第9話 なんてことない(非)日常

 嵐の魔女の騒ぎから2日が過ぎた。


 昨日知ったことだが、嵐の魔女はかなりの大物であったらしい。3年に渡り王都で騎士団と抗争を繰り広げ、先日手下を一網打尽にされてアジトも追われ、もう暴れるしか道が無いことからあんな大捕物に発展したらしい。


 そんな嵐の魔女の討伐に協力したということでジークはかなりの額の報酬を貰ったのだが、その内の半分を私にくれた。理由は貢献してくれたからとか言ってたが、これまでとの違いはよく分からない。まあ気まぐれだろう。もらえるものはもらっておくべきだから追及は特にしなかった。

 取り分の内訳としては金貨5枚に銀貨200枚である。金貨なんて自分が生きてる間に触れられると思ってなかった。こんなの故郷の村で持っている人間がもしいたら、役人が家に来てどこから盗んだのか言うまで拷問される。


 そんなこんなで今の私はかなり潤っている。ウハウハである。

 非常に気分がいいため、今日の料理役は私が買って出ることにした。

 不眠でも1ヶ月以上活動できるのに何故か自室で寝ているジークに声を掛ける。部屋に入っていくのを目で追っていたからいるのがわかったが、気配が欠片も無い。死んでいるかのようだ。


「ジーク、何か食べたいものある?」


 すると、やはり目を閉じているだけで眠ってはいなかったようで明朗な声が返ってくる。私は彼の寝息を聞いたことがない。


「牛肉。無理なら甘いものは苦手だからなるべくそれ以外で」


 成金野郎が…。



 ◆



 あの男を満足させてやる。こちとら飽食の時代から来てるんだ、舐めるんじゃない。

 そんな思いを胸に抱きながら食材を吟味する。今の自分は金に糸目はつけなくていい。


 王都はこの国で最も栄えているだけあってかなり品揃えが豊富だ。非常に高価ではあるが、老いるなどしてやむなく潰したわけではない、肥育された柔らかい牛肉だって買うことはもちろん可能である。


 しかし、商店を色々見て回っていると、私は大きな問題に直面することになった。前世における私は男子学生であり、料理なんてろくにしたことがないということだ。

 唯一作れた家庭料理は卵焼きくらいだし、作ろうとしている本格的な料理のレシピなんてふわっとしかわからない。もっというと19年以上前だから何となく知っていた知識すら、そもそもうろ覚えである。


 今世でも料理することはあるが、貧民の料理なんて"燃える玉虫亭"よりはマシくらいと言った有り様だ。というかパンと豆のスープとたまにひとかけらのチーズしかレパートリーがなかった。


 色々考えながら歩いていると、ラミゼルの店が目に入ってきた。…もう彼女にジークの好きな料理でも聞いた方が早いか。


「あらいらっしゃいセツナちゃん!」


「久しぶり、ラミゼル」


 彼女とはそこまで親しくないのに砕けた口調で話しているのは、ラミゼル自身から敬語を使うことを拒否されているからだ。『ジークとは仲がいいのに私とは距離があるなんて悲しいわ!およよよ…』と言われた。仲良くないが、強く否定するのも面倒だから甘んじている。


「今入ってる好きそうな面白い薬は…変声薬なんてどうかしら?」


「えっと…申し訳ないけどそうじゃなくて…」


 棚を漁りだしたラミゼルを制し、用件を伝える。


「ジークの好きな料理とか、知ってる?作りたくて…」


「えっ…本当!?素敵ね!」


「あっいやっちがっ」


「きゃああ、私、本当にあいつのことが心配だったの…!」


「いや本当にあなたが思ってるようなことじゃなくて」


「いざ!行きましょう!あのアホの舌を巻かせてやるわよ!」




 ラミゼルは店に臨時休業の看板を出すと、一緒に食材探しから始めることになった。そんなに気合入れなくていいんだけど…。

 ラミゼルは店番をしていた姿のまま飛び出してきているため、軽装だが腰にゴチャゴチャつけている。邪魔じゃないんだろうか。


「ジークの好きな牛料理、…それはズバリ、ハンバーグね!」


「え、あるの?ハンブルクが?」


「セツナちゃん、ハンバーグを知ってるの?」


 発音が完全に"ハンバーグ"だった。いや待て、名前が同じだけであのハンバーグじゃなく違う料理かも知れないじゃないか。


「ハンブルクが何かは知らないけど…ハンバーグ男爵が牛肉が食べたかった時にその場にあったのが食肉用家畜産じゃない固い牛肉で、それをおいしく食べられるようにするため考案した料理よ」


