第7話 ハイパー奇人バトル

 タランチュラの群れは、ガドムが撤退してから露骨に弱体化していた。わかりやすい黒幕である。


 バルゴは、私につっかかることはもう無かった。

 私のことを弟子だと認めたのか、もう関わりたくないと思ったのか。まあ、何でもいい。面倒ごとが消えた。


 そこからの駆除任務は、私たちは魔神との戦いでかなり消耗してしまったため、ジークが鎧袖一触で薙ぎ倒していくのを横で見るのが主だった。

 ちょいちょい近づいてきた小さいのを軽く捻るくらいしかやることがない。


 訓練のためと言いつけられた索敵をしながら、少し気になったことを聞くことにした。


「ねぇ…あの魔神、私のことを狙ってるみたいだった。何か心当たりとかある…?」


「無い」


 一蹴された。といっても別にジークを無条件に信用していたり何でも知っていると思ったりしているわけではない。


「でも、その武装とか今見るにこいつらを相手にするには過剰でしょ。あの危険を伝える用の宝石だって、何か来るってわかってたから渡したんじゃないの?」


「何も知らないよ。奴らの目的も、お前に何があるのかも。まあ…旧王権派もそうだが、お前が俺にとって弱点であるとかそういうことじゃなくて、何かしらの鍵を握っているであろうという可能性はあると思ってる。逆にお前は何か心当たりないのかよ」


 …まさか、原作知識があるということを悟られているなんてことはあり得ないと思うんだが……それ以外は特に無い。思考を読まれている?しかしそれにしては動きが杜撰だ。

 狙われる…ある意味では、願ってもない状況だと言えなくもない。ただ、私個人だと魔神に勝利することはできないということがネックか。


 黙って考えこんでいる私を横目で見ながら、ジークはバルゴの横にスッと移動して、ニヤニヤしながら耳打ちをし始めた。その後は2人で私の方を見ながらひそひそと陰口を叩いているようであった。


 それにイラついて殴りかかってやったらバルゴにだけクリーンヒットしたとかをごちゃごちゃやっている内に仕事は終わり、私たちは港町で治療を受けた後に一泊して帰ることになった。

 後処理は私のいないところで進んでいて、私は戦った魔神について色々答えることをしただけだった。名前は名乗られていないので、"蛇の魔神"と呼称するに留めた。変なところから繋がってるとか疑われるのは嫌だ。

 …こう言ってはなんだが、魔神云々の騒ぎは、主人公たちの手で多分ハッピーエンドを迎えるものだと思っている。そのため、解決に向けて自分が過剰に関わる必要は無いと考えている。私の目標は、あくまでジークの生存なのだ。






 それから、2ヶ月が経った。



 ◆



 売れ残りの硬いパンをかじりながら、字の書き取りを行う。紙とインクは高いし貴重だからと言われ、木の板の上に水をつけた筆で書き取り練習をすることにしている。漫画で見たことがあるやつで、最初はちょっと楽しかった。

 この国で使われているのは表音文字で、基本30文字ほどである。ラテン文字のようなもので、案外簡単に覚えられる。表音文字約50種2パターンと常用の表意文字が千個以上あるようなヤケクソ言語じゃなくて本当によかった。


 文の書き写しをしているところで、ジークにテストをされた際に言われたことが頭がよぎる。


『お前…やっぱり学があるな。教育、学習という概念に対して呑み込みが早すぎる。どこでどうやって身につけた?』


 あの時は血の気が引いた。大汗をかきながら適当な嘘を並べたり天才を自称したりしたが、挙動不審すぎて多分何らかの疑いはかけられたままだろう。

 まあ、彼にとって字の習熟のセンスがあることは大して興味がないらしく、その時以降は大して気にする素振りもない。


 外を見れば日も傾き始めており、それなりの時間熱中していたことに気がついた。

 ジークは『"燃える玉虫亭"に行く』とだけ言って、日課の朝の鍛錬が終わった後に家を出ていったきり戻ってこない。

 途中少し腹が減ったため、一階に降りて食べられるものを探したが、今口にしているレンガみたいに硬い黒パン以外見つからなかった。農村にいた頃はしょっちゅう食べていたもので、あの頃を思い出して少しだけ億劫になるから好きではない。


 …ちゃんと食べるためにもジークのところに行くか。今日の書き取りのノルマもこなしたし。


 "燃える玉虫亭"には、王都に来た初日以外では行っていない。ジークはちょいちょい行っているらしいが、私を連れていくことは無い。あの日は久しぶりの王都で行きたかったが、私を1人にするのもアレだったから連れていっただけで、イレギュラーな対応だったのだろう。

