第5話 二人の依頼者
「……というわけでチカさんに怪異のあれやこれやを教えることになった」
きさらぎ高校オカルト部の部室。午後の日差しが窓から差し込む放課後は、ポカポカして気持ちが良い。のだが、対面に座る部長は不機嫌そうだ。僕の隣に座る倉元さんは少し不安そう。
「どうしてうちと、えいくんで、倉元さんに怪異のあれこれをレクチャーするわけ?」
「説明しただろ。チカさんの家に、正確には倉に、まずい数の呪物が保管されてるんだ。すぐには問題はないものばかりだったけど、そのうちまずいことになるものばかりなんだよ。今すぐには問題ないことが分かってるだけ。怪異の正体がまだ分からない呪物もある。そういう状況なのさ」
ものによっては無理矢理に封印を解除して出てきた怪異をさっさと祓ってしまう手もある。だけれど無理な封印解除は面倒な事態を引き起こす可能性が高い。怪異が封じられた呪物は慎重に扱うべきで、その間にできる準備はなんだって、やっておくべきだろう。
「そりゃまあ……無視はできねーけどさぁ……」
困り顔の部長。まあ、急に頼まれても困るよね。でも、普段は怪異の話には自分から飛び付いてくるくらいなのにね。チカさんに教えるのは乗り気じゃないみたい。でもでも、チカさんのこと放置してはおけないじゃん。状況的に仕方ないってやつだ。頼むよぉ。
「なるべく! できる限りのことは僕が教えるからさ! チカさんはせめて自衛ができる程度の知識は身に付けるべきだ」
「まーそうなんだけどねぇ。うちだって、困ってる子をほっておくのは心が痛むもん」
「だろ? 頼むよ部長」
「……うちのことは、きゅーちゃんって呼んで」
僕の想像が間違ってなければ、部長はやきもちを妬いている。困ったもんだね。僕はチカさんに恋愛的な感情はないのだけど……なんだか部長に悪いことをしているみたいな気持ちになるじゃないか。罪悪感……なのかなあ?
「……分かった。頼むよ、きゅーちゃん」
「ふぅん……あいあい、うちも分かったさ。うちに教えられることなら、なんでも教える。よろしくね、チカさん」
部長の言葉にチカさんが頷いた。さっきまで不安そうだった彼女の表情がやわらいでいる。僕も少し安心だ。部長の協力を得ることができて本当に良かった。
「それで、うちらは何から教えれば良いの? っていうかチカさんは怪異についてどの程度のことを知ってるわけ?」
「知らないわ。ほとんど何も知らない」
「へ?」
チカさんの返事に部長は間の抜けた「へ?」を返した。うん、そうなるよね。僕も頭を抱えたもの。
「家で呪物の管理をしといて怪異については、ほぼ何もしらないん!? まじ?」
「まじよ。そう、まじなのよ」
「ナンテコッター!?」
あ、部長が天をあおいだ。うんうん、分かるよ。その気持ち、すげー分かる。前途多難だね。おや、部長がこっちに顔を向けたね。凄い困り顔をしててなんだか笑えるじゃん。うける。
「えいくん。他人事みたいな顔で笑ってんじゃねーぞ。えいくんもチカさんにあれこれ教えんだからなぁ!」
「もちろん。僕も頑張る。君に手伝ってもらえるのは本当に助かるんだ。ありがとう、きゅーちゃん」
「べつに……えいくんの頼みなら聞くし」
部長はサラサラの金髪を指で巻きながら視線をそらした。ほんと、ありがとう。
「こーなったら、あんどーにも手伝わせるし。っていうか、あんどーはどこ行ったん?」
部長の言葉でオカルト部の、もう一人のメンバーの顔が頭に浮かぶ。怪異の知識は素人に毛が生えた程度だけど、なにかと頼りになる男だ。彼は信用ができる。
「あんどーなら、またどこかで人助けでもしてるんじゃないかな? もしくは僕のために仕事を探してくれてるか、ってところじゃない?」
僕が言い終わるのと、ほぼ同時に部室の扉が開いた。そして、見知った大柄な男子が入ってくる。僕の隣ではチカさんが緊張してる様子だけれど、僕や部長にとっては、あんどーが部室に来るのはいつものこと。リラックスした気持ちで彼を出迎える。
