第10話 年始、不意打ち、新たなステージ
神歴586年、年明けの3日前。
王都全体がどこか浮ついた空気を纏っている中、私とジークは年末年始を乗り越える準備のために買い出しをしていた。
もうほとんどの店が新年の休み明けまで閉めている。通りを歩いても人が少ない。
「はぁ、どこも看板出してないね」
「今はもうな。一応新年祭の期間中は賑わうんだけど」
なぜこんなに準備がギリギリになったかと言うと、1週間ほど前に北の山岳地帯の方で
それ自体はまあそんなでもなかったが、移動時間も含めてかなり時間を使ってしまった。
面倒だし英雄扱いされてチヤホヤされるしで新年くらい現地の村で迎えてもいいと思ったが、ジークが私に王都の新年祭を見せたいと言ってきたため、再び脳みそをシェイクされながらもこっちに急いで戻ってきたのが昨日の夜である。
不幸中の幸いで数少ないまだ開いている店に入り、新年を祝うための酒や日持ちする食料やら色々必需品を揃えることはできた。しかし、在庫処分品を出している色が強くあまりいい買い物とは言えなかった。
荷物を抱えて歩いていると、小汚い男が路地裏から飛び出してきた。こちらに向かってきたため、一瞬敵かと思ったが、知った顔だったので警戒を解く。
「おう、ジーク!探したぜ」
「ああ、フィッチか。顔見ないから死んだかと思ってた」
「俺が死んだら大ニュースだろうが!」
情報屋のフィッチだ。いつも通り清潔感は無いが、身なりが僅かに整っている。また盗みをしたのか…。
最初は私の知らないことでも掴んでいることに期待していたが、今はあまり当てにしていない。この前、魔神について情報を得るため情報を買い、魔神を崇める邪教について6つくらい教わったため、適当に腕試しがてら情報収集に一つ一つ暇な時に潰してみたが、全部大したことない現実逃避の内輪サークルだった。なのに情報料として銀貨100枚をぼられた上に、新たな情報を匂わせてまだ毟り取ろうとしてきたので蹴り倒してから彼から情報を買うのはやめている。
「どこ行ってたんだ?ここ一ヶ月くらい店にも来ないで」
「へへへ、聞いて驚くなよ。俺を雇ってくれるって人がいてな、めちゃくちゃ良くしてくれるんだよ!」
「はぁ…今度は俺たちに迷惑を掛けずに野垂れ死んでくれよ?」
「いやいや今回ばかりは違う!金払いはいいしゲームもみんなやってくれるし。しかも昼間っから寝てても酒飲んでても怒らないんだぜ」
「…それはなにより。で、探してたっていうのは?」
「そこの人たちから5日前ドカンとデカい金貰ったからお前たちに自慢がてら奢ってやろうとしたのに、どいつもどこにもいやしねぇの。お前が帰ってきたって聞いて飛んできてやったんだよ」
「まあ、王都から離れてたからな。悪い悪い」
フィッチはしばしばその情報を活用しようとする勢力に拉致されたり専属になってもらうように交渉されたりすることがある。しかし、彼の人間性は最低なのでいつも何かトラブルを起こして追放されるかその集団を破壊して去っていく。
数ヶ月前に私たちが巻き込まれたのだと、強盗団に軟禁されたところから金庫の金をごっそりくすねて賭場に行って、勝ったのに銅貨一枚すら余さず全部酒や肉や菓子に替えて強盗団の拠点に戻ったため命を狙われていた。『確かに借りた金は返さないといけないが勝った金は俺のもの。だって俺が勝ったんだから。むしろ分け前を与えようとした優しさを無下にする外道どもだ』と、火砲が撃ち込まれる"燃える玉虫亭"の中で管を巻いていたのを覚えている。どうせ今回もうまくいかないんだろうな。
「よし!じゃあまだ開いてる店を知ってるからそこに行こう!」
「あ〜…私はいいかな、先に帰ってるよ…んぐっ」
「何言ってんだ。お前だけ逃すかよ」
逃げようとしたらジークに首を抱えられて強制連行される。どうせ安いマズい飯をつまんない会話を肴につつくことになるのに…。
半ば引きずられるように酷い臭いがする若干人がいる酒場に移動し、パンとスープと豆、それにビールをフィッチが人数分頼んだ。当然値段はどれも大したことない。フィッチが小金が入ったことを自慢するときはいつもこうだ。
すぐに出てきたビールと豆を囲みながら、ジークが雑談を始める。
「お前を雇ったのってなんてとこなんだよ」
「えっ、えっと白…ああ、組織の名前とか目的とか言っちゃダメって言われてるんだ。一応それが自由に外を出歩く条件って言われてて…詮索はよしてくれよ」
「絶対カタギじゃないじゃん…」
ビールを一口飲むが、質が悪いため香りも爽やかさも無く苦味しかない。…というかそもそも水ですさまじく薄められている。まあそれ自体はいい。ビールを飲む機会はジークと出会う前にも後にもしばしばあったが、アルコールはそこまで好きではない。
