第11話 鎧袖一触

 上下左右の感覚すら奪われる極彩色で満たされた空間で、4体の魔神と対峙していた。

 無数の光弾、熱線、縦横無尽に迫る金属片。その全てが、当たれば死ぬか良くて行動不能になることは想像に難くない。


「人間1人ごときに対して多勢で囲むとは、上位者気取りの癖にダッセェな!」


「ケヒヒッ、ドルガスに正面から勝つ存在など人間ではありませんよ」


 道化師のような見た目の魔神が軽口に付き合ってくる。他の魔神はずっと詠唱をしているかダンマリだ。

 弾幕の中から大量の金の刃が生き物のように蠢き、轢き潰さんと襲いかかってくる。避けがてら数個弾いて魔神に命中させるが、効いているようには見えない。やはり近づかなければ。


「急くな…小細工をしているが、付け焼き刃。数分もあれば死ぬ。その上、碌な装備も無い。既に勝負は決している」


「フゥン、普通なら薬など打つ暇も無く即死するはずなのですが…そこは流石と言うべきですねぇ」


 近づくに当たって面倒なのは、こちらの移動先に追随してくる球体型の魔神だ。

 この空間に引き摺り込まれた直後に、近くにいたその魔神を18分割したが殺しきれなかった。もう不完全ではあるが再生してこちらへの攻撃に参加している。再生力が一際強いようだ。


 正直言って弾幕程度は慣れてるしどうとでもなる。本調子ならば、件の魔神も振り切って後ろの奴らに接敵することも余裕だろうが……そこで厄介なのは、この空間を満たしている瘴気だ。大気中の魔素の濃度が高すぎる。咄嗟に中和薬を打ち込んだが、それでも体は徐々に蝕まれている。

 パフォーマンスは著しく落ちているし、体感、5分もあれば死ぬだろう。そこまで考えを巡らせて一笑に付す。


 長すぎる。

 銀の短剣に自身の血を付着させて投げ、軌道を曲げて魔神たちの背後で守られながら詠唱をし続けていたマントで全身を隠していた魔神の頭部を吹き飛ばす。


 背の剣を抜く。細身で波打った刀身から、甲高い鳥の鳴き声のような不快音が発生し空間に鳴り響いた。


「悪いが弟子を待たせたらカッコつかないんでな、速攻で終わらせてもらうぜ」



 ◆



 ガドムの主な能力は、大地を意のままに操る魔法である。圧倒的な質量で押し潰し、無数の砂礫で相手を肉片とする。


「【連なる波紋、淡い影、天外よりきたるもの。流れろ】」


 前も聞いた詠唱だ。何が起こるかは分かる。砂の波がこちらに流れてきた。


『ガドムの能力は攻防一体で、一度有利な状況になれば一方的な展開になる』


 かつての友人の言葉を思い出す。つまり碌な遠距離攻撃手段の無い私は離れれば離れるほど不利になるし、そこから挽回する術は少ない。

 更に言えばカルルマルルを使える機会は一度だけ……のはずだ。

 勝負は、短時間で決めなければならない。


 ガドムに向かって大きくジャンプして避けつつ近づく。しかし、恐らくそれはあちらも読んでいて、私を浮かせるためにやってきたのだろう。

 大岩が右側の死角から飛んできた。当たった瞬間、上手いこと足で受けてばね仕掛けの様に飛び出すことで対処するが、衝撃は殺しきれない。右足に嫌な感覚があった。


 打ち落とされて地を転がる。砂に呑まれる前に逃れなければならない。


 手に持っている青い剣が淡く光っている。『風切りカルルマルル』…ジークが作中の戦闘の際にいつも使用している武器だ。

 振れば斬撃が飛ぶということと使用回数が一日一回であることは知っている。使い方も難しいことは無く、それなりの力で柄を握って振ればいいだけだ。ナレーションの解説だからブラフではなく真実のはず。

