第31話:ドラゴンソール


 わぁっと教室が騒めいた。俺は一人で、放課後を迎えていた。教室にはクラスメイトがいるが、俺とはあまり仲良くない。必要が無ければ会話しないし、こっちから話しかける度胸もない。その俺が嘆息してカバンに荷物を詰めていると、クラスが騒めいたのだ。


「ドラゴンソール様……」


「鬼灯お姉様……」


「やだ……尊い……」


 で、現れたのは名前が出ているように鬼灯ドラコ。


 エメラルドグリーンの髪に、その頭部側面から角が生えている。瞳は瞳孔で割れ、金色に輝いていた。端的に言ってドラゴニュート。先天魔術と呼ばれる選ばれし者にだけ与えられる魔法の産物。ドラゴンの擬人化とも言えるドラゴニュートがどれだけ強いかと言えば、過去に襲われたグレイトドラゴン。あれを一人で駆逐できると言えば、その異常さが伝わるだろう。まぁ俺も倒したんだが。


「マジナ。話があるんだけど……今いいかな?」


 断る理由はないが。


 俺とドラコ姉は気安い仲だ。俺はたまに飯を奢ってもらっているし、俺の側もドラコ姉の我儘を聞いている。俺的にこの学園に学友はいない。が、ドラコ姉とリインに関してはハンターとして仲良くしているわけで。そのドラコ姉が誘うとなれば俺に断る理由はない。


「ごめんね」


「いや。別にいいんだが」


「お姉さんがこうしているとマジナに迷惑掛かるってのはわかっているんだけど」


「いや。そこは問題ない。で、要件は?」


「今お金ある?」


 それを聞くのか。


「端数は分からんが、二千万くらいはあるな。貸せって?」


 ドラコ姉は学園でも四人しかいない乙級ハンターだ。金に困っているとは思えないのだが。


「まぁ二千万あれば大丈夫か」


 で、ちょっと学業棟を歩きながら俺と会話するドラコ姉は、その様に結論する。


「何かあったのか?」


「ちょっとミステリアル側にね。動きがあって」


「動き……ね」


「マジナには関係ないんだけど。肥大王って知っている?」


「二回ほど接敵したな」


 オーバリストというのは存在するが、あれは厄介だ。普通オーバリストは深層以下にしか現れない。ダンジョンはマテリアルとミステリアルを繋いでいるが、言ってしまえばミステリアル側からダンジョンに足を踏み入れると、深層からスタートする。で、マテリアルに近い下層、中層と攻略することになるのだ。


「いわゆる共和王政っていう思想集団がいるんだけど」


 そんなこと肥大王も言ってたな。


「マテリアルとミステリアルを完全に繋げようとしているイデオロジストなんだけどね」


「そりゃまた無茶苦茶な」


 まったく不可能とは俺も言えんが。


「その一人が今上層に上がってきているの」


 それが肥大王か。


「で、まぁマジナも知っているように、政治的にはマテリアルとミステリアルって互いの侵略戦争みたいなところがあるじゃない?」


 否定はしない。


「で、一方的にマテリアルが侵食されるっていうのはこっち側としてはやっぱり都合が悪いのよ」


 とはいえ、今のところ不可侵だと思うんだが。


「だから乙級ハンターに声がかかって。肥大王を討滅するっていう動きがあるわけ」


「大変だな」


 だが確かに丙級ハンターでは太刀打ちできんだろ。俺とリインも肥大王とは邂逅しているが、それだって上層であればこそだ。あんなモンスターをむやみに強化できるオーバリストが、中層や下層でモンスターを強化すれば、普通に考えて大災害。上層の弱いモンスターが肥大化したが故に、俺達でも対処できたと言える。


「で、その間ダンジョンが閉鎖されるかもしれないんだけど。そうするとマジナの貯金が心配でしょ?」


「金はあるが」


「あとアルテミストにも依頼したいなって思っているところだから」


「へー」


 32へぇ。


「まぁそれはおいおいなんだけど。とにかく肥大王の横暴がちょっとアレだから。乙級ハンターを動員して羊狩りをしようって話になってるの」


「ドラコ姉も行くのか?」


「まぁ日本からも幾人かは派遣しないと国際的にね」


「なるほどね」


「お金が無かったら問題かなって思ったけど」


「一応貯蓄はある」


「うん。じゃあ問題なしということで」


 さっさーい。


 そんなわけで、確認が済むと、ドラコ姉はニッコリと笑む。


「貴様!」


 そんな俺とドラコ姉に掛けられる声一つ。そっちを見るとサラサラ髪のイケメンがいる。俺としてはどこかで見たような。


「ドラゴンソールとはどういう仲だ!」


 それを聞かれても。


「ハンター仲間」


「お姉さんとしてはもうちょっと親密でもいいんですよ?」


 そんな俺の隣で、俺の腕に抱き着いてコトンと頭部を俺の肩に乗っけるドラコ姉。


「貴様……」


 もちろん勘違いした男子生徒が俺を睨む。


「お姉さんたちはとっても仲良しですから」


「まぁ否定も難しいんだが」


 実際に仲良くはしてもらっている。


「たかが丁級ハンターが乙級ハンターに選ばれるわけがない」


 とは言われても現実は現実としてここにあって。


「で、どうしろと?」


 聞くのも怠いが、聞かなければ始まらない。


「僕と勝負しろ! 僕が勝ったらドラゴンソールならびに天寺さんとは離れてもらう」


 えー。面倒。


「ていうか勝負って何をするんだ?」


「もちろんダンジョン攻略だ! ハンターを目指す学院なんだから当たり前だろ?」


 とは言われても。俺はダンジョンに一人では潜れんのだが。というか男子生徒に至ってはそもそもハンターじゃねえだろ。


「だから疑似的に、だ」


「疑似的?」


 つまりどういうことだってばよ。


「でもお姉さんがマジナから離れることは無いですよ?」


「ドラゴンソール! そんな丁級ハンターに入れ込まないでください!」


「だって気に入ってるし」


 にゃんと俺の腕に抱き着いて密着するドラコ姉。すみません。おっぱいが当たっているのですが。ドラコ姉は肢体が熟れている。おっぱいも大きいし、お尻も安産型。ハンター学院の男子生徒でおかずにしていない生徒の方が少ないだろう。もちろん俺は少数派だ。いや別にドラコ姉をおかずにすることに異論があるわけではないんだが。


「マジナの素敵なところを見てみたいなぁ」


「つまりこの男子生徒と戦えと?」


「まぁ負けても別にいいし」


 約束を反故する気満々ですな。

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