第4話 奴は"七天"の中でも最弱…

 旧王権派の襲撃のあった王都到着翌日の朝、ジークの家の庭で特訓をしていた。

 昨日のアレもあったし、身が入る。あんな露骨に狙われてるなんて、このまま何もしなければジークが死ぬか戦線離脱するのは確定事項と考えてもいいだろう。


 素振りを繰り返し剣を体になじませる。自在に操るとはいかないが、この重みにも慣れてきた。形が崩れて直されることも減ってきたのがその証左だ。


「そろそろ実戦を積んだ方がいいかもな。俺の弟子なら」


 セットが終わり休憩中にそう言われ、水を吹き出しそうになった。

 俺は基礎も固めずに戦場に放り出されたし、と続けて言う。

 自分と違って基礎を固めさせる判断はできるんだからもっと長い目で見てほしい。まだ剣を握って一ヶ月もたってない。ジークの言う"実戦"はまさか王都にいる実力者と出稽古なんて生易しいものではないだろう。森に叩き込まれてワーウルフ10体の首をもってこいとかだ。


 とは言うが、しかし今はいつなんだ?まさかもう原作開始時間に突入してて時間が無いんじゃないか。そうだとしたらそんな泣き言は言ってられない。

 いや、こんなことをぐるぐる考える必要はない。聞けばいいじゃないか。


「今って神暦しんれき何年なの?」


「神歴?586年だ。なんでそんなこと聞く?」


「あー…村から出てこの方、日付感覚が狂っちゃったから」


 嘘だ。あの村では暦なんて月だけが大事で年なんて偶に来る役人くらいしか気にしてなかった。


 "ファンログ"は神歴587年の初め頃に物語が始まり、そこから数ヶ月後に国を巻き込む事件が起こる。具体的に言うと、城が襲撃され王女が誘拐される。内容を見ればベタベタだ。王家のなんたらかんたらで王女の位置を探知した結果、そこが未踏破のダンジョンであったからダンジョン攻略のノウハウがある主人公たちはそれの解決に乗り出す…というもの。

 その件で暗躍していたのがよく分からない敵組織の"七天"で、作中一体目と会敵して大苦戦の末、後から来たジークが勝つ。主人公たちがまだまだ及ばないステージが存在していると言うことで、漫画の展開的にはワクワクするところではあった。


 一体目は消耗があったおかげもあるとはいえ普通にボコボコにしていたのだが、こういうのは『奴は"七天"の中でも最弱…』みたいな感じだろうし、終盤に出てくるやつらにもジークが余裕で勝てるとは楽観視できない。そうでもなければ欠損みたいな何かしらの弱体化を食らうことは必至だろう。


 こいつらに戦闘において対処する方法は、原作で能力が判明している3体と一応顔見せ兼ちょっとした戦闘描写があった多分まとめ役1体に対しては作ることはできなくもないだろうが、結局残りの3体には特にできることはない。

 やはり王道の選択として思い浮かぶのは早い段階で探りを掛けることで尻尾を掴み、ジークに伝えたり国の組織を動かしたりすることが主となるだろう。情報屋の彼に"七天"という名称についても聞いてみるか。


「うし、小休止は終わりだ。続き行くぞ、守りからだ」


 そして一応…私が戦力として追加されることによる変化もあるといえなくもない。強くなることに対して手を抜いてはいけない。私が生き残るためにも!





「いった…本気で叩きやがって…」


「んなわけないだろ。俺が本気で叩いたら肉片だ」



 ◆



 軽く水浴びをして汗を流した後、昨日言われたとおり装備を整えに行くことになった。色々持ち帰ることも考えて軽装になって、家を出た。ジークはいつも通り剣を帯びている。


 とりあえず私の剣を買うことになった。

 ジークが偶に利用しているという武器屋に赴くから、そこから好きなのを買っていいらしい。

 こういうのは鍛冶屋に一点モノを作ってもらうのがロマンだし王道でもあると思い、ジークに聞いてみたが『そんな域に達してねえだろ』とのことだった。既製品が悪いわけではないが…。