豆をつまむが、味付けは一切ないストロングスタイルだ。茹でてすらいない。硬いし渋い。
「じゃあ言い方を変える。"その情報"はいくらだ?」
「えっ!えーっと…いや、騙されねえぞ!お前が俺の面倒を一生見る契約でもしない限り売らねぇ!」
「はは、高くつきそうだし興味無いからいいや」
運ばれてきたパンは、やはりレンガみたいに硬い黒パンだ。スープに浸さないと食べることすらできない。そのスープも水みたいなものだ。これで金を取るとは阿漕である。
「そいつらにはどんな情報を売ってるんだ?具体的に言わなくてもいいぜ。元々人に売ってる情報なんだから教えてくれてもいいだろ?」
「ん?んんん?……まあいいか!俺が教えてるのは特殊な素材の入手方法とかだな。一番多かったのは白い蛇の抜け殻とか死骸とか、それを持ってるやつのことは知ってるから十数人くらい教えたぜ。呼び出そうとしてる神に似てる御神体なんだってよ」
「それ人殺しに関与してるやつでしょ。…もしかして、私の私物とかについても把握してる?」
「おおっ、俺に挑戦か!?うぅん、でも王都で手に入れたものとかはいけるけど外はそんなにわかんねぇな…今回の遠征とかだと変な仮面と魔法薬を土産に買ったことくらい…」
「えっキモッ」
「いっ、いいだろ!ジーク関連の情報は高く売れるんだよ!」
「私の個人情報を不特定多数に売り捌いてるってこと!?」
「それが…ジーク本人はともかく弟子のことを知りたがるやつなんてそうはいなくて全然売れないんだよ。弟子を人質に取ろうとする奴らは、ちょっとテメェが戦えることがわかったら買いにこなくなったし。もっと色気でもあれば商品価値が上がるのになぁ」
「…殺そうかな。今、ここで」
ジークと親しくしておきながら敵対組織にジークの弱点(であろう事柄)を売っているとは、見上げた商売根性である。師匠思いな弟子として義憤に駆られてしまうのは当然の摂理なのではないか…?
フィッチがどうやって情報を仕入れているのかそれとなく聞こうとしたことはあるが、ジークのも含めて全財産よこせと吹っかけてきた。企業秘密ということだろう。
ジークは自分から振っておいてずっと話に興味なさそうにしながら食事を進めている。ビールをいつの間にか飲み干して2杯目を頼んでいた。払うと言ったフィッチは嫌そうな顔をしている。
「それで、特殊な素材って何の素材だよ」
「儀式に使う諸々…あ、これ言っていいんだっけ?…いいか!そんな厳しくない、あいつらは!」
フィッチがビールを勢いよく煽りながら開き直る。
「そうそう、優しさに満ち溢れた職場なんだろ?気負いすぎだ」
「あっ、あぁ!そうだよな、ちょっと話したってみんな怒らない」
「そう、どんな儀式なんだ?」
「まあよくあるやつだよ。魔法陣書いて素材置いて、そこに生贄と色んな貢物を捧げながら囲んで呪文唱える〜みたいな。俺がいなかったら絶対失敗してるね!何てったって半分の素材の情報は俺由来なんだから!」
「それは凄いじゃねぇか。お手柄だ、終身雇用も夢じゃない!」
「へへへへ…」
酒に少し酔った上にジークにおだてられて機嫌を良くし、ベラベラと話し出す。彼に守秘義務は存在しない。口止めをしようとした依頼主はバカだ。
「あいつらバカだからさ、魔法陣の書き方もちょっと間違ってやんの。だから俺がちゃんとしたのを教えてやって…ほんと俺に感謝しろよな!」
「流石天才フィッチ様。拠点どこなんだよ、今度俺も遊びに行くよ」
「えぇ〜お前が来たら遊び相手取られそうだから嫌だぁ」
しばらくそんなこんなで話していると、フィッチは突如立ち上がり叫んだ。
「あっ!そろそろ時間だ!えっと、デートする予定があるんだよっ、そこの人たちに組んでもらったんだ!」
そのままの勢いで外に飛び出していく。
女もあてがわれているのか、いいご身分である。宗教組織っぽくはあるが、そういう意味で彼が染まることは無いだろうし、思想によってではなく即物的な褒美によってコントロールしようとするのは上手いと言わざるを得ない。
ジークがニヤニヤしながらフィッチに手を振っている。
「今度こそヘマして死なねぇかな。まあどうせ生き残るんだろうけど」
「逃げ足だけは早いからね」
珍しくジークとカスについての意見が一致した。
「……あれっ奢りは!?」
「財布スった…いや預かったから問題無い」
◆
二日が経った。年越し当日である。
この国の暦においては日が沈むと日付が変わる。もう新年まで1時間もないだろう。
そんなタイミングでジークに連れ出され、二人で外出している。…わざわざこの家に帰ってきたのだし、ちょっとジークと二人で迎える新年を楽しみしていたというのに、なんとも風情の無い男である。
