ダンジョンハンター天寺さんは廃課金~魔法のカードは家賃まで~
揚羽常時
第1話:ダンジョンには男女で入る
「というわけでやってきたにゃん! ダンジョン攻略!」
オートドローンに向けてニッコリと笑みを浮かべるのは天寺リイン。此処は既にダンジョンの内部であり、ダンジョンというからには危険が伴う。その危険を呑み込んで攻略する人間を『ハンター』と現在は呼称する。
一般的に神秘が常在化した現在。ハンターによるダンジョン攻略はすでに既知のモノ。こうやってオートドローンを使ってダンジョン攻略を動画配信するハンターまで出る始末。その一人が俺の目の前にいる天寺リインだった。
「じゃ、これからダンジョン攻略しちゃうにゃん。皆の者。ついて参れ!」
キュルルンと可愛らしい仕草をしつつ、現在のダンジョンを進むリイン。その瞳には危機感というものが欠落していた。ゴツゴツとした岩肌。典型的な洞窟型のダンジョン。
「マジないわ」
そのリインに並び立っているのが俺。
御影マジナ。
色々あってリインとダンジョン攻略を共同作業でやっている丁級ハンターである。
常識の範疇ではあるが、普通の人間がダンジョンに潜れば普通は死ぬ。ここには悍ましいモンスターが在中し、常に襲う人間を品定めしている。その危険領域に足を踏み入れ、成果を持ち帰る職種を人はハンターと呼んでいる。
『さあさあ。来ましたよ』
『モンスターキター!』
『リインの腕が求められる』
人工知能が発展し、ほぼ自我を持つにいたるドローン。その撮影する映像の中で、キャラキャラと笑う天寺リイン。彼女の視線の先ではモンスターが隊列を成して襲ってきていた。ダンジョンでほぼ普遍的に襲い来るコボルト。犬人とも呼ばれる猟犬と人間を足して二で割ればこういう感じかというモンスター。あえて言うほど強くはない……とハンターの間では言われている。だがそれはダンジョンのモンスターであれば比較的に、という程度だ。これが都市部に二、三匹でも現れれば死者が出るだろう。野犬に襲われる不幸をイメージすれば分かりやすい。強化魔術アンドロギュノスによって昇華されているハンターの能力で漸く五分。人間の基礎能力だけなら嚙まれて終わりという脅威度だ。
「――
そのコボルトの群れに向けて、関数宣言をするリイン。
ダンジョンが普遍的になった世界。その中で魔術もまた普遍的になっていた。それこそ神秘的な学術とか必要なく、課金すれば誰でも魔術を使えるようになる文明が今現在確立している。薄暗いダンジョンの空間。広がりは無いが、前後に延びる洞窟のような空間の中でひしめくコボルト。その群れに向かって槍衾のように地面が隆起して刺殺する現実。
ウィンディーズ王道魔術の土属性魔術で、名の通りに地面を剣山にして集団を刺し殺す魔術と言える。そのままモズの早贄の如く。あるいは串刺し公ヴラドの戦術の如く。刺殺されて死体を針の山に晒したコボルトの集団がドローンの映像に映る。
「にゃー。美味しそう」
ここで一回動画が途切れる。
「美味しーにゃ」
で、そのコボルトのドロップアイテムの一種である肉を魔術で焼いて食らうという。もはや何しにダンジョンに潜っているのかも俺には分からない。ただ分かっているのはリインは貧困だということだ。
天寺リインと言えば天寺財閥の御令嬢なのだが、その課金魔術に関しては自分の懐と相談せねばならない。財閥令嬢だからいくらでも魔術を使っていいのよという理屈は通じない。一応財閥もリインに仕送りはしているらしいが、あくまで学生相応の仕送りであるらしく。一般常識を超えるものではない。あくまで学費と交遊費程度。その上限の決まっている仕送りを、あろうことかリインは魔法のカードを買うことに浪費している。学院は寮生活なので魔法のカードを家賃から変換することはできない……はずなんだが。彼女が廃課金であることはたがえようのない事実だ。もはや二日もあれば餓死寸前の経済事情で、魔法のカードを買うためだけに資金を繰っている彼女の狂気にツッコめる者はそういない。結果、学費以外は魔法のカードを購入することに使っている剛の者という状況を俺は何処からツッコめばいいのか。