 …多分あのハンバーグだ。適当だなぁ…。


「予算はどれくらい?」


「ほぼ無尽蔵にあるよ、嵐の魔女の討伐報酬の半分をもらったから」


「へぇ~…私と仕事をこなしてた時は全然分けてくれなかったのに…まぁあのころは貧しかったのもあるけど」


「私も普段は似たようなものなんだけどね」


「しかも嵐の魔女の報酬でしょ!?"魔女堕ち"したのでもかなりのビッグネームじゃない。おとといのアレは私も店から見てたしね。今度こそは王都滅びるかも~なんて」


 確かに王都はしょっちゅう滅びそうな危機に瀕している。この前の巨人ギガントの大行進とかは終末の光景と言っても過言ではなかった。まあジークがパパっと解決してしまったが。

 …今の会話で知らない単語があった。何となく意味は予測できなくもないが、気になったので聞いてみることにする。


「"魔女堕ち"って何?」


「聖女が魔女になることね。そもそも聖女の絶対数が少ないこともあって滅多にないけど、あると大抵の場合凄まじい報奨金が討伐報酬として掛けられるしすぐ討伐されるわ。被害が大きくなるほど教会の権威に関わるから。嵐の魔女は確か…元『恵みの聖女』だったかしら」


「…何で嵐の魔女は"魔女堕ち"したの?」


「さぁ?聖女様となんて話す機会ないし、ましてや魔女と会ったらまず殺すか殺されるかしかないからね。まあけど、どうせアレじゃない?」


「アレ?」


「ほら、聖女や魔女は力を使う時に異界と交信する必要があるから精神に異常をきたしやすいってやつ。あの伝説の花の聖女も、最期は発狂しかけたところを勇者サムに介錯してもらったっていうのは有名でしょ?悲恋はいつでも人気なのよね~」


 知らない。まだ長い物語を読むほどの国語力はついてないし、劇なんかを見に行ったことも無い。

 …聖女には会ったことがないが、見たことがあったり作品として読んでいた際に登場したりした魔女に力を無秩序に使い殺人や破壊行為を嬉々として行う人格破綻者が多いのはそういうことか。


「…それ、聖女になんてなりたがる人なんていなくならない?」


「そうね。実際"洗礼"によって聖女を作る試みはめっきり減ってて、この国では一番最近でも5年くらい前だったかしら。戦時にでもなればまた別なんでしょうけど」


 そこで話が一段落つき、ハンバーグを作るための材料を二人で探すのを本格的に始めた。


 肉屋の軒先で色々見るが、どれもデカい。こんなの何日あれば消費しきれるんだ。


「ひき肉って自分で作るの?あれから?」


「流石にそのままはやらないわよ。ある程度は小さく切り出してもらって、それを薄切りにしてからみじん切りにして、後は叩きまくるの。…セツナちゃん、あんまり料理したことないの?」


「うっ…ここに来てからは外で買うかジークにやってもらってます…弟子の分際で」


「ふふふ、わかるわよ。おいしいのよね、ジークの手料理。まあ、あいつが苦手なことなんてほとんど無いんだけど」


 ラミゼルが適当であろう量を店主に頼み、切り分けてもらう。料金は私持ちだが、ここは任せた方がいいだろう。


「まあジークは昔一夜で牛一頭平らげたこともあるけど、今日はこれくらいでいいでしょ」


 牛肉の入った袋を受け取った。肉…王都に来てからはそれなりの頻度で食べるが、村では祭りや記念の日くらいでしか食べられなかったから特別感がある。重みにちょっとワクワクしてしまう。


