第5話:ドラゴンゾンビ


 現れたドラゴンゾンビ。広い通路めいた前後に伸びるダンジョン。その広さそのものを塗りつぶしている巨大なドラゴンは、だが肉体が腐食していた。


『いや。さすがに丁級にドラゴンは』

『通報案件じゃね?』

『ハンター協会に連絡は』


「しなくていい」


 俺はマヨイバシを抜いてポイント。


「――感電ショック――」


 課金魔術、感電を展開する。というか限定機能のトリセツでは雷系の魔術しか起動できない。電気エネルギーを整列させレールを作って弾丸を加速させる。


 ズバシュウッッ! と大気を焼いて電磁銃が弾丸を放つ。それはドラゴンゾンビの肉体に刺さって、腐乱した肉を抉る。だがそれだけ。


「ふむ」


『ふむ、じゃねえ!』

『リインちゃん援護!』

『ていうか決戦魔術必要では?』

『さすがに死なれるのは草生えない』


 そんな無責任の中に困惑でコメントするネット民。そこにパチンと指を鳴らす天寺リイン。


「――五感混乱パニックセンセイション――」


 ドラゴンゾンビに幻系の魔術を掛ける。五感を混乱させるそのままの魔術。確かにこれならリーズナブルに済む。そして後は俺がどうにかするべきか。


「グラァァッッ!」


 そのドラゴンゾンビは五感をおかしくしながらも口からブレスを放つ。ただし熱でも風でもプラズマでもない。毒のブレスだ。ある意味で厄介だが、それでもプラズマ砲をダンジョンの範囲いっぱいに唾棄されるよりはまだしも簡単だ。


「リイン。風魔術」


「――突風ブラストブロウ――」


 腕を差し出して呪文を唱える。それはリインのトリセツが声紋認識して、マグネットから魔法関数をダウンロードする。そうしてミステリアルがマテリアルを侵食して、現実を改竄する。結果生まれたのは強風だった。突風とも言える。鮮やかにポイズンブレスを吹き散らして、俺に反撃の機会を与える。


 俺は電磁銃マヨイバシをドラゴンゾンビにポイントする。


「――雷撃ライトニング――」


 今度は感電よりも強い電撃。それによって生み出された磁場が、超音速を生み出すレールとなる。ドッッッゴオオオォォォォン!!! と大気が震える音がしてソニックブームが射線上の全てを吹き飛ばす。最初に加速した弾丸が速度の二乗倍のエネルギーでぶつかる。その弾丸が空気摩擦で熱を持ち、鉄でも蒸発しかねない高熱を纏ってドラゴンゾンビを焼く。遅れてきたソニックブームが貫かれ焼かれたドラゴンゾンビを掃除した。


「ちゃんちゃん」


 これが電磁銃レールガンマヨイバシの威力だ。しかも使った魔法関数のロイヤリティは百万程度。暗号資産での引き落とし形式なので安心安全。というかクレジット形式にすると使いすぎて破産するので推奨されていない。クレジット形式を推奨しているのは悪徳金融くらいだ。


