第2話:春は入学式の季節


「くあ……ぁ」


 欠伸を一つ。


 俺こと御影マジナは入学式を前にダルダル~ッと脱力していた。


 ここはハンターを目指すものが集まる国立ハンター学院。下はローティーンから上は成人まで。エスカレーター式の学院である。卒業するか自分で夢を諦めるまでハンターについて学ぶ学業機関だったりする。俺はその高等部二年生。


 というわけで、今日行われる入学式には欠片も関係ないのだ。一般的に例外を除いて入学式の日は二、三年生は休日。俺は生徒会の手伝いで学校にいた。どうせ学生寮にいてもダンジョン配信の動画見るだけだしな。


 大講義堂のテーブルに入学に関わる色々な情報を載せたパンフを入学生全員分配った。そしてそこで俺の仕事は終わりだ。入学式が終わった後は、ドラコと飯に行く約束をしている。そのドラコはと言えば、入学式の先達代表として新入生に歓迎の言葉を今贈っているのだろう。そういうスピーチ系は滅法強く。多分三十分前にスピーチの申請を受けても何の苦もなく講義してのける逸材だ。口下手な俺には羨ましい能力でもある。


 入学式は短くても一時間はかかる。諸々込みで二時間ってところか。その間は暇なので、俺は学校外に出た。魔法のカードを買うためだ。


 一般的に魔法のカードというと、昔はソシャゲに課金するためのカードを指したのだが、今の世界で言えば魔法のカードはガチで魔法のカードだ。一部の例外を除いて、今の世界で魔術を使うには手順がいる。まず魔法のカードを買ってトリセツにチャージ。設定されている金額の魔法関数をダウンロードして魔術を行使。で、そのダウンロードした魔法関数のロイヤリティの分だけ課金した暗号資産が目減りする……という形を取っている。


 ハンターを生業にする以上は、魔術を使うのは必要不可欠で、一階の行使に万円から億円レベルのロイヤリティを要求されることもザラ。それでもダンジョンに潜ってエーテルプリズムやメタメタルを持ち帰れば多額の報酬が約束されているので、一種の必要経費とも言えよう。


 俺は一千万円チャージして、トリセツであるマヨイバシを腰のホルダーに刺した。


 トリガリングtriggeringセイクリッドsacredツールtools


 通称トリセツ。


 限定機能型のトリセツで、コマンドボイスで雷を銃器内に発生させ、弾丸を超音速で放つレールガン。魔術を弾丸加速に使うことで、少ないロイヤリティで効果的な戦力を確保する科学の叡智の勝利だ。とはいえ。課金魔術を使って魔術師を名乗る輩からすれば、俺のような間接的な魔術の使い方は邪道だと蔑まれるのだが。


「まーじーなッ」


 で、一千万円チャージして学校に戻ると入学式は終わったらしい。俺は生徒会のご協力として飯を奢られることになっていた。で、目の前には元生徒会長。あくまで元な。こいつもどうせ現生徒会に手伝いを頼まれて断れなかったクチだろう。


「ご飯食べに行こ? 食費は貰ってきたぞ」


 エメラルドの髪という何処からツッコめばいいのか分からないカラーリング。瞳は縦に割かれた瞳孔が金色に輝いており。ついで頭部から七支刀みたいなデザインの角が伸びている。


 美少女。美少女には違いない。胸も大きいし、太ももムチムチだし。制服も似合っているし。


 ただ機嫌を損ねると対象が生きていられる可能性が低いという意味で、コイツは驚異的。


 一般的にオリジネイターと呼ばれる魔術師の一人。ただしコイツの固有能力は課金魔術ではない。一般的に課金魔術は汎用性を求めるモノで、「お金さえ払えば誰でも使えるよ?」というシステムだ。だがドラゴニュートであるコイツは、そもそも魔術のために課金をするほど凡庸ではなかった。