「次は〜、何が必要かな〜」


 ラミゼルがそう言いながら、鼻歌を歌いつつ様々な人間が入り乱れる露店商の立ち並ぶエリアに入っていく。


 ついていき、周りの露店の品ぞろえを吟味する流れで何気なく周囲を見る。

 …やはりそうだ、尾けられている。


「ラミゼル、気づいてる?」


「何のこと?」


 ふむ、ジークとある程度戦場を共にしてきている都合上ある程度察しがいいものと思っていたが、そうでもないのか。それともやはり私は天才なのか。


「いや…振り向かないでほしいんだけど、4軒後ろの土産屋らへんにいる外套を着ている男…」


「あぁ、尾行されてること?私の店を出た時からいたから適当に放置してるんだと思ってたわ」


 …言ってほしかった。自惚れた自分がバカみたいじゃないか。

 ラミゼルは露店のにんにくを手に取り、それを品定めするかのように見ると、お眼鏡にかなったようで購入していた。尾行を全く気にしていない。まるで気づいていないかのようだ。


「…やっぱりジークに恨みのある人かな」


「そうねぇ、私たちのどっちを尾けてるとしてもまぁそれが一番高い可能性でしょうね、死ぬほど恨み買ってるから。実際恨んでる本人たちはほぼ死んでるんだけど、アハハ」


「面白くないよ。…どうする?」


「うーん?どうするって、対処したいならすればいいじゃない。何のために最強の剣士に師事してるの」


 言われればそうだし、今なら自分一人でもごろつきにも勝てないなんてことは無い。

 街中でどう勝つかを頭の中で練っていると、ラミゼルは進路を変え、人気の無い通りへと入っていった。


「ちょっと待ってよ。人が多いから手を出してこなかったかもしれないのに、これじゃ相手の思う壺じゃ…」


「大丈夫大丈夫」


 その無責任な言葉に連れられるまま裏路地に入っていき、表通りから離れていく。喧騒も遠くなり、おそらく今襲われても助けが来るまでには時間がかかってしまうだろう。


「止まれ」


 しわがれた声が背後からした。振り向くと、黒い外套にすっぽりと身を包んだ男が立っている。


「ナンパかしら?女性を誘うなら顔くらい見せなさい、醜男。…一ついい?あなた、吸血鬼?」


 ラミゼルが軽口とともに相手の様子を探りながら、奇妙なことを言った。瞬間、相手の体がぶれる。


「借りるわ」


 ラミゼルは私の剣をするりと抜くと、下手人の飛ばしてきた何かを斬り落とした。

 ……正面から放たれたのに、見切れなかった。ラミゼルが動かなければ、私は頭の中身を石畳にぶちまけて死んでいた。


「慣れって怖いわね、剣を振るのなんて1年以上ご無沙汰なのに」


 影に襲撃者が消えていく。しかし、逃げたわけでは無いだろう。視線を感じる。


「やっぱり吸血鬼…私のだったらそうだろうなって思ったの」


 ラミゼルが自身の体に2本注射を刺しながら言う。

 吸血鬼…そんなファンタジー種族がいるのか。しかも心当たりがあるときた。

 薬屋は表の顔で裏では世を偲ぶヴァンパイアハンター、なんてことはまさか無いだろう。


「…どういうこと?」


「私とジークは吸血鬼と因縁があるの…いや、"あった"の」


「ふざけるな!我らの戦いはまだ終わっていない…!」


 どこからか響いてくるその吸血鬼の言葉とともに、周囲が影で覆われていく。

 暗くなり、遠くにあった喧騒や、建物からする小さな話し声もなくなり、しんと静まり返る。

 それは正に、夜のようであった。


「吸血鬼って言うのは血の魔女が作った、自らの力を分け与えた人間と、そこからさらに分化した化け物の総称ね。まあ、知らなくてもいいわよ。もう全然いないから」


 それだけ言うと、ラミゼルが飛び跳ねる。剣を何度か振るい、攻撃を弾いている音がする。

 夜闇の中でも感覚を研ぎ澄ませることで周囲を探る術はまだ未成熟であるため、なんとなくの位置くらいしか分からない。が、ラミゼルが押していることは分かった。

 それと、相手の狙いが自分では無いのだということも察した。単にこっちに意識を割く余裕が無いだけかもしれないが。

 

