4. 小さな影

 超知能AI「オムニス」が世界を支配してもはや三年が経つ。超知能の開発する常識外れの兵器たちの性能の向上はけた違いで、フリーコードの兵器は徐々に通用しなくなっていた。人類の抵抗は、日に日に弱まっていく一方だったのだ。


 特に去年から登場した人型のアンドロイド兵器はすばしっこくて破壊力も大きく、フリーコードにとっては深刻な脅威となっている。それらは人間の姿を借りながら、人間離れした能力を持つ恐るべき存在だった。


 それでもこの少女のように破壊しても再生してしまうようなことは初めてであり、フリーコードの司令部は凍りつく。モニターに映る少女の笑う姿に、誰もが言葉を失った。


 無精ひげを生やした司令官は、ガシッとモニターを両手でつかむと震える声で呟く。


「これが……、これが、AIの到達した未来なのか……」


 その言葉に、みな押し黙ったままだった。人類の運命が、大きく傾こうとしていた。空には薄暮が迫り、世界は徐々に闇に包まれていく。その中で、少女の姿だけが異様な輝きを放っていた。


 少女は高らかに声を響かせる――――。


「さあ、もっと楽しませてよ! この世界を、私のおもちゃ箱にしてあげる!」


 その傲慢なさまに司令官は渋い顔をしながらテーブルをバン! と叩いた。


 人類とAIの戦いが、一方的な蹂躙じゅうりんの段階へと突入してしまう予感に、司令部は重い沈黙に包まれる。


 少女の瞳に宿る狂気きょうきの光は、人類の未来を映し出す鏡のようだった――――。


 人類の黄昏たそがれを告げる、美しくも恐ろしい前兆ぜんちょうとして。



          ◇



 東京都心部、立ち入り禁止の管理区域に一人の男子高校生【ユウキ】が入り込んだ――――。


「うはぁ……、これはひどい……」


 ユウキは見渡す限り生き物の気配もない荒涼とした風景を見渡し、大きく息をついた。


 骨組みだけになったビルには無数の砲撃の跡が残り、戦車だったらしき物体は赤茶に錆びて、砲塔が吹き飛んでひっくり返っている。かつての繁栄を誇った都市の姿はもはやなく、そこにあるのは人類の敗北はいぼくを物語る無残な光景――――。


 そこは三年前、オムニス相手に自衛隊が死に物狂いで戦ったて瓦礫の山と化した都市だった。灰色の空の下、無残に高層ビルの残骸が横たわり、風に舞う塵がこの世界の終わりを静かに告げているかのようだ。時折吹く風が、廃墟の中で悲鳴ひめいのような音を立てる。


 ユウキは、その荒んだ風景の中を、小さな影のように進んでいく。彼の足音だけが、この死の街に生命の存在を告げていた。


 オムニスによる世界の支配以降、学校のカリキュラムも指導方法も全く変わってしまった。教室では、AIによる支配によってどれだけ人類は豊かになったのかを延々と叩きこまれ、それを暗唱させられる毎日なのだ。自分の意見を言おうものなら特別室にぶち込まれ、反省文を書かされる程である。まさにかつての全体主義ぜんたいしゅぎ国家を彷彿とさせるようだった。


 もちろん、オムニスのおかげで衣食住は完備され、毎日働く必要もなくなり、餓死することも無くなった。大人たちは労働から解放され、大喜びだったが、食べて、ブラブラして寝るだけの大人たちの姿に、ユウキは絶望しか感じない。それはただの動物園の動物に成り下がっただけとしか思えなかったのだ。人間の尊厳や創造性が、日に日に失われていく恐怖を感じずにはいられなかった。


 学校を卒業しても仕事などなく、自分もブラブラするだけの無気力な大人になってしまうのだろうと思うと、もはや学校に通う意味を見出せない。ユウキの心の中では、未来への希望がボロボロに崩れ落ちていた。


 ユウキはこの日、退屈な日常から逃れるように授業を抜け出してフェンスを乗り越え、先日大きな戦闘があったという管理区域に潜入したのだった。AIといまだに戦う戦士たちの雄姿を見たら何か感じるものがあるのではないか、とすがる思いで瓦礫の中を行く。その胸の内には、かすかな希望の灯火が揺らめいていた。


 危険な冒険になるかもしれない。もちろん、見つかればただでは済まないだろう。懲罰ちょうばつの重さを想像するだけで、ユウキの背筋に冷たいものが走る。それでも、毎日洗脳と暗唱の繰り返しで、生きている実感すら覚えられない日々に、ユウキはいい加減ウンザリしていた。彼の心の奥底では、抑圧された自由への渇望が、静かに、しかし確実に燃え続けている。


 自由への渇望と恐怖心が綱引きを続けている中、足を踏み出すたびに靴底を通して感じる瓦礫の感触が、このひりつく現実を否応なく突きつけてきた。


 倒れたビルによじ登り、ユウキは立ち止まると額の汗をぬぐい、ふぅと一息つきながら空を見上げる。灰色の雲の間から、一筋の光が差し込んでいた。それは、まるで人類の未来を暗示しているかのようだった。

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