17. 遺灰

 ようやくたどり着いた自宅――――。


 玄関を開けると、ねやのように静まり返った薄暗い室内が広がっている。照明はやはり点かない。ユウキはゆっくりとカーテンを開け、床に清潔なシーツを丁寧に広げていった。


 大きく息をつくと、ユウキは震える手でリュックを持ち上げる。その重みが、改めて胸に迫ってくる。


「よっこいしょっと……」


 まるでもろい宝石を扱うかのような慎重さで、ユウキはそっとバッグの中身をあけていく。その黒い一粒一粒が、大切な命を宿しているかのように思えた。


 しかし、依然として微粒子はただの砂同然で、ただの砂の山にしかならない。


 ふぅ……。


 ため息をついたユウキはカーテンを開けた。


 西日が差し込み、部屋全体が柔らかなオレンジ色に包まれていく。その温かな光の中で、黒い粒子がキラキラと神秘的な輝きを放っていた。まるで星空のように、無数の微細な光が瞬いている。


「これが……リベル? 本当にリベルに戻る……のかなぁ?」


 ユウキは黒い砂の山を見つめながら、掠れた声で呟く。そのひとみには不安と期待が交錯していた。


 ついさっきまで、この砂の集合体は確かに美しい少女の姿をしていた。彼の人生で初めての、そして運命的なキスの相手。その柔らかな唇の感触が、今も鮮明に残っているというのに――――。


 しかし、目の前にあるのは、どう見てもただの砂の山でしかない。理解しようとすればするほど、現実が遠ざかっていくような感覚に襲われる。それでもユウキは、この黒い粒子の山から一瞬たりとも目を離すことができなかった。


「リベルぅ……。君は世界一強いんだろ……?」


 ユウキはうつむいて、あの凛々りりしくも美しかったリベルの姿を思い浮かべる。無類の戦闘力と、笑顔の時の愛らしさ。そのどちらもが、今は遠い夢のようだった。


「君は世界一美しい……。ねぇ……。ねぇってばぁ……」


 ユウキは震える手を伸ばし、砂山に手を突っ込んだ。冷たい粒子がサラサラと指の間をくぐり抜けていく。その感触が、まるで別れを告げるかのように切なく感じられた。


「ねぇ! 本当は聞こえているんじゃないの?!」


 ユウキは握り締にぎりしめた砂に向かって叫んだ。このまま砂のままで、あの笑顔に二度と会えないかもしれないという恐怖が、突如として胸を締め付けてきた。


 しかし――――。


 何も起こらない。ただ、サラサラと指の間から微粒子は零れ落ちていくばかりだった。その音はまるで砂時計のように淡々たんたんと時を刻んでいく。


「リベルぅ……」


 ほおを伝う涙が、シーツの上に小さな染みを作っていく。その一滴一滴には、ユウキの切ない想いが込められていた。


 リベルは、彼にとって唯一の希望だった。絶望的な日常に突如として現れた美しい少女。そんな彼女の、まるで遺灰いはいのような砂山を前に、ユウキはがっくりと肩を落とした。


 やがて宵闇が忍び寄り、部屋の隅々まで闇が広がっていく。


 その静寂を破るように、ぎゅぅぅと腹の虫が鳴いた。どれほど心が悲しみに沈んでいても、空腹は容赦なくやってくる。その生命の営みの前で、ユウキは自分の無力さを痛感していた。


 しかし、停電で真っ暗な室内では、何をどうすればいいのか見当もつかない。途方に暮れて首を傾げた、その時だった。


 ブゥン……。


 突如として冷蔵庫のコンプレッサーが唸りを上げた。停電の終わりを告げるその低い震動音が、まるで生命の鼓動のように響き渡る。


 次の瞬間――――。


 砂鉄の山が、まるで夜明けの太陽のような淡い黄金色の光を帯び始める。その輝きは、希望の光のように柔らかく、温かくユウキの顔を照らした。

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