第10話:メイド・イン・ヘブン
「うーん。スタンダードか。ミニスカか。色調もゴシックで行くか。ピンクロリータもありだな」
「ちょっと。マジでやる気にゃ?」
「嫌ならやめてもいいんだが……本当にいいんだな?」
「これ借金を性奴隷になって返せってのとどれだけ距離があるにゃーよ」
「さほど犯罪性は無いぞ。単にお前がメイド服を着れば同居を許してやる。それだけのことだ」
そう。メイド服。ちょっと貧乳のキライはあるが、彼女にはメイド服が似合うと俺は思っていた。ていうか思いっきりプラチナピンクの髪をしているのだ。可愛い格好は似合うだろうし、コスプレなんてマストだろう。これでスクール水着を着ろとか言ったら犯罪だが、俺の要求はメイド服。それも別に無理強いはしていない。
「ホームレスになりたいならあえて泊めは……止めはしないのだが」
それか俺じゃない人間の部屋に泊めてもらうか。
「お金にゃい……」
胸の高さで両手の人差し指をツンツンと突くリインは、今現在何より弱かった。
「にしても……儲かったな」
「マジナ先輩はね!」
俺の口座への入金は二億円。
必然、算数で試算すれば、リインの報酬は八億円。
巨大化したアーマーサウルスを倒したのだ。あの巨体から現れたのは多量の高密度エーテルプリズム。つまり現代社会における燃料だ。メタメタルと並んで現代社会に必要なアイテムとも言える。そのメタメタルも売りに出した。全部ひっくるめて十億円だ。イレギュラーがあったとはいえダンジョンの浅層で稼げる金額ではない。このレベルの稼ぎは、せめて六人以上のパーティを汲んで上層まで潜ってようやくだ。今回は肥大王というアイツの特異性があったが故に稼げた金。ついでに言えば純利益は無いに等しい。俺として家賃を払う必要があり、ついでに確定申告もある。その上で最上位レールガンの弾丸をアダマンタイトで特注すれば純利益など簡単に吹っ飛ぶ。
リイン? 決戦魔術が七億五千万円。それから対軍魔術と対個魔術をそこそこ使って、魔法のカードを買えばスッカラカンだ。
というわけで、俺の口座は貯金してあるので、生活費は切迫していないが、ダンジョンに潜ったことによる利益はほぼ無いと言っていい。何のために潜ったんだ。
リインの通帳などは既に三桁だ。どうでもいいけどお前、まず数十億円銀行に預けて利子生活をするという考えは無いのか?
だいたいの丙級ハンターだったら利子生活を出来る程度には稼いでいるはずなんだが。廃課金であるリインは口座に金が入ると、もはや生活費も考えないで魔法のカードを買ってしまう。当然今回の八億円も一瞬で溶けた。魔術を使うために必要とはいえ、ここまでの廃課金はあまり見ない。まぁ一撃で七億五千万が溶ける決戦魔術「唯神誅伐」の魔法関数ロイヤリティも不条理と言えば不条理だ。
「それから御影マジナ様。今月の魔剣税ですが……」
「あーはいはい。期日までには支払いますのでもうちょっと待ってください」
ここまでで聞くと、数千万だの数億だのと景気のいい経費を魔術師が支払っているように思うが、ハンターはそもそも必要経費がかかりすぎる。当然魔術師じゃなくても、それは変わらない。俺は限定トリセツを使っているが、いわゆる武器を用いて戦うファイター系のハンターが武器買って終わりかと言えば、そんなこともなく。
こっちはこっちで魔剣税と呼ばれる出費を毎月結構要求される。
聖剣。
聖杯。
聖槍。
魔剣。
魔弓。
魔弾。
数え上げればきりがないが、こういった実際に使うと完全犯罪に使えそうな特異な武器には魔剣税がかかる。毎月結構支払われて、ランクによってもかかる税金はやはり違う。
こっちにも甲乙丙丁がランクされており、強力な魔剣ほどかかる税金も高くなるわけだ。
