第9話:廃課金は最強です
「逃げるぞ」
俺はリインの首根っこを掴むと、最速で駆けだした。
「ちょ!」
で、その俺に文句を言うべく口を開いて、彼女は舌を嚙んだ。
「~~~~~ッッ! 舌嚙んだにゃ!」
「残念だったな!」
そのまま走っている俺に引っ張られて、彼女は背後を見る。俺はひたむきに走っているので後背を確認する術はない。その俺に洗濯物の如く揺られながら彼女は冷静に分析する。
「そもそもにゃんで逃げるの?」
「さっきの肥大王がいる限り、あそこにいたら泥沼だ。巨大化したアーマーサウルスの群れに囲まれたいか?」
「別に構わにゃいのに……」
そりゃ決戦魔術は持っているだろうが、それにだって限界はある。
「お前のトリセツ。何円チャージしている?」
「残り十億くらいかにゃー」
とすると決戦魔術は一発が限度。対軍魔術で二十発程度だが、こっちには決戦力が付随しない。
「となると方針はこうだ。まずアーマーサウルスから逃げて、階段を確保。上の階層に逃げれるマージンを確保してから巨大アーマーサウルスの殲滅。決戦魔術は何を使う予定だ?」
「唯神誅伐か神罰鉄槌かにゃー」
妥当なところだな。
「ちなみに背後には何匹巨大化したアーマーサウルスがいる?」
「ひ、ふ、み……四体だにゃん」
この広大な枯れ林の中で、その樹々をものともしない巨大怪獣に襲われていると思えば、今俺たちがどういう状況か少しは悟れるだろう。
『おいおい。アーマーサウルスが巨大化したぞ』
『階層主?』
『いや枯れ木の憩いだろ? 階層主はヒュドラのはず』
『っていうか四体くらい出てるし。量産されてね?』
おそらくだが肥大王に関してはライブ視聴者には見えていない。あれはおそらくオーバリスト。つまり人の認識にだけ映る霊長。この場にいる俺とリインは見えているが、カメラを解すると情報として伝達しない。例えるなら幽霊を写真で撮ろうとする暴挙だ。ただし心霊写真は除く。
「っていうか足速くにゃい? アンドロギュノスの効果?」
「元より身体は鍛えてるからな」
「にしても限度がある気がするんにゃけど……」
ズシンズシンと重鈍な足音が聞こえる。こっちは枯れ木を避けつつ林の中を駆けているのに、巨大トカゲはまっすぐこっちに来ている。元より爬虫類なので足は速い。ついでに言えば歩幅の関係で巨大化した個体の一歩の距離が莫大だ。俺じゃなければそのまま掴まっているというか……戦闘になっているだろう。
「逃げ道確保するのはいいけど、追いつかれそうだにゃ」
さすがにトカゲと足の速さは比べられんか。
「決戦魔術を最後に残すとして、牽制の魔術は撃てるか?」
「まぁ足止めくらいにゃら。ていうか幻系の認識阻害もできるけどにゃー」
「それはやめとこう」
「にゃぜに」
「あんな強そうな個体なんだ。倒したらエーテルプリズムだって高く売れそうだろ?」
「あー。だにゃ」
そこはリインも同意らしい。
「それならマジナのレールガンは? あれ最高レベルの発射なら一匹一発で解決するんじゃない? 値段もリーズナブルに済むし」
「条件が整ってない」
「お金にゃいの? まだ使ってない魔法のカードが一億くらいあるけど。へそくり」
「まぁ金はあってもな。弾丸がない」
「弾丸?」
「俺のマヨイバシで神雷を撃つと、まぁ当たり前だがマッハで二十を超えるのよ」
「いやー。ドラゴンゾンビを一蹴したのは感激だったにゃ」
「普通の弾丸でアレを撃つと、発射した瞬間空気の壁にぶつかって蒸発する。まぁ熱波と衝撃波くらいは発生するが、肝心の弾道力学が発生しない」
「あ、にゃー……」
「なわけでアレを撃つにはアダマンタイト性の弾丸が必要なんだが、俺の給料では二発が限度だ」
神雷を発動させるだけでも千万程度消費するが、アダマンタイトの弾丸はその比ではない。
「にゃかにゃか世知辛い世のにゃかだにゃ」
「っていうわけで、お前の決戦魔術だけが頼りだ」
追ってきているアーマーサウルスは四体。のはず。まぁそれ以上増えても、上階層に逃げ込めばいいだけ。とにかく追跡している四匹だけ殺せば、後はどうとでもなる。
「ていうか、ドラゴンゾンビの時も思ったんにゃけど、ちょっと運が悪すぎません?」
「俺じゃなくて肥大王に言ってくれ」
アイツがアーマーサウルスの巨大化などしなければ、もうちょっと穏便に自体は済んでいた。
「まぁ私は廃課金だから魔術使うのはとても心弾むんにゃけど」
『かましてくれ! 天寺氏!』
『久方ぶりの決戦魔術!』
『熱い展開』
『俺のスーチャも課金に使ってくれ!』
「ありがとありがとにゃん。またみんなのスーチャで課金させてもらうにゃん」
まぁ言ってしまえば、スーチャ程度の課金では対個魔術くらいしか発動は出来んのだが。
「見えた!」
上階層に繋がる階段。
あそこを登れば、避難は出来る。とはいえ階層は上下するだけで、モンスターを回避できるわけではないのだが。それでも巨大化アーマーサウルスなんて異常事態よりマシだ。
ズザザァッと地面を滑る。
「じゃ、後よろしく」
「承ったにゃ」
そうして俺が離した首根っこ。リインはトリセツを励起させる。マグネットに繋がっているAIの意識が、マテリアルとミステリアルを繋げる。
「――我は神秘に希う――」
セーフティロックの解除。そのためのキーワード。
ブオンとハエの羽音を更に重厚にしたような音が響く。彼女の言葉はトリセツを駆動。ミステリアルにリンクさせる。そして決戦魔術の魔法関数をダウンロード。ここに放つ。
「――
唱えたキーワードは火属性魔術の決戦魔術。その威力は推して知るべし。
ブオンッとさらに重厚な音がして、ダンジョンの天空に魔法陣が展開する。六芒星の記号を含み、幾何学的な模様で構成された魔法陣だ。それがエンジンのように回転して、その中心から炎を生む。果たしてそれを炎と呼んでいいものか。堕落都市を神の火で焼いた伝説。その一撃は、例えるなら衛星爆撃が最も近い。おそらくマテリアルで放ったら、その一撃は都市を機能不全にするだろう。
カッと光が奔った。その光りに遅れて、高熱が柱となって降り注ぐ。
「いいいぃぃぃ!」
四匹のアーマーサウルスは、そもそもその威力を認識できたのか。それを俺が知ることは無い。降り注いだ衛星爆撃は、アーマーサウルスの鱗すらも貫通して、そのまま蒸発させる。俺が唖然とするのもしょうがない。その威力は個体に対して比すなら、おそらく近代兵器すらも超える。
これが決戦魔術。
降り注ぐ真っ白な光は地面にぶつかって炸裂。俺のところまで爆風を呼び、その威力でもってアーマーサウルスを蹴散らす。四体のアーマーサウルスは欠片も残っていなかった。
まぁエーテルプリズムは回収するんだが。
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