「ぐあっ!」


 恐らく件の吸血鬼のものであろう声とともに、落下音がした。


 それと同時に自分の隣に誰かが着地してくる。薬臭いし、確認するまでもなくラミゼルである。

 …確かに、これなら襲われても大丈夫と言えるだろう。私はすることなしに終わるのか。


 ポンと肩を叩かれると同時に剣を返され、代わりに持っていた荷物を取られた。


「ちょうどいいわ、私もちょっとやってみたかったの」


 ラミゼルが腰に下げていたキセルを吹かせた。先から紫色の煙が怪しく燻る。

 それを吸うと、僅かな酩酊感の後、視界が広がるような感覚があった。完全にとは言わないが、闇の中でも目が良く利くようになっていく。


「今日は、不肖の弟に代わって私が師匠を務めてあげる。がんばりなさい、セツナちゃん」



 ◆



 セツナとラミゼルが戦闘を始める少し前、ジークはおもむろに目を開け、寝台から身を起こした。


 適当に普段使いの剣と銀の短剣を手に取り、部屋着のまま庭に出る。

 姿を消しているが、わかる。一番強いであろう一人を見ながら声をかけた。


「おまたせぇ」




 家を、12の黒い影が取り囲んでいた。ジークが自分たちの存在を認識していると思っていなかったのか、何人かは動揺した様子である。


 話しかけられた、その中でも特に豪華な装いの壮年の男が返答をする。


「…出迎えをする予定はなかったが」


「そりゃまぁ、俺の方が家主だからな。でもよ、うちにあるもてなしの用意は『ギゴ』と『スラッブ』しか無いんだ。同時にできるのは6人までで半分は暇しちまう、ごめんな」


 ジークのヘラヘラとした軽薄な態度に苛立ちを覚えながらも、貴族のような余裕ぶった態度で言葉を紡ぐ。


「これが最後の通告だ。貴様が簒奪した真祖様の牙を返還し、我らの軍門に下るというなら永遠の命を与えてやる。さもなくば殺す。…貴様も考えたことがあるだろう、それほどの天稟を与えられながらほんの100年もせずに老いて死んでいくことのむなしさを」


 それを聞いてジークは芝居がかった身振りで顎を抑え、考え込むような素振りをした。挑発と捉えたのか周りの影──吸血鬼たちが殺気立つ。


「時間稼ぎのつもりか?"燃杭もえぐい"のラミゼルは来ないぞ」


「いやいやそんなまさか!いくら駆除が得意だからって、あいつは俺が害獣に絡まれたくらいで飛んでくるほど過保護じゃないさ。本当に悩んでるんだよ」


 大仰な動作で肩をすくめながら歩き出す。それはまるで散歩のように無警戒で、殺意の渦中にいるとは思えない足取りだった。

 動いたらその時点で攻撃するつもりだった何人かの吸血鬼も、虚を突かれ、一瞬対応が遅れた。


「う~ん、確かに永遠の命は魅力的だな。殺されるのも嫌だ」


 そこまでジークが言ったところで、ジークの斜め後ろにいた吸血鬼の頭が破裂する。

 瞬間、二つの影がジークに飛び掛かるが、歩きながら緩慢に振るわれた剣で切り落とされた。剣での切り傷程度即座に再生するはずであるが、倒れ伏したままピクリとも動かない。


「だが、テメェらの態度が気に食わない。まず『私たちのご主人様になってくださいジーク様』っつって土下座した上で靴舐めるのが基本だろ。洞穴暮らしの蝙蝠ごときには人間様の礼儀作法は難しかったかな?」


