画を見つけた。人間の上半身と蛇の胴体が組み合わさったような存在──二人は知る由もないが、ガドムと言う名の魔神である──に対し様々な身分の人間が平伏している。

 それを見て、レヴィが小さく呟く。


「魔神におもねったリオソール王の遺跡に、魔神を打ち滅ぼした現王家の人間が連れらされるとは…何か特殊な因果を感じるな」


「そうだね。脅迫するにしてもこんなところにわざわざ…ってことは、復讐や見せしめの意味を込めてるか…」


金糸雀カナリアの宝玉と接触させようとしてるか、だな」

 

 "砂塵の迷宮"は元々魔神統治時代に人間の支配者層が媚びるために作らせたもので、かつてその中は魔神の倉庫の様になっていたらしい。

 人間の反撃の際に有用な道具は引っ張り出され、約500年前の冒険者による探索の際もめぼしいものは無く、ほぼ空になったと思われていたため注目されていなかったが、今から50年ほど前になって山のふもとに一匹の蛇と魚と狼が組み合わさったような奇怪な生物が、濃厚な魔力を巻き散らかしながら這い出てきたことによって有名になった。

 数少ない文献などから、金糸雀カナリアの宝玉と呼ばれる魔神の作り出した魔具が内部に残っていたことによる影響であると推察されるに至った。

 周囲に害毒をまき散らす性質は本質ではなく、より有用な性質があるいうことが提唱されると冒険者たちはこのダンジョンの攻略に乗り出したが、奇妙な変質を遂げた生物や奥から湧いてくるガーゴイルに阻まれ未だにそれが成されたことはない。


 レヴィがそんなことを思考しながらなぜこの場所を誘拐犯が選んだのかと繋げようとしていると、最深部が近づいてきたことが分かった。明らかに空気中の魔力の重さが違う。


 罠も避けられるものばかりで碌なものが無かったし警戒はずっとしているため、レヴィが淀みなく歩を進めようとしたところで、アンナがその肩を掴んで静止した。


「…どうした?」


「何かいる」


 アンナが暗闇を凝視して呟いた。五感が鋭い彼女の言うことだ、勘違いなどということはない。索敵がてら魔道具を使おうとしたところで、それが姿を現す。


「……若く、青いが無謀ではないか」


 しわがれた声がした後に、その空間が揺らめく。濃厚な魔力それそのものによる光の屈折。頂点の魔法使いのみが発生させる自然現象。

 膨大な魔素の奔流を感じるその直前から、レヴィは詠唱を始めていた。



「【彼方の蹄、声の巡業、旧き君主の勇み足。轟け】ッ!」


 レヴィが一息で詠唱を終了させると、六筋の閃光が一瞬宙を走り、遅れて轟音が発生する。


 柱や地が抉り取られている中、着弾地点で平然とした様子でローブの大男が立っていた。防御行動を欠片もとっていない。


「なるほど……魔神ね」


「まっ、予想の範疇でしょ」


 直後、がしゃがしゃという音と主に地面が揺れる。

 その男の周囲に大量の金が波のように集まっていき、空間を埋め尽くすほどの巨人をかたどった姿に変貌した。


「若き盗賊よ、我らの宝を求むることの意味を知るがいい」


「殿下はいない。多分奥だな。思いっきりやれる」


「よっしゃあ!」


 魔神相手には得意とする魔法やアンナのフィジカルが効かないとはいえ、収集してきた呪いの武器は大量にある。攻め手に困ることは無い。


「レヴィ、逆縛!」


「あいよ」


 レヴィは空を走りながら道具を虚空から出現させる。分銅が両端についた鎖といった見た目をした魔道具をアンナが足に投げると転倒させるべく絡みついていくが、巨人はその姿を流動的に変化させ、その部位だけ切り離して歩を進めてくる。