 武器屋を眺め、何本か剣を手に持ってもみていたが、確かに素人目にも今自分が使っているものより質がいい。

 振りやすいし、刃も曇りなく澄んでいる。


 探索していると、ひとつの隔離されたエリアがあることがあることに気づいた。店主に声を掛ける。


「あそこ…入っていいですか?」


「音断ちの連れなら入ってもいいぞ。そこは聖別された剣がおいてある」


「聖別…」


 "ファンログ"においては、彼らの持つ道具のいくつかにそれがなされていた。

 確か、物品に対して神やその力を持つ聖女の影響を与え、何かしらの異常性を持つようにすることだ。

 ちなみに魔女による場合や明確に人間に害しかもたらさないものは"呪い"と言われる。発酵と腐敗みたいな違いだ。


 つまらなそうに店を回っていたジークがひょっこりと話しかけてくる。


「聖別されたっつってもこの店には大したもんは無いぞ。一番いいので刃が潰れてても鋭く切れるようになるやつくらいだ」


「音断ち、商売の邪魔すんな。嬢ちゃんは何でも好きなもん買えばいい、こいつはこの店を買えるくらい金持ってるからな」


「教会から回ってきたものを信者に高値で売り付けてる悪徳商人が何言ってんだ」


 ジークと店主の話を無視してそのエリアに入っていく。


 といっても、そこにある剣は大して表にあるのと見た目には差が無いようだった。強いて言うなら柄頭に共通の紋章がついてるのと、全体的に装飾が豪華であることくらいだ。


 いつのまにか近くにいたジークが聞いてもいないのにつらつらと話す。


「今出回ってんのは聖別したことのメリットがしょぼいものばっかで、魔神に攻撃が通ることくらいしかないんだよな。その魔神も俺ですら一回しか戦ったことが無いし…。その癖値段はプレミアがついて跳ね上がるから俺は好きじゃない」


 つまり金を出すのが自分で、私に買わせたくないからネガキャンをしに来たらしい。


 ──"魔神"。千年ほど前に突如現れ、約600年前までこの世界を支配していた謎の存在。寿命は無く、生殖もしない。

 かつては合計503体存在していたが、現行最大宗教の主神によって力を与えられたとされる"花の聖女"を旗印にした人間との戦争に敗北し、その際にほとんどは死亡、残る十数体も地下深くに封印された。

 今の主要な暦である神歴は、人間が魔神に勝利し自由を勝ち取った年を元年としている。


 彼らには共通した一つの特徴があり、『この世界の法則による干渉では傷つけることができない』ということだ。つまり異界の力を持つ聖別や呪いが与えられた物品や聖女や魔女の力によってでしか対抗することができない。


 といっても魔神が現れることなどもう無いし、有名無実の利点といっていい…と、思われている。


 実際には今地下で七体の魔神の封印が解け、何らかの目的のために暗躍をしている。そいつらに対抗するために聖別された武器は必須である。


「確かに俺も今持ってるこの短剣は聖別されてる。だけどこれは二律背反じゃなくて、こいつは凄いんだぜ。ここにあるようなしょっぱいのとはちがってそもそも…」


 ジークが話しながら刃から柄まで全て銀でできた短剣を見せてくる。聞き流しているがいつまで喋り続けてんだ。

 私はその場にあるものをいくつか握ってみて、その中でも手になじんだ、赤い柄をしたシンプルな一振りに決めた。聖別さえされていれば魔神には効くのだから他の条件にはこだわらなくていいだろう。


「この剣にしていい?重さもちょうどいいし、気に入った」


「…お前俺が出すからってちょっとでも搾り取ろうとしてないか?まあ、どちらにせよはした金だからいいんだけどよ…。ちゃんと使えよ」


「…そんなケチだったっけ?」


「金を使うのが嫌なんじゃなくて、無駄にするのが嫌なんだ」


 ちなみにこの剣が聖別されたことによって持った異常性は、『いくら熱しても刃は溶けない』らしい。確かにしょっぱい。



 ◆



「私はラミゼル!ジークの弟子ってことは私の弟子みたいなものよ!頼りにして!」


 ジークに普段使っている薬を買っている店について聞いて連れられた店にて、私は手を掴まれ興奮気味に話しかけられていた。ちょっと圧がすごくてこちらから話す隙も無い。ジークをちらりと見るが、関わりたくなさそうにしていた。ふざけるな。


「ジークが私に人を紹介するなんて初めてよ。しかもそれが女の子!」

 