 …普段つるんでいる仲間内に、メンバーのほとんどと親しくない、それも異性を連れて行くとちょっと空気が悪くなるというのは分からんでもない。


 しかし場所は覚えているし、普段通り剣を帯びて、少し考えてから外套を着て家を出る。胴に巻いたベルトにはナイフが複数個仕込んである。最近は剣の扱いにも慣れてきて、遠距離攻撃の手段としてナイフ投げの技術もある程度叩きこまれているのだ。


 家に誰も居なくていいのかと思わないでもないが、ジークの家に盗みに入るような人間はまずいない。ジークは(自身に対する)盗みに対して厳しく、私がスられそうになった時は路地裏でそのスリの小指と薬指を切り落としていた。そういう人間であることは王都では有名で、家になんて押し入った暁には即座に捕捉されて殺されることは自明だろう。


 王都の喧騒の中を歩く。息が白い。よく晴れた日だが、自分が王都に来た時より、肌寒くなっている。

 あの口振りから連続して攻められると思っていたのに、あれから魔神が国の中に現れたという報告は無く、私はジークの仕事を手伝いつつ研鑽を積む日々を送っている。

 先月には、それなりの規模の盗賊ギルドをほぼジークの力とはいえ2人で壊滅させたし、1週間前には10mを超える巨人ギガントを、独力で討伐することにも成功した。──ジークはそれよりも大きい体躯の個体を一瞬で5体くらい倒していたけれど。


 何度も戦いに身を投じているが、ある程度は楽しいものの、魔神との戦いで感じたほどの高揚はずっと鳴りを潜めている。何故かは分からない。相手が弱い奴ばかりだからなのか、それとも死の淵でないと感じられないのか。後者なら自分自身に嫌気が差す。……もっと言うと、その感覚を求めている自分にだ。救いようがない。


 それでも、ジークは否定しないだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、彼と共にいる時は私にとって息がしやすい。


「おぅい、セツナ嬢!今日は1人か!買ってくかい?」


 思考を回しながら歩いていると、普段利用している八百屋の前を通りかかったタイミングで、客引きをしている店主から声をかけられた。曖昧な表情をしながら手を振って拒否をして歩を進める。ここで食べ物を買ったり適当な飲食店に入ったりしてもいいが、ジークにたかる気だったのに自費を切るのも気分が乗らない。

 こうして王都の住民にも顔を覚えられるようになってきた。指を差されることも稀にある。あのジークの弟子という枕言葉ありきのものだが、有名人になったようで個人的には街中を歩きづらくて面倒だ。


 しばらく進むと、"燃える玉虫亭"の前についた。今なら看板に書かれた文字も読める。…『酒場』、この王都では、石を投げれば当たる単語だ。


 中から話し声が漏れ聞こえる。


「……ッろすぞ!」


 怒鳴り声だ。戸を開くのに躊躇する。ジークが出るまで扉の前で待とうか…。でも、それだと目的を果たせない。もう帰ろうかな。


 ドアの前でまごまごしていると、内側から強烈な衝撃とともにドアがこじ開けられた。反射的に横に飛びすさび、飛び出してきた物体に注目する。

 それは人間だった。マントを羽織っていて、人相や体型はよくわからない。即座に起き上がり、建物の中に向かって罵声をあびせる。男だ。


「何だよ!イカサマしたっていいじゃねぇか!言い草からしてお前もやってんだろ!」


「してもいいけどバレんなよ間抜け!見抜いてみろ節穴の無能が!」


 ジークの楽しげな返事が中からした。賭け事をしているのか。


 その時点でその男が私の存在を認識した。酒場の様子を伺っていたことに気づいたようだ。キモい動きで近づいてきた。


「おっとお嬢さん…ここで誰かを待っているようですがわたくしと甘い一時を過ごすのはどうですかな?素敵な瞳だ…ゴエッ」


 手を取ろうとしたのを見切って上から叩き落とし、手首を押さえながら悶絶している男からそそくさと距離を置く。


「なにこいつ…」


「そいつは若い女だったら誰でもいいんだよ。てかなんで来てんだ」


「誰でもいいんじゃねぇ!醜女はゴメンだ!」


 ジークが店内から出てきた。私の声を聞いて助け舟を出しに来てくれたのか。頼れる師匠である。

 …というか容姿に言及されるなんて今は亡き親以外にされたことない。私は絵に描いたような──ある意味では実際絵と言えなくもないが──地味モブ村娘顔をしている。正にも負にも目立たないのだ。ちなみにジークは人気を出したいポジションだからか顔は整っている。