 しかし、それも想定の範疇。

 その断面から根が生え、地面と深く結びつく。鎖の表面に魔草の種を混ぜておいたのだ。さらにアンナは高速で飛行しながら弓を弾き相手の足元を踏み出す直前に破壊してバランスを崩させたり移動経路を絞ることで動きを制御する。


 動きを先んじて封じ、敵の強みを潰してハメ殺す。それが二人のダンジョン攻略だ。


 金の巨人が倒れこむ。その上でレヴィが跳ねた。


「羅利骨灰!」


 呼び出した白槍を振りかぶる。


「獲った」




 トドメを刺すべく槍を投げ下ろした瞬間、敵の体から大量の液状の金が溢れ出してきた。それが槍を絡めとると同時に巨人がバラバラになり幾千、もしかしたら万にでも及ぶのではないかと思うほどの金の小片に分かれてこちらに迫ってきた。


「なあッ!?」


 空中でそのまま避ける体制に移行しようとするが、刃の中に紛れ込んでいる大量のゴーレムたちに行く手を阻まれ、それらを破壊するワンテンポで脇腹を切り裂かれた。


 普通、道具や物品を魔法で動かそうとするときは、単一の個体として魔法使いが認識しなくてはならない。

 精密さをあまり求めていないとはいえ、この数を独立させて同時に動かすなんて尋常のものではない。どころか歴史上このレベルのものは存在しているか分からない。


 急所は外したものの、体勢を崩されたところに再び四方から金の刃が迫ってくる。全方位に電撃を放ち刃を打ち落とそうとしたが、誤って数本を打ち損じてしまった。完全に胴を捉えているルートだ。


 レヴィは少し落胆する。こんなところで奥の手を使う羽目になるとは。


 服の中でを確かに掴んだ瞬間、致命に達するその刃は、その場の誰のものでもない高速で飛来したナイフで弾かれる。魔神に向けてもナイフが投げられていたようで、動きに一瞬の隙ができ、奥の手を使うことなく危機を脱する。

 完全に誰も予想していなかった闖入者に、その場の全員が虚を突かれた。



「しゃあっ!参上……エホっ!」


「誰!?」


 レヴィには見覚えのあったような気がする女が飛び出してくると同時に、アンナが叫んだ。



 ◆



 よし間に合ったぁ!死ぬほど息が切れてるし興奮しすぎて変な声が出てしまった。


「助かる…と言いたいが、何か色々大丈夫か?」


「ハァ…ア゛ァッ…えっ?」


 言われて気が付いた。確かに手…というか体が震えている。


「フゥーウゥ……大丈夫、これは恐怖じゃなくて疲労と昂揚だから。…ありがちな言い訳じゃないよ」


「それはそれで大丈夫じゃなくない!?」


 一応ここに突入する直前に秘薬を注射してるから戦闘が終わるくらいまでは持つはずだ。


 …アンナを見るのは初めてだが、色々デカいな…。こんな状況だが一瞬面食らってしまった。


「…貴様、どこまでも我々と敵対するを望むか」


「最初そっちから仕掛けてきたくせに敵対が嫌なの?怯えちゃってかわいそうだねぇ」


 ローブの大男──名前は確か、フルークだ。因縁を付けてるのがこっちみたいな口ぶりしやがって…殺しに来られたら反撃するだろうが。


 直後、少し弛緩した空気を壊すようにフルークが攻撃を再開した。密度の高い攻撃にこちらは対処で手いっぱいになってしまう。

 金の刃を上手く弾こうとするが、あまりにも量が多くて体をいくつも掠める。ただ金属に斬られたというだけでは説明がつかないほどの激痛が襲う。長期戦は不利か。…これでは私が来たメリットが薄い。


 そう思ったのだが、先ほどと同じような攻撃をしてきているのだろうが、リソースを私にも割かなければならないことと、少し慣れも入ってきたためか、私が来る直前ピンチだったにもかかわらずレヴィとアンナは押されつつも余裕があるように見て取れる。


