第33話:ミノタウロス(仮想現実)


「三階層か」


 相も変わらず密林が続く。俺はその密林の中を疾駆していた。勝負は負けていいのだが、俺のハンターとしての意地が、ちょっとだけ俺を焦らせる。ああいうのに負けたくは無いかもしれない、という。だが違和感だけはどうしようもない。一般的なアバターを使っているので当たり前だが、身体が重い。地面を蹴っても然程進めないし、手に持つ聖剣の疑似質量も厄介だ。普通の人間はいつもこういう状況で暮らしているのか。


 俺の先天魔術は基本的にフィジカルを底上げする。なので、それを加味しない仮想現実での一般スペックの肉体というものに新鮮さを覚えてしまう。


「重力ってこんなに重いんだな」


 だが条件は相手も同じはずだが。なぜああも軽々と疾走できるのか。


 ドゴゥン。と爆発音が鳴る。俺の目指す方向だ。つまりそっちに柿崎氏がいて、何かと戦っている。侵食の森林で、浅層のモンスターと言えば。マンイーターかネックチョッパーか。とはいえ、俺も勝つためには下層へ続く階段を探さねばならず。であれば密林を疾駆するのは必要だ。相手がもう見つけているなら、まぁ普通に負けという。


「ひああああ!」


 で、何がどうのでどうなったのか。柿崎氏の悲鳴が聞こえてきた。


「…………」


 そっちに行くべきか悩んだが、まぁ行こう。別にツンデレではないので「た、助けに来たんじゃないからね!」とか言わないが。


 で、おそらく演算の結果だろう。炎によって燃える密林の中にミノタウロスを見かける。何と言えばいいのか。牛の頭を持つマッチョ系モンスターだ。頭部が牛である以外は、まぁ筋肉質な人型なのだが。その振るうマッスルは一般ハンターには脅威となる。牛と真正面から喧嘩するイメージを持てば、だいたいに人間には「勝てんだろ?」っていう意味で驚異的。俺も今のこのアバターのスペックで挑みたくはない。


 だがミノタウロスは既に柿崎氏をターゲットしており。その彼はと言えば追いかけまわされていた。密林の中でも振るう剣の威力は変わらず。さすがに大木を両断はしないが、枝葉程度では攻撃を阻害することも出来ない。


 その近接戦闘に持ち込まれた柿崎氏は逃げ回っていた。とはいえ仮想現実なので感覚のフィードバックは然程でもないだろう。あの大剣で脳天を唐竹割にされても疑似的にゲームオーバーになるだけでは?


「オイ貴様!」


 その柿崎氏は、巨木の陰に隠れつつ、俺を見て声をかける。


「アイツを倒せ!」


 どの口が言っているのだろう?


「倒すのはいいんだが」


 手に持つ聖剣は、まぁスペック上再現も必至で。俺は聖剣を起動させる。デミエクスカリバー。その魔法は先にも言った通り光を加速させて打ち出す。


「はぁあッ!」


 輝いた聖剣を上段から降り抜くと、真っ直ぐに光が放たれる。それをミノタウロスは剣で弾く。


「えーと……」


 光の衝撃波を剣で受けるってどういうことだ? 剣で水を切り分けるみたいな偉業だと思うんだが。


「もおおおおぉぉぉ!」


 そのミノタウロスは今度は俺目掛けて襲い来る。手にしているのは互いに剣。振るわれる剣を、俺の剣が受け止める。


「ッ」


 で、そのまま上段からの一撃を斜めに受けて流す。


 ヤバい。


 このアバターのフィジカルでは真っ当に受けても押し切られる。


「もおぉ! もおぉ! もおぉ!」


 で、剣術も知らない暴威的なミノタウロスの剣が俺を襲う。これが普通のダンジョンだったら俺はマヨイバシを撃って終わらせているのだが。今手に持っているのは金属の重さを持つ聖剣。システム上、重いというだけの錯覚なのだが、これが足を引っ張る。


「で、ええええぇ!」


 その幼稚に振るわれる牛の剣を捌ききって、俺はその足元を斬る。


「もおおおおぉぉぉ!」


 悲鳴を上げるミノタウロス。痛いのか。システム的にセマンティックは適用されていないだろうに。


「ああああああぁぁ!」


 で、倒れたミノタウロスの脳天に聖剣を撃ちこむ。唐竹割というか。普通に殺害行為。


 あんまり気分のいい事ではないが。それでも仮想現実なのだから許してほしい。


「で」


 そもそもミノタウロスってどうやったら死ぬんだ。ここが仮想現実ってことはヒットポイント制か?


 だがそんな俺の懸念を払拭するように、ミノタウロスは消えた。そして生まれる下への階段。おそらくミノタウロスの撃破が条件だったのだろう。そうして俺がクリアの条件である四階層に。


「――土壁ロックウォール――」


 行こうとして、壁に阻まれる。


「おい?」


「よくやった! だが貴様に先には行かせない!」


 そうしてウィンディーズ王道魔術の土壁で俺を阻んで、先行する柿崎氏。俺はと言えば、まぁいいか程度には思っていた。だいたい柿崎氏の思考から言って、こういう行為に出るのは読めていた。その上で勝ちを譲ったのは、別に俺にマイナスがないからだ。


「デミエクスカリバー」


 先に降りていった柿崎氏を追いかけて、俺も階段を下りる。ちなみに壁は聖剣の魔法で砕いている。


「ゴール!」


 パァンとクラッカーが演出して、俺のゴールを祝福する。細く伸びている色紙を浴びせられて、そこで俺はゲームが終わったことを知った。


「えーと」


「これにてダンジョン攻略トレイルランを終了します! お疲れ様でした!」


 お疲れ様でした。


「はっはぁ。この僕の勝ちだな! 以降君はドラゴンソールや天寺さんに近づくなよ!」


 そういう約束ではあるんだが。逆に俺がドラコ姉から引き離したら、お前が殺されかねんが。


 大見得切って俺に挑んだのだから、調子に乗る気持ちはまぁわかって。


 そうしてゲームが終わったので、俺はシステムを終了する。ニューロアウターは駆動を止めて、現実世界へ帰還。そして俺が意識を取り戻すと、目の前にドラコ姉がいた。


「よく頑張ったぞ。お姉さんは嬉しいです」


「ミノタウロスってあんなに強いんだな」


「まぁマジナのスペックでは相手にならないのは事実だけど」


 プラスの意味で? マイナスの意味で?


修羅病ジュラシックなら雑魚でしょ? あんなの」


 否定も難しいが。


「じゃ、あとは結果発表だね」


 いや負けたんだが。


「それはどうかな?」


 ニコッとドラコ姉が笑む。何か俺は見落としているだろうか。


「とにかく審判もいることだし。結果だけ聞こうよ」


「俺はドラコ姉と離れたくないんだが」


「可愛い!」


 ギュッと俺を抱きしめるドラコ姉。豊満なおっぱいが俺の顔を包む。ムギュムギュッと乳圧を与えるプレッシャーに俺もタジタジ。で、結果発表。


「勝者! 御影マジナ!」


 え?

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