 おそらく前に話していた家族が彼女なんだろうが、あまりにも血縁が感じられなすぎる。顔立ちもまるで似ていないし、金髪に紫の目はジークとかすりもしていない。


「えっと…お二人はどういう関係なんですか?まさか…」


「いやいやいや、多分セツナちゃんが思ってるような関係じゃないわ!隠すようなことでも無いし、言っちゃっていいわね?」


「ああ、喧伝してるわけじゃないが、別に調べればわかることだ」


 さっきからジークはラミゼルを見ながらどこか所在なさげにしている。

 わかるよ。家族に知り合いを紹介してそこで盛り上がってると変なこと言わないか気になるんだろう。かわいいところもあるじゃないか。…絶対本人には言わないが。


「ジークは9歳くらいで故郷の村から追放されたの。それで森を放浪してたんだけど、近くを通りがかった私の父が長を務めていた傭兵団が木陰で寝ていたジークを見つけて拾って、身寄りのないジークも居場所を求めていたから所属することになったの」


「適当に捨てるくらいの勢いでどこぞに預けようとしてて、才能に気づいた瞬間囲い込んだくせに美化してよく言うよ」


「あはは、いいでしょ、それで今があるんだから。あなたもこっちの方がカッコつくじゃない。団員はみな団長の息子であり娘、家族になったってわけ。団の中で唯一の子どもで、遊び相手に飢えていた私はジークでよく遊んでたのよ」


 ジーク"と"ではなくジーク"で"か。


「ちなみにこいつの方が2個上だから姉。まあ俺の年齢は類推だからずれてる可能性もあるけど」


「…そういえばいくつなんだっけ?」


「この子は24ね、私は26」


 "ファンログ"はファンブックも出ていないし、作中では彼の年齢について触れられなかったから初めて知った。見た目からは納得できるが、考えていたより若い。10年以上前から伝説を残してるらしいし、こういうポジションは少なくとも主人公の一回り上だと思ってた。


 …ジークが村から追放された理由は何だろうか。追放なんて戸籍も身分も無くなるし実質死刑だ。村だって労働力が欲しいんだから相当なことをしないとそんなことにはならない。

 母親の顔を知らなかったり、正確な年齢を把握できなかったり碌な扱いを受けていなかったであろうことを鑑みるに、飢えて盗みでもしてしまったのか。


「まあ色々あってその傭兵団は私たち二人以外は全滅しちゃったから、もう無いんだけどね」


「無いことは無いだろ、ラミゼル団長?まだ、俺たちがいる。構成員は二人だけだが王国最強だ」


「…そうね」


 ラミゼルはどこか寂しそうな笑顔をした。しかしそれも一瞬で、すぐ明るい声を出す。


「それより、ちょっと王都で話題になってるわよ。あの音断ちがついに女作ったって。弟子っていうのもらしくないし、連れまわす口実だと思われてるみたい。見せびらかしてるって噂よ。実際のところどうなの?お姉ちゃん気になる」


「おいお前もそういうこと言うのかよ。お察しの通り何もないよ」


「ふふ、まあそういうのは冗談としても、ジークが後進育成に力を入れるなんて嬉しいわ。だってあなた、昔は戦いの中でしか笑わなかったでしょ?獣みたいにギラついてた」


「…あの頃はそれしか娯楽が無かったんだよ」


 ラミゼルの言葉を聞いてジークが苦々しい表情をする。


「でも、弟子を取るのがらしくないっていうのは私も思わなくもないけどね。そんなことに時間を使うなら自分を鍛えるとかそういうタイプじゃない」


「色々考えたんだよ。それに、この国のやつらはどいつもこいつも弱えんだ。俺が鍛えないとダメだろ?」


 ジークなりにこの国の未来を考えてるのか…?少し、見直した。と言っても、私が彼の後を引き継ぐのは中々きついと思う。


「やっぱり今、この王国にいる武力が弱いことに困ってるってことは、結構ジークに国防を依存してる感じなの?だからその負担を軽減するために私を育ててるってこと?」


「ん?んー…ま、それもなくはないな。なんにせよ、セツナ、お前には期待してるんだ。強くなってくれよ、俺に勝てるかもしれないくらいにな」


「アハハ…お手柔らかに…」


 その後、ラミゼルさんの売る不思議な薬や道具を見た。

 傷薬や飲むと強い刺激のある気付け薬などの実用的なものも数多くあったが、一瞬で草木が成長する薬や飲むと髪の色が虹色(ゲーミング)に輝きだす薬などを特別に実演してもらいながら紹介してもらった。