「状況を変える方法はそっちの方が多く持ってるでしょ!?頼んでいい!?」


 声を張って二人に伝える。私はそれなりに強くはなったが結局近づいて剣の届く間合いにいないと相手を仕留めることはできない。打開手段の手札の多さは冒険者二人の方が勝っている。


 その声が敵側にも届いてしまっていることから相手も私ではなく二人のほうをより警戒しているようだ。即席の連携はできないし動き出すタイミングが難しい。


 そのタイミングでレヴィが首元の飾りを素早く二回叩く。僅かに頭痛がした。


『すまない、2分ほど時間稼ぎを頼む』


 私の頭にレヴィの声が響いてきた。便利なこともできるものだ。

 こちらから飛ばす方法は分からないので小さく頷いて思い切り前に出て気を引きにいく。予想通り攻撃を直接通されることを嫌い


「アンナ、例のやるぞ」


「……どれくらい?」


「ありったけだ!」


 何かをしようとしていることが敵にもバレたのだろう。攻撃が苛烈になる。だがそちらに意識を強く取られると私に一気に接近されると言うことも理解しているのか、それにも限界がある。二人も躱せる程度だ。


 集中して刃の軌道を読む。逸らして反対方向から迫ってくるそれにぶつけることで最小限の動きで対処し続けるが……集中力が持たない。感覚を空間に張り巡らせて計算しようにもその要素が多すぎて精神が摩耗する。


 無理をして近づいた結果、すぐに体にガタがき始めた──が、その時間でレヴィとアンナを接触させることに成功した。見つめ合い、二人の世界に入ったようなそぶりを見せる。

 よし……これでいい。あと数分遅れてたら死んでいたかも、と思いつつ私の負担がようやく軽くなることを理解して安堵した。




「アンナ、愛してる」


 急に愛の告白をしたレヴィに、アンナは一瞬つまったようだが、すぐ照れを押し殺すように返す。


「うん…あたしも、大好き」


 そして、二人の唇が重なる。


「戦場を冒涜するのも大概に…」


 フルークが苛立った声を漏らした瞬間、二人のいた地点からまばゆい光が溢れ、戦場を満たした。




 蒼銀の竜が、吼える。


 爆音によってその竜を中心に衝撃波が発生し、私も堪えきれず吹き飛び壁に激突しかける。受身取れてなかったら死んでたかもしれないぞ…。


 恨みがましい目を向けながら竜──アンナを見る。


 竜変化。竜人のみが扱うことのできる秘術である。


 竜人の起源ははるか昔に遡り、ある一柱の竜が人間を愛したことから始まる。その圧倒的な魔力と竜変化で、かつてはこの大陸のほとんどを支配圏に置くほど栄華を極めた。しかし竜人も時代と共に血が薄まっており、見た目もほとんど普通の人間と変わらない。もっと言えば"竜狩り"の際に対象が竜人にも飛び火したため、その数自体も全盛期から大きく減らし、その民族性を継ぐ者はこの国の一地域で既得権益を守りながら細々と暮らしている。


 そんな中、彼女は非常に強い先祖返りを起こした、数百年来に誕生した竜化魔法を行使することが可能な逸材である。


 アンナがフルークに突撃する。初速から音速を超え、大量のゴーレムをものともせずに一秒足らずで激突した。その竜麟は大量の金の刃ですら傷つけることはできていない。


 レヴィがキスしたところで倒れているのが見える。目は開けているため気絶はしていないようだが、しばらく動けなさそうだ。不意に死んだらダメだから拾いに行く。


 彼女が自身の力だけで完全に全身を竜に変えるにはまだ鍛錬が足りておらず、レヴィの特殊な魔法による魔力の譲渡によってそれを補っている。

 それでも長時間の変身はできない上、終わった後はアンナも魔力が空になり動けなくなる。これを行なってしまった後の少しの時間無防備になってしまうという諸刃の剣なのだ。


 レヴィを脇に抱えて戦闘の余波で飛んでくる岩などを避ける。


「ありがとう…事前の時間稼ぎといい危険な役目を任せて悪いな……」


「いいよ、二人にはできない役目だから」


 希望を言えばとっととジークが来てくれればよかったのだが……。


「渡した魔力の量によってアンナがアレになれる時間が変わるんだが、今回は全開でいったからな…5分ってところだ。悪いが左脇あたりにある金果をオレに食わせてくれないか?」