「猿が…!灰すら残さんッ!」



 ◆



「おおっ!すごいわね、純粋な身体能力はもう全盛期の私より上なんじゃない?才能が眩しいわ」


 ラミゼルが合いの手を入れてくる中、私は吸血鬼と戦うことを余儀なくされていた。


 あらゆる角度から血でできた弾丸が襲いかかってくる。速すぎるし数が多く、対処しきれない。目で捉えた急所にあたるコースのものは弾いて体を捻るが、数個掠めた。闇に隠れて目で追いきれないものもある。これじゃジリ貧だ。


「どこまで話したかしら…あぁそう、私たちと吸血鬼の因縁はそうね…まあ、重要じゃないからざっくり言うと、復讐のために私とジークで奴らの親玉をぶっ殺して、ついでに吸血鬼の8割くらいを駆除したってだけよ」


 私が吸血鬼と対峙している間、少し距離を保ちながら後ろからラミゼルが懇々とアドバイスをしてきていた。今はもう話すことがなくなったのか戦闘に関係ない解説をしている。

 だが少しは意味があるようで、敵の動きが僅かに荒くなった。苛立っている。


 敵は、ラミゼルに警戒のリソースを割いているようだ。…そうでなければ私は既に敗北していた可能性が高いだろう。こいつは明らかに格上だ。


 手術刀が死角から伸びてきていた血の槍を弾いた。ラミゼルはこうしてちょっとした補助をする以外には直接的に戦闘には関与していない。強いて言うなら、敵はキセルから吹く煙に対して不快げな様子であることから、あれは私に対するバフだけじゃなくデバフも兼ねているらしいことくらいだ。


 なんとか距離を詰めたところで、敵の姿が掻き消える。至近の間合いでは私にも可能性があると踏んで距離を保とうとしているのだろう。


「さっきも言ったけど、霧になってもその存在が消えるわけじゃないわ。そこにはいるの。ただ物をすり抜けたり飛んだりできるようになるだけ。それに私が剣に塗布した薬のおかげで霧になってても攻撃は通るわ」


 そう言われたため、勘で行動を予測して、いるであろう場所に踏み込み剣を振るう。

 空振り…いや違う、上に逃げた!

 薙ぐようにして剣で殴打し、打ち落とす。


「なぜ分かった…!?」


 体勢を崩し、地に落ちる。

 至近、剣の間合いである。相手も手のひらから血を吹き出し、即席の剣を作った。その硬度は鉄にも勝るとも劣らないことは理解している。


 さっき鍔迫り合いを一度して理解したが、膂力は私よりも上だ。無理に粘れば剣が折れるし、かといって流すにも、受け身では距離を取られてしまう。

 私が勝つ可能性を考えるなら攻めなければならず、活路は当然技量にある。


 剣を正中に振るうと相手は刃で受け、一瞬拮抗する。が、打ち合いは不利であり、その均衡は即座に相手に傾く。僅かでも抵抗するため、踏ん張って強く押し返した──ように見せた。相手はここでこちらが勝負を決めるつもりだと判断したのかその力でねじ伏せ、叩き切ろうとしてくる。

 その瞬間、それを読んで押し返した力の流れのまま体ごと剣を流す。相手の剣は空を切り、前のめりにつんのめった。


 半秒にも満たないが、隙ができた。その間にも、こちらに振り向き、斬りかかろうとしている。一撃加えるのがせいぜいだ。

 急所と教えられた心臓を狙おうとするが、血を固めて露骨に守っているのが見える。

 次策として首に突きをする。

 

 が、捻られて掠めるに留まってしまった。普通の人間ならこれでも戦闘続行は難しいが…。


「ダメよ、それは致命じゃないわ」


 ラミゼルがそう言うと同時に敵の首の傷から大量の血が溢れ出し、私に殺到してきた。

 不意を突かれた。相手の体の軌道は読んでいたが、咄嗟の出血でも武器にできるのか。

 血に絡めとられて想定していた回避行動ができない。相手は剣を振りぬかんとしている。

 まずい、死ぬ…!





