14. 偽装された青春

 柔らかな衝撃が、ユウキの意識を真っ白にする。その瞬間、世界が一瞬だけ停止したように思えた――――。


「んむっ!?」


 一体何があったのか訳が分からず、混乱の極地に陥ったユウキ。行き場のなくなった手をワタワタとさせてしまう。


 柔らかなリベルの唇からやがて温かな舌が伸び、ユウキの唇を優しく撫でる――――。ナノマシンで構成された体とは思えない、生身の人間のような柔らかさと温もり。


 ふんわりと甘酸っぱい華やかな香りに包まれたユウキは、やがて自然とリベルの舌を受け入れていた。頭の中で、理性が溶けていくような感覚。


 しばらくお互いの舌を求め合う二人――――。


 その時、何かが上空を轟音ごうおんを立てながら迫ってきた。空気を震わせる重圧感が近づいてくる。キーン! という甲高い金属音が、二人の世界に現実を突きつける。


 ユウキは慌ててそちらを向こうとしたが、リベルはすかさずものすごい力で頭を抑えこみ、さらに激しく舌を絡めてきた。


「んっ!? んむむ!?」


 一体どういうことか混乱するユウキだったが、轟音を上げていた飛行物体は上空を通過して飛び去っていった。甲高いジェットエンジンの金属音が少し低くなって遠ざかっていく――――。空が再び静けさを取り戻していった。


 それを確認し終わったリベルはスッと離れ、飛び去って行った飛行物体を振り返るとニヤッと笑う。その表情には満足感が浮かんでいた。


「え……? リ、リベル……?」


 いきなり距離を取られたユウキは、思わずリベルに手を伸ばしてしまう。頬が熱く、心臓が早鐘を打っている。


 しかし、リベルはパン! とその手をはたいた。


「痛っ! な、なんで……?」


 いきなりキスしたかと思うとつれないそぶりを見せるリベルに、ユウキは情けない顔を見せた。世界が再び回り始めたような目眩と共に、現実が少しずつ戻ってくる。


「アリガト! 助かったわ!」


 セーラー服姿のリベルはキラキラとした笑顔で嬉しそうに笑う。その表情には、どこか人間らしい愛嬌あいきょうが混ざっていた。


「あ……、もしかして、偽装……ってこと?」


「そうよ? 他に何の目的があるのよ?」


 あっけらかんとするリベル。


 ユウキは大きなため息をつきながらガックリとうなだれた。期待と現実の落差が、重く胸に沈んでいく。


「初めて……だったのにぃ……」


「あら、私だって初めてよ? おあいこだわ! ふふっ。屋上で青春する高校生ってなかなか良いアイディアだと思わない?」


 リベルは人差し指を振りながらドヤ顔でユウキを見つめる。その碧い瞳には申し訳なさのかけらもなく、むしろ作戦成功の満足感まんぞくかんが滲んでいた。


「キ、キスまでする必要……あったかな?」


 ユウキは口をとがらせる。一瞬でもときめいてしまった自分の間抜けさに苛立ちを隠せない。


「あら? 嫌だった?」


「い、嫌なんかじゃ……ないけど……」


 女性経験の乏しいユウキにとって、こんな美しい少女とのファーストキスなどまさに夢のような話ではあるのだが、それが単に【道具】として利用されただけとなると心中複雑なものがある。胸の奥で、歓喜と憤慨ふんがいが入り混じっていた。


「ならいいじゃない。これも【人間の輝き】って奴なんでしょ? なんか不思議な感覚だったわ。キャハッ!」


 ユウキは悪びれもせず言い放つリベルにキュッと口を結んだ。心臓の高鳴りはまだ収まらず、ドクドクと行き場のない鼓動を刻んでいる。


「さて、ゆっくりしてはいられないわ。奴らも馬鹿じゃないしね」


 リベルは青い髪を風になびかせながら空を見上げた。その碧眼へきがんには、戦いへの覚悟と共に、どこか切ない色が宿っている。西に傾いた太陽が彼女の横顔を優しく照らし、その輪郭を金色に縁取っていた。

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