第34話:柿崎氏は納得しない


「なんでだ!」


 ダンジョン攻略トレイルランはゴールまでの速度を競うもの。俺は確かに柿崎氏より後にゴールしたはずだが。何故に俺の勝利?


「僕の方が先にゴールした! つまり僕の勝ちだろう!」


 審判。


 星野仙二さん。どうにかしてください。


「まぁ確かにゴールしたのは生徒柿崎の方が先だったんだがな」


 ハンター学院の教師が、何と言ったものか悩みつつ説明を加える。ちなみに俺の担当教諭。


「トレイルランは採点方式だ。早ければいいっていうシステムじゃないんだよ」


「それだって僕の方がスムーズに進行していたじゃないか!」


 そうか?


 あえて俺はツッコまなかった。


「そもそも生徒御影は点数勝負ではかなり有利なんだよ」


「何故?」


 流石にそれは俺も聞いてしまった。


「お前、アバターのステータスポイント割り振ってないだろ」


 すてえたすぽいんと?


「初期アバターをそのまま使うって時点でかなりアレ。その時点で採点が甘めになるんだよ」


 それこそ何故よ。


「総合で劣っているステータスの人間の方が、同じ成績だったら高得点になるだろ。初期ステータスでミノタウロスを倒したんだ。先にゴールしたのが柿崎でも、総合得点ではお前に傾くんだよ。ついでに言えば柿崎はミノタウロスにダメージを与えていないっていう都合もあるな」


「納得いかない!」


 で、ワーキャー騒ぎ出す柿崎氏。


 それはほぼ幼児の地団駄だったが、彼にとっては大事なことなのだろう。俺としては勝負が付いたらそれでいいだろって話だが。柿崎氏にとっては納得がいっていないことをこの場で主張せざるを得ないというのも、まぁ分からないわけではなく。ただソレに俺が付き合う義理が無いというか。


 というか一般人にとってミノタウロスってアレくらい脅威なのか。


「二度目は無いぞ。柿崎の負けだ。納得しろ」


「出来るわけないだろう! あんな丁級ハンターに僕が負けるなんてありえない!」


 さて、この一件も終わったし。飯でも食うか。


「貴様!」


 で、ドラコ姉に抱き着かれている俺をどう思ったのか。親の仇とでもいうかのように、俺を睨む柿崎氏。その幼稚な憤慨に俺が思うことはそんなにない。


「次はリアルで勝負だ! さっきの負けは仮想現実だから起きた偶然だ!」


「まぁやってもいいんだが。それはどうやって勝負を決めるんだ?」


「ちなみにお姉さんは既にうんざりしていますよ?」


「ドラゴンソール! そんな奴に抱き着かないでください!」


「やだぷー」


 ギュッと俺を抱きしめるドラコ姉。その乳圧が俺をモンキーにさせる。


「ちなみに柿崎氏のそれは嫉妬か?」


「嫉妬だ!」


 しっとの心は母心。圧せば命の泉湧く。


「僕は乙級ハンターになる逸材だ。ドラゴンソールの隣に立つべきは僕の方だ」


「そうなのか?」


「お姉さんは認めていません」


 ムギューっと抱きしめてくるドラコ姉。そうして俺にマーキングでもするようにすり寄ってくる。それが柿崎氏の逆鱗に触れたらしい。


「御影ぇ! 貴様ぁ!」


 俺は何もしとらんだろうが。というか丁級ハンターに本気になるなよ。お前は乙級ハンター候補なんだろ?


「あとドラコ姉。おっぱいがあたってる」


「あててるんだよ」


 それはそれは。


「どう。お姉さんのパイオツは?」


「至福のひと時です」


「嬉しいな」


 こうやって敵を作ってきたんだろうな。別にいいんだが。


 ていうか柿崎氏が俺にそこまで恨む理由はそんなにない気がする。


「あえていうなら」


 ドラコ姉とリインが原因か?


「貴様もハンターなら真っ向勝負は受けるだろう!?」


「いや。受けないけど」


「何故だ!?」


 そもそもダンジョンに真っ向勝負なんて存在しないんだが。見つけた端から狩っていくのがダンジョンだ。


「逃げる気か!」


「逃げるのもハンターには必要な手段だぞ」


 ていうか、お前の場合はまた話が別な気がするんだが。


「この! 調子に乗りやがって!」


 憤懣やるかたない、なのだろうか。殴りかかってくる柿崎氏。その拳をドラコ姉が受け止める。ビクともしない。というか俺でもドラコ姉を素手で制圧するのは諦めるレベルだ。


「いい加減にしてくださいね?」


 切れるように細められた瞳孔で、ドラコ姉はそう言う。例えるならヘビを射程圏内で見かけたカエルの反応が今の柿崎氏なんだろう。圧倒的強者であるドラコ姉のプレッシャーを感じて、何も言えなくなる。


 俺も状況さえ悪ければ失禁していたかもしれない。それほどにドラコ姉の忠告には圧がある。


 ドラゴンソール。


 ドラコ姉の二つ名だ。ドラゴニュートのドラコ姉。その持つ威力は普通に脅威だ。

 ぶっちゃけ乙級ハンターとは、それくらい異常な人間の集まりと言える。一人でダンジョンに潜って必ず生還する人材。ダンジョンの悪辣を知っていて、その上で我が家の庭のように歩ける存在を国家資格では乙級ハンターと呼称する。


「つまりコイツと同じレベルになるってことだぞ?」


 柿崎氏が常々言っている自分が乙級ハンターだと吹聴している真の意味は。


「このドラコ姉のプレッシャーをお前も纏えるのか。考えた方がいいぞ」


 というか。後刻の幸せで言えばハンターにならん方がまだしも有益だと思うのだが。ダンジョンが神聖視されている現在。その意義も問われているのだろう。リインとかネット配信をしてバズっているから、これなら自分も出来そうだと勘違いする人間が出ることを俺も制止は出来んのだが。


「憶えてろー! うわーん!」


 で、夕日の土手を走り去る勢いで、柿崎氏は去っていった。


「で、おめでとうございますマジナちゃん?」


「ドラコ姉。近い近い」


「おーい。マジナ先輩。お疲れ様だにゃー」


 で、そこにリインが追加される。


「で、お腹減ったんだにゃー」


「しょうがない。ドラコ姉に奢ってもらおう」


「お姉さんは別にいいんだけど。その後お話があるのよ」


「俺で良ければ如何様にも」


 おそらくだが、アレについてだろうな。

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