 ここまでで暴発していないということは意識してかなり強くやらなければならないのだろうが、私の実力では使用不可、なんてことは無いと思う。


 使いどころを誤るわけにはいかないが、抱え落ちしたら元も子もない。


 高速で迫ってくる瓦礫を態勢を低くして躱すと地面がウネウネと動き始め、バランスを崩した。


 もう使うしか無い。

 地面を転がりながら両手で本気で握り締め、地平と垂直に剣を振るう。


 1mほどの三日月型の青いエネルギーのようなものが刀身から放たれ、弾丸のような速度で飛び去っていった。

 私に迫っていた岩石諸共ガドムの体を擦過しその体の一部が斬り飛ばされる。それと同時に大きく態勢を崩し、魔法によって操っているものも数瞬精彩を欠いた。


 刀身から光が消えた。もう使うことはできない。

 しかし、弱点に接近するという目的は達成できる。十分だ。


 ガドムが下ろした蛇の頭部……人間の部分に近接する。

 あちらも面食らったのは僅かな間で即座に立て直してくる。


 普段使いの剣とカルルマルルの即興の二刀流で両手や背後から来る攻撃を捌く。下手に当たれば即死を免れても崩されて負ける。


 引っ付いたまま戦闘ができていることに違和感を覚えるが、ガドムの動きが若干鈍っていることに気づいた。疲労なんてことは流石に無いと思い、よく観察すると、カルルマルルの攻撃によってできた傷が完全には癒えていない。……中々格の高い武器のようだ。