「ちょっと昼を食べるためにここに寄ろうかなって…ジークの様子も気になったし」


「はぁ!?お前の女かよ!?クソが死ねや!テメェ女日照りなことは見下してたのによぉ!」


「そのリアクションもう結構前に一回やってんだよボケ。後、こいつは弟子だ。話くらいは聞いたことあるだろ」


「お前の弟子って女だったのかよ……いや待てよ、じゃあ手を出してもいいのか!?」


「クソキメェから俺の関知しないところでやってくれ」


 頼れねぇ〜〜〜!というか私が普通の女でも今のやり取りを聞いた上で靡くわけないだろ!


 男を放置して店の中に入っていく。そのカウンターには、ヒゲに覆われた毛むくじゃらの男が座って酒を飲んでいた。初めて見る顔だ。


「おいジーク、連れを入れるなら何か頼ませろ。金を払わんやつは客じゃない。殺すぞ」


「適当に飯出しといてくれ。腹減ってるらしい」


 前回来た時はいなかった店主か…。

 露骨にめんどくさそうな表情をしながら頭を掻き、おもむろに後ろに引っ込んでいった。恐らく食事の準備をしてくれているのだろう。カウンター席に座って待つことにする。


「おいエノウ!次のゲーム始めんぞ!早く席つけ!」


 ゲームに使われていたのであろうカードが広げられているテーブルについていた禿頭の男──トンブが外に向かって呼びかける。

 そこにはフィッチとジークも席についていた。

 カサカサとした動きで外からあの男が戻ってくる。


「クソ、痛ぇ…マジで投げやがって…ちょっと手が悪かったからすり替えようとしただけじゃねぇか…あらかじめ仕込んでたわけじゃねぇのによぉ…」


「殺されなかっただけマシだと思えよ」


「…ん?おい!なんだよその金!いない間に俺の財布から抜きやがったな!?」


「サっ、サマの罰だ!銀貨10枚ずつ貰ったぜ、へへへっ!」


 猛烈な勢いでエノウがフィッチに詰め寄り胸ぐらを掴み上げた。

 ジークとトンブは心底興味なさそうにカードを集めシャッフルしている。


「早く返せ、殺す」


「俺の提案じゃねぇよぉ!トンブがやられっぱなしでいいのかって言うから!」


 醜い…。


「何でこんなに必死なの…?」


「そろそろ新年だからな。田舎に帰省する前に負け分を取り戻そうと必死なんだよ」


 戻ってきた店主がそう言った。神歴においては、年が12の月に分けられていて、一月はおおよそ30日である…というか、グレゴリオ暦とほぼ変わらない。

 まあ原作者が面倒くさがったか、読者への分かりやすさを優先したのだろう。私からすれば楽でいい。


 そして、今は冬に差し掛かっている季節だ。

 農村から出稼ぎに来ている人間は、新年にある休みくらいしか機会が無いため、その時に帰省するのが通例となっている。


 店主が持ってきたベーコンを、差し出された爪の一本欠けてるフォークで食べようとするが明らかに焦げている。意を決して齧るが、不味い。手で口を押さえて吐かないように耐える。

 火がろくに通ってないグニグニとした部位が口に触れるたび不快だし、焦げた箇所の苦味しか味がしない。そもそも肉の質が悪いのかどの部位も硬いし筋張っていて噛みきれない。どうして肉に火を通すだけの料理をこんなに不味くできるんだ。

 流し込むためベーコンと同時に運ばれてきた謎の深緑の液体を飲むも、舌を突き刺す痛みとしつこい粘つく苦みがそこに加わって泥とゴムのマリアージュを味わうことになるだけだった。

 何とか口の中のものを飲み込んで咳き込む。地獄の責苦かと思った。テーブルからジークがニヤニヤとこちらを見てきてウザい。


「ジーク、お前は帰んねぇのかよ。そこの弟子も」


「俺にもこいつにも、もう故郷はねぇよ」


 ジークが山からカードをめくりながらエノウに答える。

 エノウがバカにするように鼻で笑った。おそらく、私はともかくジークの事情は知っているのに揶揄うために話題に出したのだろう。


「あぁ、みなしごのガキどもは気楽でいいもんだなぁ。俺には養う田舎の家族がいるからな、ちゃんと会いに行かなきゃ寂しがっていけねぇ」


「そうか、大変だな」


 カードゲームをしながらジークが適当に返す。中々の煽り文句だが、周りも反応していないし、定番の弄りネタなのかもしれない。


 その時、鐘の音が響いた。時報かと思ったが少し前に鳴ったばかりだし違う。

 五点鐘…緊急事態だ。ジークも召集される。


 どうせジークについて行くことになるだろうし立ち上がろうとしたタイミングでジークに肩を掴まれ、ジークが座っていた席に流れるように移された。6枚の絵が書かれたカードを手渡され、耳元で囁かれる。


