第35話:究極者《アルテミスト》


「で、なんで俺は此処に呼ばれているんだよ」


 豪奢絢爛な造りの部屋。一個十万は軽く超える金額のインテリアの数々。特にテーブルなどマホガニーだ。金持ってんなコイツ等とは常々思う。コイツ等からしたら、俺の方が稼いでいるのだろうが。


 いわゆる官僚と呼ばれる人間の執務室。常日頃仕事に追われているのだろう。俺を見ずに書類にペンを走らせる様は下手な社畜より社畜だ。


「はあ。そんなこともわからんとはな」


 で、どう考えても俺より年食っている……ように見える男性官僚は、俺を見て溜息をついた。


 コイツ等が俺を呼びつけるときは大概無茶ブリをされると俺は知っている。だからあえて問うたのだが。


「今現在ダンジョンでは問題が起きている」


「ふーん」


 出されたコーヒーを飲みつつ、俺はあっさりとスルー。相手が何を言いたいのかは言われずとも察していた。ならば俺に出来ることは知らないフリだけだ。


「肥大王。そう呼ばれる存在が闊歩しているのだ。もちろんお前も知っているだろう?」


「さーなんのことかなー」


「棒読みで流すな。貴様の配信動画のアーカイブは見ている」


 正確には俺のじゃないが。リインちゃんネルはリインに権利が帰属する。


「で、俺にどうしろと?」


「今のところ判明している状況では座視できないと我々は考える。何せ肥大王が強化しているモンスターの増与率は端的に言って異常だ。浅層のモンスターが中層レベルの強さまで昇華されるというのだから。その異常さが伺える」


 たしかに浅層のモンスターが中層レベルになれば丁級では太刀打ちできないだろう。丙級でも怪しいくらいだ。


「なので。我々は肥大王を駆逐する」


「そうか。頑張れよ」


 なんで俺は政府の意向を聞かにゃならんのだ。


「なわけで。貴様にも依頼する。御影マジナ。肥大王駆逐のために動いてくれ」


「やだ」


 俺は二文字で否定した。コーヒーを飲みつつ、官僚の部屋を眺めやる。コイツ等は何時だって俺を顎で使うのだ。それによって得られる金銭は単純に考えてもハンターより多い。しかも命を賭けもしないで。


「ちなみに拒否権は無いぞ」


「さいですかー」


 だったら何だと言いたい。肥大王がどれだけ危険でも、その排除には戦力は足りている。おそらくだがドラコ姉も参戦するのだろう。


「我々が切れるもっと強いカードが貴様だ。御影マジナ」


「単なる丁級なんだが」


「元甲級。アルテミスト……だろう?」


「それは政府の意向で無かったことにされたんだろうが」


 俺は別に意に沿って丁級まで落ちたわけではない。


 甲級ハンター、究極者アルテミスト


 それは俺のかつての名だ。ただとある理由があって、戸籍を上書きして今の俺は丁級ハンターとして国に登録されている。色々と俺が生きていると問題があるので、戸籍上で死んだのだ。正確にはアルテミストは引退したと報じられている。


 で、今の俺は御影マジナとして暮らしているわけだが。


「今更呼び戻すのって道理に悖ってないか?」


「貴様がギフテッドワンであることは承知している。だからこそ、その不死性を我々は頼りにしているのだ。貴様は死なない。だから安牌として切れるわけだ」


「不死……ね」


 不死にも五段階の階位がある。俺はその中間。不朽と呼ばれるイモータルである。その政治的問題を俺は把握しつつも、故に人間のために尽力するということがあまりできない。


「とにかく。肥大王の排除には動いてもらう。あれは劇薬だ。放っておけばハンターが殲滅される」


「自衛隊でも動かせば?」


「無茶を言うな。国民に何と説明をしろと?」


「まぁそりゃたしかに」


「とはいえ日本以外では、軍隊を動かそうとする対処も無いわけではないのだが」


「だったら座視していればいいのでは?」


 俺としても助かる。


「我が国が肥大王を排除すれば、国際的な立ち位置についても少しは向上する。そのために貴様にも動いてもらおうと言っているのだ」


「俺の側のメリットは?」


「給料を支払おう。好きな額を言え」


 多分コイツは分かって皮肉を言っている。甲級ハンター、アルテミストに報酬を払えば国民への説明が難しくなる。甲級ハンターとははっきり言って雇うだけマイナスなまでに相場が高い。


「はあ」


「諦めたか」


 なんにせよ。俺が拒否するわけにもいかないのも事実で。


「借り一つな」


「留意しよう」


 返す気ないだろ。絶対。


「さて、じゃあ。ネズミ狩りは何時からやるんだ?」


「三日後。明日には丙級以下のダンジョンへの侵入は禁止される。」


「三日後……ね」


 そもそもだ。


「肥大王の目的は何だ?」


「わかっているなら対処のしようもあるのだがな」


 相手はオーバリスト。思想によって生まれる存在だ。完璧にミステリアル側の存在。であればマテリアル側にいる俺たちにとっては異邦人。


「マテリアルへの侵攻……か?」


 そういう思想がミステリアル側にあることは知っているが、現状ダンジョンという例外を除いてミステリアル側がマテリアルの空間には存在できない。例えるならソレはテレビゲームのキャラクターがテレビから飛び出してくるようなものだ。あくまで稚拙な比喩を用いるなら……だが。


「ミステリアルは何を思っているのやら」


「で、結論を要求するのだが。勝てるか? 肥大王に」


「まぁ手段を選ばなければ」


 少なくとも俺が不死である以上、死ぬことによる敗北がない。


「だから貴様を活用しようと思えるのだが」


「はー。やだやだ。これだからお役所は」


「実際に金を使うのは国民だ。貴様のようなプロキッシャーでなければ我々は多大な金を使うことになる」


「鬼灯ドラコは参戦するんだろう?」


「無論だ。貴様が言うのなら外してもいいぞ」


「いや。ドラコ姉なら不覚は取らないだろ。決戦力で言えばかなりのモノだしな」


「アルテミストがそれを言うのか」


「事実だ」


 別にドラコ姉をヨイショしようとは思っていないのだが。ドラコ姉は吐く息が戦略級で、防ぐ防御が戦略級だ。暴れ出したら自衛隊でも止められないだろうし、政府が御機嫌を取るのもしょうがない。


 肥大王の俺の印象で言えば、その威力はドラコ姉を超えていない。とはいえだ。ドラコ姉に全てを任せて俺は座視っていうのもなんだかなぁ。であれば俺も動かざるを得ない。その意味で、今云いように政府に操作されているのもしょうがないと言える……のか?

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