15. 崩れ落ちていく未来

「さて、ゆっくりしてはいられないわ。奴らも馬鹿じゃないしね」


 リベルは青い髪を風になびかせながら、空を見上げた。その碧眼へきがんには、戦いへの覚悟と共に、どこか切ない色が宿っている。西に傾いた太陽が彼女の横顔を優しく照らし、その輪郭を金色に縁取っている。


「えっ!? もう行っちゃうの?」


 ユウキの声が震えた。まだキスしただけなのだ。胸に、思いがけない喪失感が広がる。


「あら? キスが足りなかった?」


 リベルはユウキの方を向き、悪戯っぽい笑みを浮かべた。彼女の唇が艶やかに光り、AIとは思えないほど自然な仕草で、ウインクする。


「そ、そんなんじゃないよ!」


 頬を朱に染めながら目を逸らすユウキ。唐突な初キスの衝撃が、まだ心の中で余韻を奏でている。偽装とはいえ、彼女の柔らかな唇の感触は消えることなく残っていた。


 その時だった――――。


 轟音が世界を揺るがした。


 おわぁ!


 突如響き渡った爆発音と共に校舎全体が大きく揺れ、ユウキは倒れそうになってたたらを踏む。


 直後、目の前で信じがたい光景が繰り広げられた。


 リベルから、まるで砂時計の砂のように色が零れ落ちていく――――。瑞々しい肌の色、青い髪が黒変し、碧い瞳が灰色に濁っていった。


「リ、リベル……?」


 ユウキは驚きで震える。彼女の体は徐々に漆黒の人形と化し、傾く陽の光を冷たく反射していた。


 刹那、リベルが苦しそうに両手で喉を押さえる。


「リベル!」


 彼女は膝から崩れ落ち、ユウキは咄嗟にその華奢きゃしゃな身体を支えた。腕の中で、彼女の体が震えている。


「ど、どうしたの……?」


 ユウキの声が上擦る。彼女を失うかもしれないという恐怖が全身を包み込んだ。


「く、苦し……」


 リベルの声が漏れる。次の瞬間、彼女の体から力が抜け、全身にヒビが走っていく。


「リ、リベル……?!」


 ユウキは必死に彼女を抱きとめながら叫ぶ。何かできることはないかと焦ったが、腕の中で変容していく彼女に、なすすべもなかった。


「た、助け……」


 苦しそうなリベルの声が途切れ、瓔珞ようらくのように美しかった顔が、まるで砂の像のように崩れ始めた。


「リベルぅ!」


 ユウキは必死に彼女を支えようとするが、腕の中で変容していく彼女に対して、何もできなかった。リベルの体は黒い砂鉄のような粒子の集合体となり、ユウキの腕の隙間からサラサラと零れ落ちていく。


「いやぁ! リベルぅ!!」


 ユウキは必死に両手で零れ落ちる粒子を受け止めようとするが、腕の間からこぼれ落ちる砂のように、彼女の体は容赦なく崩れ落ちていく。


「ダメだよぉ!」


 取り乱すユウキの目の前で、かつてリベルだった存在は、コンクリートの屋上に黒い粒子の山となって積もっていった――――。


 ついさっきまで柔らかで温かく、美しかった少女が、今や無機質な砂鉄の山と化してしまった。その現実を受け入れられず、ユウキは頭を抱えて立ち尽くす。


「な、なんで……? リベルぅ……」


 呆然と黒い粒子の山を見つめるユウキ。あの爆発音が彼女を破壊してしまったのか? せっかく出会えた大切な存在を、こんなにも簡単に失ってしまうのか?


 くぅぅぅ……。


 ユウキは大きく息をつくと、顔を上げて周囲を見渡した。遠くの街並みから立ち上る黒煙が空に向かって伸びている。街頭の信号機は消え、あちこちで車のクラクションが鳴り響いていた。


「停電か!?」


 ユウキは急いでスマホを立ち上げる――――。


 しかし、電波は圏外。アプリはエラーを返すばかりで何の情報も得られなかった。


「くっ、ネットも電気も落とされたのか……」


 ユウキは黒い粒子の山に目を向けた。リベルはおそらくネットと電力を喪失し、ナノマシンの制御を一時的に失ったのではないか。だとすれば、これは死ではなく、一種の冬眠とうみん状態なのかもしれない。


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