第2話 おおセツナよ!しんでしまうとはなにごとだ!

 ……ジークが偶然通りがかって救った村の唯一の生存者が、同じ稀有な才能を持ってて弟子になる、なんてあり得るのだろうか。才能のおかげで生き残った節はあるとはいえ、確率としては奇跡と言っても過言ではない。


 そこで、一つの可能性が浮かぶ。もしかしたら、私は"ファンログ"のキャラなのでは?


 いや、ジークに弟子はいなかったはずだ。基本は単独行動をしていると解説があったし、私がいることと矛盾する。それにもっと直接的に「弟子は取らない」みたいなセリフもあった。私を弟子にするという提案をされた時は驚いたが、つまり私は原作にはいない。少なくとも同じポジションではないことは確かだ。


 否、とある展開なら成立する。


 ジークの様子や会話、街の様子からとある事件が起こっていないことは確実で、今は本編開始前である…。そこから導き出されることは、ジークの初登場までに私が死んでいる、というケースだ。




 ◆




「ハァッ、死ぬっ死ぬっ、死ぬっ!」


「うるせぇ~よ。安心しろ、人間は結構頑丈なんだよ」


 てめぇは規格外だろボケ!大声で文句を言いたくなったが、そんな余裕は無い。震える拳で腹パンしてやるが、コンクリートを殴ったような感触がする。こっちの手の方が痛い。


「な?」


 クソッ…。絶対いつかダメージを与えられるようになってやる。


 今、私たちは王都に向けての行路を辿っていた。ジーク曰くヨトリから王都へは10日くらいかかるとのことだが、走ってこそいないものの彼のめちゃくちゃ速い歩きに合わせなければいけないことが中々に辛い。私は常に早足を強要されるし、ほぼ走らないといけない。


 そしてその中で、移動以外の時間は私は体力作りのために毎日文字通り死ぬほどしごかれていた。今日は4日目だ。


 とりあえず剣を体に馴染ませるための素振りと、基礎体力を着けるためのランニング、あとは怪我を後々しないようにするための受け身の訓練。この三つをひたすら、本当にひたすらやらされていた。なお、素振りに使用するのは実戦と同じ感覚でできるようにと木剣などではなく鉄の長剣。死ぬわ!


 『本格的な戦闘術を教えるのは剣が体の一部として認識できるくらい馴染んでから』という彼の弁には納得もできなくはないが、それはそれとして地味なことを延々とやらされるのはしんどい。


 ちなみに流石はファンタジー世界で、前世のそれと比べて感じていることは、肉体の成長が早いということと、筋肉痛の治りも良い。


 農村での生活ではほぼ実感することができなかったが、そもそもの人間の基礎フィジカルが高いみたいである。


 息を切らせていると、頭から水をかけられる。冷たくて気持ちいい。


「俺の初弟子だからな、ちゃんと潰れないよう優しくしてやるよ」


 …ワンチャン加減をミスられるんじゃないだろうか。




 ◆




「ねぇ、魔法については教えてくれないの?」


 野営中に食材を切って適当に煮込んでいるジークに尋ねる。


 ヨトリや昨日通過した宿場などで色々買い込んでいるため、休む時はそこそこな質の旅路を歩むことができているのは助かる。ちなみに荷袋を運ばせられると思ったが、そんなことはなく常にジークが持っている。私に運ばせて中が傷ついたら困るからだそうだ。


 ファンログ作中においては、主人公もヒロインも多彩な魔法を使いこなしていたし、この作品の戦闘の花形は何かと聞かれたら剣技ではなく魔法だろう。しかしジークにはそれらを使う素振りはない。火とかも火打石で付けていた。


 しかし、かつて友人と話していた時に奴は、『あの世界の人間は誰もが魔法を使える可能性を秘めてる!だってインビンシブル・エナジーで魔中を活性化させることで負担はともかく適体化できるわけだろ?ギリアムとかの魔法が使えないキャラが覚醒するかもしれないし、妄想が捗るよなぁ〜!』と言っていた気がする。


 その専門用語は登場したのも重要シーンじゃなかったから何となく読み飛ばしていたからどんなものなのかよく覚えてないし、この会話があった時は好きなRPGシリーズの新作発売1週間目だったため、この後も色々言っていたが大体聞き流して相槌を打っていた(彼もどうせ一方的に話したいだけだからwinwin)。


