第32話:仮想現実ダンジョン
「えーと」
「ダンジョン攻略で勝負だ!」
ビシィと某裁判ゲームの指差しで俺に挑んできた男子生徒は、名を柿崎というらしい。俺がドラコ姉と一緒にいるところが気に食わないらしく、ついでにリインのことも狙っているとかなんとか。
「で、これと」
俺はインターフェースを持ち上げて、何と言ったものか悩んでいた。
ニューロアウターという商品名を付けられたそれは、言ってしまえば仮想現実にフルダイブするタイプのインターフェースらしい。らしい、というのは俺がそういうことに疎くて、そもそも理解をしていない。
「僕と勝負をしろ!」
なわけで、このヘルメットみたいなインターフェースを被れば、フルダイブ仮想現実に行けるとのことだが。そもそも仮想現実でダンジョンに潜るって色々と本末転倒な気もしないでもない。
「頑張れー。マジナちゃん」
「いいとこ見せるにゃー。先輩~」
まぁあっさりと俺の苦行を理解して、しかし楽観的なドラコ姉とリイン。そもそも勝負に負けたところで柿崎君との約束など守るつもりもないだろう。だったら何故俺が勝負をしているのかという無意味さについても思考してほしいのだが。
「では。わたくしの管轄下で生徒柿崎と生徒御影のダンジョン攻略トレイルランを行います」
ダンジョン攻略トレイルラン。それはダンジョンを使ったハンターの娯楽である。ダンジョンに潜って指定の階層までどれだけ早く辿り着けるかを競う。その都合上命がけの娯楽であり、ハンター界隈ではレコードホルダーまで出る始末。
「とはいえ、だ」
あくまで今回はヴァーチャルリアリティ。命の危険はゼロと言える。俺も何回かトレイルランはしたことがあるが、本物のダンジョンでないのなら気楽に挑戦も出来るというもの。で、ニューロアウターを被って仮想現実世界にダイブする。
「ようこそダンジョンへ。我々はあなたを歓迎します」
ソフトアプリが俺を歓迎してくれる。そうしてダンジョン攻略トレイルランについて説明があり、そのまま次の事項に映る。アバターの設定。俺は普通に初期設定のアバターを選択した。そもそもアバターに興味が無い。
次は攻撃方法。丙級までの魔剣か、ウィンディーズ王道魔術を一億円まで。どちらかを選べと言われる。ちなみに丙級魔剣は五本の中から選べるらしい。俺はデミエクスカリバーを選ぶ。結構高名な魔剣で、デミと付くがエクスカリバー。その威力は光の斬撃を飛ばすという魔術効果がある。もちろん仮想現実なので魔剣税はかからない。それを言えば課金魔術も仮想現実では金がかからないのだが。そうしてアバターの設定を進めると、そのままダンジョンの一階層に辿り着く。隣にはしこたま設定したのだろう。柿崎氏のアバターがいた。キラッキラに光っているイケメンで、現実の彼とは乖離している。おそらく細部まで作り込んでいるのだろう。初期設定の俺のアバターとはえらい違いだ。
「ふ」
で、俺を見て笑う。笑われるようなことはしていないのだが。
「エリアは侵食の森林とします。トレイルランの説明は要りますか?」
「必要なし」
「僕も学内レコードホルダーだからね。心配ないよ」
学内レコード。そんなものもあるのか。
じゃあ、後は始めるだけだ。
「評価は国家資格試験と同じ採点方式を取ります。ゴールは四階層の入り口までとして、先にそこに辿り着いた方を勝者とします。では二人とも構えて」
俺はグッと聖剣を握る。柿崎氏は手に何も持っていない。課金魔術か。課金じゃないけど。
「ではスタート!」
そう指令が発せられ、そうして俺と柿崎氏は走り出す。エリアは侵食の森林。そこは意思持つ植物が邪魔をしてくる密林の地獄だ。俺は手に持った聖剣で襲い来るツルを斬っていく。ていうか肉体が思い。思想に合わせてアバターが動くのだが、その思考に能力が追い付かない。俺は先天魔術……
「――
正気かお前。と言えればいいのだが。まぁ正気なんだろうな。密林で炎魔術を使うというのも剛毅だ。ダンジョンにはホメオスタシスがあるので、焼き払ってもまた密林に復活はする。まして仮想現実のダンジョンならシステム的な関係でそもそも問題にすらならない。とはいえ、あくまでダンジョン攻略を旨とする仮想現実で、密林に火を放つのはいいのか?
「まぁ俺も人のことは言えんかもしれんが」
で、剣の内部でアクセラレイターが駆動して、その運動エネルギーのまま剣を振るうと、剣先から光の斬撃が溢れ出す。それは容易に密林を切り裂き、俺の進む先を切り開く。
「四層までってことは浅層である三階層までを攻略しろってことだよな?」
どうせ階層主も用意してるんだろうけど。
「下層に降りる入り口を探さんことには」
とか言いつつ何となく悟っていた。都合というか慣れというか。侵食の森林は中央に階段があることが多い。例外を加味しなければ、まぁ奥に進めば大体見つかる。そう思っていると、離れていたはずの柿崎氏の呪文がこっちまで届いた。
「――
どこまでも密林を焼くつもりらしい。仮想現実のアバターでも同じシステムの炎にはダメージ判定があるらしく。触れて痛いというほどではないが、フィードバックはそこそこ設定されている。
「まぁいいか」
聖剣を振るって、密林を切り裂いていく。そうして焼き払われた中央部を見て、先を越されたことを理解する。既に柿崎氏は二階層に向かっている。ワラワラと触手のようにツルを伸ばす密林を切り裂いて、俺は二階層に続く階段を駆け下りた。
「っていうかモンスター出なかったな」
一階層だからか?
いや。ダンジョンなら一階層でもモンスターは出るのだが。そう思っていると二階層からビッグフットが現れた。いや。ロッキー山脈じゃないんだから、というツッコミは現実のダンジョン探索で既にしている。
「ふっ」
こっちを視認して襲い来るビッグフットを聖剣で切り裂く。俺の能力が使えれば殴り殺してもいいのだが。このアバターは平均的な能力しか持っていないらしい。
「ぐらぁっ!」
さらに襲い来るビッグフットの二体目。
「斬!」
その首を断つ。と思ったところに密林のツルが俺を触手責めにするように襲い来る。こんなモブキャラを触手責めって。誰得だ。だから俺は聖剣からレーザーを出して切り裂く。
「さて、密林の中央は……」
多分こっち。何の根拠もない。だが俺の感覚で言えば、ドッカンバッキン音の鳴っている方向に進むのが理に適っている。そっちには柿崎氏がいるんだからな。おそらく立て続けに魔術を使っているのだろう。工事現場でももうちょっと静かだぞと言わんばかりに密林を凌辱していた。樹々が倒れ、平らに均され、燃やされ、切られ。そんなことをすればモンスターを呼ぶだろうに、そのモンスターすらも魔術の力業で解決する。ちょっとコイツがハンターライセンスを取れない理由がわかった気がした。
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