第4話:廃課金の事情


「通帳を見せろ」


 クイクイと揃えた右手の四本指を、俺は何度か折り曲げる。もちろん他人に要求する言葉ではないが、さすがに天寺リインの浪費癖は目に余る。課金は家賃までという偉大な言葉は有りはするが、現実でやるか? ネタだろ普通。


 俺は学生寮に住んでいる。丁級ハンターの資格は持っているが、丁級ハンターは一人でダンジョンには入れない。監督責任として一人は丙級ハンターをくわえることが条件だ。ついでに強化魔術アンドロギュノスを適応させるとなれば、どうしても女子とパーティを組む必要がある。こればっかりはどうしようもない。なので俺の今現在の台所事情は潤っていない。丙級ハンターの通帳から金を下ろすような悪逆非道はしないが、それはそれとして天寺リインの浪費癖には物申したいこと多寡だ。


「えーと……」


 ヒョイ、とスマホを見せるリイン。俺の目には口座の入っている残金が三桁だということだけが見て取れる。というかスマホが既に機能しておらず。ファイワイ完備している俺の部屋だからこそ無料でネットが使えるという残念さ。


「な・ん・で……残金が百二十三円なんだよ! どう考えても丙級ハンターの口座じゃねーだろ!」


「仕方にゃいじゃん! 魔術使うのに課金が必要にゃんだから!」


「それでマンション追い出されるとかもはや勇者だぞ! ネットにあげると祭りだぞ!」


「一応ダンジョン配信とかしてるにゃよ?」


「お前が魔術師であることは否定せんが。もうちょっと何とかならんか?」


「廃課金ハンターリインって言えばダンジョン配信でも結構人気でして」


 結果として今食うことにも苦慮していれば世話は無い。


「というわけで。マジナ先輩」


「なにか?」


「ダンジョン行かにゃい?」


「そういや丙級だったなお前」


 俺は最下位の丁級。ハンター同士でパーティを汲むときはいくつか条件がある。その一つにパーティには最低一人以上丙級以上のハンターを加えることが絶対だ。つまりリインが丙級であるので、丁級の俺はコイツと一緒にダンジョンに潜れる。とはいえだ。丙級と丁級の二人だけでダンジョンっていうのも。


「はい。こんばんにゃー。というわけでね。先輩と一緒にダンジョン攻略~! ドンドンパフパフ~!」


『草』

『死亡フラグ』

『ちゃんと飯は食ってるか?』

『今日もまた浪費するに一票』


「まるで信頼されてないな。お前」


「まぁ言うて丙級だからにゃー。乙級とか違って丁級と二人だけってにゃると不安も煽るにゃん」


 ついでに俺はと言えばラウンドサングラスを掛けていた。目を隠すように円いグラスをしている奴。さすがにネット配信ともなれば顔出しはNG。そのまま俺は顔をサングラスで隠してダンジョンに潜る。今回のダンジョンは水晶が所々で雑草のように生えている洞窟めいた風景だ。水晶が灯りのように光っているので視界は悪くない。この水晶を持ち帰っても金にならないので、やはりモンスターを倒してエーテルプリズムやメタメタルを持ち帰るしかあるまい。


『そっちのパイセンは誰?』

『新たな犠牲者』

『無償労働お疲れ様でーす』


 自意識を持っているオートドローンは、飛行、警戒、撮影、接続、コメントの読み上げを全部一台でしてくれる。それもハンターのダンジョン攻略をライブ感増し増しで動画撮影しているので、ハンターのライブ中継を見たい一般人にはノリノリの映像をお届けだ。


「ちなみに無償労働って?」


 俺がドローンに向かって問う。ライブ中継なのでネットの向こうに同接何百人かのネット民がいるわけで。


『あ(察し)』

『このパイセン、リインちゃんを知らないと見える』

『それは涙無しには語れない話で』


「結論を言え」


『廃課金のリインは魔術浪費が激しいから金稼いでも全部魔法のカードに消えるのよ』


「…………」


 …………。


 俺はジトーッとリインを見た。


「ま、まーそういう事実もにゃきにしも非ず。けれど大切なのは金じゃにゃくて愛だにゃん?」


「テメェ。課金魔術使って、その浪費を魔法のカードで埋める気か!」


「だって私魔術師だから。魔術使わにゃいと戦闘できにゃいし」


「だからって……なぁ?」


『とか言ってるとモンスター来ておりますぞ?』


 水晶ダンジョンの通路の奥からスケルトンが溢れ出していた。目に見えるだけで三十五体。おそらく群体だろう。それより背後にいる個体までは数えるのもめんどくさい。


『さあ行けリインちゃん!』

『日輪の力を借りて!』

『今必殺の!』


「――竜王吐息ドラゴニックバレル!!!――」


 カッと閃光が直走った。それこそ名前通りのドラゴンの吐く息吹。ドラゴンブレスと呼ばれる攻撃魔術の中でも最高位のソレが、たかだかスケルトンの群体に放たれた。骨しかないスケルトンが、骨も残らず焼き尽くされる。直線状に放たれた極太ビームが、直線に伸びる通路をほぼ占有して通り抜ける。そうしてドラゴニックバレルが放たれた跡にはぺんぺん草も残らない。


『さすがっすリインちゃん』

『スケルトン相手にも容赦しない』

『ていうか相場は変わるけどドラゴニックバレルって数千万単位だよな』


 正確には今現在の竜王吐息はそこそこする。


「なるほど」


「どうだ。私はすごいにゃん。スケルトンの大群なんて一撃で消し飛ばしーにゃ」


 で、俺はスケルトンの落としたエーテルプリズムを拾っていく。今現在の国内エネルギーの基盤でもある結晶体だ。


「あのさ。もうちょっと温厚な魔術は使えんの?」


「でもスケルトンは骨だからにゃー。物理攻撃系はちょっとだにゃん」


 切ったり突いたりは効果的ではない。それはまぁわかるが。


『オーバーキル過ぎるwww』

『さすが俺らのリインちゃん』

『だからリインちゃんネルは止められない』


「テメーらも雑に煽るな。あと投げ銭よこせ」


『このパイセン遠慮ねえなwww』

『リインちゃんの魔術になるなら俺の懐など』

『このギフトでまた竜王吐息を使ってくれ!』


「ありがとーにゃん。またこれで魔法のカードを買えるにゃん」


「ていうか竜王吐息とか結構するんだから投げ銭では買えんだろ」


「まぁそこは分かっていて下僕どももスーチャしてるからにゃー」


『パイセンは戦わないのか?』

『パイセンの戦闘見たい』

『パイセンのちょっといいとこ見てみたい』


 余計なことを。まぁ戦うことは出来んじゃないが。俺も一応ハンターのライセンス持ってるんだから戦えはする。


「来たよ。ドラゴンゾンビ」


『ドラゴンゾンビキター!』

『これはエモい』

『リインちゃん逃げてー』

『むしろ臨場感たっぷりに戦ってー』


 ハンターになれなかったネット民は、無責任にダンジョン攻略配信を煽るのみ。


「ちなみに。勝てるか?」


「無論。浅層にゃら問題にゃいよ。私はね」


 この場合むしろ俺が戦えるかって話か。大きなバックパックを背負って、ドロップアイテムを拾っているだけ。


「と、思うか?」


 俺は腰のホルダーから電磁銃を抜いた。レールガン『マヨイバシ』。俺の相棒だ。


「じゃあパパッとやっちゃいますか」


 そしてマヨイバシを起動させる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る