 ……何となく、どこを庇っているのか見えてきた。的確に刺すにはまだ見極めが必要だろうが、隙があればいけるかもしれない。

 と言っても魔中を刺せば即死する訳じゃない。相手を弱らせるか不意打ちで何度か致命傷をお見舞いする必要がある。こちらにはもう大技は無い。どうするか……。


 埒が開かないと思ったのか、パン、とガドムが手を合わせる。

 この動きは知っている。情報アドバンテージがあることはありがたい。死ぬところまで見ているんだ、初見殺しされることは無い。


 凄まじい衝撃波がガドムの前方に発生した。


 体幹を上手く使って奴の胴体を軸に回転し、やたらデカい奴の胴体の上に上手く滑って緊急回避する。

 あっちは大きい土煙で私を見逃している。死んだと確信するには至っていないだろうが、中々重い一撃をお見舞いしたと油断しているのではないだろうか。


 今回は意表を突くことに成功したが、二度は通じないだろう。早く弱点を突かなければ……。


「【割れた瞳、昏き花弁、鵲の懐古。ふさがれ】…!」


 のたうつ体と右足の負傷のせいで攻撃に転ずるまでワンテンポ遅れてしまい、密着状態を解消したことで奴に詠唱を許してしまった。


 奴の傷がみるみる内に回復すると同時に大量の岩石や砂が奴を中心にして回転し始める。私のことを捕捉できなくても有利な状況を作ろうとする判断か。面倒だ…。


 背後側から斬りかかるが、そのタイミングは読まれていた。

 この砂嵐は、奴にとって感覚器官も兼ねているのかもしれない。


 咄嗟に庇った左腕に岩が直撃する。千切れてこそいないが骨が砕けてカルルマルルも弾け飛ぶ。

 足も強風に煽られ、まともに歩を進められず引き摺っている有り様だ。


「ククク…どうした、死が近づいているぞ?」


 ぼやけた視界の中でガドムの顔に笑みが浮かんだ。ここだ。

 師匠譲りの相手の勝利を確信を狙う戦法……いつもやっていることだ、卑怯とは言われまい。


「っしゃおらぁッ!」


 右足で奴の胴体に踏み込むと同時にガドムの腕を斬り飛ばす。ひびが入っていた右足がそこで折れた。不思議なことに不快感はあるが痛みはあまり感じない。


「片腕を失ったというのに何故……!?」


「くれてやったんだよ!バカが!」


 痛いが、どこか他人事のような感覚だ。砕けた部位を直視していないからだろうか。

 体の人間の部分と蛇の部分を雑に切り裂き、首を掴んで引きちぎる。人と蛇の部分が分離した。

 断面から凄まじい勢いで噴き出る血には触れないようにする。少量ならともかく多量に触れると何か害がありそうな気がするからだ。


 ダルマにしてやったガドムの上半身の、左脇腹らへんを刺してやる。

 苦悶の声と同時に何か強い力で震えるのを感じる。

 人間の肉体のそれとは少し違う感覚……弱点だ。


 再生すれば再び戦えるだろうが、かなり大きい起こりが必要だ。

 この状況からなら、何か行動を起こされるよりも早くトドメをさせる。

 勝負はついた。




 魔中に剣を突き刺したまま、殺す前に気になっていたことを問うことにする。もしかしたら、あっさりヒントが出るかもしれない。


「最期に一個聞きたいんだけど、ジークはともかく何で私を狙うの?」


「……何を言っている?貴様が知らないわけないだろう。音断ちがそのために拾ったのかは知らんが……ククッ…理解していないなら好都合だ……」


 ガドムは笑いながら私を睨みつける。

 当然のことではあるが、碌な情報は吐かないらしい。

 抵抗しようと僅かに動いたのを感じ、剣を振り抜き殺害した。



 ◆



 ジークと魔神の戦闘開始から3分ほどが経過していた。

 形勢は明らかに片側に傾いている。


「…!退くぞ、ガドムが失敗した…!…ぐッ!」


「ケヒッ、大口を叩いておいて無様ですねェッ!我々も飛んだ骨折り損だ…!」


「怖気付いてんじゃねぇよ!ほらほら英雄の首はこんな近くにあるぜ!」


 両手に持ったそれぞれ長剣であらゆる攻撃を叩き落とし、短剣を思考制御で操り、敵の行動を制限し、誘導する。


 庇うように前に出てきた球体の魔神に対して、他の魔神がジークから離れる。数回やった流れだ。この魔神が盾役なのだろう。切られる程度では殺し切れない。……と、あちらは考えているからだ。

 ここまでで見切った急所を二点突いてそいつの動きを瞬間的に止めた。


「お前、殺されないと思ってるだろ」


 波打った剣を差し込むと、その刀身から一際大きな音が発生する。それは断末魔の悲鳴のようでも、歓喜の叫びのようでもあった。


 魔神の体内から表皮を突き破り液体が噴き出た。

 それに当たらないようにしながらその身を切り開き、中の核と思しき部位を貫く。


 そこから一拍置いて空間が割れ、ジークの体が宙に投げ出される。

 仕留めきれなかった3体の魔神はどこへともなく消えていた。



 ◆



「無事みたいだな」


「節穴?ぐッ、あーっ…痛っ!」


「ははっ、やっぱ無事だ」


 決着がついた少し後にジークがどこからともなく現れ、私を回収しに来た。

 アドレナリンが切れたのか言葉を発するだけでも痛い。戦闘中より遥かに痛い。普段のしごきが無かったら泣き喚いてたと思うくらい痛い。


 ジークの持っている見たことの無い剣(フランベルジュ?)からキチキチという脳に響く不快音が断続的に鳴っている。傷に響く…。


「あぁ、悪い。ちょっと外に漏れてるんだっけ。これうるさいよな」


 そう言ってジークは納刀して、私を脇に抱える。怪我人を労る運び方じゃない。

 方向からしてこのまま近場の診療所に運ばれるようだ。


「早かったな。先を越されるとは思わなかった」


「その言い方からして、あれを倒すこと自体は想定内だったんだ」


「まあ、あれは比較的弱めっぽかったし、いけそうだとは思ったよ」


「……負けるようなら、これから面倒見るような価値も無い?」


「おお、分かってんじゃん」


 まぁ、武器も渡してきたしそうか。加勢しなかったのは…ジークからすればさっきの言い分もあるだろうが、魔神側からしたらそんなことは知らない。おそらく敵の工作があっただろう。一体なんだったのだろうか。