「やあ、あんどー」
「あんどー、なにしてたし?」
「その、こんにちは。あんどーくん」
それぞれ声をかける僕たちにあんどーは仏頂面のまま「うっす」と答えた。いつも仏頂面で大柄なので、人によっては怖く感じるかもしれない。実際に付き合ってみると全然怖いなんてことはないんだけどね。
「英二、仕事だ」
「鑑定人の仕事? 祓い人の仕事?」
「それは相談者次第だな。とにかく、お前の力を借りたいって話だ。帝英二をご指名だぜ?」
「ふぅん。僕をご指名なんだね?」
「ああ。細かいことは、もうすぐ来るはずの相談者に聞いてくれ」
僕も去年くらいから活動してるし、最近は名前も売れてきてるからね。だんだん怪異に関する仕事は増えてきてる。怪異を祓う機会が増えるのは、僕としては歓迎だ。
ほどなくして部室に相談者がやって来た。相談者たちと言った方が正しいか。派手な赤髪の女子と、剃り込みが入った坊主頭の男子だ。制服が違うので、きさらぎ高校の生徒ではない。なんというか、自由な気風の学校なんだね。うちの高校も人のこと言えないけどさ。僕たちは立って相談者たちを出迎えた。
「やみ高校の光城さんと鈴木さんだ」
あんどーの紹介に合わせて、赤髪の女子は丁寧にお辞儀をした。剃り込みの男子は何も言わずさっさと席に着く。これだけの動作でも、この二人の性格が分かった気がするな。
赤髪の女子も席に着き、僕たちも席に着く。相談者とオカルト部メンバーで向き合う形だ。というか僕は両脇を部長とチカさんに挟まれて落ち着かない。付き合うとか好きとか、そんなんじゃなくても同世代の女子に挟まれるっていうのは緊張しちゃうんだよね。
「それじゃ始めてくれよ。英二」
あんどーはそう言いながら部室の扉を閉め、扉の近くに立つ。そんな彼に剃り込みの男子は警戒している様子だ。赤髪の女子は楽にしている。女子の方が話しやすそうかな。できれば男子の警戒心も解きたい。まずはそこから。落ち着いて話を進めよう。
「僕は怪異鑑定人の帝英二です。僕の右に座ってるのがオカルト部の部長、左に座ってるのが倉本さんだよ」
「どもっす。うちは弓ケ浜。この部室の長だよー。ほんとは怪異鑑定クラブって名前にしたかったんだけどねー。えいくんに拒否られちった」
「私は倉本よ。オカルト部の新人ってとこかしら」
「そんなわけで、よろしく。僕たちが相談に乗るよ」
なるべく柔らかい表情を意識しながら、相談者の二人を見る。赤髪の子の方が微笑んでくれた。なんだかキツネっぽい印象の子だね。細目の美人だからなのかな? 横の男子と比べると感じが良い。
「あたしは光城テイ。で、こっちの男子が鈴木。困ってんのは鈴木の方で、あたしは付き添いみたいなもんかな」
「なるほど」
二人はカップルなんだろうか? 気になるけれど今、詮索するべきことではないか。聞くべきなのは相談者が何に困ってるかだ。
「鈴木くんは何に困ってるんだい? 僕なら君の力になれるかもしれない」
「ずいぶん馴れ馴れしいな。イケメン野郎」
こいつ……人がフレンドリーに接してるのに感じ悪くないか? 落ち着け、僕。感情的になってはいけないよ。
「ま、良いさ。帝だっけ? あんたに相談があるんだ。金ならある。金ならあるが、適当な仕事をしやがったら承知しねえぞ」
「仕事を受ける以上はきっちり、やるよ。僕は」
「そうであってほしいね。じゃあ、俺の相談を聞いてくれや」
さて、彼はどんな相談事を持ってきたのか。僕の直感は面倒な気配を感じているけれど。
「……簡単に言えば迷惑電話だ。最近、俺たちのグループが迷惑電話に悩まされてる」
迷惑電話……そう語る鈴木はやけに疲れた様子で息を吐いた。
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