 まあ、後半の内容が曖昧とはいえ、奴は神の視点から考察してるんだから間違ってるとも思えない。


「セツナ、お前魔法についてどれだけ知ってる?」


 半目で私に問いかけてくる。原作でも魔法はそのプロセスについては語られても市中でどんな扱いを受けてるのかはまるで説明されない。怪しまれても嫌だし、ここはまあ田舎の一般村娘として聞くか。


「えっと…なんかほんの一部の選ばれた人が使う理想を現実にする力…みたいな」


「まあ、あながち間違ってない。というか合ってる」


 ジークは別に何を思うでもない様子で、料理を続けながら話す。


「魔法を使うには希少な才能が必要なんだ。大気中の魔素を体内で練り上げ魔力にする器官──魔中はあらゆる人間に存在しているが、普通の変換効率ではいわゆる魔法を使うことはできない。無理やり使おうとしても発動しなかったり極端に出力が弱くなる。だけど稀に非常にそれがいい人間がいるんだ」


「そんな酒の強弱みたいな感じなんだ…」


「…その体内の魔力を用いて自分の願望を世界に命令して投影するっていうのが魔法、つっても強固なイメージや大量の魔力消費が必要だから全能なんてことはないけど」


 ちなみに魔法を使う野生動物とかは、この器官が発達してるという補足が入る。村から出たことない田舎者の私はそんな不思議生物見たこと無い。


「もっと言うと魔法を使えるのは基本貴族で、平民から生まれるのはほぼ無い。お前も旅人とか以外じゃ自分の村では見たことなかっただろ?俺もほぼ使えん。失望したか?最強の英雄様が魔法が使えないなんて」


「いや別に。…なんで貴族に多いの?」


「魔法を使う才能は遺伝することがある。といってもおおむね3割に満たないくらいらしいが、まあ何も無いところから生まれる確率に比べれば遥かに高い。んで、貴族は昔から魔法使いが多いし、在野で生まれた魔法使いも大抵すぐ抱え込まれるか、新たな貴族になる。加えるなら在野で判明した場合も2、3世代前に魔法使いがいたりとか、貴族の傍流とか、そんなんばっかだな」


 大体この世界の魔法に対する認識は分かった。しかし…


「さっきから私が魔法使いの才能が無いことを前提に話してるけど、魔法使いかどうやって判別するの?私は魔法使いなんてほとんど見たことがないけど、普通の人間とパッと見はそう変わらなかった。」


「魔法使いの才能がある場合は、体内から溢れ出る魔力の量が明らかに俺みたいな才能無しより多い。それは魔法を使える人間からすれば一瞬でわかるものらしい。他には魔法を使う素質がある場合は、鍛錬を受けて体内の魔力をコントロールしないと、感情の動きで粗雑な魔法を暴発するもんだ。これまでの人生でそれっぽいことが無かったんだろ?」


「いやぁ、でも…例えばその魔素の変換効率がギリギリのところとか…なんか無意識で制御できてる天才とか…」


 魔法を使うことに対する憧れが止められず、ちょっとしつこくなってしまう。だってファンタジー世界にせっかく生まれたのに武器が技術とフィジカルだけってそりゃ無いって…。


「完全な元平民出身の魔法使いとか、最近話題の麒麟児レヴィくらいしか知らねぇよ…。まあ…うん、弟子の願いを叶えるのも師匠の勤めか。まぁまず無いけど、もしかしたらお前が魔法を使えるかもしれないし、ちょっと試してみるぞ。舌出せ」