「セツナ、このカードを手番が来るたびに左から一枚ずつ出していけ。終わったら俺の元に走ってこい。分かったな?」


「はえ?」


「金のやり取りはしないで飛び出せ。お前ルール分からないのがバレたら口先でぼられるからな」


「おい、ボソボソ吹き込んでんじゃねぇぞ!そいつが代打ちすんだな」


 トンブに怒声を飛ばされる。

 その瞬間大きな衝撃音とともに地面が揺れた。山札として積まれていたカードが崩れかける。咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込む。

 揺れはその一回だけだったため顔を上げると、4人が手を伸ばして山札を上から押さえていた。……こいつらは自分の身の安全よりも賭けの方が大切なのか。

 全員がお互いの顔を見合わせながらゆっくりと手を離していく。何か細工をしていないか相互監視しているのだろう。絵面が間抜けすぎる。


「…よし、行ってくらぁ。ゲームが終わる前に帰って来れるように頑張るわ」


 ジークが店主に硬貨を数枚渡してから外に出ていった。私は置いていかれる。えぇ〜…。


「弟子女、お前の手番だぞ」


 正直適当にやってルール違反か何かで負けた方が早く追えるしジークを負けさせて溜飲を下げることもできるんじゃないかとも思うが、この場で変なペナルティを課せられるのもゲームが長引いて拘束されるのも嫌だし、言われた通り左端のカードを1枚手前に出す。

 遠くで爆音のようなものが聞こえた。あぁ、こんなくだらない賭け事降りてとっとと戦闘に混ざりたい。

 まだギスギスしている2人から目を離したトンブに声を掛けられた。


「あんた、気の毒なことにな。師匠に放置されて」


 …この中ではトンブがまともそうに見えるが、そんなことはない。トンブとは一度だけ仕事を一緒したことがあるから、これで会うのは三度目である。

 彼は賞金稼ぎだ。何故その稼業をしているのかというと、合法的に人殺しができるから。人を殺せる上に感謝もされて金も貰えるなんて最高だと思っているのだと聞いた。

 ……まぁ、私も似たようなものなのでそこまで悪様には言えないのだが。


 2枚目を出す。私はルールが分からないが、彼らが難しい表情をしていることから恐らく強い手なんだろう。どうせ勝っても取り分は私には無いんだから本当にどうでもいい。

 暴風が店を叩きつけ、カタカタとテーブルが揺れた。外から入ってくる日光が少なくなり店内が暗くなる。


「なぁ…セツナ?ちゃん…今日の夜とか空いてる?あいつと一緒だと色々溜まってるだろぉ…?」


「ごめん、死んで。…果たし合いの誘いなら乗ってあげなくもないよ、"溜まってる"から」


「はぁ…ジークの弟子だけあって血の気が多いな…ヤダヤダ」


 数分の時間を置いてついに6回目の手番が来た。手札の最後の一枚を放り出すと同時に剣を持って外に飛び出る。さっきから外の音を把握することだけに全神経を使っていた。どの方角のどの距離で戦闘が起こっているのかはなんとなくわかる。


「あっおい待て!」


 後ろから呼びかける声が聞こえるが無視する。これでジークへの義理は果たしたのだ。


 空が異常な灰色に覆われている。天気が悪い。霧雨のようなものが顔を打った。

 東に向けて全速力で走る。もう獲物がいなくなってたらどうしてくれるんだ!

 街中は、五点鐘があったからか閑散としている。人混みを掻き分けなくていいのは不幸中の幸いだ。

 適当な塔に飛び乗って少し高いところから観察をする。視界は悪いが、遠目に竜巻が局所的、断続的に発生している地点が複数あるのと、3mほどの頭部の無い怪物が数体暴れているのがシルエットで見えた。…ジークは居ないのか?あんな奴らものの数秒で倒せると思うのだが。


 戦闘音のあった場所の近くに行くと、知った顔の役人がいた。


「セツナさん!ジーク様が連れてないから来ないものかと思いましたよ」


「状況は?」


「ある魔女を騎士団が追い詰めたのですが…その魔女が最後の抵抗として暴れているのです。魔女自身はジーク様と上級騎士の2人が追っていますが、生み出した眷属はこちらで何とか食い止めなくては…」


