第12話:メテオール


「こんばんマジナ~。リインちゃんネルはっじまっるよー!」


『マジないわ~』

『マジないわ~』

『マジないわ~』

『マジないわ~』


「こんばんにゃーん。リインちゃんネルはっじまっるよー!」


『これを待っていた』

『さっきのはカットで』

『動画編集が必要なレベル』

『こんにゃーん』


 リインとダンジョンに潜るのも慣れてきていた。俺が挨拶して、「マジないわ~」と言われるまでが一連の流れ。もう俺はリインとコンビを組んでいると認識されているらしい。まぁ妥当に稼げるなら俺としても文句は無いのだが。リインは自分の稼ぎを課金に使い、飯代宿代交遊費を俺から捻出する。冷静に考えると寄生されているのでは?


「はい。今日は企業案件だにゃー。ちょっと廃課金しすぎて経済的にねー」


『企業案件』

『つまり広告塔に俺らのリインちゃんが』

『世界が彼女に気付いてしまったか』


「はい。紹介するにゃん。株式会社ワイルドワールドの契約ハンター卍山下ウツロ氏でーす」


「よろしくお願いするっす。株式会社ワイルドワールドを代表して来ました。卍山下ウツロと申すっす」


 光の反射でエメラルドに輝く黒髪の少女。リインの紹介で動画に映っている彼女はペコペコと頭を下げていた。


「卍山下ウツロちゃんはテイマー系ハンターらしいんだにゃん。というわけでテイムモンスター召喚して貰ってにゃ~」









「――我が魂の盟約により! 来たれ相棒! 命の友よ! その名はメテオール!――」







 とグダグダ宣っているが、あまり呪文は効果と関係ない。あくまで声紋によるキーワード認証さえ合致すれば、それによって魔術は起動する。で、テイマー系ハンターは最初にダンジョンに潜ると、いの一番にテイムモンスターを召喚する。戦力がモンスターなので当たり前ではあるが。


 で、その召喚魔術で現れたのは一匹のスライム。


『スwラwイwムw』

『乙でしたー』

『大丈夫か? 出オチにしても酷いぞ』

『一番戦力にならないモンスターじゃね?』


「うぐう」


 配信視聴者のコメントを読み上げるオートドローンは、自動で的確に映像を撮っている。自立しているので撮れ高は勝手に判断して、カメラを向けるのだ。もちろんウツロ氏が召喚魔術を使っている時は、彼女にカメラを向けていた。


「大丈夫っす! この子メテオールは特殊個体なので、思ったより戦力になるっす! うっす! よろしくお願いします!」


『スライムの特殊個体』

『亜種系モンスターか』

『でもスライムだぞ?』

『某名作みたいな可愛いビジュアルなら応援できていたのだが』


 まぁ普通にアメーバだよな。グニュグニュしている不定形存在。一応単細胞生物が由来なのか。核と呼ばれる部位が存在するが、それ以外は疑似液体が個体を構成している。


「とにかく! メテオールちゃんは役に立つっす! それでは天寺さん!」


「あ、はいだにゃー。今日はダンジョンに潜っているんにゃけど。どうやらドラゴンバレーを引き当てたっぽいにゃー」


 周囲を見渡して、天寺は撮影されている環境を、そう命名する。


 ドラゴンバレー。


 ドラゴンが生息するエリアだ。一般的にダンジョンそのものはこの世界に一つしかない。幾つかポイントとなる場所からリンクしており、そこを踏めばマテリアルからミステリアルに移動できる。その全体で一つであるこの空間をダンジョンと呼称するのだ。ただ、ダンジョンには階層という上下のシステムと他にエリアという左右のシステムが存在する。草原だったり洞窟だったり海原だったり。リンクを踏んで侵入したハンターを待ち受けるダンジョンは、タイミングによって千変万化するのだ。まぁ流石に千とか万とかの種類は無いが。


 ドラゴンバレーはその中でもメジャーなエリア。一階層でもドラゴンが出現して、周囲はマグマが流れている。それこそ「火山内部に洞窟があったらこういうのだろう」という環境のエリアだ。マグマが届いていない足場がハンターの移動する空間。まぁ建築系のエリアの壁に囲まれた通路や、あるいは洞窟系の奥に続く空間などなど。それがここではマグマを回避している足場によって定義されているともとれる。