「えっ、んあがっ」


「噛むなよ」


 驚きの声を出すため開けた口に手を入れられ、舌を掴まれる。混乱でビクッと体が跳ねる。


 そして懐から取り出した何かから液体を舌に何滴か落とされた。甘苦い。


「どうだ?」


「…急に卑猥なことされるかと思った」


「殺すぞボケナス。…何か感じるか?体の奥から湧き上がってくる感触とか、痛みとか」


 口の中をもごもごしてみるが特に何も感じない。


「別に…ていうかこれ何?」


「魔力増幅薬の弱いやつ、俺は仕事で魔法使いと一緒することもあるから持ち歩いてる。うん、決まりだな、お前は確実に才能なしだ」


「ちょっと嬉しそうにしてない?私結構がっくり来てるのに…」


「まあ、俺からしたら良かったよ。魔法使いであるとそれだけで重用されるからな。もしそうなら俺の弟子を辞められるかもしれないだろ」


「…そんなに私に期待してるの?」


「流石に才能を見込んで取った初弟子にやっぱ魔法使いになるんでやめますさようならと言われたらそりゃショックよ。ついてこれないとかならまだしもな」


 それもそうか。この前に私以前に誰も弟子を取らなかった理由は、どいつもこいつも見込みが無いからと言っていたしな…。


「そろそろいいか、飯食うぞ。体作りの基礎だ」


 魔法トークはジークにとっては雑談の一環であったらしい。彼はいつもの調子を崩すでもなく器に食事をよそる。


 芋が多い野菜のポトフは美味しかった。ジークは料理がやけにうまいのだ。




 ◆




 次の日、日が沈む前に宿場町にたどり着き、今日はそこで一泊することになった。適当な酒場に連れられ二人で夕食を食べていると、やたら身なりのいい人間に話しかけられる。ここの町長らしい。


「英雄"音断ち"ジーク様、よろしければ私どもの頼みを聞いてはくれませぬでしょうか」


「聞くだけなら聞いてもいいが、こんな場所でいいのか?」


「ええ…あなた様にわざわざご足労願うわけにはいきませんから」


 ジークはこの国ではかなりの名声があるし、一代限りとはいえ貴族位も与えられている。そういえば結構偉いんだよな、とその会話を脇で聞きながら思う。…流石に物を食べるのはやめた方がいいよな。


「それで、依頼の内容なのですが、近くで畑や商隊を襲うワーウルフが群れて縄張りを作っているので、それを討伐していただきたいです。数体なら町の駐屯兵を出動させたり冒険者を雇ったりすれば対処できる相手ですが、大型の統率者個体が率いていてかなりの規模になっていますし、触れを出しても危険性からまるで人が集まらない状況です。他の都市に出した要請の返事もどこも芳しくありません。被害がこのまま大きくなればそのうち上が動くとは思いますが…」


「なるほどな。数は把握できてるのか?」


「先遣隊によると20体ほどと。内4体は3mを超えていたとのことです」


 ジークは私の方をちらりと見た。私を連れていることがひっかかっているのだろうか。最悪私は1日ここに滞在して、ジークがささっとやればいいと思うけど。


「それぐらいなら1日でパッパと終わるし、受けてもいいぜ。国民の安寧を守ることは国家英雄の責務だしな。報酬は、銀貨500枚でいい。交渉してもまけることはねぇぞ」


「……相場よりかなり高額ですが…」


 金にがめついのか、意外だ。路銀に困っている様子はないし、宝石もいくらか持ち歩いていることも知っている。


「金なんて困ってないが、正当な対価も無しに働くのは嫌いなんだよ。俺の暴力の値段を舐めるな。別に払える額だろ、後払いでいい」


「…はい、分かりました。明日までには用意しておきます」




 ◆




 このやり取りがあった後、食事を片付けて町にある開けた空き地に移動していた。


「ちょっと早いが、お前に初歩の戦闘術を教える」


「えっ、私も戦うの!?私虫くらいしか殺したことないんだけど!?」


「ああ、まあ今回の骨子は俺の戦闘を近くで見せることだが、いい機会だしもちろんちょっとは戦ってもらう。大丈夫、奴らの爪がお前に当たるより俺が相手を殺して助け出す方が早い。少し下駄もはかせるしな」


 それならなんとかなる…のか?


「ワーウルフはざっくり言うと2足歩行をする体長の大きい狼だ。魔素を多く取り込んで肥大化した個体の狼が祖とか言われてたりさらにそこから魔法を使うよう進化した種がいたりするが、まあそんなことは知らなくていい」


 剣を構えるよう促され、両手で持ち構える。


「素振りや受け身ですでに基本の動きは作っているが、相手がいるともちろん実際の行動はそれに合わせる必要が出てくる」


 ジークが鞘に入ったままの剣を片手でゆっくりと振りかぶる。


「まず大切なことは相手をよく観察すること。どんな足捌きをしていてどんな攻撃手段を持っていて致命の急所はどこで癖はなんなのか。受けてみろ」


 ジークが歩いて近づきながら上からゆっくり正中に振り下ろしてくる。とりあえず素振りの型に合ったように上段に構えて受けた。


「よし、じゃあテンポよく行くぞ」


 剣を振り、今度は中段、と思って受けた瞬間、即座に再び上段が来る。守りきれずにパコーンといい音が自分の頭から鳴った。痛さで蹲ってしまう。


「いった…!ちょっと、ちゃんと説明してよ!不意打ちみたいなもんでしょ今のは…!」


「悪い悪い、こんくらいなら見切れると思ったんだけどな」


 なにをう!?憤慨して立ち上がるとジークは笑った。そのニヤケ面歪ませてやる…!


