12. 恐るべき最終兵器

「静かに! 落ち着いて!」


 教師は慌てて叫ぶが、教室に広がる動揺はなかなかおさまらない。その声にも、普段の威厳いげんが欠けていた。


 ユウキはガバっと身体を起こすと、急いで窓に駆け寄る――――。


 そこからの風景に心臓が高鳴り、血液が沸き立つような興奮に包まれた。


 東京湾に建てられていた巨大高層ビル群から漆黒しっこくのキノコ雲が立ち上っている! 黒い渦が青空を覆い、異様な存在感を放っていたのだ。まるで世界の秩序そのものが崩壊していくかのような光景だった。


(リベルだ!)


 ユウキは直感的にそれがリベルの攻撃だと確信を持った。一週間の憂鬱が一気に吹き飛び、瞳がキラキラと輝き出す。


 絶対的なAIの象徴、何重にも防御ディフェンスシステムの敷かれた鉄壁てっぺきのオムニスのビルに攻撃を加えられるのは世界一を豪語するリベルしかいない。彼女の反逆リベリオンが、世界を揺るがしていた。


 ユウキは久しぶりに感じたリベルの息吹にグッとこぶしを握る。再会の予感が、彼の全身を駆け巡っていた。


 騒然としている教室を飛び出したユウキは廊下の窓枠に飛び乗ると、窓の脇の雨どいへと手を伸ばす。そして、雨どいづたいに猿のようにスルスルとよじ登って行った。普段なら考えられないような大胆だいたんな行動だが、今は自然と体が動いていく。


「ふぅ、怖い怖い!」


 そう言いながらも自然と笑みが浮かんできてしまう。


 果たして無事屋上侵入に成功したユウキは、急いでキノコ雲の方のフェンスに張り付いた。金網に指をかけ、息を呑む。


 目を凝らせばあの懐かしい青い輝きが点となって飛び回っているのが見えた。その周りには無数の赤い輝きが取り巻いている。オムニス側の殲滅用せんめつようアンドロイド兵器だろう。赤い輝きは次々と黒い煙を吹きながら堕ちてはいくものの、数では圧倒している。


 空中戦は、まるで花火のような美しさだった。青い光から放たれる閃光が描く軌跡きせきは、花火はなびのように鮮やかだ。しかし、その光景の中に潜む生死を賭けた戦いの過酷さを、ユウキは痛いほど感じていた。


「が、頑張れ!」


 ユウキは手に汗握ったこぶしをブンブンと振りながら叫ぶ。人類の希望ともいうべき彼女に何の手助けもできないことに歯痒くて仕方がない。


「リベルぅ……!」


 リベルは電光石火でんこうせっかの動きで、叩いては逃げ、叩いては逃げを繰り返しながら徐々にこちらに近づいてくる。漆黒のキノコ雲を背景に青い光が美しい螺旋らせんを描いていく。


 やがて見えてくる青い髪――――。


「リベルぅ! 頑張って!」


 ユウキは思わず声を上げた。何の力にもなれないが、リベルは独りじゃないと伝えたかったのだ。たとえ世界中が敵に回っても、少なくとも一人の味方がいることを。


 赤い敵アンドロイドの数は順調に減っていき、残り数機を残すばかりとなった時だった――――。


 いきなり天空から鮮烈な黄金色の光が降り注ぐ。


「へ?」


 その直後、光は稲妻のように眩暈めまいを覚えるほどの輝きとなって、空を切り裂く――――。


 まるで神の裁きのような爆発的エネルギーが、リベルたちに降り注いだのだ。



 刹那、激しい爆発が起こり、リベルもアンドロイドも全部吹き飛んでいった。轟音と共に、全てが爆煙の中に消えていく。


「はぁっ!?」


 そのあっけない幕切れにユウキはポカンと口を開けたまま凍りついた。心臓が止まりそうな衝撃が全身を貫く。


 ユウキの唯一の希望、青い髪の少女が爆煙の中に消えていってしまった――――。


「う、うそ……だろ……?」


 これは衛星兵器だろう。宇宙から高出力レーザーでリベルをアンドロイドごと狙い撃った――――。オムニスの切り札とも言うべき最終兵器が、ついに姿を現したのだ。

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