 そこから湧き出るファンタジー感に楽しくなってくる。話し込んでいたこともあり、気づけば時間は過ぎ去っていた。



 ◆



 私たちは帰路についていた。今日は例の酒場にもいかず、軽く食材を買い、家で食べることになった。ちなみに、食材以外にも色々ついでに買ったこともあり荷物持ちは私である。


「帰ったら文字の基礎について教えてもらうけど、いつやる?」


「ん?あぁー…そうだな…」


「…大丈夫?ちゃんと自分で教えるって提案したんだからめんどくさくても逃げないでよ?」


「いや、分かってる…」


 …様子がおかしい。何か別のことに注意を割いているようで、何度か話しかけても、なぜか反応が悪い。ラミゼルから言われたようなことを気にしているのか?そういうのは気まずくなるからやめてほしい。この体との付き合いも長く、自分で触れるなどする分には慣れたが、他者からの扱いにはいまだに違和感を覚える。ジークは私を女扱いしないことには非常に居心地よく感じているし、勘違いであってほしいが…。


「セツナ、動くな」


「ぐえっ」


 ジークが唐突に私の襟首を掴み、立ち止まった。勢いで荷物を取り落とし、袋から出た芋や野菜が地面を転がる。


 急な蛮行に文句を言いたくなるが、ふと周囲に気を配ると確かに違和感がある。人通りが急になくなった。この辺りは主通りではないとはいえまだ商業区で、今の時間は人がちらほらいるはずである。

 ジークも、休みなく周囲に視線を巡らせている。


「閉鎖結界に入れられたな。正規の手順で行うには面倒な手順が必要だし、この程度の規模の魔法なら普通魔除けで弾ける。…これは、短時間であることと、内部構造を現実のそれを流用していじれないことを制約にしてるな」


 ジークの分析する声を聞く。言葉に出しているのは、私が混乱しないように伝えているのだろう。魔法は使えないと言っていたのにやけに詳しい。


「こういうことがあるから、自分が使えないからと言って魔法の知識を身につけないのはやめた方がいい。まあ、今は敵の動きを知るより自分の動きを作るべき段階だけどな」


 顔に出ていたのか思考を読まれた。そんなに雄弁に語っていたか?

 

「…来る。受け身取れ!」


 その言葉と共にジークによってかなりの勢いで後方に投げ飛ばされた。その瞬間、元立っていた場所に爆発かと思う衝撃が発生する。ほぼ反射で受け身を取るが、爆風にも煽られゴロゴロと転がされて体中を打撲した。頭がガンガンと痛む。


 しかし、通常ならそんな次元では済まず、死んでいたであろうことは明白であった。自分が止まったのも建物に激突したことによるものだが、その建物は無惨にも衝突の際破壊されている。

 首裏に違和感を感じる。ジークに何か細工をされたのだろう。


 一瞬このまま死んだふりをした方が邪魔にならないかとも思うが、状況を把握するためにも立ち上がって、周囲を見渡す。ふと気づいたが、腰の剣が無くなっている。そんな感覚は無かったが、転がっているうちにどこかに飛んでしまったのだろうか。ある程度鍛えたとはいえ、あれが無ければ私は抵抗することもできない。早くジークに合流しないと…。


 その瞬間、濃密な死の気配を感じ、生物の本能としてそちらに全神経が注目する。ほんの僅かでも生の可能性を上げることを体が試みて、呼吸が早くなり心拍数が痛いほど上がった。


 数十メートル先に、ジークと甲冑に身を固めた大男が相対している。いや、大男なんてものじゃない。背の高いジークが子供に見えるようなサイズだった。4m近くあるように見える。


「我らは魔神の軍勢、"七天"。その一柱、ドルガス。その首、正しき世界のため貰い受ける」


 名乗りを上げたその男は6mはあろうかという巨槍を両手で持ち、並の人間が使おうとしたら両手でも持てないであろう大剣をその両手の上にある片手にそれぞれ2本持った、4本腕の巨人だった。


 その見た目は、戦闘シーンはまだ無いが敵会議シーンで見たことがある姿だった。武人系タイプ…絶対敵の中でも上位だ。"七天"は物語開始まで表舞台に姿を現していなかったはずだがなぜ今…?私が存在していることで何が変わった?