 マグマはガチで熱いので、当然細胞生物である以上避けるべきである。ただドラゴンバレーと呼ばれる此処は、そのマグマで狭まった空間の中で、ドラゴンに対処しなければならないというお題目がある。


「どうするにゃ? 入り直す?」


 エリアそのものは出て入ればリセットされるので、それも一般的な判断ではある。


「いえ。行きましょうっす! ボクもハンターっすから怖気てはいられません!」


「まぁスポンサーがいいにゃらいいんだけどにゃー」


 ボコッボコッとマグマが地中から溢れ出て、それこそ炭酸のように弾ける。マグマの飛沫を受けるだけでも火傷必至なので、進行には気を使う。


「じゃあ参りましょうっす! せっかくのダンジョンなんすから、冒険するのがハンターっすよ」


『いい事言った』

『営業努力としては高得点』

『しかしスライムってマグマに落ちたらどうなるんだ?』

『蒸発じゃね?』

『そもそも危機感持ってんのか?』


「大丈夫っすよ。うちのメテオールちゃんは頭いいっすから。ねー。メテオール」


「肯定」


 ん?


「いまスライム喋らなかったか?」


 と俺が聞く。


「肯定」


 とさらに答えが返る。リインでもウツロでもない声だ。ついでに声の反応はスライムから。


「ちょっとカタコトというか。意思疎通は難しいっすけど。ウチのメテオールちゃんは言語のやり取りできるっすよ?」


「至極当然」


 もごもごとしているような声だが、たしかに聞こえる。


『え? それってものすごいんじゃあ』

『スライムが喋るのか?』

『テイムした時の影響とか?』

『そもそもスライムをテイムした事例が少なすぎてわからん』


「不快」


『失礼しました』

『ごめんなさい』

『お詫びのスーチャです』

『悪評被害の補填で草』


「容赦」


『あざっす』

『許してもらえた』

『そもそも許されたのか』


 なんというか。俺もちょっと驚いている。


「なわけで可愛いメテオールちゃんっす。これを機会にリインちゃんネルの視聴者さんも愛でてくださると嬉しいっす。ボクも久しぶりに会うので」


 いつも連れているわけではないのか、という話はある。


 ダンジョンを知らない人間にとってテイマーはモンスターを連れている印象があるが、そもそもモンスターはダンジョンの外に出は出られない。理由は単純で、その存在がいわゆるミステリアルに依存しているからだ。


 物理世界マテリアル神秘世界ミステリアル


 この二つの世界は余次元のズレによって並列している。三次元空間では、完全に一致している世界なのだが、高次の次元では少しだけズレているのだ。例えるなら時間の違う同じ空間座標にいる二人の人間を想起すればいい。移動教室で、一時限目に理科室の席に座っている生徒と、二時限目に同じ席に座っている生徒。二人が邂逅することはないのだが時間という次元をすっ飛ばして三次元空間だけで把握すれば、この二人は同じ空間に重なっている。つまり時間という次元のズレが、物理的三次元空間の同じ座標に別の存在を重ねるための原因であるというわけだ。この理論がマテリアルとミステリアルを空間座標で重ねている根幹で、つまりダンジョンとは、この次元のズレを修正している一種の特異点。


 そこに産まれるモンスターはミステリアル側の存在であるため、ダンジョンという例外を除けば、マテリアル側には存在できない。ニュースキャスターを同じ時間に放送しているワイドショーに出演させるようなものだ。無理だろっていう意味で。


 なのでテイマー系のハンターは、ダンジョンに潜って最初に契約したモンスターを召喚魔術で呼び出すことを旨とする。アンドロギュノスの恩恵もほぼ七割くらいはテイムしたモンスターに割り振られるのでテイマーは固有能力ではほぼ最弱。ついでにテイムモンスターを強化するためにエーテルプリズムを消費するので換金の差異に問題が頻出する。


 結果、テイマー系のハンターは分け前を貰えないことが多く、パーティーの嫌われ役になるわけだ。

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