 死を覚悟した直後、相手に何かがぶつかった。大きくのけぞって、血の操作も精彩を欠く。

 その隙を逃さず、心臓を貫いた。


 …結局、補助に頼り切りとなってしまった。できれば個人の力で勝ちたかった。


 闇が急激に晴れていき、眩しさに目を細める。

 ラミゼルがキセルから口を離して腰に吊った。勝負はついたようだ。


 ラミゼルが何を投げたのか気になって、倒れ伏している吸血鬼から警戒を解かないまま周囲に目を配る。


「良かった~まだ食べられそうね」


 さっき買ったにんにくが、地面に無遠慮に転がっていた。ラミゼルが拾い上げて土を払う。…吸血鬼相手の決め手になったにんにくを堂々と食すつもりなのは豪胆と言うべきかガサツと言うべきか。


 吸血鬼が震えながら体を起こした。

 動きに警戒し、剣を構える。が、血を吐いており、息も絶え絶えで恨み節を言おうとしただけのようであった。


「ククッ…我など所詮足止めにすぎん…!我など比べ物にならぬ位階の同胞達が音断ちを襲撃している!真祖様に直接血を分けていただいた上位者もいるのだ!今頃、奴の死をもって我らの同胞が復活の狼煙を上げているだろう…!」


「はいはい、その真祖様を殺したのは誰だっけ?」


 ラミゼルが適当な相槌と共につま先で心臓を再び貫いた。今度こそ死んだようで、吸血鬼は崩れ去り灰となって散っていく。

 私はラミゼルと顔を見合わせる。…こいつの役目は時間稼ぎで、本丸はジーク。その言をまともに受け取るなら…。


「…急いだ方がいいと思う?」


 ラミゼルは呆れたような顔をして、荷物を私に投げ返してきた。


「ジークを何だと思ってるの?大丈夫に決まってるでしょ。それより残りの食材を買いに行きましょ!調理時間を考えたら早くしないと日が暮れちゃうわ」



 ◆



 食材を抱えながら家に戻る時には、すでに夕方に差し掛かっていた。


「おぉ、遅かったな。いやぁ楽しみだ」


 ジークは庭の真ん中らへんで剣を担いでいた。当然のように無傷で、武装も片手に長剣、もう片手に銀の短剣を持っている。

 服も軽いもので、ちょっとした鍛錬をしていただけに見える。ほんのり心配して損した。


「どうした?変な顔して。あっ、いつも通りだったか」


「…何かに家が襲われたりとかしなかった?」


「いや別に」


 これはどっちだ…?あんな奴ら敵の内に入らねぇよなのか本当に来てないのかどっちなんだ…?


 そのとき、地面で何かが光るのを見た。日に当たって見えづらいが、灰が地面にある。ジークが何を燃やしていたとも思えないし、まあそういうことだろう。


「もう直接聞いちゃうけど、吸血鬼来たでしょ」


「どうでも良くね?これから飯なのに蝙蝠とか不潔な話題出さないでくれよ」






 調理場に向き合い、ラミゼルにもらったメモを睨みながら、ハンバーグを作っていく。

 不安だったひき肉づくりは存外うまくいった…気がする。ちょっと大きさが不揃いな気がしないでもないが、大きすぎるのはその都度手で引きちぎればいいだろう。


「おいおい大丈夫か?そんなに気張ってちゃ、どんなに食材やレシピが良くても豚の餌ができるだけだぜ」


「ちょっと黙ってて、集中してるから」


「からかい程度で集中が途切れるんならお前もまだまだだな」


 ジークは台所の邪魔にならないところで座って、こちらをニヤニヤしながら冷やかしてくる。


 目にもの見てやがれ…。頬をブチ落として腹立つニヤケ面を二度とできないようにやる。






 おお、知ってる…知ってるぞ…!メモに書かれてないことも何となく知ってる!なんかこう…タネから空気を抜いた後はちょっとへこませるといい的な…!


 食らえ、これが21世紀の英知だ!







 2個作ったハンバーグの内、片方は崩れてぐちゃぐちゃになってしまった。それは自分で処理することにして、上手くできた方を食べさせる。どうだ…!?


「75点。ちなみに食材補正で最低60点だからな」


「あァ!?二度と飯作ってやんないからね!?」

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