「律儀にどうも。だが、間違ってるぜ。"六天"だ。今から一席欠けるからな」


 ジークが今まで見た中で1番の満面の笑みを浮かべ、例の聖別された短剣を抜き放ちながらそう言う。私が正確にその2人を捉えることができたのは、その瞬間までだった。



 ◆



 槍を振るうたび爆音が連続して轟いた。突きをした直線状の空間に炸裂をもたらすその槍は、直撃でなくとも人間が当たれば即死する。それをドルガスは、羽のように軽々と振り回している。


 ドルガスは落胆していた。

 確かに速い、速度だけなら自分以上だろう。その間合いに入ったものは数瞬で全て土塊に変えてきた自身の神速の槍技を見てから躱していることは驚嘆に値する。


 だが、動きが単調だ。

 …読める。所詮は人間の内で強い肉体の力押しで英雄を気取っているだけか。こんな弱者に自分が出張る必要はあったのか?


「ヒャアハァッ!」


 槍を搔い潜り、腕が伸びたところに潜り込んできた。叫声を上げて腹に短剣を突き立てようとしてくる。自身が着ている甲冑は本来なら刃など通さないが、浸透するように刃先が食い込む。この剣技に二十数年の生で到達していることは、異常と言ってもいい。


 しかし、体に到達する前に剣を振り下ろし、回避行動を強制させる。もしそのまま振りぬいていたとしても、腹に刺さる程度では自身は死なない。結局のところあちらのやっていることは徒労である。

 大きく飛びのき、ドルガスからジークは距離を取っていた。瞬発力で勝るため、一回仕切りなおそうとしたのだろう。


 悪手だ。純粋に体格やリーチでこちらが勝っていることもあるが、それが届かない距離でもこちらが有利である。


「【爆ぜろ】」


 ジークが元居た場所の空気が爆発する。直撃は避けたようだが衝撃を殺し切れてはいないようで、体勢を大きく崩した。そこを詰める。


 魔神に攻撃をするにも、ジークは聖別された武器によってしか肉体を傷付けられない。今、短剣しかそれが無いことは、これまでの戦い方から確実だった。他の装備は腰の長剣しかないうえ、それに異常性が無いことは、魔神であるドルガスには容易に分かった。短剣を失ってはいけないということは、明確な弱点だ。


 短剣を持つ右手を剣で狙うと、咄嗟に半身になり庇ってきた。左肩にかすった。致命には至らないが、僅かに動きが鈍くなる。また、こちらが有利になった。

 もう覆ることは無いだろう。


 槍を紙一重で躱し、こちらに突き出してきた短剣に、読みを合わせ素早く引き戻した槍をかち合わせる。腕力勝ちしたのはドルガスだった。短剣が弾き飛ぶ。


 その瞬間ジークはドルガスの股をくぐり、背後に回った。視界から消える。意外な行動ではあるが、動きは追える上、結局のところ攻撃手段はない。

 ここで見失い、翻弄された状態で、奴にこの短剣を回収されることが最も厄介で、あちらの勝ち筋となりうる。


 後ろに振り返る前に、短剣を即座に槍で確実に破壊した。

 装備が十全ならば危うかったかもしれないが、もうこれで有効打は無い。現代の人間の英傑は、ここからどうする?逃亡か?意味のない特攻か?







 激痛が走った。ドルガスの背から胸にかけて聖別された剣が突き刺さり、どこにあるのか分からないはずの魔中を正確に貫かれている。


 ジークの手にはそれまで、どこにもなかった赤い柄の長剣が閃いていた。


 




 ◆

 


「ごおあッ!」


 ドルガスと名乗っていた魔神が、ジークの剣に胸を貫かれていた。一瞬動きが止まった隙に、更に五度ほど刺す。それでもまだ絶命しておらず抵抗を続けようと試みた。しかし、急所を貫かれているからか明らかに精彩を欠いている。