「ああ…これ?」


 手に持った果物を、頷いたレヴィの口に捩じりこむ。レヴィが苦しそうに咀嚼して飲み込んだ後、息を吐いた。


「とりあえず懐に入れてたけど何がいつ役に立つか分かんねぇな…」


 アンナが3mはあろうかという尾を振るう。風切り音がすると同時に衝撃波が発生し、直接当たっていないガーゴイルや鳥を模したゴーレムも塵になって弾け飛ぶ。


「オレが動けるようになったら一気に決める。あんたも心構えしといてくれ」


 その声に頷くと、指輪が青く光った。確かこの時は…。


「ジーク、聞こえる!?」


 指輪に向かって声を掛ける。すると、指輪から小さくではあるが声が返ってきた。


「今行く」


 それを最後にして指輪から光が消えた。えっ…これだけ?寝起きみたいなことだけ言ったたけじゃん。


「おっ簡易連絡魔法?そっちも持ってんのか。旧式だが…いいな、それ…戦闘終わったら買わせてくれないか?」


「ごめんこれ私のじゃない」


 レヴィがなにやら目を輝かせてごにょごにょ言っているが、無視して状況把握に神経を注ぐ。いち早く来れるようにするため、場所を伝える…?どんな遠さにいるかもわからないし、音も光も通らないここから……どうやって?


 大暴れしているアンナが、動きを止め溜めているのが見えた。


「ブレス…ここで!?私たちが見えてないの!?巻き込まれて死ぬけど…」


「いや、ナイスタイミングだ。オレが合図したら投げてくれ」


 ここでブレスなんぞ撃ったら私たちが巻き込まれてしまうことも勘定に入れていると思うが……マジで大丈夫か!?