「はぐ! むぐ! がつ! 美味いにゃー」
火属性の魔術でコボルトの肉(とはいえ正確には死体ではなくドロップアイテム)を焼いて食らう様はもはやどっちがモンスターなのか俺が思案するレベル。
「ほら。マジナも食うにゃー。美味しいよ?」
「マジないわ」
謹んで俺は遠慮する。
串刺しにされて、火で焼かれて、ハンターの胃袋に収まるとはさすがのコボルト集団も思ってはいまい。
「んぐんぐ。じゃあ先に進もっか」
腹をくちくしたリインはそう言って、俺ことマジナを連れてダンジョン探索を再開する。現れるのはスケルトン。ゾンビ。吸血鬼。オーガ。もはやベタのベタ寄りのベタと言える。
「じゃ、いっくよー」
オートドローンもダンジョン攻略の生配信にはカメラワークを制御する。その映像内で、ワラワラ出てくるモンスターに腕を突き出すリイン。その腕は言ってしまえば砲台だ。その手の先から砲撃が発射される。
「――
氷属性の魔術。氷塊の散弾を放ち、撃ち滅ぼす魔術。いまリインが取り付けているトリセツは彼女の声紋を起動キーとして「真珠散弾」のボイスコマンドに従って
「あ、撃ち漏らし。マジナ先輩。よろしくにゃん」
へーへ。
俺は電磁銃マヨイバシを取り逃したモンスターに向ける。
「――
トリセツに俺の声紋は登録されている。その俺が発したボイスコマンド。感電の魔術は俺の握っている電磁銃マヨイバシに電力を供給して、その銃身が電磁レールを敷く。弾丸は既に装填済み。で、あとはトリガーを引けば。
バシュウウゥッッッ!!!
大気を焼いて、電磁加速で発射された弾丸が一直線上にモンスターを撃ち穿つ。
今俺の持っている電磁銃は言ってしまえば魔術の効率化を目指した結果の科学兵器で、ハンターからはプアウェポンと呼ばれている。別に雷魔術でレールガンを再現しなくてもいい、というのが通説だ。そもそもの話、もっと強力な雷魔法で一掃すればいいのだから。
ただ金が無い。魔術は魔法のカードを買って課金をしなければならない。その意味では一万円で電力を充電できる感電の魔術でレールガンが起動できるのなら俺としては願ったり。
「わお。さすがあたしのデミロマンスだにゃん。さあ! サクサク参りましょう!」
で、オートドローンが頭上に飛んでいて。俺とリインのダンジョン攻略を動画で配信している。それを俺はチラッと見て、こう思う。
「なんでこうなった」
地球にダンジョンが出来るのはいい事だろう。魔術を使えるようになったのもこの際吞もう。だが何で俺は食費と家賃を犠牲にしてまで魔法のカードを買う天寺リインをデミロマンスにしているのだろう。そんな自己懐疑の狭間にもダンジョンを進む足は止めること能わず。トロールが現れる。
「グオオオオォォッッ!」
「現れたなトロール! この天寺リイン様の最強魔術で滅するがいい!」
おい。ちょっと。
「――
ドゴォォンッッッ! と目が覚めるような雷鳴が響いて、トロールは感電死。遺体は一部を残してダンジョンに取り込まれる。残ったのはエーテルプリズムとメタメタル。どっちもダンジョン産の資源であり、地上では云千万とか億とかで売れる物資。もちろん拾って確保する。
「やったー! これでまた魔法のカードが買える!」
嬉しそうな天寺リインは経済観念が破綻している。普通は美味しいものを食べたり第三次産業に浪費したりせんか? リインの場合は食費まで魔法のカードに使ってしまう悪癖。次のダンジョン攻略までに餓死していないか。俺にもはっきり言えないという欠点を持つ。
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