 再びジークの攻撃を受ける訓練を行う。何とか必死でギリギリで対応する。というか多分ギリギリになるように調整してやがる。


「俺の流儀としては攻撃がメインだ。相手を殺せばそれ以上攻撃を受けることもないから、的確に、速やかに殺すことが肝要だと考えている。と言っても瞬時に急所を的確に見極めるのは、もっと目を鍛えた上で戦闘経験を積む必要があって今のお前じゃ無理だ」


 少しだけ速度が上がる。眼球が痛い。汗で剣が滑りそうだ。


「だからまず防御から固めて相手を観察する時間を手に入れる。その内相手の甘い場所を見極めるんだ」


 そう言われて必死で守っていると、ジークが隙を作っているタイミングがあることに気づいた。明らかに一瞬空白がある。


 だが、そこを突いたところであちらの剣が近くにあっては守られてしまう。右手で振っている。左半身、脇腹。刺突ッ!


「そう、見事。やっぱお前才能あるよ」


 …どうせ死なないだろと全力で放った突きは、ジークの体に到達する前に刃を握られた。やはりタイミングも場所も意図的に作った隙らしい。


「そういうことだ。やり方はわかったな?明日もこの調子でやれ。今日は体力温存のためもう寝るぞ」


 ジークが剣を下げ、私も剣を納刀する。


 ……今、刃を素手で握られたのに皮膚すら切れていなかった。技術なのか?そうでないとしたら、ジークの体は何でできているんだ。


 宿に戻ったところでジークにコルク止めされた薬瓶を渡された。


「あぁ、あとこれを渡しといてやる。集中力を上げて、痛みとかにも鈍くなる薬だ。勝てるか怪しかったら飲め」


「…麻薬とかじゃないよね?」


「依存性はめちゃくちゃ弱いし快楽作用は無いぜ。副作用として、相性が悪いと効果が終わった後すげぇ気持ち悪くなることはある」


 そう話したところで、ジークは自室に入っていった。


 明日は初めての実践ということもあり、床についてからも中々寝付けない。




 ◆




 翌日、明朝にその群れがいるという森へ案内されると、何の迷いも無くジークは足を踏み入れていく。それに急いで付いていくが、悪路だが平地と変わらない速度でかなり速い。一応疑問に思ったことを聞く。


「こういうのって索敵とかに気を配るものじゃないの…?」


「そんなんするまでもねぇよ。もう位置は捕捉したしな、23体だ」


「は?」


「お前がいなけりゃもう全部殺して町に戻ってお手軽金稼ぎだったんだが」


 そこまで言ったところで進行方向の側面の木から何か巨大な物体が飛び出して来た。一瞬クマかと思ったが、頭部を見て分かった。件のワーウルフだ。


 そして、首が跳ねていた。ジークが抜刀している。いつ抜いたのか、斬ったのか。目を離していないのに捉えられなかった。


「よし、よく見とけよ」


 ジークは歩を緩めることなく進み、現れたワーウルフを淡々と殺していく。何とかその剣筋自体を追うことはできるが、どうやって相手に当てているのかは皆目見当もつかない。


 明確に相手の動きが読めているようだった。途中から、ワーウルフが自殺願望持ちで、自分から刃にあたりにいってるんじゃないかと思うくらいだった。


 5体倒したところで、十数体の個体が同時に現れた。私の方にも警戒を回しているようで、否が応でも緊張感が高まる。どうやって対処するのだろうか。


 一斉に仕掛けてきたところで、目の前の敵に集中しすぎていたのか、足を滑らせてしまった。そこは葉で見えずらくなっていたが緩やかな崖でありゴロゴロと転がり落ちてしまう。