 しかし、その時私の頭に閃きがあった。外部への連絡手段…これだ。


「上に向かって撃って!」


 アンナには聞こえたようだ。口が上を向く。


「レヴィ、私たちを守ることだけに注力できる?」


「…なるほどな?どうしてそれをするのかはともかく……狙いは何となく分かった。さっきはこっちも作戦を伝えずにあんたを使っちまったしな」


 理由は話してもいいが……長々言わなくてもやってくれるのは時間的に助かる。端的に伝えきれる自身もちょっとなかった。


 その瞬間、ピクリとレヴィの指が動く。なるほど確かにアンナの時間感覚は中々に優れているらしい。


「放してく…おわっ!」


 言われる前にもう私はレヴィを中空に放り投げていた。それと同時にレヴィは受け身すら取らずに詠唱を始める。


「【そらに座す者、泥這いの妬み。伝え】!」


 魔法と魔道具によって部屋に糸のようなものが張り巡らされたのが見えた直後、稲妻が空に向かって逆行する。




 閃光が過ぎ去った後、光と音でぼうっとした頭が甲高い金属音が近くで鳴ってハッと覚める。


 余波の電撃が伝わってきて体が痺れ、筋肉が痙攣して剣を取り落としてしまった。不覚だ、ジークに知られたら笑われる。

 至近距離で浴びせられたフルークは直撃していないにもかかわらず墜落している。凄まじい威力である。


 放った瞬間の余りの眩しさのせいで気づかなかったが、光が差し込んできていた。遺跡の天井に大穴が空いている。崩落を防いでいるのはレヴィの手腕だろう。狙い通りだ。

 陽の光を反射させて鱗を艶めかしく輝かせながら戦うアンナは、まるで空を泳いでいるかのようだった。


 いつのまにやらその手に槍と弓を持っているレヴィが着地する。中々に映えた光景だ。


「やっぱり…"蒼天"のレヴィの方がかっこいいよ」


「それ呼ぶな!」


 アンナが壁にフルークを押し付ける。直接肉体は傷つけられないが腕力の差で抑え込むことはできるようだ。


「そのまま抑えてろ!」


 レヴィが弓で槍を引き、フルークに向かって放つ。大量の溶けた金の波に絡めとられ、本体に到達することは無かった。

 が、一気にその金が霧散する。本体が露出し、その左肩まで槍が貫通した。


「二度も同じ手を食うかよ」


 同時にレヴィは新たに二本の剣を手に持って走り出す。私はそれに追随しようとしたところで、戦っている二つの影の向こうにちらりとそれが見えたのを確認して安堵する。


「オレが近づいて決める!あんたは右から…どうした!?」


「いや、もう大丈夫だと思って」


 私が上を見たまま足を止めたのを見てレヴィが困惑の声を上げるのに返答する。


「勝った」




 大穴から何かが飛び込んでくると、飛んできた金の刃を剣の上を滑らせるように軌道をずらし、自分に当たるものを相殺させる。

 私の先ほどの戦い方を見ていたわけではないだろう。初見で最適解を理解しているだけだ。


 瞬きの間にその人物が壁を蹴ると同時に姿が消え、フルークの体に切れ目が入ったかと思うと、10に分かたれた。断末魔を上げる間もなく地に堕ちる。


 血の雨の中でも赤毛が溶け込むことなく輝いている。しかしその中でこちらに歩み寄ってくる姿には、血の一滴すらついていなかった。


「なんとかギリギリ、間に合ったか?」


「そうだけど……できればもっと早く来てほしかったな」



 ◆



 最深部へと続く扉は、軽い封印があったらしいが、レヴィがちょちょいと解いてしまった。慣れた手つきだ。盗掘が本業なだけある。


「今施されていたのは術式の癖からして多分さっきの魔神によるものだ。元々はかなり頑丈な封印が施されていたはずだしそれならもっと時間がかかったが…それは魔神によって解かれてるな」


 その部屋に入ってすぐのところに女性が倒れこんでいた。顔は覚えていないが、ジークが言うには内親王殿下とのことなので間違いないだろう。


 さっさと連れて帰ろうとしたところでジークが静止してきた。


「待て、爆発とかしたらやばいから確認する」


「はぁ?……何言ってるの?」


「全く冗談じゃないからな。そのためにこれも借りてきたし」


 そう言う姿は真顔で、いたって真剣な様だった。前例でもあったのだろうか?