「じゃあな、楽しかったぜ」


 そう耳元で言い、ジークが体を捻りながら、首を跳ね飛ばした。するとその巨体が大きくぶるりと痙攣し、地に倒れ伏した。


 立ち上がる様子はない。勝敗は決したようだ。






 驚いた。私の剣が、まさか空にあったなんて。


 ジークは、最初に攻撃を受け、私を突き飛ばしたときに、私の剣をはるか上空に放り投げていたようだ。

 そして、短剣を意図的に手放し、相手がそこに注意を奪われた瞬間、そのタイミングで降ってきた剣を掴み取り奴に突き立てた。

 途中押され気味に見えたことや、短剣に拘るような行動をして肩口に攻撃を受けたことは、演技だったのだろう。


 剣の落下速度や位置はドンピシャであり、視線誘導や体勢も含め完璧に相手の動きをコントロールしていた。


 そこまで考えたところで、世界に一気に音が増えた。ドルガスが死んだからか結界が壊れて元の世界に戻ってきたらしい。

 ドルガスの死体が急に出現したことで、通りで騒ぎが起こる。が、ジークが体を大きく使い、大声であたりに呼びかけると、ざわめきは残っているものの、すぐに鎮静化した。さすがはネームバリューのある英雄だ。ちょっと慣れたような人々の反応を見るに、前も似たようなことがあったのかもしれない。

 

 ……普通にタイマンなら勝てるのか。

 これを見ると、自分のしていることが杞憂であるとも思えてくる。そもそも私ごときに干渉できる領域なのか?


 剣を返しがてら近づいてきたジークのそばで待機していると、喧噪の中で、遠くから見たことある制服に身を包んだ、それなりの数の役人が走ってくる。野次馬が増えていてこちらに来るのに若干難儀しているようだった。


 その後は、魔神の死体処理なんて言うイレギュラーに対してなんやかんやてんやわんやあり、巨大な死体を袋に詰められていく様を見ながら、色々事後処理があるからととりあえず通りの端っこで並んで待機させられることになった。私たちが元凶の可能性も考慮してとりあえずは手を出さないで、と言われたので何もしていない。


 その間暇だったこともあり、ジークによる戦闘の解説が始まった。

 

「授業だ、セツナ。なぜ俺は体格、腕力、武器の性能でこちらを上回り一節での詠唱による魔法の行使も行う、客観的に見て総合力で勝るあいつに勝てたか分かるか?」


「……動きを予測していたから…?」


「半分正解。完全正解は相手の思考を誘導していたから」


 その袋を、力自慢だろう大柄な男たちが4人がかりで運んでいくのを見る。研究とかに回されるのだろうか。


「相手の持つ武器や戦闘技術、もっと言えば人格や過去、嗜好などを把握すればおのずと特定の状況に置かれた場合にとる行動は予測できるし、つまりその時に考えていることも予測できる。この特定の状況っていうのは、戦っている相手である自分の位置や体勢、持ち物はもちろん周囲のロケーション、例えば建物や気温や標高なんかもひっくるめ更にその未来の状況も含めてだな。つまりそれを操作できれば、相手の思考も操作できる」


 確かに周囲の情報を捉え続ければ、目の前の人間が初対面であろうと何をするのかは読めないことも無い。しかし…。


「といってもなんとなくでしょ?完全に人の思考を操るなんて神業とかいう次元じゃない。自分で環境を動かすなんてそうはできないし」


「そうだな、なんとなくだ。でも、ほとんどのやつはその"なんとなく"も分からないらしいぜ。お前はその感覚をつかむことができる。それに人を殺すのには"なんとなく"で十分すぎる」


 通りではまだ喧騒は残っているが、戦闘の後は血痕を残して消え去っていた。結界で破壊された建物もこちらでは何ともない。どういう仕組みなのだろうか。


「お前は俺が相手の動きを完全に操っていると思っていたんだろうがそうじゃない。お前の剣を空に投げていたのもそうだが、あれを使って勝つと最初から決め打ってたわけじゃなく、大量の布石を仕込みつつ戦うんだ。そして戦いながら、無数に分岐していく状況からアドリブで何かしらに収束するように調整するだけでいい。最終的に勝利できるなら、過程にこだわる必要はない。あの投げた剣の方をフェイントに使うルートや、お前自身を利用するルートもあった」