「はぁ~~~?間抜けかよ!」


 上から声がする。恥ずかしい。かなり落ちてちょっと開けた場所まで来てしまった。


 幸運にも木の葉の上に落ちたことと受け身を取ったことで、背中を軽く打った程度ですんだ。


 しばらくしたらジークが拾い上げるだろうが、これではジークの戦闘を見るという課題がこなせない。何とか登れないか考えていたら、上から黒い塊が落ちてきた。さっと躱すがそばに落ちてくる。




 起き上がった少し小柄な一匹のワーウルフと目が合った。


 小柄とは言ってもツキノワグマかと思えるような見た目で、日本に現れたら人間が銃無しで戦う相手じゃないだろう。


 ジークとは分断されている。あちらでは止むことなく戦闘音がして、こちらを見ている様子はない。


 咄嗟にジークからもらった薬を飲みこむ。その瞬間外敵の存在を認めたワーウルフが私に対して吠えた。


 え…あれ、私、ここで死ぬ?




 ◆




 ジーク曰く剣で受け止めるのは下手、できるなら剣の側面を上手く使って相手の攻撃を叩くか弾いて逸らすべき、と教わったため、それを試みるが、上手くできる気が欠片もしない。


 剣の刃で何とか相手の爪を受けるのが精々だ。


 ジークがこちらに来ないか様子を伺うが、敵の群れの中で暴れているらしく来る気配は無い。早く目の前のこいつだけでも倒さないと普通に死ぬ。


 爪が右脇腹を掠った。血が噴き出る。痛い!


 ふとワーウルフの攻撃を足と剣で凌いでいるととあることに気がついた。攻撃が昨日ジークから食らった剣の位置と似ているし、攻撃の角度などもそっくりだ。


 高さや狙いが同じような位置で、牙や爪が襲ってくる。一度それを認識してから受け流すと、面白いくらいにやりやすい。あれよりは遅い、見切れる。


 偶然では無いだろう。


 そうして観察を続けていると、隙があるタイミングが掴めてきた。


 筋肉の動き、種としての習性、落下による身体的なダメージ。


 動きが鈍くなった瞬間を見極め、懐に潜り込み心臓を突く。


 驚くほど簡単に刃が刺さった。確実に仕留めるために押し込み、力が少し抜けた相手を押し倒す。暴れ出したのを転がって回避したが、頬を少し切られる。まだやるなら私はもう無理かもしれないと思いつつ、離れたところで立ち上がってワーウルフを見た。


 痙攣した後、動かなくなった。ほう、と息が出る。




 ◆




「よし、やりゃできるじゃねぇか」


 クソ師匠は私が勝った後に悠々と迎えに来た。観察していたと言うことだろう。薬やアドレナリンが切れたのか脇腹が痛い。というかドクドク血が出ている。思ったよりかすり傷と言うには深い。


「…これを見てて助けられる癖に来なかったんだ。いざとなったら助けるっていったのに。鬼畜」


「ああ、一人で勝てると思ったし、実際できたろ?成功体験を積ませるのは教育の基本だ。」


 包帯を取り出して応急処置をしてくれる。彼なりに師匠として考えてくれていたらしい。見直した…。


「それに、致命傷ですらないこんくらいの怪我を恐れてちゃ戦えねぇからな、耐性をつけさせようと思ったんだ。俺が簡単に助けられるってわかったら防戦に徹することになったり気を抜いたりしちまうだろ」


「本人にそういうこと言うもんじゃないよ…」


 この人についていくことが不安にもなるが、実際村にいた時の私は1m超えの大きさのワーウルフに勝つことなんて出来なかっただろう。確かに強くなっていることは実感できた。


 上の方では数十のワーウルフの死体が一面に広がる壮観な光景があった。半分以上は私が戦ったものより倍はある体躯のもので、その全てが急所を的確に切り裂くのみの外傷で絶命している。一方的な蹂躙だったのだろう、戦闘痕はほぼ見られなかった。


「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」


「なんだ?一匹分の分け前はやるぜ」


 それはちょっと嬉しい…村で私が手にしたことがある硬貨は銅貨だけだ。けどそうではなく。


「あなたわざとあのワーウルフを落としたでしょ。しかも私が勝てそうなやつを選んで」


「バレたか」


 彼がケラケラと笑う。…本当に、この人についていくと心臓が休まりそうにない。

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