「どこが今手薄なの?」


「少なくともここから見て北側にいる眷属は、騎士団が対応しているはずです」


「了解」


 私は南に走る。どうせ数分もすればジークは戻ってくる。それまでに私の力で討伐することを、今回の目標と設定した。


 南側には2体の怪物、魔女の眷属がいた。頭の無い人型で、ゴリラのような体格をしている。先ほどの目測は誤っておらず、直立したら3mほどになるだろう。


 一体目と会敵する。鎧を着た1人の騎士が剣と大盾を持って戦っているが、防戦一方であるようだ。時間稼ぎが目的であるとも見えるが、盾もベコベコであまり持ちそうに無い。


「助太刀する」


 背後から怪物に飛びかかり、急所を串刺しにしようとする。心臓があるであろう部位に剣を突き刺すつもりだったが、直前で気づかれて逸らされた。それでも胸の近くを貫通したのだが、不快音を出しながら軽快な動きで飛び跳ねて距離を取ってきた。

 かなり俊敏だ。しかも、自分が今つけた傷も徐々に再生している。しかし、一番近くの人間を襲うように命令されているのか逃げないことはこちらに都合がいい。


「助太刀感謝する!そいつは表皮が硬くて刃が通りづらく、しかも雨を受けると回復する!ここは時間稼ぎに徹して…」


 何を言っているんだ、上手くやれば刃は通る。今の自分の攻撃が死角だったから見えなかったのか?


「適当に捌きながら隙を作るから、横から攻撃して」


 それだけ言って正面から攻める。殴りかかった相手の攻撃を流す。筋力はあるが技量が高くないことは、騎士との戦いを見て把握していた。


 掴む為に突き出してきた手の指を切り飛ばし、腕の上に乗る。剣で腕を刺し、筋肉をいじった。怪物は体勢を崩すと同時に自身の腕が勝手に動くことに混乱しながら、私を吹き飛ばすためにも体を横転させる。私は巻き込まれない為にも、その勢いを利用しつつ空中に飛び上がった。


 そこで味方の騎士が横合いから盾で突撃してきた。

 大きく吹き飛ばされ、深いダメージを負ったようだ。ピクピクと動いているが立ち上がらない。しかし放置していては、すぐ万全になるだろう。


 着地すると同時に剣を振り抜き、体を縦一文字に真っ二つにする。仕留めた。

 目の前の危機が去ったことで、騎士は一瞬気を抜いたようだが、すぐに背を伸ばした。


「ありがとう、自分だけでは死んでいたかも知れない。…どうやってあの化け物を切ったんだ?」


「どうも。剣がいいんじゃない?」


 最小限のやり取りで済ませ、移動して2体目と相対する。早く始末しないとジークが戻ってきてしまう。


 そいつは既に本隊が来るまでの足止めを任された騎士を殺しているらしく、民家を破壊し、何人か市民も殺しているようであった。周りに肉片が散らばっている。


 私の存在に気づいた。

 今度は1人だ。正面からやっても力負けするし、表面を削るだけでは千日手だ。

 …どう攻めるか。やりようはある。


 攻め手を探して周囲に視線を巡らせていると、空に何かがいるのを視界の端に捉えた。こちらを見ている。

 嫌な予感がして後ろに飛び跳ねた。


「【轟け】!」


 空から地に閃光が走った。半秒ほどして轟音が耳をつんざく。

 この魔法は…!


 怪物がモロに落雷を食らって倒れ込むが、まだ息がある。

 目の前に、紫の髪をした青年が空から降りてきた。犠牲者の方を見て少し悲しそうな目をしたが、私の存在を認めると、髪をかきあげポーズを取り始める。

 そして怪物に向かって名乗りを上げ始めた。


「フッハハハ!我は紫電の閃光にして世界を踏破する冒険者ローグなり!」


 この男のことは知っている。ジークのことよりも知っていると言っても過言ではない。




「音に聞け!目にも見よ!我が名はレヴィ!数多の伝説を制覇した英傑である!お前も我の伝説の一ページになるがいい!」


 ちゅどーん!派手な爆発がその男(と私)の背後で起こった。髪を爆風で靡かせながらキメ顔をしている。


 ドヤ顔を決める男──レヴィの前で呆然としながら原作の作風を今一度思い出していた。


 ……そういえば、世界観はともかくキャラクターでコメディ色を出してたなぁ……。




「…あれ?反応悪いな…」

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