第11話:企業案件
「えーと……」
状況は最悪を極める。今起きていることを、これから会社にどうやって言い訳するのか。それをこの町田さんは考えているのだろう。ピシッとしたスーツを着たオフィスレディ。企業で身に着けたのだろう営業スマイルは、いま青ざめている額で少し剝がれかけている。
冷や汗をかいているところ悪いが、俺は最初に止めたはずだ。
――後悔しますよ、と。
『とりあえず話だけでも聞いてくれませんか? お食事を御馳走しますので』
甘い言葉で誘いをかけるのはいいが、何が釣れるかくらいは把握しておいてほしかった。
いわゆる企業案件と呼ばれる相談事。ハンターはダンジョンに潜るついでに配信をしたりもするので、人気ライバーは企業案件を受ける。その意味で天寺リインは今ちょっと話題になっていた。仕方なくはある。巨大化したアーマーサウルスを殲滅した決戦魔術『唯神誅伐』……アレは動画的にバエる。どれだけ課金をしている魔術師系ハンターでも普通はあまり使えない。ああいう場面に遭遇して初めて使えるものだ。
展開する光子魔法陣や、降り注ぐ光の柱など。見どころはかなり高く、故にライブ配信で見るのは盛り上がる。その一過性の人気に目を付けて「我が社を宣伝してもらおう」……そう思った企業が出るのも無理はない。
俺としては御免だ。リインちゃんネルの権利保有者は天寺リインなので、払われる報酬はリインの口座。もちろん魔法のカードを廃課金で買ってしまうバカの口座の金が増えても、喜ぶのは魔法ロイヤリティを握っているとある企業だけだ。俺には一銭も入ってこない。
「とりあえずおかわり! こっちからこっちのページまで全部持ってきてにゃん」
とメニュー表を見て、ページ単位で注文するリインの厚顔さは、俺にしてみれば普通で。
「企業案件のお話もあるので、食事でも御馳走を」
とか言っていたオフィスレディは、空間的に矛盾しているリインの胃袋の大きさに戦慄していた。とはいえ今更「自分で払え」とも言えないだろう。リインの隣で俺はナポリタンを食べている。一応経済管理はしているが、魔剣税の関係もあって懐が寂しかったのも事実だ。ありがたく馳走になっていた。
「それで案件を引き受けていただきたいのですけど……」
「まぁそう言うよな」
というかこれで要件はありませんとは言えんだろう。
「ハンターは雇ってないのか?」
こっちにも案件を引き受ける意思はあるが、企業によってはハンターを抱えているところもある。いわゆる契約ハンター。ネットでは一部社畜ハンターと言われているが、流石に炎上するので俺は表現に慎重を期している。契約ハンターは企業の宣伝広告を担当しつつ契約金を貰うハンターなので、ある意味で固定給を稼げるハンターと言える。ダンジョンに潜って億だのなんだの稼げるハンターは、もちろん独立していることが多く。契約ハンターは訳アリか、あるいはハンターとして稼ぐよりも高額な契約金を約束されている場合に限る。
株式会社ワイルドワールド。
リーマンから受け取った名刺の社名を読んで、どこの企業だったか悩んでいる俺だった。ハンターに案件を出す企業なので、おそらくそこそこ規模は大きいはずなんだが。
だいたい企業案件を持ち込む企業は、節税対策で広報費を放出する必要がある企業であることが多い。
「えーと。で、貴社では何をお望みで?」
話を持ち掛けられたのは天寺リインだが、そいつはメニューのケーキを全種類頼むのに忙しいので、俺が話を進める。ていうか何でリインの営業を俺がしているのだろう?
「えーと。その。かの高名な天寺さんに宣伝をお願いしたく。こうして場を設けさせてもらっています。我が社にも契約ハンターはいまして。その方とコラボしてほしいと思っております」
「はあ」
まぁやれと言われると俺としても、別に否やは無いのだが。ただこの案件が俺にはどこまでも関係がない。契約して報酬を得られるのはリインだし、俺としては好きにしてくれという話だ。ただそのリインが契約を締結する交渉術を持っておらず。
「契約書は持ってきていますが。ご検討くださいますか?」
「知り合いにリーガルチェックしてもらうので。契約はその後でいいか?」
「構いません。是非とも色よい御返事を貰えれば幸いです」
「すいませ~ん。こっちにジャンボパフェを五つ」
コイツ。飯で釣れば悪徳契約も可能じゃね?
「ふいー。美味しかったにゃー」
で、契約書は精査してから返事する……とワイルドワールドの社員さんと話を纏めて。その案件で俺が動きつつ。泣く泣く飯を奢ってくれたエージェントの町田さんが、経費で落とせるのかはこの際考慮せず。
「栄養剤の広告ねぇ……」
株式会社ワイルドワールドは調合系の会社だった。ネットで調べれば普通に企業サイトはあって、情報も乗っている。詐欺案件ではなさそうだが。契約ハンターを雇っているのだから信用は出来る……と思う。
「じゃあ受けるにゃ?」
受けても問題ない案件……とは思う。ただリーガルチェックは必須だし、受けたところで俺には一銭も入ってこないというのが痛烈だ。まぁ一般的に俺は丁級ハンターなので、こういう案件には縁がない。丙級ハンターである天寺リインの高名があって、はじめて成立する事業だろう。とはいえそのコイツがあまりにポンコツすぎるというのも、それはそれで問題だ。コイツに広告費払っても魔法のカードに消えてしまうだけで、経済時流で言えばおそらく非生産的。俺だったら確実にスルーする。
「とりあえず問題は無いが」
リーガルチェックも終わった後、そうやって契約として妥当であることは確認できた。そのために支払った金は、まぁ俺持ちだ。すっごい不条理なのだが、そもそもリインは金を持ってない。
「じゃあ受けるぞ」
「オッケー」
打ち合わせはするとして。
「契約ハンターね」
「社畜ハンターだにゃ?」
「それ配信で言うなよ」
「心得てるにゃ」
さすがにセンシティブすぎる。
「卍山下ウツロ……ね」
「どういうハンターにゃ?」
とは言われてもだな。
企業サイトにアクセスすると、一応載っている。可憐で可愛い女性のハンターで、ちょっと年齢が分からない。ハンターライセンスは持っているのは前提で。おそらくハンター学院には所属していないのか?
「それも凄いにゃ」
基本的に若いハンターは学院に所属している。若くしてフリーのハンターもいはする。だが、それはいうなれば医者を目指しているのに大学の医学部を卒業していないとかそういうレベルの話。普通は学院に所属する。
「テイマー系か」
そのようにウェブサイトには載っている。
となると企業に所属しているのは妥当だ。テイマー系のハンターは金を稼ぐのが絶望的に難しい。とある理由でパーティを組むのも嫌われる。契約ハンターをしているのも妥当で。契約金を設定しなければハンターとしては生きていけないだろう。
「配信もしてるのな」
会社のアカウントで配信もしているらしい。だがそもそも丁級ハンター。法律の都合上、単独ではダンジョンに潜れない。とはいえ一緒に潜ってくれるハンターも少ない。となれば俺……じゃなくてリインに頼るのも頷ける。
リインはこれでも丙級ハンター。つまり丁級である俺や卍山下ウツロとパーティを組めばダンジョンに潜れる。で、なんで俺が契約を調整してんだ?
「そろそろダンジョンに潜ろうと思ってたんだにゃー」
そうだな。マジで俺もリインも金が無い。ここまで困窮しているハンターも珍しい。
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