『おおう。思ったよりこのパイセン強い』

『ていうか機能限定トリセツ?』

『雷魔術で電磁加速させて撃つレールガンじゃない?』

『リーズナブルで高威力かぁ』


 純粋な威力で言えば竜王吐息より弱いが、必要なロイヤリティは日本円で五十分の一。なんという効率厨。


「ギ! アアアアァァァ!」

「キシャアアア!」

「グルゥゥウウウゥ!」


「おー……」


 で、一匹倒して安心していると、後ろからさらに三体追加された。


「どう思う?」


「多分誰かがヘマしたのかにゃ?」


『あー。ダンジョンのモンスターポップスイッチ推した感じ?』

『あるいはモンスタールーム開いた感じ?』

『スタンピードの可能性もある感じ?』

『感じしかなくて草』


 いや。笑えないから。


「リイン」


「にゃんにゃ?」


「五感混乱撃ってくれ。強めに。俺が先行する」


「ドラゴニックバレルで一掃してもいいんにゃよ?」


「まずあのドラゴンゾンビの背後に誰もいないこと前提だ」


 さっき撃った俺のレールガンでさえマズいってのに。


「――五感混乱パニックセンセイション――属性強化タイプエンハンスメント――」


 幻系の五感混乱。ついで水属性の強化魔術。二重詠唱と呼ばれる技術。


 どちらもウィンディーズ王道魔術だ。いわゆる課金魔術には二種類存在する。どっちかってーとウィンディーズ王道魔術の方が人気が高くて使われる。ていうか課金魔術とか関数ロイヤリティとか作ったのがとある古流財閥だったりするのだが。


 俺はそのまま疾駆して、三体のドラゴンゾンビの足元を駆ける。踏み潰されないように。そして毒を吸い込まないように。腐った肉の腐乱臭が鼻を突く。ドラゴンとはいえゾンビに堕せば、こういう悪臭もするのだろう。だからって見逃そうとは思わんのだが。


「ひ……っ……は……っ」


 オートドローンはあくまでリインちゃんネルのものなので、リインを撮影している。今の俺はその動画配信には映っていない。そのドラゴンゾンビに踏み潰されそうな危険地帯で、生きることに絶望してそうなハンターがいた。計三人。男性二人に女性一人。おそらく強化魔術アンドロギュノスを女性が男性二人と交わしていたのだろう。


「おま……おま……」


 その内の男性の一人が俺を見て、瞳孔を開く。助けが来た……とでも思ったのか。間違ってはいないが。


「たす……たす……けて……」


「了解。ただしお前らのドロップアイテム頂くからな」


 あと三匹のこのドラゴンゾンビのドロップアイテムも頂く。


 女性のハンターは足の関節が有り得ない方向に曲がっていた。ドラゴンの足にでも踏みつけられたのだろう。


「――治癒快復――」


 だから俺はウィンディーズ王道魔術ではない・・・・魔術を使った。見る間に癒えていく女性の足。ドラゴンゾンビの混乱ぶりからまだリインの五感混乱は効いている。であれば。


「おら。走るぞ」


「お」「ああ」「はい」


 そうして悪夢のようにドスンドスンと地面を叩く巨大なドラゴンの足を避けながら、俺たちはリインのところまで戻る。誰が丙級なのかは知らないが、三人のうち一人は確実に丙級のはずだ。まぁドラゴンゾンビが四体も出たらキャパオーバーかもしれないが。


「あ、本当に被害者いたのにゃん」


『リインちゃんそれはないわー』

『いや。わかっていてあえて言っているに一票』

『まぁ普通はドジ踏まんよな』

『はーいドラゴニックバレル二射目~』


「じゃ、全部消しちゃうにゃーよ?」


「待て。俺がやる」


「出来るのにゃ?」


 まさかここで一千万円の魔法のカードを使うことになろうとは。


「チャージ」


 魔法のカードを暗号資産に変更。チャキッと電磁銃を三体のドラゴンゾンビに向ける。


「あー。耳塞いでいた方がいいぞ」


 そして俺はボイスコマンドを入力する。


「――神雷ダムネイション――」


 神雷。天より降る神なりし雷を具現したウィンディーズ王道魔術。それによる電気ショック系では高位の雷系魔術『神雷ダムネイション』を使って電磁レールを構築する。銃弾は一発。だが当てる必要はない。撃てばそれは分かる。なのでトリガーを引く。


「BANG!」


 音が消えた。可聴領域を超えた大音量の風が、あまりの暴虐ぶりに人間の耳には認識不可能で、次いで視界も真っ白に染め上げる。白く明るく無音の世界。おそらくだがオートドローンも音を拾えていないだろう。そうして全てが収まった後、ドロップアイテム以外の全てが消え失せていた。この場合はドラゴンゾンビの追加三体のことな。

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