俺のマヨイバシは丁級。というか正確には準魔剣と呼ばれるカテゴリーだ。というのもマヨイバシはあくまでトリセツであって、雷系の魔術でレールを敷いて銃を撃つので、神秘に依存した魔剣とは少し定義が違う。例えるなら魔剣がバイクだとすれば、マヨイバシは原付だ。原動機を取り付けただけで、バイクではなく自転車です……みたいな。
もちろん原付にも税金はかかるので、結局のところ金は飛んでいくのだが。
「はあ……世知辛い世の中」
「こっちのセリフにゃー!」
で、結局メイド服は決まった。俺が選んだのはフリフリのレースをたっぷりあしらった白とピンクのミニスカメイド。まぁサービス精神旺盛な風営法に引っかかりそうなメイド喫茶のアレだと思ってくれればいい。
「じゃあ配信しようぜ。これから天寺リインはメイド服で過ごします……って」
俺は変装用にラウンドサングラスを掛けているし、いつでもOKだ。
「むう。この格好ってウケるにゃ?」
「まぁそらリインは可愛いからメイド服はウケるんじゃないか?」
「こんばんにゃーん! リインちゃんネルはっじまっるよー!」
高度AI搭載型ドローンは、既に飛んでいる。さすがに迷宮管理局で動画取るわけにもいかないので、外に出て、だ。ライブ配信ではない。あくまで動画撮影。
ダンジョンでならライブ配信も必要だろう……そうか? まぁ俺にはよくわからんが、リアルタイムでダンジョン攻略を見ている視聴者が、ハンターの危険を察知するという意義はある。そもそもハンターにかかる費用は大きすぎて動画のスーチャ程度では稼ぎにならない。それこそ美味しいご飯を食べられる程度だが、そのスーチャすらも魔法のカードに消える廃課金を俺は知っている。目の前のピンクロリータメイド服の少女だ。
「おっぱいさえ大きければなぁ」
「聞こえているにゃーよ! そこ!」
ていうか、ガチで家賃も手に付けて魔法のカードを買ってしまった天寺リインは行く場所がない。適当にメイドライフでも満喫するか。
「とにかくこんな屈辱はご主人様にしか味わわされたことはありませんにゃー!」
結構順応していた。普通にご主人様とか言ってるし。
「ちなみに飯作れるか?」
「無理にゃー」
「掃除は?」
「前に壺を割ってお前は一生掃除をするなと勅命を受けたことはありますにゃん」
「洗濯」
「洗剤で毒ガスを発生させましたにゃん」
「お買い物は?」
「魔法のカードを買いに行くのは任せてくださいにゃん」
………………コイツ。
一体何のメイドだろう。何も出来ねーじゃねーか。
「魔術は使えるニャーよ?」
「それもミステリアルのマグネット在りきだろ。オリジネイターでもプロキッシャーでもないんだから」
「酷い! にゃいちゃう!」
泣け。
という漫才はともあれ。
「あ、エッチは無しにゃ」
「大丈夫だ。俺はもっとグラマーな人妻が好みだ」
「その時点で民法に違反してにゃい?」
「どうせメイド服だって選択するんだから幾つかローテーション用に……」
「そりゃ私がメイド服着たら可愛いのは事実だけどもにゃー」
「でも金ねーんだよなぁ」
「あっはっは。経済観念くらいしっかりしにゃさいよねー」
どの口が言うんだお前。
「そもそもテメーが廃課金じゃなかったら高級ホテルで十年は暮らせていたんだよ!」
「魔術師はお金がかかるの! 知ってるでしょマジナも!」
「マジないわ」
別に魔術師だけではないのだが。ハンターは金がかかる。
「というわけで私たちに食費を提供するにゃん! ネットの向こうの子猫ちゃん達!」
そういうことをセンシティブに歌い上げていいのか。けどまぁ逆にありかもしれない。
俺としても、食費にちょっと困っているので動画広告で食費が稼げるなら嬉しい。ただ問題は俺がチャンネル運営しても誰もフォローしないという。あれ。そーすっと俺が逆にリインに稼いでもらってる立場か? 世界ってのは難しい。
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