今日は何もやることを言い付けられていないため、なんとなく本を読む訓練をしていた。そんなときに連れ出されたため、厚着をしている以外なにも持っていない私とは対照的に、なぜかジークは武装している。まさかこんな年の暮れに戦闘のために連れ出したなんてことは無いと思いたいが…あり得るんだよなぁ、これが。
ジークはいつもの装備に加えて2本の剣を背に負っていて、そのどちらも武器庫にあった装飾が華美なものであった。
…一本の全体をまじまじと見ると、見覚えがあることに気づいた。この前のタランチュラの時に持っていったのと同じ鞘だ。
「そんなに見てもやらないぜ」
そう言ってその剣を自慢するようにキメ顔をしながらちょっと抜いて見せてくる。ウザい。
…だが、その青い刀身は予想外にも知っているものであった。作中で彼が使っていたものだ。飛ぶ斬撃を放つ剣だったはずである。名前もレヴィに聞かれて判明していた。"風切りカルルマルル"だったか。
「いらないよ。……ところでなんで私はこんな寒い中、外に引っ張り出されるハメになったのかな?返答次第では帰るよ」
「王都では新年になった瞬間に盛大に祝って、その後元気なアホは日の出まで騒ぎ続けるのが恒例なんだよ」
「…その馬鹿騒ぎに参加するためってこと?」
踵を返す。
「待て待て待て待て、それに関連して新年を迎えるに相応しい場所があるんだよ」
「"燃える玉虫亭"でいつもの面子と絡むとか言い出したら殴るよ」
「あんなゴミカスみたいな場所でクソゲボな連中と代り映えのしない日常を過ごしてたら気持ちを新たになんてできねぇよ」
そこまで言ったところで会話は打ち切られ、十数分間歩き続ける。どこか楽しげな彼の様子からは何も想像できない。夕焼けが私たちを照らしていた。
家の近くにある中でかなり高い塔の近くに来た。そこでジークが立ち止まる。
「登るの?」
世界が回った。
足を取られたと思い受け身を取ろうとした瞬間ジークに横抱きにされる。
「なぁっ…!?」
「舌噛むなよ」
ジークがジャンプして塔を側面から駆け上がり、頂上に一瞬で到達する。
静止したため少し周囲を見渡すが、やはり何が起きるやら分からない。
それにしても珍しい…私を運ぶのにこんな丁寧にやるなんて…どんな風の吹き回しだ…?
「…下ろさないの?恥ずかしいんだけど…」
「ちょっと待ってくれ」
そう言われた後、ついに日が沈み、それと同時に花火が上がった。
ジークが私を抱えたまま大きく跳ねる。
衝撃に備えて歯を噛み締めるが、落下点に到達しても落ちずに空中でふよふよと浮いている。厳密には落下速度が非常にゆっくりになっている。
花火が見たことのない角度と距離で弾けた。
面白い。まるで光の中に入ったかのようだ。
その時、ジークが懐から何かを投げた。
それも花火の一部だったのか、アクセントのように色が加わり、模様を形作る。
こんな時に空でちょろちょろするのだから、ある程度は参加しないと顰蹙を買うからだろうか。
「綺麗だろ?」
そう言うジークの横顔が、花火に照らされて光る。息を呑んだ。
普段の自信があって世界の中心だとでも思ってそうな態度と違い、どこか物悲しそうな表情に見えた。
目が合った。輝く金色が私を捉える。こうやって見ると、彼も弾けて消えていってしまう花火の一部のようだ。
見慣れていたはずなのに、まるで知らない人物だと思ってしまう。
「好きなんだ、この景色が。お前にも知っていてほしかった」
「うん…綺麗」
自分の顔を見られないように、鑑賞に集中するかのように顔を逸らす。
花火の弾ける爆音は、よく聞こえなくなっていた。きっと近くで何度も聞いたせいだ。
ちょっと、暑すぎるかもしれない。……これも、花火のせいだ。
花火が終わり、着地して腕の中から下ろされる。調子が狂うから投げ落としたりしてほしかった。
一番の盛り上がりは過ぎたようだが街中から叫び声がしばしば聞こえるし、火薬の音もする。駐屯騎士は大変だろうな、なんて他人事のように思う。
「あ〜あ、俺もついに25か。30が近づくな」
ジークが比較的静かになった夜闇の中で冗談めかして言う。
「ジークって年明けが誕生日なの?」
「いや、誕生日が分からないから年が明けるごとに一歳増やしてる。スラムの捨て子の奴とかも大体そうだぜ」
数え年に近いものか。薄らそんなところだろうとは思った。
それにしてもアラサーか…まあ私は前世も単純に足し合わせたらアラフォーなのだが、学生としての人生と片田舎で同じことしかしない農民としての人生経験しかないため、精神的に成熟している感覚は全くない。大人扱いされることも少ないし、子どもとして活動範囲が狭い期間が長かったのもある。
その時、大きな地響きがした。
発信源の方角に目を向けると、一本の白い柱のようなものが天に向かって伸びていくのが遠目に見える。…なんだ、蛇?