 懐から小さな石を取り出して色々体を調べ始める。


「脈拍や呼吸に異常は無し。一次確認だがひとまず他に魔法が掛けられた跡も無し。うん、このまま連れて帰るぞ」


 もしここで妙な仕掛けが施されていたら事故死扱いで済ませてたりするのかな、なんて益体の無いことを一瞬考え、流石に不謹慎だと思い思考を止める。


「当然警備の見直しやらもある上、何か体に細工をされている可能性があるからそのまま元の生活に戻れはしないだろうが……とりあえずは確保成功だな」


「私が運ぶよ。ジークが自由な方が色々対処しやすいだろうし」


 ジークの着ていた上着の上に寝かされて検分を済まされた内親王殿下を私が背に負う。


「…マジでやんごとなき身分だから注意してくれよ。責任問題になって国外逃亡する羽目になるのはごめんだ」


「責任取っても罰を受ける気は無いんだ……」


 その場を動こうとした時、いつのまにやら消えていたレヴィがアンナをお姫様抱っこした状態で現れる。アンナの手の中には拳ほどの大きさの黄色の球体があった。


「これ止めを刺したのそっちだけど報酬ってもらえるのか?」


 ジークが少し余所行きの顔になる。


「ああ、ある程度の謝礼は出るはずだ。諸々の処理を含めても一応王都まで同行を願いたい……それは?」


「元々このダンジョンにあった金糸雀カナリアの宝玉だ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?」


 ジークが胡乱気な顔をして私を見てくる。恐らく本当に有名なのか分からないのだろう。とりあえず首を横に振っておく。私が詳しくべらべら説明したらおかしいだろう。


「いや、知らないが……どういったものなんだ?」


「あたしたちも直接見るのは初めてだけど、伝説によると異界から来たものに反応して色が変わったり特殊な波動を出したりするって…でも呪われた道具をかざしても特に反応が無いし、まあ後で実験しなきゃ詳細は不明だね」


 確か王家の血と反応させることで、ダンジョンにおける危険な呪いの水先案内の様な役目を果たすはずだ。それを何故求めているのかは分からないし本来の用途は別に存在している可能性はあるが…。


 それをよく見えるよう僅かに私たちの方に向けられた時、強く光った。内部の光が矢のようになる。指し示しているのはやっぱり……私の背にいる殿下か。


「へぇ…やはり関係があるのか…」


 何か合点が行ったのかジークが呟く。

 レヴィが登録が済んだというと、その宝玉が掻き消えた。


「……一応聞いておくが、魔神はその宝玉が目当てだった可能性が高いし、こちらに貸していただきたい」


「当然、無理だ」


「となると、少し厳しいかもしないな。そもそもその宝玉は王家に帰属するという解釈になる可能性が高い。危険性も……有用性もある」


「…マジぃ?ずっと放置してたのに?」


 アンナが明らかに嫌そうな目でこちらを見てくる。


「まあ…これは渡せないが、あんたらも触れを出した主体でもない。ここで話した内容で決まるでもないし、こっちはこっちで話を付けるさ。証人にはなってくれよ」


 レヴィがそう言い残し、部屋を出て地を蹴って空の大穴から飛び出していく。


「……あんまいい感触じゃなかったね。私たちも行こっか…うひっ!?」


 私たちもそれについていこうとしたところで、ジークが私に近づいてくると首に手を回してきた。戦闘訓練以外で急に距離を詰めてくることは少ないから驚いてビクッとしてしまう。


「いや別に今のはジークの交渉が下手とかそういう意味は全く含んでいなくて」


「違う」


 心臓の鼓動が伝わってないか不安に思っていると、ジークが私に囁いてきた。


「今宝玉が指してたの、お前だろ」


「…は?」


 急速に体が冷えていくような感覚があった。ジークの顔を見ると、目が合った。感情が読めない。私を凝視している、大きな金の目に飲み込まれるのではないかという錯覚に陥る。

 私が冷や汗を僅かにかいたところで、何かを読み取ったのかあちらのほうから目を逸らした。


「悪かったな、急に。ほら、さっさと行こうぜ。殿下を早く安静な状態にしないといけない」


 そう言ってジークは腕を放して先に行くよう顎で上を示す。


 確かに私が殿下を負っている都合上、直線状に私も含まれていたが…まあ勘違いだろう。ジークが目算を見誤るのか?ということが私の頭の中で引っかかるとはいえ、恐らく私がこれまで色々不可解な行動をしてきたが故の疑惑だ。どう話せば晴らせるだろうか?いや、むしろジークは話してほしいと思うっているのだろうか?話すかどうかで私を見極めようとしているのか?


 分からない……。



 混乱したまま動き出した瞬間、頭を貫くような激痛が走った。


「うげあっ!?」


「あ?」


 素っ頓狂な声を上げてしまう。物理的な外傷のそれではない。体の内側から湧き上がってくる痛みだ。

 このタイミングで薬の効果が尽きたのか、ということに思考が回ったところで、脳内で火花が散る感覚を最後にして視界が暗転した。

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