 確かにそれができれば…というかできてるから言ってるのだろうが…。


「周囲の状況を把握して、それらをどのように操るのか考えながら戦うのって人間の処理能力的に無理じゃない?いや、あなたは俺はできたからとか言いたいんだろうけども…」


「そうか?そりゃ有象無象はともかくお前は俺に近い感覚もある。集中すれば時間はいくらでもあるし余裕だろ」


「…?ど、どういうこと?」


「ん?戦っているときにノッてくると時間が引き伸ばされたような感覚になるだろ?あぁ、お前は実戦経験がほぼないからわからないのか」


「いや、たぶんそれあなただけだよ」


「はぁ!?」


 特異体質すぎる。これまでみんなと話が合わないとか感じなかったんだろうか。

 えぇーとかうめき声をあげながら何かを考えているジークを横目で見て、話が一段落したこともあり少し気になっていたことへ話題を変える。


「話は変わるけど…いつになく楽しそうだったね。めちゃくちゃテンション上げてたのは素でしょ」


「そうだな…。何というか俺は、勝負に勝つこと…特に、命のやり取りで勝つことが好きなんだ。愛してると言ってもいい。ラミゼルに昔は~なんて言われたが、色んなことを経験した今もこれ以上楽しいことなんてないね」


 獣はどこまでいっても獣で、結局人間になんてなれなかった、と言う。しかし…。


「それで言うなら、私はあなたが何回か勝ってるところを見たけど、今日みたいな感じじゃなくて普通の顔をしてた」


 ジークはその言葉を聞いて、ナンセンスだとでも言いたげな白けた顔をする。


「自分が負ける可能性が無いものは勝負とは言わん、ただの作業だ。もっと言うなら負けて死ぬ可能性が高いほど、勝った時は気持ちいい。最強なんて呼ばれるようになって、そんな機会は減ってるけどな。もう長いこと経験してなかった。今日は、久しぶりに少し楽しかったよ」


 難儀なヘキを持っているな…。自分が負けるかもしれない状況をひっくり返すことに興奮するのは分からなくもないが、命がかかった殺し合いでそれを感じることが好きなんて。ギャンブル依存みたいな言い分だし危うさも感じる。


「そのために王家の犬なんてやってる節はあるぜ。強い奴と戦う可能性がちょっとでも高くなるし、化け物と戦う大義名分もできるからな」


「ふぅん…」


 ジークはそれ以上話すことなく黙る。言いたいことは言い終えたようだ。


 そういえば、戦闘は爆風とあまりにも速い攻防のせいで断片的にしか把握できていなかったが、あのシーンは見えていた。


「短剣、残念だったね。あんなに武器屋で自慢してきてたのに…砕けちゃって」


「あ?これのことか?」


 ジークがそう言って見せてきたその手には、例の短剣が握られていた。…は?


「えっ、あれっ!?私の目には…」


 私が混乱に包まれている中、ちょうどそこで使いがやってきて、軽い情報共有と明日以降の日程の確認のために偉い人のところへ行く必要があるらしく、ジークはちょっと移動する必要があるということを伝えてきた。

 短剣については説明する気が無いらしいジークが私に向き直り何かを投げ渡してきたため、慌ててキャッチする。鍵だ。


「セツナ、先帰ってていい。食材は俺が買って帰ることにする」


「あっ、ありがとう…。でも、今私が単独行動してもいいの?こんなことがあった後なのに」


「俺のお前に対する重要度があちらとしても把握できない以上そう不用意に接触されることは無いと思うぜ。というか、四六時中引っ付いて動くわけにもいかないだろ」


 言葉面はそう言っているが、分かってきた。多分そもそも私が襲われてもそこまで気にしてないってだけだろう。実戦のいい機会だとすら考えているのかもしれない。

 今の状況で単独行動をすることの危機感は無くもないが、先ほどのいつこちらに注意が向いて死ぬか分からない重圧に包まれていた時の精神的な疲労もあるし、早く荷物を置いて休みたい。ジークを置いて小走りで家に向かっていく。ジークがこちらにひらひらと手を振っていた。




 一人になったところで、さっきのジークの戦いを楽しんでいるという話と、何かがひっかかるような気がした。しかし、それが何なのか特定することができない。"ファンログ"のことかと思い記憶にある限りのジーク登場シーンを回想するがピンとこない。


 ミステリの謎が解けないまま本を閉じて日常に戻ったようなモヤモヤした感覚を抱えたまま、私物を自室に置き整えているとジークが帰ってきて、結局他のやることに流され霧散していった。

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