「なんかニョロニョロしたの出てるけど…あれも新年祭の催し?…ぐあっ!?」
ジークは私の背中を強く叩くと、抜剣して跳んでいった。
「よぉし、セツナ!初仕事だ!気合入れてくぞ!」
どうやら英雄稼業に、新年休みはないらしい。
◆
私は急いで経路上にある家を通って武装しながら現場に向かうと、いつもの如くジークが暴れ散らかした後で、召喚を行ったであろう集団もすっかり怯えて逃げようとして大捕物に発展していた。
…この集団の服の特徴やらはフィッチから聞いた組織のものと同じだ。何してくれたんだ。この機会に見つけて犯罪者として裁けないものか。
それにしても、神歴587年…ついに本編が始まる。
ここまでは発生する事柄の具体的な情報も無く強くなるしか道がなかったが、これからはもっと明確にジークの助けになれる…かもしれない。
「イエーイッ」
蛇の死体の上から飛び跳ねたジークが首謀者を片手で締め上げながらピースを私に向けてしてくる。
私が現場に到着する前に、ジークは華麗に大蛇の首を一刀両断していた。ついでに倒れ伏すその巨体を人を潰さないように上手く調節までしていたのも見ている。
呼び出したのであろう悪魔崇拝者たちの下っ端を適当にぶちのめしながら彼を見上げて、そのスケールの違いに気圧されてしまう。
彼の戦闘を間近で見るとそもそも助けなんて発想が思い上がりな気がしてしまう。が、彼本人に期待されている以上存外食らいつけるかもしれない。
彼のいる戦場で共に戦える。それは私にとって最高だ。食っていくには困らないし、勝つことは非常に楽しい。それに…ジークが死んだら悲しい。
…いや、こんな綺麗事で覆い隠すのはやめよう。
"音断ち"ジークを出し抜きたい。彼が対処できない困難を打破したい。
……まあ、最終的に、もしできたらいいなというだけの目標だ。固執することは無いようにしなければ。
思考を振り払ったところで、再び地響きがした。またかよと思いつつ発信源を突き止め状況把握をしようとすると、足元に一本の剣が刺さった。…"カルルマルル"?
飛んできた方向…ジークのいた場所を見るが──いない。
カルルマルルを手にして地面から抜く。
大蛇の死体がのたうち、周囲を巻き込みながらとぐろを巻いていく。
何か私の想像のつかないような大きなことが起こっている…!
光によるものではなく、頭の中で火花が散るように視界が明滅する。
私は、荒野にいた。砂嵐が吹いている。それらは意思を持っているかのように何かを…蛇を形作っている。
心臓が早鐘を打つ。見られている。
「二度は無い。我の世界で、確実に貴様を殺す」
底冷えするような、殺意を剥き出しにした声がする。
蛇のような巨体が、大量の砂塵を纏いながら鎌首をもたげ、こちらを睥睨してきた。
こんなタイミングで仕掛けてきたのだ。ジークの対策はしているだろう。この剣も助けを期待できないことを示唆している。勝つしかない。さもなくば死ぬ。
──そうじゃないだろ?
そんな声が頭の中で響いた気がした。こんな今際の際で、戦闘に全神経を集中しなければならないのに何を考えているんだ。僅かに笑ってしまう。
そうだ。死なないために戦うんじゃない。もう言い訳するのはやめた。
この怪物に勝ちたいから、勝つために戦う。それだけだ。
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