「何食べるぞ?」


「ドラコ姉は何食べたいんだ?」


「寿司!」


 じゃあ回る奴な。さすがに入学式の手伝いで生徒会が捻出するお礼で回らない寿司屋に行けるとは俺も思っていない。


「す、すみません……」


 じゃ回転寿司に、と意気揚々と行こうとした俺とドラコ姉。その道の端で項垂れている女子一人。項垂れているというか。倒れ伏している。もちろん何かあるのだろう。


 大丈夫か! 今助けてやるからな! 救急車を呼んで俺が心肺蘇生を……とか言う奴がいたら拝んでみたい。


「エンガワとか食いたいな」


「まぁ最近の寿司屋は結構なんでもあるからね」


 で、あっさりと倒れ伏した女子をスルーして、俺はドラコ姉と寿司に……。


「ちょっとお願いだから! 私も連れていて欲しいにゃん!」


「ていうか誰だよお前。こっちは入学式を手伝ったという労働の対価として食費を得たのであって」


「もう三日は塩しか舐めていにゃいのにゃん」


「そうか。ミネラルは身体に良いもんな」


「お願いだから飯奢ってくださいにゃん! 先輩でしょ!」


 それを言われると痛いなぁ。


「どうする?」


「お姉さんは奢ってもいいぞ? 別に金には困ってないし」


 まぁそりゃあんたはそうだろうけども。


「ちなみに寿司は食えるか? アレルギーなら別の奴を頼れ」


「大丈夫にゃん! めっちゃ好き!」


 で、何がどうしてこうなった。落ちぶれ新入生を拾って昼飯を奢ることになってしまった。プラチナピンクの髪を持つ美少女。その彼女は寿司屋に行くとメニューを見て、そのメニューに書かれている商品を三周した。どういうことかって? つまりメニューに書かれた寿司を全部三貫ずつ頼んだのだ。


「はぐ! むぐむぐ! がつがつ! はむはむ! んぐんぐんぐ! もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ!」


 おそらく大食漢のモンスターでもこうまで貪ることはしないだろうと言える勢いで寿司を呑み込んでいく。どうでもいいけど噛んでるか? ちゃんと。


 俺とドラコ姉はその異次元のフードファイターと対面に座って、普通に寿司を食っていた。マグロ。カツオ。エンガワ。ハマチ。サーモン。エトセトラエトセトラ。


 で、俺とドラコ姉が食べた寿司。その回転寿司ゆえに皿の数で値段が決まるというシステム上。二人で合算した皿の数の、まぁ五倍は固い量の皿を置いた女子は、ふう、と何かをやり切ったハンターの顔をしていた。


「ゴチににゃります!」


 えーと。


「大丈夫。支払いはお姉さんがしてあげる」


 青ざめる俺。だが器量の深いドラコは姉はあっさりと会計ボタンを押して、店員を呼ぶ。


「はー。生き返った。ありがとうございますにゃん。私にできることなら何でも仰ってくださいにゃ」


「じゃあピサの斜塔からヒモ無しバンジーしてくれ」


「先輩はジョークがお上手だにゃー」


「わりかし本気なんだが」


 ここまで遠慮なく寿司食われて、俺が悪意を持つなというのも結構無理ゲー。席に戻ってきたドラコ姉はウフフと微笑んでいる。別に怒っているわけではなかろうが。おそらく遠慮なく奢らされた金額が大きかったのだろう。たまに自分が貧乏くじを引いても、面白かったら流してしまう器量の大きさがドラコ姉にはある。


「いくらした?」


「十万ちょっと。ダンジョンに潜れば取り返せる範疇だぞ」


「うっす! ダンジョン行くなら私も連れて行ってほしいにゃん」


 ところでだが。お前はいったい何者で?


「名前は天寺リイン! どこにでもいるしがないハンターだにゃん!」


「あー。あなたが天寺リイン……」


 知っているのか! 雷電!

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