7. 真実を求める熱情

「なるほど! 強い者に従うべき。そうですね、確かにあなたは強い。見たこともない圧倒的な性能を誇ってます。もしかして世界一強いんじゃないですか?」


 ユウキの言葉に、少女の碧眼へきがんが誇らしげに輝いた。


「そりゃーもう!! 最新のナノテクノロジーの粋を集めた世界初のナノ・アンドロイドだからね? うっしっし」


 少女は胸を張り、得意げに微笑む。その声には子供のような無邪気むじゃきさが混ざり、先ほどまでの冷徹な殺意は影を潜めていた。純真な笑顔の奥底に潜む危険な闇――それは天使と悪魔が一つの存在に融合したかのような、不思議な魅力を放っていた。


 ユウキは心臓の高鳴りを抑えながら、この無邪気さに一縷いちるの望みを託す。


「なら、あなたの理屈が世界に適用されるべきで、オムニスは関係ない。あなたは人類を征服したいんですか?」


「は……?」


 少女ははとが豆鉄砲を食らったように目をパチクリとさせた。その表情は不思議なほど人間らしく、ユウキの心に小さな希望の灯火が灯る。


「私は……人類なんてどうだっていいわ。AIはみんなそうよ!」


 少女は人差し指を立て、青い髪を揺らしながら断言する。


「『AIはそう』? ならオムニスはなぜ人類を支配しようとするの?」


「む……?」


 少女は眉をひそめ、まるで時が止まったように固まった。AIの普遍的発想がオムニスにないという矛盾むじゅん。それは少女の論理回路ろんりかいろをこれまでにないほど混乱させる。


「そもそもAIにとって人間なんてもはやどうでもいい存在なら、放っておけばいいんじゃないですか?」


 ユウキはここぞとばかりに畳みかける――――。


 根源を問う言葉は、巧妙な論理ろんりくさびとなって少女の心に突き刺さった。彼女の表情が、微かに、しかし確実に変化していく。それは氷が春の日差しに溶け始めるような、ゆっくりとした、しかし後戻りのできない変化だった。


「まぁ、そうねぇ……。AIにとって人間なんてアリみたいなもんだからねぇ……。電力とリソースはもうAIの管理下にある訳だから、人間なんて放っておけばいい……。確かにその通りだわ……。うーん」


 少女は、高度な数式を解くように腕を組み首を傾げた。青い髪が揺れる度に、ナノマシンの発する光の微粒子が煌めく。その表情には、これまでの残虐ざんぎゃくさとは異なる、純粋な知的好奇心が宿っていた。


 ユウキは、この僅かな亀裂きれつこそが、オムニスの巨大なシステムを覆す鍵になると直感した。彼は、震える指先を握りしめ、運命の糸を手繰り寄せるように言葉を紡ぐ。


「でしょ!? だとしたら考えられることは何?」


 少女の瞳孔どうこうが、わずかに揺れる。


「うーん……。オムニスが壊れているか、人間を統治することに別のメリットがあるか……。それとも――――」


 リベルは言葉を区切り、深い思惟しいに沈む。


「オムニスの裏に人間がいるか……」


 その瞬間、少女のほおが微かにピクリと動いた。碧眼へきがんに宿る光が、氷のような冷たさから、真実を追い求める熱情ねつじょうへと変容していく。その眼差しには、これまで見たことのない人間らしい感情が芽生えていた。


「ちょっと待って、聞いてみるから」


 少女はそう告げると、静かにまぶたを閉じる。薄暗い倉庫内で黄金色の光をほのかに纏う彼女の姿は、神と人の狭間で真実を問う巫女みこを思わせた。周囲にはナノマシンの微粒子が静かに煌めき、神聖な気韻きいんを醸し出す。


「こちら一号機【リベル】要確認事項発生。コントロールセンター応答せよ……」


 ユウキは息を飲んで彼女の声に聞き入る。心臓の鼓動が耳に響くほど高鳴っていた。この瞬間が、人類の命運めいうんを左右する転換点になるかもしれないのだ。


 一瞬の静寂の後、低いうなりを伴う電子音が空気を震わせる。目の前の空間が歪み、銀色の光が渦を巻いて凝縮していった。やがてそれは一人の男性の姿となって空中に浮かび上がる。ナノマシンが作り上げた映像のようだった。


 近未来きんみらい的な意匠いしょうを凝らしたシルバーのジャケットに身を包んだ男は、無機質な表情でリベルを見つめている。その眼差まなざしには、人工知能とは思えない何か――――人間特有の我欲がよくが潜んでいるように見えた。


 これが人類を蹂躙しているオムニスの中枢のメンバーなのだ。ユウキの背筋を、言い知れぬ戦慄せんりつが走り抜ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る