第3話:家なき子


 天寺リイン。その名を俺が知ったのは、ドラコ姉の説明によってだった。


 今この世界にはダンジョンと呼ばれる異空間が発生している。その理由について説明するのは後日として。階層を地下へと潜る異空間を、一般的にダンジョンと定義している。


 それだと地下鉄も核シェルターもダンジョンなのだが、もちろん違いはある。


 で、そのダンジョンに潜る人間をハンターと呼んで、一般的にコレは免許制。国家資格なので、猛烈に難しい試験を潜り抜けないと手に出来ない。しかも、ハンターになった後も階級制の現実が現れ、高位のハンターになるのはそれこそ選ばれし者といえる。そこら辺はプロスポーツ選手や大御所芸能人と同じだろう。ただハンターに求められるのが命を賭けた戦いだという現実さえ無視すれば。


 その中で天寺リインは特異な存在だった。どれだけ速かろうと高等部からしか合格できないとされるハンターライセンスを中学の時に取ったというのだから。界隈では騒がれていたらしいが、俺は全く知らなかった。しかもすでに丙級ハンターともなれば、幸運やコネでは説明のつかない異次元だ。俺もハンターライセンスは持っているが安定の丁級。一番最下位のランクである。というか、ハンターの七割五分が丁級ハンターである。つまり四人に三人は丁級ハンター。ついでに丁級ハンターは条件を満たさないとダンジョンに入れないという誓約がある。


 自由にダンジョンに入れるのは丙級ハンターからで、つまりその資格を天寺リインは持っていることになる。ハンターランクは厳正な基準で発行されるので、つまりリインはそれだけの実力を持っている……わけだが。


「マジナ先輩~!」


 どこで俺は現実の対処を間違っただろうか……と疑念を覚えて久しい。


 学園都市としての風景があるハンター学院。学業エリアは学校が並び立って、教育棟やドームが立ち並んでいる。ちょっと移動するとビル群が立ち並んでいる光景もある。あるいは模擬戦闘に使われる広い空間とか。そういう幾つかのエリアを区画して、ハンターを育成するのが学院だ。広大な土地を持っているのですれ違う人間も毎日違ったりするのだが。


「ご飯奢ってにゃん!」


 その丙級ハンター天寺リインは俺に食事をねだってきた。


「いや。お前。金が無いならダンジョンに潜れよ」


 ダンジョンはエーテルプリズムやメタメタルが豊富にある。それを売るだけでも億単位の金が稼げる。命の危険があって、免許取得も難しい。それでもハンターになりたい人間は星の数ほどいる。その理由がこれだ。つまりハンターは儲かる。それも最下位の丁級ハンターでも脱税で捕まるほど。丙級ハンターであるリインが金に困っていると自己申告するのは政治家や弁護士が困窮していると言われているようなものだ。


「お金にゃいにゃん……」


「だから何で?」


「蒸発したにゃん」


 もちろんそれが虚偽であることは俺も悟っているが。


「はぁ。ほれ」


 俺は偉人の描かれた紙を差し出す。いわゆる日本銀行券。で、チョイと指を差す。そこには学院に建てられた普遍的なコンビニがあった。おにぎりでも菓子パンでもラーメンでも何でも売っている。好きなモノを買え、と促す。


「ありがとうにゃん!」


 パァッと笑顔を輝かせて、日本銀行券を手にコンビニへと消えていくリイン。余計な奴に懐かれたな、と俺が嘆息する。俺だってハンターではあるが、然程稼いでいるわけでもない。そこそこ金には困っていないが、マヨイバシのメンテと課金もあるし、八桁程度稼いで、その九割を必要経費に消えているのが現状だ。飯を食う程度には困っていない。だが丙級ハンターであるリインが稼いでいるだろう金額は破格。それを考えれば、なんで俺が奢らにゃならんのだ。


「ありがとうございますにゃん! マジナ先輩!」


 で、俺の日本銀行券を消費したリインはニコニコ笑顔で魔法のカードを持っていた。


「いや。何を買ったんだ?」


「魔法のカードだにゃん!」


 プラチナピンクの髪を振って、笑顔で応えるリイン。俺は……今……腰に差しているレールガンを抜くべきか悩んでいるのだが。


「腹減ってたんじゃないのか?」


「すっごい減ってますにゃん!」


「なんで魔法のカードを買ってんだ?」


「???」


 何を言ってるんだろうコイツは……みたいな顔をされても困る。


「なんで飯を買わないんだ?」


「は!」


 そこで漸く現実の矛盾に気付いたらしい。


「にゃ、にゃんででしょう?」


 俺に聞かれても。


「あ~~~~!」


 魔法のカードを買って後悔しているリインの思考回路が俺にはよくわからん。


「そのー。私、廃課金でにゃん」


 うん、まぁ、そうだろうな。空腹であるのに奢ってもらった金で魔法のカードを買うのは並の人間には出来ない。


「手元にお金があると魔法のカードを買ってしまうのにゃん」


「重症だな」


「ダメだと分かっても課金してしまうのにゃん!」


 うがーと吠えるが、手にした魔法のカードを返金するのも不可能だろう。仕方ない。


「フライドチキンを三つください。あとコレ」


 おにぎりを十個。総菜パンを十つ。菓子パンを七つにフライドチキン。それらを俺が会計して、リインに提供する。


「は、はわー」


 で、食えと差し出すと、涎を垂らしてリインはがっついた。


「むぐ! はむはむ! もぐもぐもぐ!」


 ドラコ姉と寿司食いに行って奢ったことを思い出して、これくらいは食うだろうという俺の予測は正しかった。普通に全部食っている。


「じゃあな」


 コイツは廃課金。つまり課金は家賃までとか言い出す奴。関わるのは不幸を呼ぶと決まっている。


「先輩先輩。どこ行くにゃん?」


「家に帰るんだよ。寮生だからな」


「じゃあ私も行くにゃん!」


「男の家だぞ?」


「問題にゃいにゃん。」


 むしろ問題しかないんだが。


「丙級ハンターならマンションくらい持ってるだろ」


 いくら必要経費が膨大でも百億から九十九億引いたところで一億は残る。


「いやー。マンション追い出されてしまってにゃん」


「……せめて何故って聞いていいか?」


「お金にゃくて家賃を払えにゃいと住まわせるわけにはいかにゃい! と持ち主に言われまして」


「金は?」


「気付けば全部魔法のカードに」


 真正のアホだコイツ。


「というわけで先輩。後輩をお泊めになる空間の提供を……」


「じゃあ頑張れ」


 はい。解散。


「まってー! 今日は夕方から雨が降るから屋根が無いと厳しいにゃー!」


「抱き着くな! 色々と誤解されるから!」


 クールに去ろうとする俺の背後から腰に抱き着いて、もう離さんとばかりにホールドするリインは端的に言って残念だった。

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