「ジークは何してたの?」


「魔神4体と戦ってた。と言っても烏合の衆だったよ。あとちょっと時間があれば全員仕留められた……が、一体仕留めるだけで逃げられちまった。弟子と戦果が同じなんて、こんなんじゃ音断ちの名が泣くな」


 私は右足が折れ左手はぐちゃぐちゃになっていて目も当てられなくなっている上、体には無数の切り傷があるというのに、4体の魔神と戦闘を行っていたというジークに目立った外傷は無い。

 強いていうなら風邪なんて引いたことも無さそうな彼の顔が、少し青くなってるように見えるくらいだ。口では余裕ぶってるが流石にしんどかったのだろうか。


「そうは言っても大丈夫?怪我は無くともちょっと顔色悪そうだけど…」


「ん?あぁー…確かに毒みたいなものを使われたが、この程度ならきれいな空気で何回か深呼吸すれば治る。気にしなくていい」


 なんだこいつ……人間か?


「やっぱお前これの使い方分かったんだな。さっきこの刀身を見たときの目が知ってる物を見る目だったからいけるだろと思って渡したんだが、役に立ったようでなによりだ」


 私を抱えながら離れたところに落ちているカルルマルルを拾う。ちゃんとこっちに戻ってきていたようだ。

 手札を全て使わなければ勝てるか怪しかったから積極的に使ったが、全部ジークの掌の上のようでモヤモヤしないでもない。

 それにしても…この剣について知っているのはおかしかったか?あんまジークの噂とかなんか実像より美化されてて腹立つし本人の態度からして過去が大切とも思わないから調べようとも思わないんだよな…。


「……師匠の過去の活躍については知っておくのが弟子の教養ってもんでしょ」


「まあどうやって知ったかはどうでもいいさ。詮索しないからそんな下手な言い訳すんな」




 その後、ジークのコネで新年にも関わらず叩き起こされた不機嫌そうな魔法使いに、驚くほど綺麗に治してもらった。私くらい丈夫な体なら、欠損さえせず1日以内に処置をすれば割と何とかなるらしい。

 そうは言っても内部がボロボロだし表面を取り繕ってるだけとのことで、しばらくの間は激しい運動をしてはいけないらしい。慣れない杖を突きながらヨタヨタと歩く。


 私たちは家ではなく高台の方に向かっていた。

 目的地に到着すると、もう何人か集まっていた。私たちのことを見て手を振ったりヒソヒソ話をしていたりする人もいる。


「おっ、来た来た。初日の出だぜ」


 周囲が俄かに色めき立つ。それと同時に隣でジークが私を支える素振りすらなく前を指差した。日が上り始めている。

 もう朝日が見えるとは……戦闘そのものはあっという間に終わったが、治療に時間がかかってしまった。

 そんなわけで直接行かないと時間が無いと言われ、向かうことになったのだ。私はとっとと家で横になりたいが、流石に無視する訳にはいかない。


 初日の出と言っても、別にただの朝日だ。何がどうということはない。


「どう思う?」


 ジークに聞かれる。一瞬正解を頭の中で考えてしまったが、素直に答えればいいだけだろう。


「別に、って感じかな。特筆するようなことがあるとは思えない」


「そうか。それもいい」


 ジークは初日の出から目を離すことなくそう答えた。


 ジークには、この太陽はどう見えているのだろう。

 ……花火やら初日の出やら、彼はどうも自分の気に入っているものを私にも体験してほしいと考えているようだ。一体なぜなのか。

 弟子愛からくる純粋な好意ならいいのだが……。


「……帰るか。お前もう見てないし」


 興味なさすぎることがバレた。まあ好都合だ。




 帰ってすぐに寝たが、激痛に苛まれて飛び起きることになった。しばらくは痛み止めを飲まなければ碌に活動できないようだ。悲しい。

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